23 娘の社交界デビュー - エドワード・スリズィエ
ルシェラの父、エドワード・スリズィエは、ここ最近のことでイライラしたものを募らせていた。
というのも、今まで引きこもっていたルシェラが生意気にも反抗してきたからだ。
突然、家の夜会に参加するといい、ドレスを買うための資金をよこせと言い、家庭教師の手配までさせられた。
さらには魔力暴走の危険のある令嬢との付き合いや、第一王子アレクシオとの手紙のやり取り。一体何があったら、たった数日でここまですることができるのだ。
「まったく意味がわからない」
エドワードは椅子に深く腰掛けて、執務机に積まれた書類に視線を向ける。
ルシェラが面倒をかけたせいで、ここ数日は書類の進みが遅い。レイドリックに手伝わせてはいるが、このままでは支障が出るかもしれない。
そんな状況だというのに、ルシェラは王城の夜会で社交デビューをすると言った。
「…………」
ルシェラの年齢を考えれば、遅いどころか今更と言われてもおかしくはない。
しかし、一八の娘を社交界に出さないとなんらかの瑕疵があると思われるのも事実。
ルシェラは折を見てどこかの貴族の後妻にでもと思っていたが、全くタイミングが悪い。友人などというものを作られては動きづらくて仕方がない。
しかもその相手がアレクシオとミレツィアだ。
王族と侯爵家、どちらもスリズィエ家よりも格上で、何かあった際、相手からの圧力に勝つことは難しい。
「私がスリズィエ家の領主だというのに」
次期領主だって、息子のエルレイドリックだ。
ずっとそう思いながら過ごしてきた。
「……だが、もしアレクシオ殿下がルシェラについたら」
おそらくルシェラがスリズィエ家の領主候補になるだろう。なぜなら、元々エドワードは婿養子としてスリズィエ家に入ったからだ。
スリズィエ家は昔から癒しの魔法を使うことで、王家から重宝されてきた。
その血を途絶えさせないというのが、スリズィエ家にとって何よりも大事な使命だったのだ。
ただ、年々癒しの力を持つものは生まれづらくなっており、持っていたとしても強力な力ではなくなっていた。
それにより新興貴族はスリズィエ家が癒しの力を持つということを知らないこともあるし、古い貴族たちも今はもうスリズィエ家の癒しの力は衰えて使い物にならないなんて口にすることもある。
それならば、癒しの力なんてなくてもいいではないか。
元々愛のない政略結婚。
ルシェラ一人子供を儲けはしたが、エドワードには愛するロザリアという女性がいた。彼女の産んだレイドリックとゴーデリアのどちらかをスリズィエ家の次期当主とする。
それがエドワードの野望だった。
ルシェラがこのまま引きこもっていれば、それは簡単に叶うはずだった。
しかし最近は反抗的で、裏で何かを企んでる様子も窺える。
加えて、社交デビューしてしまえば、ルシェラはきっと後ろ盾を手にするだろう。
後ろ盾を得ることは簡単ではないが、短期間にアレクシオとミレツィアと距離を縮めたルシェラであれば、何があってもおかしくはないと思ってしまった。
それは避けたかった。
レイドリックを跡継ぎにするのが難しくなるからだ。
「あー、そうだ……ルシェラを置いていけばいい!」
エドワードはルシェラに教えてはいなかったが、王城で開催される夜会は少々特殊で、エスコートがなければ入ることができないのだ。
社交デビューのエスコートを務めるのは、婚約者、もしくは父親。ルシェラには婚約者がいないので、エスコート相手は必然的に父親のエドワードになる。
だが、その父親がいなければルシェラは夜会に入ることもできず、社交界デビューもできないだろう。
「なんだ、こんな簡単なことで解決するとは」
エドワードは安堵の息をつき、「今日はよく眠れそうだ」と呟いた。
そして翌日。
エドワードはレイドリックとコーデリアの二人を連れ、ルシェラを屋敷に置き去りのまま王城へと向かった。
***
楽器の生演奏に、豪華なシャンデリアの煌めき。
紳士淑女たちは会場内で挨拶を交わし、今日のこの日を楽しんでいる。
――本日、王城の夜会が開催された。
「どういうこと!?」
「なぜルシェラがアレクシオ殿下にエスコートされてるんだ?」
コーデリアとレイドリックの言葉が、エドワードの耳を通り抜けていく。
ルシェラを屋敷に置いてきて夜会に出られないようにしたはずだったのに、なぜかアレクシオにエスコートされ会場に現れた。
周囲はもちろんざわついていて、アレクシオが見知らぬ令嬢をエスコートしているという話題で持ちきりになっている。
ルシェラは社交界デビューをしていなかったので、それがスリズィエ家のルシェラだということを誰も認識できてはいない。
「お父様、どういうこと? お姉様は夜会に出ないのではなかったの?」
「それは……私にもわからん。なぜアレクシオ殿下がルシェラのエスコートをしているんだ」
「お姉様はアレクシオ様と手紙のやり取りをしていると言っていたじゃない。きっと、無理やりエスコートをお願いしたんだわ。そうに違いないわ。じゃなきゃ、アレクシオ様がエスコートなんてするわけないもの。もしかしたら脅したのかもしれないわ。嗚呼、怖い」
コーデリアはそう言って一気にまくし立てたが、アレクシオはそう簡単に脅されるような人間ではない。
おそらくきちんとした取り決めをし、エスコートをしたのだろう……と、エドワードは考えた。
「まさか、エスコートをしていただけるほどルシェラとアレクシオ殿下が友好的な関係を築いていたなんて。手紙のやりとりだからといって、放っておくべきではなかったか」
エドワードはグッと拳を握りしめ、歯噛みする。
そんな中、レイドリックがいぶかしんだ視線をルシェラに向けた。
「ルシェラが着ているドレスは、一体どこのものだ? 既製品には見えないが」
「確かに……」
ルシェラが着ているのは、綺麗な水色で、ふんだんに使われたフリルととても美しいレースのドレスだ。
色合いがアレクシオン様の上着とおなじ色で、よく見ればドレスに施された刺繍も同じだった。
「うそ……」
コーデリアはその事実にいち早く気付け、一歩後ずさった。
――つまり、ルシェラの着ているドレスはアレクシオからの贈り物ということになる。
なんで。
コーデリアが泣きそうになりながら顔を押さえたが、それよりも焦っているのはエドワードだ。
ルシェラがアレクシオといるということは、自分が彼女を置き去りにしたということもアレクシオにバレているはずだ。
目が――。
エドワードはアレクシオと目が合った気がしたが、それもすぐにそらされた。
ルシェラもこちらに気づいたようだが、いつものようにパッと明るく笑顔を見せて軽くこちらに手を振った。
自分が屋敷に置いていかれたことなんて、全く気にしていないというような素振りだ。
エドワードはいたたまれなくなって、ぐっと拳を握り込んだまま夜会の会場を後にした。




