6 友人の助言は素直に聞きます
初対面だから仕方がないとはいえ、思っていた以上にルシェラという存在は警戒されやすいようだ。
(ルシェラは一八歳なのに、まだ社交界デビューしてないもんね)
平均から外れた人間が、特殊な目で見られやすいことは仕方がない。
妹のコーデリアがしていることを考えると、早ければ一〇代前半でデビューしていてもおかしくはないし、親同士の繋がりで友達がいるものだろう。
ルシェラは、貴族の娘にとって当たり前のことをしてきていなかったのだ。
(それでも、アレクシオ様は私と文通をしてくれるんだ)
対外的な評価だけではなく、美桜自身を見てもらえたことがわかって嬉しかった。
「そろそろ庭園にも人が増えてきたな……」
アレクシオの言葉に、美桜は周囲を見回して確かにと頷いた。パーティーホールでの挨拶が落ち着いてきたのだろう。
庭園に出てきた招待客の視線が、ちらほら美桜とアレクシオに向けられている。
「私は挨拶もあるから中へ行くが、ルシェラ嬢はどうするんだ?」
「今日は交流が目的なので、室内でも庭園でもどっちでもいいんですけど……庭園の方が、気軽に話せますかね?」
初めての夜会なので、ずかずか踏み込んで行こうとは思っていない。アレクシオと友人になるという大収穫はあったものの、今日は立ち話をして顔と名前が覚えられたらそれでいい。
美桜の問いかけに、アレクシオは少し考える素振りをしたあと答えてくれた。
「庭園にいた方がいいだろうな」
「なら、ここに来る人と話をしようかな」
「そんな簡単に決めていいのか? 友人を一〇〇人作るんだろう?」
意見をあっさり受け入れられたことを驚いたアレクシオに、美桜はふふっと笑う。
「だって、友達のアドバイスは聞いたほうが絶対にいいから! 今の私だったら、庭園にいた方がいいって判断してくれたんですよね?」
アレクシオが思案してくれたのを見ているので、美桜はまったく迷わなかった。アレクシオが意地悪で反対のことを言うとも思えなかったし、と。
「あまり人を信じすぎない方がいい」
そう前置きをしつつ、アレクシオは言葉を続ける。
「確かにルシェラ嬢は社交的で人との距離の取り方が上手いかもしれない。けれど、貴族というのは面倒なもので……社交デビューをしていなかった令嬢が、一人でパーティーホールに現れただけで奇異なめで見てくる」
「あ〜、第一印象が最悪になっちゃうんですね」
「夜会の格式にもよるが、パートナーがいないことも印象が悪い。絶対に必要なわけではないが、ルシェラ嬢を知る人はいないから怪しく思うだろう」
アレクシ尾の説明に、ルシェラはなるほどと頷いた。
「でも、今日の夜会はうちが主催ですよね? それでもパートナーが必要です?」
「主催だからこそ、だろう。主催した夜会で家のものがデビューするのは珍しくない。だが、その際は婚約者がパートナーを務める。いない場合は、顔見せがあるため父親が行うのが一般的だ」
「あ〜……常識からはずれた行動になっちゃうのかぁ」
「そういうことだ」
スリズィエ侯爵系の対面については、ルシェラをいじめていたこともあって正直どうなってもいいかな……という気持ちがないわけでもない。
しかし、それによって自分たちが不利益を買うのは絶対に駄目だ。
とっぴな行動は物珍しくて注目を集めることができるだろう。だからといって、それで礼儀を蔑ろにしていいわけではない。
「ありがとうございます、アレクシオ様。私が知らないことばかりだったので助かりました」
「君は早急に勉強をしたほうがよさそうだな」
「それはそう!」
美桜はケラケラ笑って、「頑張りますよ」とアレクシオにピースサインを向ける。
「とりま、今日は桜の前で会えた人に挨拶しようかな」
綺麗なので、きっと大勢の人が見にきてくれるに違いない。
すると、美桜の呼びかけに応えるかのように風が吹いて桜の花びらが舞う。靡いた風にめくられて、ルシェラのミルクティーピンク色のインナーカラーが顕になった。
「……花の木の妖精のようだな」
ぽつりと呟いたのは、アレクシオだ。
が、すぐに手で口元を覆っている。うっかり出てしまったようで、意図した言葉ではなかったのだろう。
ただ、表情はほとんど変わっていないけれど――耳が赤くなっているので、本音だったのだろうというのはすぐにわかった。
(アレクシオ様って、こんな顔もするんだ)
美桜はにんまり笑って、一歩アレクシオに近づく。
