4 桜の下の出会い
「リノちゃん、夜会の会場まで案内ありがとうね! この家……お屋敷、広いねぇ」
まだ把握しきれていないのだと、美桜は苦笑する。
「……スリズィエ侯爵家は歴史が長いですから。お屋敷も広く、夜会はパーティーホールがあります。庭園も開放されていて、シンボルとなる花の木を見ることができます」
「木のシンボルがあるんだ」
「はい。スリズィエ侯爵家の紋章にも使われていますよ」
日本で言うところの、家紋みたいなものかな? と美桜の頭に浮かぶ。スマホがない世界だから、きっと手紙の封蝋などにも使われているのだろう。
「いつも招待客の皆様にも好評で、本日も見られる方が多いと思います。挨拶を終えてからになりますので、夜会の中盤くらいでしょうか」
「じゃあ、今は誰も見てない?」
「おそらくは……」
リノの言葉に、美桜は「なるほどね」と考える。
今すぐ夜会に参加をしても、きっと招待客たちは挨拶で忙しいのだろう。もちろん、この家の娘の美桜――ルシェラが声をかければ無碍にはされないだろうが、挨拶や親しい人との歓談の邪魔をしてしまうことになる。
(それは、きっとよくないよね)
心証が悪くなるとまではいかないけれど、交流の順序やスケジュールがあるかもしれない。なので、美桜は落ち着いた頃合いを見計らって会場に行くのがいいだろうと考えた。
「じゃあ、シンボルを見てから行こうかな。ね、リノちゃんが知ってる家のことを教えてよ」
屋敷の廊下を歩きながら美桜がそう頼めば、リノは怪訝な顔をしつつも少しずつ話始めた。
「私よりも、ルシェラ様の方が詳しいと思いますけど……」
正直、美桜はこの世界のことについて知ろうとしていたけれど、この家の歴史まではまだわかっていない。
なんせまだこの世界で目が覚めて二日目だ。なので、こうして説明してもらえるのはとてもありがたかった。
スリズィエ侯爵家は歴史が長い。
領地は王都の隣にあり、王都にある屋敷も王城からすぐ近く。何代も前から王族を支えてきた一族で、王からの信頼も厚いのだという。
オフホワイトを基調にした屋敷は広く、裏には使用人が暮らす離れと、スリズィエ侯爵家の騎士が過ごす訓練場、畑などがある。
そして正面の庭には、桃色の花が咲く一本の木。
それは代々大切にされ、スリズィエ侯爵家を守護していると言われているのだが――美桜の目に映ったのは、桜だった。
「桜じゃん」
思わず声が出た。
「あの花の木はサクラというのですか?」
「え、知らない? そう、あれは桜って言うんだよ。でも、今咲いてるなんて季節外れだね」
美桜はそう思ったけれど、そういえば……とこの世界に来る前のことを思い出す。
お盆で北海道の祖母を訪ね、祖父の墓参りに行っていたのだけれど――そう、確かそのときもこうやって桜が咲いていた。
季節外れに狂い咲く桜は、まるで地球とこの世界を繋いでいるかのようだ。
「お墓でも桜が咲いてて、ここでも桜が咲いてて? 偶然にしてはできすぎてる気もするけど、ただの木だしなぁ」
そう考えながら桜に近づいていって、えいやと幹に手をついた。もしこの桜が不思議な桜だったら、何か起こるかもしれないと思ったからだ。
まあ、残念ながら何も起こりはしなかったけれど。
(残念)
けれど、綺麗な桜を見られたのでよしとしようか。美桜がそう考えていると、背後から「こんばんは」と声をかけられた。
この時間はみんなパーティーホールにいるとばかり思っていたが、例外もいたようだ。
(若い男の人の声かな? んっふふ~、これは友達チャンスかも!)
