19 ルシェラとの逢瀬
深夜、しんと静まりかえった室内。ベッドから起き上がった美桜は、昼間にミレツィアからもらった魔女ルイーンの手鏡を取り出した。
なんとなく、昼間に見るのは憚られたのだ。
「あ〜〜、めっちゃ緊張する!」
しかし女は度胸だ!
えいやっと、裏にしていた手鏡を覗き込む。
そこに映っているのは、まるで人形のように美しい儚げな少女ルシェラ。美桜が鏡で毎日見ている顔だ。
しかしいつもの鏡と違うのは、手鏡の中の人物が美桜とは違う動きをしたということだ。
(手鏡に映ってるのはルシェラちゃんだよね?)
もし、手鏡を覗き込んだ人物の姿を借りているだけのまったく別の存在――たとえば化け物だったらどうしようかとも考えた。が、本物のルシェラと会える可能性があるならその可能性にかけたい。
「こんばんは。私は月岡美桜、あなたは……喋れるのかな?」
肝心なことを失念していたと、美桜は苦笑する。
しかしその不安はすぐに払拭された。
『わたくしは、ルシェラ・スリズィエ……です』
か細い声だったけれど、しっかり美桜の耳にルシェラの言葉が届いた。
「うわ、声まで美少女ですごく可愛い……」
つい、美桜の口から感想がもれ出てしまった。
手鏡の中のルシェラはきょとんと驚いた様子で、瞳を瞬かせている。なぜ自分にそんなことを? と思っているのが手に取るようにわかった。
(だけど、同じ身体なのに中身が違うだけでこんなに印象が変わるんだ)
ルシェラはまるでガラス細工のよう――というのが、美桜の印象だ。儚くて美しいけれど、すぐに壊れてしまいそうな不安定さがある。
声帯だって一緒なはずなのに、声の張りが全然違う。
美桜が隣に立てる女王ならば、ルシェラは守ってあげたい姫だろうか。
「ごめんね、話が脱線しちゃった。改めて、話ができて嬉しいな」
美桜が笑顔を向けると、手鏡の中のルシェラが俯いてしまった。
「ルシェラちゃん?」
もしかして気分でも悪いのだろうか? と、美桜は心配になる。
「大丈夫? もしかしてこの手鏡に生気とか吸い取られてたりする? 危険な鏡だった?」
美桜が手鏡を振りかざそうとしてみると、ルシェラが慌てて「違います……っ!」と声をあげた。
『その……美桜様は、怒っていないのですか? わたくしなんかの身体の中に入ってしまったのですよ』
ルシェラの声は震えて、今にも泣いてしまいそうだった。
その言葉で、美桜はルシェラとして目が覚めた一日目のことを思い出した。メイドのリノに水をぶっかけられたのだ。
(そうだ、ルシェラちゃんはずっと酷いことをされてたんだ)
自己肯定感が低くなるのも致し方がない。髪だって伸ばしっぱなしで、ドレスや装飾品の類も最低限しか持っていなかった。
ルシェラは美桜と同じ一八歳。まだ子供と呼んでいい年齢の人間に、よくあんなことができたものだなと改めて思う。
「大丈夫だよ、ルシェラちゃん。むしろ、こんなに可愛い身体で、びっくりしちゃったくらいだし」
これは本当だ。
海外のビスクドールのようで、めちゃめちゃテンションが上がったのは一生忘れることはないだろう。
『…………』
美桜の言葉があまりにも予想外だったからか、手鏡の中のルシェラはぽかんとしてしまっている。
その様子が、なんだか可愛い。
(これが庇護欲ってやつなのでは……)
なんて、ついつい考えてしまう。
『まさか、そんなことを言われるとは思いませんでした……。美桜様は、とてもお強い方なのですね』
「まあ、メンタルが強い自負はあるかも」
美桜のモットーは常にポジティブ! だ。明るく楽しく毎日を生きるコツを、小さい頃に祖母から教わったのだ。
それは、美桜が名前負けしていると小学校で揶揄われたときのこと。祖母は、一緒にお洒落をして美桜を元気づけてくれた。
祖母との思い出は美桜の人生にとってかけがえのないもので、まさしく人生の転機だったのだろう。
「大丈夫だよ、ルシェラちゃん。女はいくらだって強くなれるからさ」
『美桜様のように……?』
「うん。お洒落で武装したら、完璧ってね! ほら、可愛いネグリジェでしょう?」
白色のシルクのネグリジェを身に纏い、ふわりとした髪はゆるい三つ編みに。爪はミレツィアがしてくれたパステルカラーのネイル。
手鏡を棚の上に置いてから、美桜は少し離れてくるりと回ってみせる。ネグリジェの裾が舞って、その可愛さを強調した。
『……実は、先ほどから思っていたのです。本当にわたくしの身体なのかと……』
「ちゃんとルシェラちゃんの身体だよ」
つい美桜がクスクス笑ってしまうと、手鏡の中のルシェラも釣られて笑う。
(よかった、笑うこともできるんだね)
ルシェラの日記を部屋で見つけてしまったときから、美桜はずっとルシェラの精神状態が心配だった。
メイドや家族からのいじめの件だってある。かなり追い詰められていたはずだし、彼女の自己肯定感の低さがそれを表している。
「私、ルシェラちゃんと友達になりたいって思ってたんだよね」
『わたくしと、友達に……?』
「うん。むしろ、こうやって楽しく話せてるわけだしもう友達じゃない?」
そう言って美桜がニッと笑うと、ルシェラは口元を手で押さえた。
『……初めてのお友達、です』
「ルシェラちゃんの初友なんて、光栄すぎるね」
ふふっと笑うと、ふいに手鏡に映っているルシェラが薄くなった。
「えっ!? もしかして壊れちゃった!?」
『――!』
せっかく見つけたルシェラと繋がる手がかりをこんなところで無くすわけにはいかない。かといって、美桜ではどうしたらいいかわからない。
『おそらくですが……この手鏡を使うには、多くの魔力が必要なんだと思います』
「あ〜! なるほど、魔力を使ってたんだ」
ということは、あまり長くルシェラと話すのは無理だろう。美桜は慌てて確認しておきたいことをルシェラに問いかける。
「ねえ、ルシェラちゃん。時間がなさそうだから手短に……私がルシェラちゃんの身体にはいっちゃった理由ってわかる?」
『――……』
直球な問いかけに、ルシェラの表情が曇った。
きっとルシェラは入れ替わりの理由を知っていて、美桜は何もわるくなく巻き込んでしまっていることを申し訳なく思っているのだろう――と美桜は当たりをつける。
『も、申し訳ございません……』
「大丈夫だよ、ルシェラちゃん。責めたりしたいわけじゃないからさ」
怒ってもないよ〜と、美桜は笑顔で「大丈夫だよ」とルシェラが安心するように何度も言う。
美桜の言葉に少しずつルシェラの肩の力が抜けてきたからか、ゆっくり深呼吸を繰り返して、改めて口を開いた。
『わたくしが、取引をしたのです』
「――! いったい誰と?」
きっと取引の内容は、美桜とルシェラの身体を入れ替えること、もしくはルシェラの身体に別の人間――この場合でいう美桜を入れることだろう。
しかし時間のない今は、内容よりも相手の情報がほしかった。相手がこの世界に存在しているのであれば、美桜でも会いに行くことができる。
『……秘約の魔女、ルイーン様です』




