1 異世界でおはよう
新連載!
楽しくハッピーな話が書きたい!
どうぞよろしくお願いします!!
鳥の声が耳に届き、美桜の意識が浮上していく。
春に大学生になってから始めた一人暮らしの部屋は、鳥の声が聞こえることはほとんどなかった。そのため頭にクエスチョンマークを浮かべるが、そういえば今は北海道の祖母の家に泊まっているのだったと思いだす。
「おばーちゃん、おはよ――ぶへっ!?」
挨拶を口にしながら目を開けたが、突然顔に水をかけられて咳き込んだき込んだ。そのままごろりと横になり、ベッドへ両手をついてびしょぬれになった身体を起こして濡れてしまった顔を袖で拭う。
(何これ、流行りの滝行みたいで笑う)
流行っているかは定かではないが、美桜は同級生が「滝行すると強くなれるらしいんだよね~」と話していたことを思い出した。
まあ、そんなことは置いておくとして。
祖母が水をこぼしてしまったのだろうか。片付けの手伝いをしなければ――と思ったのだが、そのままぱちくりと瞬きを繰り返した。美桜が想像した部屋と、まったく違う部屋にいたからだ。
(あれ? ここどこ……?)
視界に飛び込んできたのは、美桜の身長の二倍はある高さの窓だった。レースのカーテンをメイド服に身を包んだ女性がまとめている。
「……?????」
祖母の家でもなければ、見たことのない家で。強いていうならば、洋館やお城といった雰囲気で……まるで映画のセットを見ているみたいだ。
「あの~……」
ここはどこだろう? という気持ちでメイド服の女性に声をかけたけれど、返事はない。もしかして声が小さかっただろうかと思って、今度は少し大きめの声を出した。
「あの!」
「…………」
けれど、女性の返事はない。
周囲を見ると、サイドテーブルの水差しが空になっている。あの女性が水差しの水を美桜にぶっかけたのは一目瞭然だった。
(とりあえず、嫌われてるっぽいことはわかったぞ)
しかし、この状況を把握しているのも水をぶっかけてきた女性だけなわけで。
美桜はやれやれと肩をすくめながらも、とりあえず先に状況確認をしてしまうことにした。
まずベッドから下りて、室内を見回した。
そして注目すべきは、自分が寝ていた場所――ベッド。
「これって、天蓋ベッドってやつじゃない? すっご!」
思わず「テンション上がる!」と口にしてしまった。
室内には、ミオが寝ていた天蓋付きの豪華なベッド。
ベルベッド生地の掛け布に、肌触りのよいしっとりしたシーツ。まるで中世の王侯貴族のようだ。
ただ残念なことに、今はびしょぬれになっているけれど。
壁際にはアンティーク調のデスク、部屋の中央には猫足のテーブルとソファ。床には花をあしらった模様の絨毯が敷かれている。
「かわい〜!」
ふらふら〜っと猫足の家具に吸い寄せられていく途中、ちょうどベッドの横に姿見があるのを見つけた。見つけてしまった。
なぜか姿見に写っていた姿は、美桜ではなくて。
「うっわ、前髪、長ッッッ!!」
鼻下まで長い白色の髪で、顔の半分以上が隠れてしまっている。
美桜が前髪を書き上げておでこまで顕にしてみると、その場が華やいだ気がした。それもそのはずだ。だって、鏡に映った姿は――
「えっっっっっ! 超絶美少女!!」
儚い系の、天使のような美少女が鏡に写っていた。
美桜は思わず走って、鏡に手をついてまじまじとその顔を見る。まるで海外で見かけるドールのようだ。
天使の美少女、名前は不明。
ぱさついてしまってはいるが、ふわりとした白色の髪は腰まである愛らしいロングヘア―。内側はミルクティーピンク色で、いわゆるインナーカラーのようになっている。
すらりと伸びた身体はどちらかといえば瘦せ型で、それがいっそう儚さを掻き立てているようだ。
こんな可愛い子が身近にいたら、絶対に友達になりたい! と美桜は思った。
そしてハッと気付く。
「待って、鏡に写ってるってことは………………私じゃん!?」
鏡に手をついて動いてみれば、鏡の中の美少女が同じように動く。右を向けば右を、手を上げたら同じように手が動いている。
「うわ〜……」
ぐぐーっと背伸びをして、ついでに立ったまま軽くストレッチをしてみた。
身体の可動域は、美桜と比べたら少ないように思う。試しに自重でスクワットをしてみれば、あまり深く行うことができなかった。
「身体が硬いし、足も浮腫んでるかも! こんなに超絶美少女なのに、身体が残念なことになってる!」
太っていなかったのが、唯一の救いだろうか。
これは駄目だ! と、美桜はこの美少女の身体を整えなければいけない! というような使命感が湧き上がる。
「美少女は、もっと美少女であるべき!」
可愛いなら、さらに可愛くしたいと思うのがギャル心。
自分にならばそれができる! と、美桜のテンションが上がっていく。
そんなことを考えていたら、鏡に映る美桜の後ろをメイドの女性が通った。姿見に夢中になっている場合ではなかったことを思い出す。カーテンを整え終えたので、部屋から出て行こうとしているようだ。
「ちょ、ちょっと! 待ってよ! ねえ!」
美桜は慌てて女性の手首を掴んだ。声が聞こえないのだから、申し訳ないがちょっとの実力行使は許してくれと焦りながら。
「……っ!」
「あっ、ごめん! 痛かった……よね?」
