5 引きこもり令嬢? - アレクシオ
アレクシオ・アルセリア。
アルセリア王国の第一王子で、年は一八。眉目秀麗で、令嬢たちからの人気は高く――いまだ空席の婚約者という座を、誰もが狙っている。
次期国王との呼び声も高いアレクシオは、執務の量もあって多忙な毎日を過ごしている。休まるのは、眠る前のひと時くらいだろうか。
執務に加えて、社交もこなさなければならない。
近すぎず、遠すぎず、適宜な距離を保っておくことは大切だ。第一王子という立場は、いつ狙われても不思議ではない。
(今日の夜会はスリズィエ侯爵家か)
半年に一度開かれるスリズィエ侯爵家の夜会は、王侯貴族からの注目度が高い。
その理由の一つは、庭園にあるシンボルの花の木だろう。おそらくスリズィエ家ができたときから生えている花の木は美しく、その前で祈れば願いが叶うだろう……なんていうジンクスまで噂されるほどだ。
ということをアレクシオも知ってはいるが、さすがにそれを信じるほど子供ではない。
(ただ、あの花の木を見るのは好きだ)
美しい自然の色というのは、執務で疲れた身体を落ち着かせてくれる。
そう思って夜会が始まってすぐ、少しだけ見ようと思い花の木の前に行ったら――見知らぬ令嬢がいた。
「私、マルチタスク得意ですよ!」
そう言って笑顔を見せたルシェラに、アレクシオはいったい何が起きているんだと思った。ルシェラに会ってからすでに、何度かそう思ってしまっている。
(ルシェラ・スリズィエといえば、絶対に社交界に出ないと有名な令嬢だったはずだが……)
まさかこんな形で出会うとは、アレクシオは思ってもみなかった。
というより、ルシェラについては何度かコーデリアから話を聞かされてもいた。ルシェラの妹のコーデリアは、「義姉は引きこもりで部屋から出てこなくて……」というのがお決まりの台詞だった。
その後はいつも、義姉のことが心配で……と目元をハンカチで押さえたり、ときには病弱なので結婚には向かない……と口にしていたこともあった。
しかし今、目の前にいるルシェラはコーデリアが言っていた内容とはかけ離れている。
(……マルチタスクとはなんだ?)
ルシェラの言葉の意味が分からず眉を顰めるも、自分のことを手伝おうとしてくれているというのは分かった。
「アレクシオ様って、どんな仕事をかかえてるんですか? さすがに難しい仕事はできないかもですけど、タスク管理とかできますよ」
秘書みたいな感じで! と、ルシェラが言葉を続けてきた。
アレクシオとしては、さすがに王城の仕事をなんの職にもついてないルシェラに振ろうとは思わない。
機密情報があるのはもちろんだが、引きこもっていたらしいルシェラにできるとは思えなかったからだ。
もしかしたら、アレクシオの婚約者の座を狙って無茶な提案をしてきている可能性もある。
アレクシオは小さくため息をついて、「不要だ」と一言告げた。
「そうですか……? まあ、友達になったばっかりだし、大切な仕事を手伝わせるのも不安ですよね。その気持ちもわかりますし、無理強いはしない!」
「…………」
ルシェラの言葉に、アレクシオは驚いた。
(あっさり引き下がった令嬢は初めてだ)
アレクシオに声をかけてくる令嬢、特にルシェラのよな元気いっぱいタイプはなかなか引き下がることを知らずごり押しして距離を近づけてくるのだ。
まさに、コーデリアがそのタイプだ。そのため、アレクシオは夜会に参加してはいるが、スリズィエ侯爵家は苦手な部類だった。
侯爵とだけ話していればそれほど不快なことはないが、娘の教育をもっとしてくれと思ったことは何度かあった。
ふと、アレクシオはルシェラが先ほど言った言葉を思い出す。
貴族のマナーに、疎い……と。しかも、教師を付けてもらっていないような口ぶりだった。侯爵家で、そんなことがあるのか? というのがアレクシオの正直な感想だ。
(だが、コーデリア嬢といるより気楽ではあるな)
ルシェラのことは全然知らないけれど、少し話した感じ、距離の取り方が上手く面倒に感じることはなかった。
(突飛なところはあるが、マナーの勉強をすれば社交は向いているかもしれないな)
なんて思ってしまうほどには。
「仕事の手伝いは不要だが、そうだな……手紙のやりとりをたまにするくらいなら、構わない」
「え、本当に!? やった!」
「……そんな頻繁なやり取りはできないぞ?」
「全然! 忙しいのはわかってますから、大丈夫です!」
「そうか」
ちょっとした気まぐれで返事をしてしまったこともあるが、もしかしたら多少は有意義なやりとりができるかもしれない……と、アレクシオはわずかに口元を緩ませた。




