2 可愛いは正義だ!
メイドのリノにいろいろと質問をした結果、美桜ことルシェラは自分の立ち位置がそれとなくわかってきた。
今は朝の支度を終えて一人、部屋の中で頭を整理しているところだ。ちなみに朝食は、硬めのパンが一つとスープという質素なものが運ばれてきた。
正直あまり美味しくない朝食を終えて、美桜はベッドへ腰かける。
ちなみに濡れた寝具は朝食を持ってきてもらった時に換えてもらった。
「どうして私がこの子の身体の中にはいっちゃったんだろう? でも、田中的に言えば異世界転生? ってやつなのかな? だけど死んだりはしてないし……」
よくよく思い出してみたのだけれど、日本はちょうどお盆の時期で。美桜は祖母と一緒に祖父の墓参りをしている最中だった。
「確かそう、強風が吹いて……気付いたらここで目が覚めた!」
さっぱりわからない。
「考えても答えはでないだろうし、私がルシェラちゃんになった理由は置いとこっと」
今すべきことはうじうじ悩むことではなくて――
「超絶美少女のルシェラちゃんのこの身体を、もっと可愛くしたい!!」
美桜の魂からの叫びだった。
「なんでこんなに前髪が長いの! 絶対に顔出した方が可愛い!! というか、前髪どうするのがいいかな? おでこ全快にしても絶対に可愛いし、ぱっつん姫カットがこれほど似合いそうな顔もそうそうないよね? ん~~~~、でもそうだなぁ、この顔には厚めの重め前髪とかすっっっごく似合いそう!!」
というわけで、まずは前髪を切りたい。
そしてくたびれ気味のネグリジェを着替えたい。
「リノちゃんが朝ご飯を持ってきてはくれたけど、この後はどうすればいいんだろう……? 私って、一日のスケジュールとかあるのかな……?」
すべてが謎すぎた。
「とりま、着替えようかな? さて、服はどこにあるのかな~っと」
引き出しかな? なんて思っていたが、リノが出入りしていたのとは別のドアがあることに気付いた。淡い色のドアで、存在感が薄くて気付いていなかったようだ。
「なんだろ?」
ドアを開けると、そこは六畳ほどの部屋になっていた。
ドレスがいくつかあり、白い猫足のドレッサーと姿見が備え付けられている。その横にはジュエリーキャビネットがあり、少しの装飾品があった。
「わああ、ドレッシングルームじゃん!」
まさに求めていた部屋! と、美桜のテンションが上がる。
「ドレスとかアクセサリーって、マジ映画じゃん。うわー、すっご」
美桜はドレスやアクセサリーを手に取って、自分に当ててみる。ルシェルの外見がいいので、どれも似合っているのだが……むむむと眉を寄せた。
「なんていうか、ちょっとドレスがやぼったいかも? 中世みたいな世界だからこんなもん? んんん~?」
考えてもわからないのでいったん置いておいて、美桜はドレッサーの引き出しを開けていく。
「ハサミ発見!」
今、一番ほしかったもの――それはハサミ!
