22 夜会前のお茶会にて
美桜の往生の社交会デビューまで、あと三日と迫っていた。
今日はミレツィアとユリアナを招待して、夜会用のネイルをする予定になっている。
「ごきげんよう、ルシェラ様。本日もご招待いただきありがとうございます」
「ルシェラ様にお会いできるのを楽しみにしていました」
「いらっしゃい、二人とも!」
ユリアナとミレツィアと玄関ホールで挨拶を交わし、美桜の部屋へと移動した。
リノに紅茶を入れてもらい、早速ネイルの付け替えを行う。
ユリアナは魔法を扱うことができるので、自分の爪に魔力を通し、スライムゼリーのコーティング薬をするりと剥がす。
一瞬でネイルの剥がれた綺麗な爪が顔を出した。
「は~、何度見てもこんな簡単にネイルがオフできるのって、最高すぎる」
魔法ってすごい。
しかし美桜は魔法を使えないので、その工程もミレティアにお願いしてやってもらう。ネイルを外すと、白くなめらかな指先が姿を表す。
ルシェラの体で目覚めたばかりの頃は乾燥やささくれも酷かったけれど、今は保湿ケアをしているのでとても綺麗な手になった。
爪も整えているため指先も美しく、つい視線が行ってしまう手になっている。
「本日のネイルですが……ルシェラ様、夜会のドレスはお決まりですか?」
「あー、ドレス。ドレスね……」
ミレツィアの問いかけに美桜の視線が泳ぐ。
それを見たミレツィアとユリアナは、一体どうしたのだと首をかしげて互いを見つめる。美桜にしては、珍しく歯切れが悪い。
「……うーん。実はその、私もまだドレスを見てなくて」
「ドレスを見てない」
美桜の言葉を聞き、ミレツィアとユリアナの言葉が重なった。
「それは、もしかして……」
「いつの間に……」
ミレツィアとユリアナの期待のこもった目に、つい美桜も照れてしまう。
「……うん。多分、私が目にするのは夜会の前日だと思うんだよね。その、仕立てに時間がかかってるというか、なんというか」
いつも堂々としている美桜の戸惑っている姿がなんだか可愛くて、ミレツィアとユリアナも無意識のうちに照れてしまう。
夜会の当日を楽しみにするのがいいだろうと二人で目配せをして頷いた。
「でしたら、ネイルはルシェラ様の髪色に合わせたピンクと白はいかがですか? それでしたら、ドレスが何色でも似合うと思います」
「! それいい! ミレツィ、天才すぎる! ありがとう!!」
「ルシェラ様の髪はお綺麗ですから、ネイルと合わせたらとっても可愛いといつも思っていたんです」
美桜が感謝を伝えると、ミレツィアが髪を褒めてくれる。美桜自身もルシェラの髪はとても可愛いと思っているので、すごく嬉しい。
すると、ユリアナが「不思議ですね」と美桜の髪を見る。
「内側だけこんなに可愛らしいピンクなんて、一体どのようにしているのですか?」
ユリアナの疑問に、美桜も今更ながら確かにと思う。
「なんだろう、元々の髪色なのかな? 私が何かしてるっていうわけじゃないんだけど……でも、多分、伸びてきた髪の毛の部分も同じ色なんだよね」
そう言って、ミオは髪をかき上げてみせる。白色の部分もミルクティーピンクの部分も、生え際から髪色は変わっていない。
染めているのではなく、天然の地毛ということだ。
「不思議ですけれど、ルシェラ様的に言うと可愛いからオッケーということでしょうか?」
「そう! ミレツィ私のことわかってる~!」
今まで自分を卑下することの多かったミレツィア。
しかしルシェラと友人になり、ネイルをして自信がついてきたからか、性格が少しずつ明るくなってきている。
笑顔も増えたし、楽しそうにネイルをするところを見るのが美桜は大好きだ。
「それでは、ネイルを塗っていきますね」
「お願いします!」
髪の謎が解け――てはいないけれど、ミレツィアは美桜の髪色と同じネイルをしていく。
美桜の右手はピキラキラ光るピンク色のマグネットネイルと、レースの模様を取り入れた白のネイルを。
左手にはキラキラ光る白色のマグネットネイルと、レースをあしらったピンク色のネイルを施してくれた。
