21 アレクシオのチョコレート
「はぁ~~、今日の観劇も素晴らしかったですね、お兄様!」
「素晴らしかったが、見るのはもう三回目じゃないか。何度も見て飽きないのか?」
コーデリアの言葉に、レイドリックは苦笑しながら「あと何回見るつもりだ」と言いながら馬車を降りた。
ちょうどスリズィエ家へ帰ってきたところだ。
コーデリアはレイドリックにエスコートされながら馬車を降り、「何度見ても素敵ですもの」と言葉を返す。
「貴公子が、令嬢のために悪魔の無理難題に立ち向かう様はいつ見ても胸が高鳴ります……! わたくしも、わたくしのためにどんな試練をも乗り越えてくれる方と結婚できたら……」
「さすがに理想が高すぎるんじゃないか? そんな男は、そういないだろう」
「いるじゃありませんか、アレクシオ様が」
レイドリックの呆れたような言葉に、コーデリアが間髪入れずに被せてくる。
「まあ、確かにアレクシオ殿下はこの国で一番の男性かもしれないが、彼に気に入られようとしている令嬢はかなり多い。……我が家は侯爵家だから勝ち目がないわけではないだろうが、女性との噂もあまり聞いたことがないからな」
婚約者の座を射止めるのは、そう簡単ではないだろう。
レイドリックも、コーデリアがアレクシオの婚約者の座に収まればいいと思っている。応援だってしている。
アレクシオの婚約者になれば将来王妃になれるし、スリズィエ家も力を増す。
婚約の申し入れだって父親経由で何度か打診している。……が、一向に色よい返事はもらえていない。
「……アレクシオ様とお会いできるのは、夜会のときくらいですもの。わたくし、何度もお茶会の招待をお送りしたんですけれど、いつもお断りのお返事ばっかりで」
どうして上手くいかないのかと、コーデリアはぎゅっと手を握りしめた。
コーデリアとレイドリックが玄関ホールへ入ると、ずらりと並んだ使用人たちが「おかえりなさいませ」と二人を迎えた。
「おかえりなさいませ、レイドリック様、コーデリア様」
「ああ」
「ただいま帰りました」
茶でも――と思っていたレイドリックだったが、執事の顔色が良くないことに気付いて首を傾げる。
「何かあったか?」
「それが、その……」
「お兄様? どうかしたんですか?」
言い淀む執事に、レイドリックとコーデリアは二人して顔を見合わせる。ただ、何かあったのはその様子から確実だった。
「私には言えないようなことか? 父上への報告は?」
レイドリックの言葉に、執事は首を横に振る。
「いえ、旦那様への報告はまだ。……実はその、先ほどアレクシオ殿下がいらっしゃいまして」
「え、アレクシオ様が!? どうしてわたくし、出かけてしまっていたのかしら! もしかして、わたくしに会いに? この間、お手紙を出したからその返事を持ってきてくれたのかしら?」
コーデリアがすぐにわっとはしゃいで、「もういらっしゃらないの?」と執事に詰め寄っていく。
「すでにお帰りになっております……!」
「そうなの……」
喜んでいたのも束の間で、執事の言葉でコーデリアの表情は一気に曇った。
「それで、殿下はなぜ我が家に? 連絡がなかったところを見ると、緊急だったんじゃないのか?」
レイドリックが執事に続きを促すと、申し訳なさそうな顔で説明をしてくれた。
「それが、その……ルシェラ様にお会いに来られたようで」
「ルシェラに?」
「お姉様に!?」
その名前を口にすると同時に、コーデリアは唇を噛みしめた。なぜ……という思いが胸の内をぐるぐる回る渦巻いていく。
「それで、なんの用事で来られていたんですか!?」
「私は同席していおりませんが、ルシェラ様からは手紙のやり取りの際にアドバイスをしたお礼に……ということでした」
「お礼? お礼って、なんでお姉様がそんなこと……」
引きこもりで、社交どころか挨拶だったろくにできない姉が、どうしてアレクシオに礼をしてもらえるほどのことができるというのか。
コーデリアは「おかしいじゃない!」と声を荒らげる。
「わたくしは、ずっとアレクシオ殿下をお慕いしているのにっ!」
「落ち着け、コーデリア」
「お兄様、でも!」
目元に涙をためているコーデリアに、レイドリックはどうしたものかと眉間を指でつまむ。
ただ、今は何を言ってもコーデリアには通じないような気がした。
アレクシオのことで取り乱しているので、おそらくレイドリックの言葉にも聞く耳は持たないだろうが、どれほどでコーデリアの機嫌が治るのかもわからない。
どうしたものかとレイドリックが悩んでいると、「あ、おかえり~!」とルシェラが階段から下りてきた。
