9 水面下の戦いの始まり
この世界は、美桜が思っている以上にファンタジーで溢れていた。
灯りは蝋燭やランプが多く使われていて、水は井戸から汲んで、暖を取るためには暖炉で薪を燃やす。
ただ、貴族となればまた違う。地球でいうところの科学の代わりに魔法が発展しており、電化製品の代わりに魔道具というものがある。
高級品のようで、一部の平民と貴族が使うものだというのはリノ談だ。
「もっとファンタジーなお洒落ができたら楽しそうなのに」
「……なんですか、それは」
美桜が自室のソファで本を読みながら呟くと、控えていたリノが話に乗ってくれた。
「みんな魔法とか使えるのに、それをお洒落に生かしてないっていうか……」
「……?」
リノは意味がわからないとでも言いたげに、表情をしかめた。
(う~ん、こういうのは見てみないとわからないよね)
今、美桜が読んでいたのは『優しい魔法入門』という子ども向けの本だ。
意識こそ日本人の美桜ではあるが、身体はルシェラなのだから魔法が使えるに違いない! と、屋敷の図書室から探し出してきた。
「リノちゃんはさ、私がどんな魔法を使えるか知ってる?」
「えっ!? ええと、ルシェラ様の魔法は見たことがないのでわかりませんが……スリズィエ侯爵家といえば、代々癒しの魔法が使えるとか」
「癒しの魔法! なんか格好いいね」
本をぱらぱらめくって、癒しの魔法のページを開く。
「癒しの魔法は、光属性の魔法」
この世界には、火・水・風・土・光・闇の基本属性が存在している。
そのなかでも光属性が扱える癒しの魔法は貴重なもので、それもあってスリズィエ侯爵家は昔からその権力が約束されていた。
「リノちゃんは魔法は使えるの?」
「私は……水を少し出すくらいですね。実践的な魔法が使えるのは、ほとんど貴族様ですから」
「見たい!」
「……本当に少しですよ?」
美桜が目を輝かせたからか、リノは仕方がないとばかりに手を前に出した。そして集中のために目を閉じると、手のひらの中にひとすくいの水が生まれる。
「わああああっ、すっごい!! 本当に何もないところから水が出た! 魔法ってすごい!」
「これを見て喜ぶなんて、世界広しといえルシェラ様だけですよ……」
「んふふ~! だって、すごいものはすごいんだもん! よーし、私も頑張っちゃおうかな!」
リノが目の前で魔法を使ってくれたのだから、きっと美桜にも使えるはずだ。
目を閉じて集中して、本に書かれていた『自分の中、胸の中心にある魔力を感じましょう』という文面を思い出す。
「私、魔法少女デビューかも!」
なんて思っていたのだが――バチンと、身体の中から嫌な音がした。
「んぇっ!?」
ぐわんと、脳が揺さぶられたような感覚。
思わず体がぐらりと揺れて、倒れそうになったところをリノが支えてくれる。そしてそのままゆっくり、ソファに身体を横たわせた。
「ルシェラ様!? 大丈夫ですか!?」
「う……っ、うん……たぶん。立ち眩みとか、眩暈とか、そんな感じかも……?」
感覚的に、少し休めば落ち着きそうだなと美桜は思う。
「魔法を使おうとして、失敗してしまったのでしょうか?」
「そうみたい。魔法って、難しいんだねぇ」
これは少しずつ練習していくしかなさそうだと、美桜は苦笑する。
「コツさえ掴んでしまえば、きっとすぐに使えるようになります。なので――!」
リノが大丈夫だと告げようとしたとき、部屋のドアが無作法に開け放たれた。ノックもなしに開けてきたのは、父親のエドワードだった。
それを見た美桜は、むうと眉を顰める。
「いくら家族でも、ノックもなしにいきなり入ってきちゃ駄目じゃない?」
「勝手なことばかりしているのは、お前だろうルシェラ」
美桜の言葉なんて聞く耳を持たないとばかりにエドワードは部屋の中へ入ってきたので、仕方なく身体を起こしてソファへ座り直す。
「ラーグリスト公爵家のミレツィア嬢から、招待状がきたそうだな? いったいどういうつもりだ」
「どう、とは……? ミレツィとは、うちの夜会で仲良くなったんです。友人とお茶会をするなんて、よくあることですよね?」