左右対称に色を変えていて、アシンメトリーな華やかさが美桜を一層引き立てる。
「この爪、可愛すぎて震える……!」
「気に入っていただけたのなら、嬉しいです」
「気に入ったどころじゃないよ~! 一生付けていたいくらい!」
このネイルで夜会へ行くのが楽しみで仕方がない。
「ていうかミレツィ、またネイルの腕前上がってるね? このレースの柄なんて細かいし、普通の人はそんな簡単に描けるようにならないよ」
友達のネイルをしていた美桜だって、細かいデザインが上達したのは一年経ったときくらいだった。
それに比べて、ミレツィアはまだ暦が浅い。
「家でも少し練習したんです。わたくし、あまり出かけないので、時間だけはたっぷりありますから。ラッキーでした」
「ミレツィは器用な上に努力家なんだね、すごい」
「いえ、ほかにできることもありませんし」
ミレツィアが首を振りつつそう主張するが、そんなことは全然ない。ミレツィアが持ってきているネイル道具を見れば、一目瞭然なのだから。
「ミレツィはできることいっぱいあるよ ネイル道具だって、会うたびにパワーアップしててめっちゃ驚いたんだから」
丁寧に手入れをされたネイル道具が、ミレツィアのことを表しているかのようだ。
「筆が増えてるよね」
「はい」
気付けば、ミレツィアはネイル道具を自分の手で揃えていた。
広い面に塗りやすい大きめの平筆から、細かい模様を書くための細い丸筆まで、その種類は一〇分ほど。
「まだまだ試したいことがたくさんあって、爪が足りません」
「それは切実だぁ」
そんな雑談をしていたらあっという間にルシェラのネイルが終わったので、次はユリアナの番だ。
せっかくの夜会なのでお揃いの入れもいいと思ったのだけれど、初めて夜会でお披露目するので、いろいろな種類のネイルができるのだとアピールすることにした。
多くのデザインを複数のデザインがあるということを示すために、みんな違うネイルをすることにしている。
ユリアナは花のネイル、ミレツィアは爪一枚一枚に違う色をのせたポップなカラフルネイルにしていだ。
ネイルが終わった後は、紅茶を飲みながら会話を楽しむのがいつもの流れになっている。すると、ユリアナが「そういえば」と美桜を見た。
「ルシェラ様は、夜会のエスコートはどなたに頼まれるのですか?」
「そういえば伺ってませんでしたね。社交界デビューですから……婚約者がいなければ、お父様かお、ご兄弟のかたが多かったか思います」
ユリアナとミレツィアの問いかけに、ミオは「まあ、黙っててもバレちゃうし」と言って夜会の話を始めることにした。
「実は、アレクシオ様がエスコートしてくれることになってて」
「え?」
「殿下が?」
さらりと告げた美桜の言葉に、ユリアナとミレツィアはものすごく驚き目を大きく見開いた。
今まで引きこもっていた令嬢のエスコートを第一王子がするとなれば、それはもう驚くに決まっている。
ミレツィアは「すごいですね」と言っているが、ユリアナはそれ以上にこの事実に驚きを隠せなかった。
「箔を付けて社交界デビューをと言ってはいましたけれど……本当ですか、ルシェラ様。アレクシオ殿下といえば、特定の方のエスコートをしたことは今までありません」
「えっ、ないの!?」
さすがにそれは美桜も知らなかった。
「他国の来賓をエスコートをするということはありましたが、外交だということが対外的にわかるものだけでしたから」
つまり、夜会でルシェラはかなりの注目を集めることになるだろう。
ユリアナの言葉に美桜は「だよね~……」と苦笑する。
とはいえ、アレクシオがエスコートしてくれるなら箔が付くことは間違いない。
美桜はルシェラが戻ってきたときのために、ルシェラが過ごしやすいよう社交界での立ち位置をよくしておきたいのだ。
要は、ルシェラが簡単に舐められない強さがほしいわけで。
「ま、なんとかなるでしょ!」
「確かにルシェラ様でしたら、どうにかしてしまいそうですね」