「――お姉様!」
コーデリアは階段を降りてきたルシェラを睨み、「どういうことですか!?」と走って詰め寄った。
淑女は走るものではないとレイドリックは言いたかったが、伝えても聞き入れはしないだろう。
「え~? 何々? それより観劇に行ったって聞いたけど、どうだったの? 私、舞台ってほとんど見たことがなくて」
「もちろん素晴らしかったわ! って、今はそれどころじゃなくて!! お姉様、どうしてアレクシオ様がお姉様を訪ねてきたの!? わたくしが会えたのなんて夜会のときだけだし、わたくしは手紙の返事だってもらえてないのに……!!」
不機嫌をあらわにしながらコーデリアが、ぐぬぬぬと震えながら文句を言う。
「あ~、別に大したことじゃないんだよ? 手紙のやり取りをしているうちにアレクシオ様の問題が解決したからって、お礼に来てくれただけなの」
だから別に、恋愛的なものではないのだとルシェラが言う。
(でも! アレクシオ様が誰かを尋ねるなんてこと……聞いたことなのに)
コーデリアが訝しむようにルシェラを見ていると、「そうそう」と手に持っていた箱を見せてきた。
「アレクシオ様がチョコをくれたんだけど、一緒に食べる?」
「……………………食べます」
***
執事に紅茶を用意してもらい、コーデリア、ルシェラ、レイドリックの三人は談話室のソファへ腰かけた。
「さっきちょっと食べたんだけど、このチョコ濃厚ですごく美味しいんだよね」
「……いただきます」
アレクシオからもらったというチョコは、シュガーパウダーのかかったトリュフチョコレートだった。
コーデリアが口に含むと、濃厚な味わいとともにゆっくり溶けていく。
「んぅ~~、美味しい! さすがアレクシオ様が選んだチョコレート……」
うっとりしているコーデリアに、ルシェラは「美味しいよね~」と笑う。
レイドリックもチョコレートを一つもらって食べはしたが、コーデリアとルシェラのやり取りを見ているばかりで、特に口をはさみはしない。
ルシェラがチョコレートを一つ食べると、「そうそう」とコーデリアへ声をかけた。
「ゴーデリアはオーダーメイドのドレスをたくさん持ってるでしょ? 私も王城で開催される夜会に出ようと思ってて、よかったらドレスを貸してもらえないかな……?」
「…………………………嫌です」
ちょっとだけ。コーデリアが悩んだのは、アレクシオのチョコレートをもらったからだ。
しかし、それを加味しても自分の大切なドレスをルシェラに貸すのは嫌だった。
「嫌か~~。まあ、それなら仕方ないか」
すんなり諦めたらしいルシェラに、コーデリアは目を瞬かせる。
コーデリアはルシェラが持っているドレスを、リノの報告で聞いているからだ。といっても、最後に聞いたときのドレスは四着で、今はそれより増えているはずだけれど。
(最近のお姉様は、初めて見るドレスを着てるし……)
ただ珍しい形ではないし、布の質も平均的なものだ。オーダーメイドではなく既製品のドレスを買ったのだろうということは一目でわかった。
「……ドレスなら、お姉様だって持ってるではありませんか。それに、ないなら買いに行かれてはどうですか?」
「オーダーメイドは時間がかかるって言われちゃって。でも既製品のドレスはいくつか買ってあるから、まったく着るものがないっていうわけでもないんだよね」
それを聞き、コーデリアはなるほどとそういうことかと思った。
(確かにオーダーメイドのドレスは時間がかかるものね)
けれどそれは、この夜会のために前々から準備をしていました……というアピールになる。そのため、コーデリアはいつも気合を入れたドレスを仕立ててもらっていた。
「わたくしはいつも、半年前からどんなドレスにしようか考えてるもの。王城が開催される夜会なんて、めったにないから」
「半年……すごいね」
ルシェラは純粋に驚いたようで、目を見開いている。
「それだと、思い入れもひときわだよね。そう簡単に貸してなんて言ったら駄目だったよね、ごめんね、コーデリア」
「…………いえ」
コーデリアはルシェラとこうして話し、今までの引きこもっていたルシェラの面影がないことに気付く。
(今まではあんなにおどおどしていたくせに……)
真逆ではないか。
夜会にだって絶対に参加することはなかったのに。
(お姉様はわたくしの引き立て役だったはずなのに)
いったい何が起こっているというのか。
コーデリアはルシェラとレイドリックにバレないようにドレスの裾をぎゅっと握りしめた。