現代ではあまり見ない、アンティーク調の細身のハサミだ。お洒落で、美桜の乙女心なるものをくすぐってくる気がする。
が、今はそれよりまずは前髪だ。
「よーし、これは腕の見せ所だね。常に自分で前髪を切っていた私の腕前が火を噴くぜ!」
美桜はドレッサーチェアに腰掛けて、同じく引き出しから見つけた櫛を手にしてまずは髪を整えていく。
「ヘアオイルとかはないっぽいね? お化粧品は……ちょっとだけあるんだ」
目を背けて見ないふりをしていたけれど、この衣裳部屋は圧倒的に物が少ない。
リノがルシェラは侯爵家の令嬢だと言っていた。侯爵家といえば、王族を除けば貴族階級はだいたい上から二番目だろう。
「最低限の生活を保障されてる……ってコトかな?」
美桜はそう呟きながら、ジョキンと一気に五センチ以上前髪を切った。
そのままハサミをチョキチョキ動かして整えていけば、とっても可愛いルシェラの出来上がり。
「……ん。我ながらいい出来!」
口角を上げれば、鏡の中のルシェラも微笑んだ。
「それから着替え……っと」
衣裳部屋にあったドレスは、四着。
「いや、少なっ!」
思わず声を上げてしまった。
「でもまあ、逆境のときこそ男を上げるときだ! って、ダンディス様も言ってるしね!これは私が成長するチャンスにしちゃ――あっっっ!!」
ダンディスの名前を出して、美桜は青ざめた。
「私のダンディス様ぬい、いったいどこにいった!? ダンディス様を待ち受けにしてたスマホもないし! 当然かもだけど!!」
今更ながら、ルシェラになってしまったことで美桜は思ったよりも冷静ではなくなっていたらしい。
「はあぁぁあ、ダンディス様……」
ダンディス様とは――テレビアニメ『荒廃世界の配達屋』に出てくるキャラクターだ。
衰退してしまった近未来SFアニメで、暴走したAIと人類が戦っている。そんな世界で配達屋をしている主人公がピンチになったとき、助けてくれた大人がダンディスなのだ。
子供は健やかであれと言いながら、鍛え抜かれた筋肉で助けてくれるマッチョキャラ。正直ファンは多くはないが、美桜はそのたくましい姿がたまらない。
ちなみに残念なことにダンディスのぬいは公式発売されていないので、美桜のお手製だ。
美桜は自分の頬をバチンと叩き、ふーっと息を吐いて、身体中に酸素を巡らせやる気を上げる。
「よーし、衣装チェンジして戦闘開始!」
にんまり笑って、美桜はドレスや装飾品を手に取った。
***
「おはようございま~す!」
美桜はとびきりの笑顔で、父親の執務室のドアを開けた。
中にいた数人の男性が全員思考停止したようで、頭の上にNow Loading...が見える。
「は……? その髪色、ルシェラ……か?」
(髪色で判断って、なにそれ)
最初に口を開いたのは、プラチナブロンドの髪の青年だった。
整った顔立ちで釣り目がちな瞳で、驚きがまだ抜けていないのか口をぱくぱくさせている。仕立ての良い服を着ていることと外見年齢から、長兄のレイドリックだろうと当たりを付けた。
「どうしましたか、レイドリックお兄様……?」
「え、いや、その……ルシェラこそどうしたんだ? 部屋から出てくるなんて、珍しいじゃないか。それに、そのドレスは……」
どうやらレイドリックだろうという予想は的中したようだ。
「ずっと部屋にいたら健康にもよくないですからね、ドレスは……どうですか? 可愛いですか?」
美桜はルシェラがとびきり可愛く見えるように、くるりと回って見せた。ふわりと裾が舞って、儚いながらも麗しい令嬢を演出できる。
衣裳部屋にあったドレスは、どれも地味な色だった。こげ茶、深緑といったラインナップで、ルシェラには合わない色ばかり。
これはいかんぞと思った美桜は、急遽力業で簡易リメイクをしたのだ。
一番に目についたのは、部屋のカーテン。
屋敷の外から見えることもあって、繊細なレースのものがかかっていた。これをリメイクに使わない手はあるだろうか? いや、ない!
ということで、こげ茶のドレスの上にたっぷりレースを足してバランスよく仕上げた結果とても可愛いドレスになったというわけだ。
(だって、別にこげ茶だからって可愛くないわけじゃないもんね)
ファッションには流行りがあり、その中には暗い色やくすみカラーなど、様々な色合いがあった。
美桜は幼い頃から祖母の影響でお洒落が大好きになったので、流行や色合い、どんなものでも楽しく着こなせてしまうのだ。
美桜の質問にぽかんとしてしまったレイドリックに、再度問いかける。
「可愛いですか?」
「え、あ、ああ……可愛い――って、俺は何を!!」
「可愛いいただきました~! だよね~!」
ばっと口元を押さえたレイドリックだが、時すでに遅しだ。
そして次に、美桜は執務机に向かう男性に目を向けた。
こちらもレイドリックと同じプラチナブロンドで、おそらく年齢は四〇代かそれ以上だろうか。
(この人がルシェラちゃんのパパかな?)
美桜は一歩前に出て、にこりと微笑んだ。
「直近の夜会って、いつありますか?」
「――は?」




