24 アレクシオのエスコート
時は少しさかのぼり、夜会当日の夜。
エドワード、レイドリック、コーデリアが王城へ向け馬車で出発してから三〇分後、アレクシオがルシェラを迎えにスリズィエ家にやってきた。
「ご機嫌麗しく、ルシェラ嬢。本日は私をエスコートに選んでいただき光栄です」
「エスコートありがとうございます、アレクシオ様」
美桜はユリアナにならったカーテシーをし、微笑んでアレクシオを迎え入れた。
「それに、こんな素敵なドレスまで頂いてしまって。手紙で簡単なアドバイスをしただけだったのに、かえって気を遣わせてしまいましたね」
「いや、本当に助かったからこれぐらい構わない。先日訪ねたときも、そう言っただろう?」
「それはそうですけど~! 高価すぎるんですよ!!」
今回の夜会に間に合わなかったとはいえ、ドレスをオーダーメイドで仕立てているのでその金額が馬鹿にならないことは知っている。
そう、アレクシオが手土産のチョコレートを持ってやってきたとき――美桜はお礼をダメ元でエスコートをお願いしたのだ。そうしたら、あっさりオーケーの返事をいただいてしまった……というわけだ。
しかし、そこで一つ問題があった。
アレクシオの隣に並んでも遜色のないドレスを用意できるのか? ということだ。別に既製品のドレスが悪いわけではないのだが、さすがにアレクシオと並んではどうしても見劣りしてしまう。
かといって、美桜の手持ちのドレスではどうにもならない。
ならどうしたかといえば、妹のコーデリアにドレスを借りれないか掛け合ってみたのだ。結果、貸してもらうことはできず。
ならば仕方がないと、アレクシオがドレスも送ってきた……というわけだ。
ルシェラが身を包んでいるのは、アレクシオに送ってもらった水色の光沢の美しいドレス。
アレクシオの上着と揃いの色合いで、彼の髪の色が意識されているのだということはすぐにわかった。
少し恥ずかしいけれど、薄い水色はルシェラの白とミルクティーピンクの髪色にもよく似合う。
「アレクシオ様って、めちゃくちゃセンスいいよね」
「そう?」
「うん、すごく私好み」
「そ、そうか……」
(それに、イケメンが着るとめっちゃ絵になるんだよね~)
美桜がそう思っていると、アレクシオが「それで、侯爵は?」と声をかけてきた。
「夜会へ行く前に、ルシェラ嬢を預かりますとご挨拶をしたいんだが」
「あー……」
アレクシオの言葉に、ルシェラはなんと返事をしたものかと苦笑する。まあ、そのまま言うしかないのだけれど。
「お父様は、レイドリックお兄様とコーデリアを連れてもう夜会に出発してしまいましたよ」
「もう? 侯爵が私の挨拶をまずに行くなんて珍しいな」
この反応を見る限り、エスコート相手が親に挨拶してから向かうのは一般的なことなのだろう。
「まあ、お父様にはアレクシオ様がエスコートしてくれるとは言ってないですからね。夜会のエスコートのことも、特に聞かれもしなかったですし」
「そうか」
アレクシオは美桜が家族からどう扱われているのか察しているが、その本人がまったく気にしていなさそうなのこともあり、あまり深く突っ込んではこない。
その距離感が美桜にとっても心地よかった。
嫌われていて可哀相だとか、もし同情の言葉をもらってもどうしたらいいかわからない。
「まあ、私のことが嫌いなら嫌いでもいいです。私も嫌いでいるだけですし、気にしませんし」
もしルシェラが体に戻ってきたらとも考えたけれど、きっとルシェラもこの家族とは仲良くしたいと思わないだろう。
「ルシェラ嬢が気にしないなら、それでいい。行こうか」
「はい。エスコート、お願いしますね」
「喜んで」
アレクシオが腕を差し出してくれたので、美桜もそっと手を添える。そのまま優雅にエスコートされ、ドレスを翻し、馬車へ乗って王城へ。
その馬車をスリズィエ家の使用人たちが驚きの顔で見送っていたのは――美桜の知るところではない。
***
豪華な馬車で到着した王城は、まるでお伽噺に出てくるかのような場所だった。
家から買い物に出かけた際の馬車と、街の街から見た景色だけが、今まで美桜の知っている王城だった。
しかし、入り口で見た王城は想像より遥かに大きく、遊園地で作られているアトラクションも含んでいる作り物とはまるでスケールが違った。
「は~~、すっごい! 私、こういうお城って初めて見た。迫力がまじやばい。語彙力消える」
本物の王城を見たのなんて初めてだ。
いや、日本の城であれば見たことはあるけれど、それとはまた違った迫力があって、その荘厳さについ言葉を失ってしまう。
すると、横から微かに笑う声が聞こえてきた。
「ルシェラ嬢の反応は、見ているとなんだか楽しいな」
「え、そうですか? みんなこんな感じじゃないの?」
「……小さい子供ならまだしも、私たちぐらいの年齢ではしゃくのはそうそういないだろう?」
「あー……」
確かにこの世界の住人ならば、王城なんて小さなころから見慣れているはずだ。美桜のような反応をする人は珍しいだろう。
「それじゃあ、会場のホールへ行こうか。お手をどうぞ?」
「――はい」
美桜はアレクシオのエスコートを受け、王城の中へ足を踏み入れた。
渡り廊下の石畳にヒールの音がコツンコツンと響く。
その先は室内になっていて、長い廊下に厚手の赤い絨毯が敷かれている。
「お城の中もすっご! 見てるだけで楽しい」
「ルシェラ嬢に喜んでもらえたならよかったよ。お礼にエスコートを受けた甲斐がある」
しばらくまっすぐ進んでいくと、三メートルほどはあるだろう豪華な扉が見えた。その両サイドには扉を守る騎士がいる。
(見張りかな?)
