25 秘密の話
ダンディス似の騎士団長に扉を開けてもらい、美桜はアレクシオと一緒に会場のホールへ足を踏み入れた。
王族専用の入り口の先は二階になっていて、階段を下りてホールまで行く流れになっている。
重厚な扉の先には生演奏が溢れていて、弦楽器の音が耳に心地よい。
窓際には料理が多くならんでいて、ブュッフェ形式で食べれるようになっているようだ。階下を見ると、大勢の人が夜会に参加していることもわかる。
「すごく華やか……!」
「一応はこの国で一番大きな夜会だからね」
美桜がアレクシオと一緒に階段を下りてホールへ進むと、人々がざわついた。「誰?」「アレクシオ様ご令嬢を?」「もしや婚約を……?」といった言葉が止まらない。
(うわ~~わかってたけど、アレクシオ様ってめちゃめちゃ人気だ)
よくここまでフリーでいられたものだなあと美桜は思う。
「そういえばルシェラ嬢、今日の目標も友達一〇〇人?」
アレクシオがからかうように問いかけてきたので、美桜は「違う違う」と首を横に振る。
「今日は私――ルシェラの社交界デビューのお祝い。友達を作るというより、たくさんの人と挨拶して、話してみたいと思ってるの」
「なるほどね」
それならばと、アレクシオがルシェラの前で膝をついた。
「ルシェラ嬢、私と踊っていただけますか?」
そう言って差し伸べられたアレクシオの手に、美桜の視線は釘付けになる。だってまさか、そんな格好いいことをされるなんて思ってもみなかった。
それを見た周囲の人たちは、さらにざわつく。
「アレクシオ殿下がダンスにお誘いになったわよ!?」
「今までご自分から誰かに膝をつくことなんてなかったのに!」
「わたくしとも踊ってくださるかしら」
その様子を見ていると、その中に父エドワードと兄のレイドリック、妹のコーデリアがいることに気付く。が、そんなことは気にしない。
「喜んで」
生演奏の音に合わせて足を踏み出し、ステップを踏む。
アレクシオのリードは上手く、踊りやすい。足が軽やかに動き、まるで羽が生えているかのようだ。
くるくるステップを踏みながら中央へ移動すると、ざっと人が引いた。中央で踊っているのは、アレクシオと美桜だけになった。
「アレクシオ様って、普段は踊らないんです? みんなすごく驚いてましたけど」
「別に踊らないわけじゃない。ただ、必要以上のダンスをしないだけだ」
「あ~、なるほど」
美桜はアレクシオの言葉を聞き、おそらくこのダンスは最低限のダンスに含まれていないのだろうなと思う。
確かに社交界デビューとしてアレクシオにエスコートをしてもらいはしたが、ダンスを踊らなければいけないというルールはユリアナ先生曰くなかったはずだ。
ただ、パートナーであれば、基本的に一回は踊るのが一般的ではあるらしいけれど。
(それにしても、踊ってるアレクシオ様も画になるな……)
ダンディグとは違うタイプのイケメンで、顔を見ていると美しさで体力が回復して無限に踊れそうだとすら思った。
ダンスが終わると、美桜は膝を折って挨拶をした。
「アレクシオ様と踊るの、すごく楽しかった! 初めてだったから心配だったんだけど、踊りやすすぎて。アレクシオ様って、リード上手すぎ」
「幼少のころからたたき込まれているからね」
「あ~、それはそう! 上手いのも納得。初めての相手がアレクシオ様でよかった」
「……そう言ってもらえて光栄だ」
二人で談笑しながら、ダンスエリアを出る。
給仕の人からドリンクを貰い、美桜はそういえば……と、アレクシオに聞きたいことがあったのを思い出す。
「アレクシオ様、ちょっと内緒の話がしたいんですけど」
「……内緒の話?」
「そう。あんまり聞かれたくなくて、手紙にも書けなかったから……。あ、あそこがいいかも」
美桜はバルコニーに続く窓を見つけて、ぐいぐいアレクシオを引っ張っていく。踊って火照った身体に、夜風が心地良い。
「あ~~、風が気持ちいい!」
「ルシェラ嬢、今日の目的は社交界デビューなんだろう? 先に挨拶しなくていいのか?」
アレクシオの言葉に、美桜は「忘れちゃいそうだから」と苦笑する。
「本当は馬車の中で話せたらよかったんだけど、豪華な馬車に夢中になって忘れちゃったから……」
美桜は意外と目先のものに夢中になりがちだったりする。まあいいかとつい後回しにしてしまうのは、悪い癖かもしれない。