美桜は笑顔でくるりと振り向いた。
「こんばんは――」
そして思わず息を呑んだ。
(うわあ、イケメンだ……)
さらりと風に揺れる、透き通ったような水色の髪。空よりも澄んだ水色の瞳。穏やかな表情をしているが、凛とした目をしている。
すらりとした細身の身体だけれど、一九〇センチ近くある高身長で体幹もしっかりしていて、鍛えているのだということがすぐにわかった。
まるで雑誌から抜け出したモデルだ。
「まだ夜会は始まったばかりだというのに、どうしてここに?」
青年の言葉に、美桜は苦笑する。
「実は、今日が初めての夜会なんです。なので、少し緊張してしまって」
「初めて……?」
美桜の言葉に、青年がぴくりと反応した。しかしそれは一瞬で、すぐに笑顔になる。それを見て、美桜はこれが貴族の処世術か~! と、つい感心してしまった。
ちらりとリノに視線を送ると顔を青くしているが、その理由はわからない。
(私が他の貴族と交流するのが嫌なのかな?)
リノはルシェラに嫌がらせをしていたので、誰かと交流を持つことをよしとしないのだろう。
「あなたは――ええと、お名前をうかがってもいいんでしょうか?」
美桜は多少のマナー知識はありはするが、相手の身分も何も知らないので名前を尋ねて失礼に当たるかの判断ができない。
(ほら、貴族って格下から話しかけたら駄目……みたいなのあるっていうし)
派手な見た目に反して、美桜は意外と読書家だった。
美桜は昔からおばあちゃんっ子で、読書好きだった祖母の影響で読むようになったのだ。お薦めの本を借りることもよくあったし、感想を言い合ったり、ドラマや映画を見たりもした。
もちろん、美桜の推しが出てくるアニメもお勧めしたら見てくれたし、なんならダンディスを「格好いいわね!」と褒めてくれた。
なんてことを考えている間に、目の前の青年が「もちろん」と微笑んだ。
「私はアレクシオ・アルセリア。君は?」
「ルシェラです。ルシェラ・スリズィエといいます」
美桜が笑顔で名乗ると、アレクシオはわずかに目を見開いて「スリズィエ侯爵家のご令嬢だったのか」と言った。
「長女です」
「今まで夜会に出ていなかったから気になってはいたが、何か心境の変化でも?」
「そうですね~。友達一〇〇人、作ろうと思って」
あまり表情の変化がなかったアレクシオだが、友達一〇〇人という美桜の言葉には驚きを隠せなかったようだ。目をパチパチ瞬かせている。
「楽しそうな目標だね」
「私もそう思います! 人生は楽しくなきゃ」
「……まさか、ルシェラ嬢がこんなに明るい人だとは思わなかったよ。私も友達に立候補しようかな――なんて」
「え、めっちゃ嬉しい!」
冗談とアレクシオが告げようとしたが、美桜は素早かった。
「や~、男の子の友達って初めて! 私ってば知らないことも多くて、もしよければいろいろ教えてくれたら嬉しいな」
「……知らない、こと?」
「そう。たぶん私、あんまり勉強というか……貴族マナーに疎くて。あ、でもこういうのは相談したら習わせてもらえるのかな?」
夜会の参加に気を取られていたけれど、まず教師の手配をしてもらうべきだったかもしれないと美桜は思う。
大学生の美桜にとって勉強自体は問題ないので、知るべき知識は貴族の在り方や、この世界独自のものだ。
(でも、歴史を覚えなきゃいけないのは大変だよねぇ……)
美桜は友達が多かったこともあり、人の名前と顔を覚えるのは得意だ。一度で覚えられるし、忘れることもほとんどない。
それもあって、友達と勉強会をするとかなり捗るという特性も持っている。
(アレクシオ様と一緒に勉強できたら捗りそう……)
が、きっと貴族という身分があるこの世界では難しいだろう。
身分という立場は自分を助けてくれるものでもあるが、その足を重くするものでもある。そこをどう扱うかで、本人の器量が決まるのだろう。
「あ! 手紙、手紙はどうかな? アレクシオ様に手紙、出してもいいですか?」
「手紙のやり取りをしたいということか……? が、私はそこまで暇ではない。いくつか処理しなければいけない案件が重なって、少し面倒なんだ」
アレクシオの主張に、美桜は「ふむ……」と考える。友達が困っているのだから、手を差し伸べるべきではないのか……? と。
(社会人経験はないけど、バイトはいろいろやってきた。起業しようとしてる友達もいたし、田中はラノベ作家になってその苦労を語ってたし……なんとかなるんじゃない?)
「私、マルチタスク得意ですよ!」
美桜は今日一番いい笑顔を見せた。