「わたくしたちは夜会でお会いできるのを楽しみにしていますね」
美桜がいつも通りのポジティブを発揮すると、二人はクスリと笑いつつ頷いた。
***
スリズィエ侯爵家には図書室がある。
美桜は図書室がお気に入りで、本を読むため頻繁に足を運んでいる。図書室でそのまま目を通すときもあれば、部屋へ持ち帰りゆっくり読むこともある。
今日も美桜は図書室に来て、何か面白そうな本はないかと物色していく。
本を読む一番の目的は、この世界の知識を得ること。
おかげさまで、国の歴史だったり文化、または動植物の生態だったりを知ることができている。美桜の知識は、確実にアップデートされている。
「この国のことを知ることはできたけど、スリズィエ侯爵家の家系図とかないのかな?」
家族構成についてはリノに聞いたため、美桜も知っている。
血の繋がりについて名言はされなかったけれど、レイドリックが父親にそっくりなので、父親のエドワードと後妻の母の子供であるということは間違いないだろう。
「ルシェラちゃんのお母さんって、実家はどこなんだろう?」
もし今後夜会などで顔を合わせる機会があったら、知らないというわけにもいかない。
「せめて家名は知っておきたいよね」
なので、可能であれば一度は目を通しておきたい……が、やはり見当たらないわけで。
家系図は大切なものなので、おそらくどこかに厳重に保管されているのだろうとは思う。やはり図書館にはなく、そう簡単に見ることはできないのかもしれない。
「あとは直接ルシェラちゃんのパパに聞くしかないかな~」
教えてもらえるだろうか。
それとも、なぜそんなことを知らないのだ! と、怒られるだろうか。
「絶対に後者な気がする……」
とはいえ、気になったなら聞きに行くが吉だ。
「夜会はもう明々後日だし、聞いたもの勝ちだよね」
というわけで、ルシェラは父エドワードの執務室へとやってきた。
ノックをするも、中から返事はない。
「……もしかして、いないのかな?」
どうしようと思いつつ、仕事部屋なので公爵家の一員であるルシェラもとい美桜が入ってもそう問題ではないだろうと考える。
「失礼しまーす」
案の定、部屋には誰もいなかった。
エドワードの執務机の上には書類が詰まれていて、まだ仕事中だということがわかる。きっと、領主の仕事は大変だろう。
「……っと、私は家系図が見たいんだった」
壁の書棚に目を向けて、それらしいものを探してみる。
執務室というだけあって、毎年の帳簿なども並んでいた。その中で、ひときわ豪華な装丁の本が一冊だけあった。
「もしかして、これかな?」
手に取ってみると、まさにビンゴ。
中はスリズィエ侯爵家の歴史と、家系図が載っていた。
「さてと、ルシェラちゃんのママはどうなってるのかなっと」
家系図を見ると、『リーシェラ・スリズィエ』と書かれていた。
「これがルシェラちゃんのママで、あれ?」
リーシェラと書かれている隣、つまり夫の部分――本来ならばエドワード・スリズィエと書かれているべき場所に『エドワード・シャング』と書かれていた。
「え、もしかしてルシェラちゃんのパパって婿養子だったの!?」
てっきりルシェラの母がスリズィエ家に嫁いできたのだとばかり思っていた。
「だって、ルシェラちゃんの日記にはレイドリックが次期当主に選ばれたってあったし……」
レイドリックのところは、エドワードと『ロザリア・ヒルクール』と書かれている。
美桜はまだロザリアに会ったことはないが、レイドリックとコーデリアの実母だ。以前リノに聞いたところ、王都ではなく領地の本邸で過ごしていると言っていた。
「なるほど、なるほど……? これはちょっと、かなり雲行きが変わってきたなぁ」
美桜は単純にルシェラが生きやすいようにしつつ過ごそうと思っていたけれど、もしかしたらそれどころではないのかもしれない。
本に軽く目を通し本棚に戻し、美桜は悩みつつも……「まあ、なんとかなるかきっと!」と自室へと戻った。