女性が顔を歪めたのを見て、美桜は慌てて手を離した。女性はこちらを見てこそいたが、ドン引きした顔をしている。
「なんだ、ちゃんと表情あるじゃん~! よかった!」
どうやら完全に無視できるほどの嫌な女ではなかったようで、美桜は笑いながら胸を撫でおろす。
ここがどこかはわからないけれど、第一にすべきは目の前の女性と意思疎通を取ること。でなければ、何もわからないままだ。
「……何かご用ですか? ルシェラ様」
女性は目を逸らしながら、渋々といった様子で返事をした。
「! うんうん、ごよう……というか、現状を聞きたいんだけどね。まずは……どうして私に水をかけたの?」
「……っ!」
恐がらせないように笑顔で問いかけてみるも、逆にそれが怖い。
「それ……は……、起床のお時間でしたので」
「ふうん? それが、ここでの礼儀っていうこと? あなたも水をかけられて起きてるの?」
「え、あ……っ!? いつも何も言わないのに、どうして……っ」
「そっかぁ、私がいつも何も言わないから水をかけてたんだ」
美桜の言葉に、女性の顔色が一気に悪くなった。
(悪いコトっていう自覚はしてるんだ)
とはいえ、美桜が一番知りたいことはこの状況だ。
ここはどこなのかとか、なぜ自分はこんな姿なのかとか、あなたの名前は? など、聞きたいことは山のようにある。
目の前で震え始めた女性を問い詰めることは簡単だけれど、こちらを快く思っていないのだから得られたとしても正しいのか美桜には判断ができない。
だけど自分が悪いと自覚していて、関係値でいえば美桜の方が上にいるのだろう。
「……寝起きで、少し頭が回っていないみたい。ねえ、水をかけたことは忘れてあげるから、あなたの名前を教えて?」
「私の名前、ですか?」
女性は戸惑っているようで一歩後ずさったけれど、濡れたままの美桜が笑顔だということに気付いたからか、ひゅっと息を呑んでから口を開いた。
「リノと申します」
「リノちゃんね!」
美桜がにぱっと笑顔を見せると、メイドの女性――リノは目を瞬かせて驚いている。よほど、美桜が予想外の対応をしたのだろう。
(う~ん、私はこの美少女のふりをした方がいいのかな? でも、本当になんにもわかんないから、絶対すぐボロが出ちゃうよね――……)
そう考えたら、いつも通りの『美桜』で対応する方が絶対にいい。
(そうしちゃおっと!)
ここで悩んでも仕方がない。なるようになれと思いながら、美桜はリノに質問を続けることにした。
「ここってどこ? 東京?」
「トウ……? ここは、アルセリア王国の、王都にあるお屋敷ですが……」
「なるほど」
さっぱりわからない。
美桜は、自分の地理の成績を頭の中で思い浮かべる。悪いわけではないが、別段すごくいい……というわけではない。
(私が知らないだけで地球上にある国の可能性――)
が、まったくないわけでもない。
しかし窓の外をちらりと見る限り北海道ではなさそうだし、一晩かそこらで自分がここに連れてこられたというのもなんだか不可解だ。
つまりこれは……!
「あれだよね、田中がよく異世界転生してぇ~! って言ってたやつだよね。まさか田中じゃなくて私が体験してしまうとは……」
すまんね田中、と美桜は高校の時のクラスメイトに心の中で謝罪した。
「え、ええと、ルシェラ様……?」
「あ! ごめんごめん、こっちの話だった。教えてくれてありがとう、リノちゃん。私のフルネームも教えてもらってもいいかな?」
お願いと胸の前で両手を合わせると、「名前を……?」と怪訝な顔をしつつ、リノは美桜の身体の人物の情報を教えてくれた。
「ルシェラ・スリズィエ様です。スリズィエ侯爵家のご息女で、一八歳でいらっしゃいます」
「ちなみに家族構成は?」
「……エドワード・スリズィエ侯爵様、奥様のロザリア様、ご長男のレイドリック様、次女のコーデリア様です」
「おお、兄弟! テンション上がる! 二人は何歳なの?」
「レイドリック様が一八歳で、コーデリア様は一六歳です」
美桜はリノの言葉に「結構年が近い、いいね~!」なんて感想を抱き、お? っと首を傾げた。
「もしかして私、双子だった!?」
つまり同じ顔――超絶美少年、いや、年を考えたら超絶美青年がいるのかもしれない。妹だって、きっと可愛いだろう。
うっかり顔がにやけそうだ。
「いえ……。レイドリック様とルシェラ様は双子ではございません」
「おっと」
一気に家庭環境の雲行きが怪しくなってきた。
「いや、でもまだ私とそのレイドリック様の仲が悪いとは決まってないもんね」
そう言いつつも、リノが美桜にしていた最初の無視という態度を見ているため、ワンチャンどころか絶対にないな~~~~なんて心の中で失笑する。
「教えてくれてありがとうね、リノちゃん。教えてくれたから、水をかけたことは許してあげる」
「も、申し訳ございませんでした……!」
美桜が許しを口にすると、リノは慌てて部屋を出ていってしまった。
「あ、びしょぬれの寝具……」
片付け方も聞けばよかったと、美桜はベッドへ腰かける。
ここから前途多難な異世界生活が始まるとは思っても――なんてまあ、ぶっちゃけて言えば普通に予想の範囲内だ。
「……とりあえず、朝ご飯かな?」
ギャルっていいね、恋愛もいいね、両片想いもめっちゃいいね~!
みたいな感じで進めていきます。たぶん。