「んっふふ〜! 今! できる限りの可愛さをこの身体に詰め込んでるんで! アレクシス様が私を妖精だって言っちゃう気持ち、めちゃめちゃわかりますよ!!」
「んな……自分で言うのか、それを」
「可愛かったら可愛いって言わないとですよ。自己肯定感上げるのって大事ですし、テンションあげてくと毎日ハッピーですよ?」
ルシェラは美少女なので、もっと可愛くする予定だ。
今はまだ髪がパサついているし、手のケアだって不十分。太ってはいないけれど浮腫があって、体力と柔軟も足りていない。
「アレクシオ様も、鏡の前で今日も格好良いって言うのを日課にしてみたらどうですか?」
「嫌すぎるが?」
「名案だと思ったのに!」
残念、と言って美桜はまた笑った。
「さてと……アレクシオ様は中へ戻るのに、引き止める形になっちゃってすみません。夜会、楽しんでいってくださいね!」
「ああ」
アレクシオは頷き、近くにいた人へ声をかけながらパーティーホールへ戻っていった。
どうやら人を待たせていたらしく、美桜は少しばかり申し訳なく思うと同時に――せっかくならば紹介してくれてもいいのに! と、ちょっと残念にも思った。
(アレクシオ様が人を紹介してもいいと思えるくらい、信頼してもらえたら嬉しいかも)
そのためには、この世界の知識を手に入れて、ルシェラとして多くの人に認めてもらうことだ。
さて、誰か話せる人はいないかな? と美桜が周囲を見回すと、先ほどと同じく興味深そうにこちらを見ている人がいる。
特に男性が多くて、美桜はこの外見だもんねぇと苦笑する。
わかる、わかるよ〜! と思いつつも、正直に言えば女友達が欲しい。男友達ばかり先行してできてしまっては、女の子から良い印象をも絶えないだろう。
(どうしようかな?)
そう思ったところで、離れたところのベンチに座って桜を眺めている令嬢を見つけた。年の頃は、美桜と同じか少し下くらいだろうか。
少し長めの前髪が、初めてみたルシェラと少し重なった。一人でいるので、もしかしたら交流するのが苦手なのかもしれない。
美桜は視線を向けてくる男性を躱しながら、令嬢の前に立って笑顔を作る。
「こんばんは。よかったらお話ししませんか?」
「え……?」
令嬢が驚いたのと同時に、周囲にいた人たちがわずかにざわめいた。
(え、なんでざわついた……? でもま、いっか!)
ざわついた理由はわからないけど、大事なことは本人と話をしてその人を見ることだ。
「驚かせてごめんなさい。私はルシェラ・スリズィエっていいます」
「! ルシェラ様、ですか? あ……お初にお目にかかります」
美桜が自己紹介をすると、令嬢は慌てて立ち上がって淑女の礼をとった。
「わたくしは、ミレツィア・ラーグリストと申します」
にこりと微笑んだミレツィアは、とても儚げな印象の令嬢だ。
ハーフアップにした茜色の髪は綺麗なストレートで、俯き気味の瞳はエメラルドグリーン。パーツだけ見れば美女という言葉が当てはまるが、本人の気質がそう見せることはなかった。
首元までぴっちりしているドレスは清楚ではあるが、レースをたっぷり使っているので華やかさも合わせもっている。
オフホワイトを基調にしたドレスは色合いが美桜のものと似ていて、無意識のうちに好感を抱く。
(なんだか可愛い子だなぁ)
つい、にこにこしてしまう。
「ええと、声をかけていただいたのは嬉しいのですが……わたくしなんかに、その、貴重なお時間を割いていただくのは……」
「なんて?」
思わず速攻で聞き返してしまった。
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい、わたくし……」
「いや、謝って欲しいわけじゃないよ! 私こそ、いきなりごめんなさい」
こんな儚くてガラスのような子に、なんて圧のある返事をしてしまったのか……と、美桜は大いに反省した。
「その、ご自分を卑下されていたので」
「ですが、わたくしは落ちこぼれなので……」
そう言うと、ミレツィアは俯いてしまった。
(もしかして、ルシェラちゃんと似たような境遇だったりするのかな?)
彼女がどの程度の身分かはわからないけれど、美桜が見る限り上等な部類のドレスを着ている。髪だって綺麗に整えられているし、ちらりと見た指先だって美しい。
「聞いていいのかわからないけど、話て気楽になるかもしれないし……私に話てみない?」
「えっ」
美桜の提案はミレツィアにはあまりにも予想外だったようで、宝石のような瞳が大きく見開かれた。




