8 お茶会の約束
どんな世界であったとしても、お洒落に興味を持つ人はいる。
女性も、男性も、大いに楽しむべきだ。と、美桜は思う。ただ、ルシェラとなったこの世界のお洒落は――もっともっと、進化できる。
ルシェラになった美桜は、その可愛さに驚いた。
美桜として過ごしていたときは、どちらかといえば綺麗系なタイプだった。真逆なルシェラの身体になって、テンションが上がらないわけがない。
そして一方的に話しかけてちょっと仲良くなったメイドのリノと話をした結果、令嬢たちはお洒落が好きで美にこだわりはあるけれど――美桜は足りない! と思ってしまった。
「そう、ネイルだよネイル! それに、まつパもしたいよね! せっかくこんなにドレスアップしてるのに、指先が寂しい!!」
この世界にネイルがないのだろう、というのはすぐに察せられた。けれど、ないならネイルを流行らせてしまえばいいのだ!
「だってほら、クレオパトラもネイルしてたっていうし! やり方はあると思うんだよね。しかも魔法があるんだから、なおさら!」
「ネイル……、ですか」
テンションが上がっていく美桜についていけていないミレツィアが、戸惑いを隠せないとばかりに眉を下げている。
美桜はささくれ一つない綺麗なミレツィアの手を取って、「ここに塗るんだよ」と指先を示す。
「ネイルはね、爪に塗るの。ん~、装飾を施す、みたいなニュアンスでいいのかな? 私、友達にジェルネイルしてあげてたから結構上手いんだよ」
三週間毎にネイルを変えていた美桜やその友人にとって、ネイル代はなかなか大変な金額だった。そのため、自分たちで練習し、ネイルをできるようにしたのだ。
なかでも美桜が施すネイルはセンスがある! と評判で、みんなからせがまれ気付けばネイルの腕前がぐんぐん上がっていた。
将来はネイリストもいいね! なんて言えるほどに上手かったりする。
「爪に装飾を……? まったく想像できません」
そもそも爪は伸びるので、装飾に向かないのでは? と、ミレツィアは困惑しているようだ。
「まずはやってみるのが一番! ってね。ねえ、作戦会議のお茶会をするのはどう?」
「お茶会、ですか?」
貴族の令嬢になったのだから、優雅にお茶会をしてみたい! というもので。美桜はわくわくした顔でミレツィアへ問いかけた。
「ええと、わたくしでいいのですか……? 魔力が暴走したら、危険なんですよ……?」
「でも、ミレツィは気を付けて過ごしてるんでしょう? だったら、きっと大丈夫! もし危なくなったら、私もちゃんと逃げるから」
暴走する可能性があるなら、避けたい人がいる気持ちはよくわかる。けれどそれで、ミレツィアの人間関係が上手くいかないのは悲しいことだ。
(本人が気を付けてるのなら、私はそれを信じてあげたい)
美桜がそう思うのは、この世界のことを、ひいては魔法のことをしっかり知っていないからかもしれない。
しかしお茶会をしたい、と告げた美桜を見たミレツィアは、一瞬だったけれど嬉しそうに頬を緩ませたのだ。もちろん、すぐ戸惑った悲しい表情になってしまったけれど。
「じゃあ、お茶会の約束ね!」
「は、はい……! ええと、わたくしが招待するかたちでもいいでしょうか?」
「もちろん! 招待してもらえるの、めっちゃ嬉しい! 最高におめかししていかなきゃ」
こうして、美桜はネイル作戦と魔法の勉強を開始することにした。
***
「ルシェラ様、朝でございます」
「ん~~、おはようリノちゃん」
美桜がルシェラになってから五日。
朝、顔に水をぶっかけられることはなくなった。
メイドのリノは、美桜の支度から部屋の掃除まですべてを担当してくれている。
(こういうのって、侍女っていうのかな? それとも、専属メイド?)
この世界に馴染んできてはいるが、わからないことは多々ある。
「そういえば、ご要望のレターセットを用意しておきましたよ。手紙を出す相手がいるなんて、驚きました」
「ありがと~~!」
リノからレターセット一式を受け取り、美桜はにんまり笑う。
「夜会で友達ができたから、文通ってやつをしてみようと思って! 文通とか、なんだか趣があるよねぇ~!」
「趣ですか……?」
文通なんて普通のことでは? とリノが不思議そうにしているので、美桜は「そういえばそうだった!」と笑う。
(スマホがないのは不便だけど、まあなくても生きてはいけてるね)
ただ残念でならないのは、待ち受けにしている推しの顔が見れないことと、推しの情報を手に入れられないことだろうか。
もちろん、友達と連絡したり会ったりできないことも寂しいけれど。
アレクシオへは夜会のお礼と、ネイルを流行らせる予定! という話題を書いて、手紙をリノに出してもらうようお願いした。
手紙を受け取ったリノは「本気ですか!? アレクシオ殿下に!?」と目を見開いて驚いていたけれど。
午後になり、慌てた様子でリノが部屋へやってきた。
「大変です、ルシェラ様!」
「どうしたの?」
「って、何してるんですか!?」
「筋トレ前のストレッチ!」
三食モリモリ健康に食べて、運動する! それこそダンディス様と美桜の美学だ。ルシェラをもっと美少女に磨く作戦は、まだ始まったばかり。
「それで、どうしたの?」
「そうでした! これです、これ! 公爵令嬢のミレツィア様から、ルシェラ様へお手紙が来ているんですけれど!?」
「あ、ミレツィってばもう招待状くれたんだ!」
美桜はぱっと表情を輝かせて、「見せて見せて」とリノから手紙を受け取った。
開けると、五日後にお茶会をしませんか? と書かれている。可愛らしい丸文字で綴られていて、見ているだけでも楽しい。
「手紙ってもらうことないから、めっちゃ嬉しい~!」
「リノちゃん、すぐにオッケーの返事を書くからまた手紙をお願い!」
「お茶会のお誘い!? ルシェラ様に!? ……本当に、いったい何があったんですか。今までのルシェラ様からは、まったく考えられないですよ……」
スリズィエ侯爵家でメイドとして長く働いてきたリノは、ルシェラの変化に戸惑いを隠しきれない。
というか、自分がルシェラに捕まってしまったことをどうすればいいのだろう……と、ずっと悩んでもいる。もちろん、仲良くなったと思っている美桜から逃れることはできそうにないのだが。
美桜が楽しそうに返事を書いていると、リノがこほんと一つ咳ばらいをした。
「おそらくですが、旦那様に呼び出されると思いますよ」
「え? ならちょうどいいや。やりたいことがあって物入りだから、私のお小遣い? 的なのがあるかとか聞いちゃおっと!」
「…………」
その言葉に、リノは頭がいたくなった気がした。