扉の手前には、黒の礼服を身にまとった男性が一人。アレクシオを見ると、すぐにうやうやしく頭を下げた。
美桜が不思議そうに見ていると、アレクシオが「ここは王族専用の出入り口なんだ」と説明をしてくれた。
「招待客と同じ場所から入ると混乱を招いてしまうからね。ルシェラ嬢は私のパートナーだから、ここから一緒に入ってもらうことになるよ」
「めちゃくちゃ目立ちそうですね」
「それは……そうだね。でも、私にエスコートを頼んだ時点でそれくらいはわかっていただろう?」
ルシェラの社交界デビューに箔をつけるためにと、お礼は何がいいかと問われた美桜は、それならばエスコートをと頼んだ。
なので本意ではそんなにはないのだけれど、目立てば目立つだけ箔がつき、ルシェラの力になるだろうとも思っている。
含みのあったようなアレクシオの言葉に、美桜は堂々と微笑んだ。
「どんとこいです。主役は私が頂いちゃいますから! 今日の私、すごく可愛いでしょ? このミルクティーピンクのインナーカラーをヘアアレンジで白と混ざって見えるようにしてもらったんです。白と、ピンクと、アレクシオ様の水色。この三色ってすっごく相性がよくて、私の好きな組み合わせの色なんです。それだけでテンションアップ!」
「……ふっ、そうかそうか。頑張って主役の座を奪ってくれ」
つい笑ってしまったアレクシオに、ルシェラもつられて笑う。
「アレクシオ様って、結構よく笑いますよねぇ。最初はクール系王子だとばっかり思ってたのに」
意外に人間味があって、好印象だ。
そう言いながら美桜は扉を見て、改めてその両サイドにいる騎士をまじまじと見て、ひゅっと息を飲んだ。
「ま、ままままま、待って! ね、あれ、あれくしお様……!! あの人。あの扉の両サイドにいる人たち!」
「……? 王族の護衛をする、近衛騎士だね。どうかしたの?」
近衛騎士たちは別にさぼってはいないし、携帯している武器もしっかり握っている。何か懸念するようなことはないはずだが……と、アレクシオは首を傾げた。
「近衛騎士! 左の方も近衛騎士ってことですか?」
「左の? 彼はヴァルディス・ワーグス」
「ヴァルディス様……!!」
美桜の胸がキュンと高鳴って、その頬がわずかに朱色に染まった。
ときめく美桜を見て、アレクシオの表情は逆に怪訝なものになる。
「彼がどうかしたのか?」
「めちゃくちゃイケメンですね。カッコイイ! あの筋肉やばくないですか!? うわああぁ、私の何倍くらいあるんだろう。筋肉をあれだけ鍛えるのに、いったいどれだけの筋トレを……!?」
すごい、本当にすごい。
体型はもちろんだが、何より顔が美桜の推しのダンディスに似ていた。
心なしかヴァルディスと名前まで似ているではないか。
推しにそっくりの奇跡。美桜は祈った。
「ルシェラ嬢……?」
「あ、すみません。感動してしまって……」
いまいち美桜の言動が不思議で、アレクシオは困惑する。
美桜にとって好ましい外見だったのかとも思ったが、いつも自分に近づいてくる度の令嬢とも様子は違う。
「…………」
とはいえ。アレクシオは別に美桜の婚約者でもなんでもない。
諫めるようなことはしないし、そもそもそんな資格だってないが……なんとなく胸がもやっとした。