「……本気で言っているのか?」
エドワードの厳しい声色に、美桜の頭はどんどん冷えていく。先ほど魔法を失敗したときの気持ち悪さなんて、この男を前にしたら消えてしまった。
(ルシェラちゃんは、自分の家なのに実質一人で暮らしてたようなものだったんだろうね)
美桜はまっすぐエドワードに視線を向けて、それはそれは美しく微笑んで見せた。こういう男には、隙を見せてはいけない。こちらは強いのだと、まずは態度で示さなければいけないのだ。
「もちろん、本気で言っていますよ」
「相手は公爵家。社交を疎かにしているお前が、関わっていい人物ではない。スリズィエ侯爵家の恥さらしになるだけだ」
もっと家のことを考えて行動しろと、エドワードは言う。
「よって、お前の外出は許可しない」
「――! いくらなんでも、それは横暴じゃないですか?」
年頃の娘に向かってなんてことを言うのだ、この父親は。
「スリズィエ侯爵家の当主は私だ。口答えは許さぬ。ラーグリスト公爵家には、私から断りの連絡をしておく」
「勝手なことをしないでください! どうして私は出かけたらいけないんですか。兄も妹も、夜会やお茶会に出かけてますよね?」
それなのに、ルシェラだけ許可しないなんて。
「言ったであろう。教養のないお前では、恥を晒して終わるだけだ。当主として、それは見過ごすわけにはいかない」
美桜は思わず、口元に弧を描いた。
(理由なんて説明しないで、『許可しない』の一点張りにすればよかったのに)
きっとルシェラが今まで反抗的ではなかったので、判断が甘くなっているのだろう。そこに付けこまない手はない。
「でしたら、教師を付けてくださいな」
「何……?」
「私に不安があるのならば、社交界から遠ざけるより学ばせた方がいいでしょう?」
ルシェラは腐っても侯爵家の令嬢だ。
本来ならばきちんと教育を施し、政略結婚のコマにでもするべきだろう。仮に愛嬌がなかったとしても、ルシェラの容姿であれば良い縁談もあるはずだ。
(そう考えると、ルシェラちゃんへの対応が悪手だよね)
そもそも家族ぐるみで嫌っているのであれば、さっさとどこかへ嫁に出せばよかったはず。必要最低限とはいえ、面倒を見るという手間がかかるのだから。
(まあ、私には貴族の事情なんてあんまりわからないけど)
美桜は「それで」とエドワードを見る。
「教師は付けてくれるんですか?」
「………………手配しておこう」
「ありがとうございます」
長考のすえではあるが、承諾してくれたのでよしとしよう。
「それと、私が自由にできる金銭はありますか? ドレスや装飾品の購入に必要ですし、個人的にほしいものもあります」
夜会のドレスを購入することはできたけれど、そもそもルシェラに対する金銭関係がどうなっているのかもはっきりさせたかった。
(侯爵令嬢だし、そこそこお金を使えるんじゃないかな? なんて思ってるんだよね。元手があれば、ネイルだって流行らすことができるし!)
「月ごとに使える予算は決まっている。その中からやりくりするのであれば、好きにしなさい」
「わかりました」
きちんと自分にも予算があることを聞き、美桜はほっと胸を撫でおろす。
(ネイルのための材料とか、買いに行こ~っと!)
お茶会までに、楽しいショッピングが決定した。
「外出許可は、教師から合格を貰ったあととする。教師の手配は時間がかかるから、今回のお茶会はあきらめなさい。いった通り、連絡は私からしておく。お前は部屋で大人しくしていなさい」
言いたいことを告げたエドワードは、ふんと息をついて部屋から出ていった。
「父親の態度とは思えない! こういうの、虐待と一緒じゃん。絶対、教師だってすぐ用意してくれなさそう!」
かといって、教師からの合格を得ずに夜会やお茶会に行ったら負けだ。ここは作戦を立てて、すみやかに教師をゲットし、合格するしかないだろう。
美桜は頬を膨らませながら、控えていたリノに視線を向ける。
「よーし、リノちゃんレターセットの準備お願い!」