「それで、もう少しこっちに」
美桜はバルコニーの一番端によって、アレクシオをぐいっと引っ張った。
「!」
思っていた以上の至近距離で、アレクシオが目を見開く。それに美桜は「ごめん」と謝りつつ、本題を口にした。
「秘約の魔女ルイーンって、知ってます?」
美桜が声を潜めて告げると、アレクシオの身体がわずかに反応した。どうやら、魔女ルイーンのことを知っているようだ。
「どこでその名前を? 公にはなっていないはずだ」
「噂を教えてもらったんです。ミレツィ……ミレツィア様が、対価を払えば魔力の制御ができるようにならないかと思ったみたいで。でも、足取りは何もつかめなかったそうです」
ミレツィアのことを話せば、アレクシオは「なるほど」と考え込んでいる。
「しかし、ミレツィア嬢でも足取りを掴めないなら……かなり力のある魔女だと考えていいだろうな」
アレクシオの言葉に、ミオも確かにと頷いた。
ミレツィアは制御できず暴走してしまう可能性があるほど魔力が膨大で、さらに公爵家の人間で情報源もあるはずだ。
そのミレツィアが足取りを掴めないのだから、魔女ルイーンが只者ではないことがわかる。
「アレクシオ様もその口ぶりだと、魔女ルイーンは知ってるけど……居場所はわからないってところですかね?」
「まあ、そうだな。でも、ルシェラ嬢はなぜルイーンを? ミレツィア嬢に協力を?」
「いえ」
美桜が魔女ルイーンを捜している理由は、自分の精神がルシェラの身体の中に入った原因が魔女ルイーンにあるからだ。
手鏡でルシェラと逢瀬をしてから、美桜は何度か手鏡を手に取っていた。けれど、鏡に映ったルシェラは何の反応も示してくれなかった。そう、ただの手鏡の状態のままだったで変化しなかったのだ。
(ルシェラちゃんは、あの手鏡を使うのに魔力が必要だと言っていた)
しかも、様子を見ていた限りかなりの魔力が必要なのだろう。そのため、ルシェラの魔力が回復していないため、手鏡が使えなくなったと考えるのが妥当だ。
美桜が考え込んてしまったからか、今度はアレクシオが身体を近づけ耳元で話を続けてきた。
「……もしかして、対価を支払ってでも叶えたい願いがある?」
「叶えたい願い? 私が? あー……でも、確かに魔女ルイーンに願ったら叶うかもしれないですね。だけど、そういうのって誰でも持ってそうじゃないです?」
軽いものから深刻なものまで願いはあるだろうけれど、対価がそこまで負担でなければ願ってしまう人は多いかもしれない。
(ルシェラちゃんに会いたい、っていうのがきっと私の願いだ)
個人的にはクーリングオフ的な気持ちではあったけど、確かに願いとしてカウントもされてしまう。
美桜の願いを叶えるというよりは、ルシェラが願った何かをなかったことにできたら、それが一番いいとは思っているけれど。
「まだちょっと説明していいかはわかんないんですけど、ルシェラちゃん――自分のために、魔女ルイーンに会いたいんです。願いを叶えてもらうんじゃなくて、とりあえず話をしてみたいってところかな」
「そうか。だが、魔女ルイーンにはいい噂だけではない。必要以上に関わらず、何かあれば行動する前に私に知らせてほしい」
「――!」
アレクシオの言葉で、美桜の表情が硬くなる。
「危険な何かがあった、ってことですね?」
「黙秘する」
「む……。まあ、情報が情報だけに、喋れないなら仕方がないです」
アレクシオは王族なので、持っている情報量はきっと元は比べ物にならないだろう。もちろん、その中には秘匿にしなければいけないものもあるはずだ。
美桜だって、ルシェラの身体の中に別人である自分が入っていることを誰にも告げられていないのだから。
美桜はふーっと大きく息をついて、「わかりました」とアレクシオを見た。
「何かあれば、アレクシオ様に連絡します。だから、アレクシオ様も何かあれば教えてください。私の事情も、話せるようになったら相談しますから」
「わかった」
今は互いに情報が足りないので、何かあった際に共有することにまとまった。
とはいえ、魔女ルイーンの存在をアレクシオが知っていたことは心強い。もしかしたら、ルシェラに身体を返せる未来はそう遠くはないかもしれない――……。




