18 魔女の噂
「魔女ルイーン、ですか?」
またファンタジーな用語が出てきたなと、美桜は思いつつ出された紅茶に口をつけた。
ここは、ミレツィアの屋敷。
無事にユリアナから合格をもらい、父は「もう?」といった様子だったがしぶしぶ外出許可を出してくれた。いや、出さざるをえなかったと言っていいだろう。
ミレツィアとの交流はもちろんだが、アレクシオとも定期的に文通のやりとりをしている。手紙の内容こそ見られてはいないけれど、届いていることは把握しているはずだ。
「わたくしも存じませんけれど、有名な方なのですか?」
美桜と同じく不思議そうにしているのは、ユリアナだ。
今日のお茶会は、ミレツィアが主催で、招待客は美桜とユリアナの二人。いつもは美桜の部屋で行っていたネイルのお茶会だ。
ミレツィアは「ご存知ないんですね」と説明をしてくれる。
「正確には、秘約の魔女ルイーンというそうです。参加した夜会で、令嬢方がこそこそ話しているのが耳に入ってしまって」
そう言ったミレツィアは、自分の耳にそっと触れた。
「わたくし、体内の魔力循環が多いので聴力も少し強化されているんです。なので、いろいろと……聞こえてしまって」
「それは便利……だけど、ちょっとしんどいこともありそうだね」
「ええ」
美桜は聞きたくないことや、聞かなかった方がいいことはこの世にたくさんあると思っている。それを相手の意図せず聞いてしまうのは……なかなかに大変だろうと思うのだ。
「ですが、もう慣れましたわ。さすがに、機密事項をコソコソ話す方もいませんから」
「それはそうかもしれないけど……まあ、ミレツィが大丈夫なら私は見守るよ!」
「ありがとうございます」
聞いてはいけないことを聞く心配はないけれど、聞かなくてもいいネガティブな言葉は聞こえてしまう。
(それならいっそ機密事項でも聞こえてきた方が清々しいのに)
なんてことも美桜はついつい考えてしまった。
「それで、そのルイーン様というのは何者なのですか?」
「そうでした」
ユリアナが話を戻すと、すぐにミレツィアが思考を切り替えた。
「なんでも、黒魔術を意のままに扱う方で……どんな願いも対価さえ渡せば叶えてくださるとか」
「黒魔術!」
「どんな願いでも……?」
ミレツィアの言葉に、美桜とユリアナは驚いて目を見開く。魔法使いなのだから黒魔術を使うのはまあいいとしても、どんな願いも叶えてくれるというのは……さすがに不可能ではないだろうか。
(なんでも願いを叶えてもらえるなら、私は何を願うだろう)
美桜は腕を組んで考えてみる。
ルシェラの暮らす環境を整えてください? 魔法を使えるようにしてください? それとも、日本に帰してください……?
(って、さすがに日本に帰る一択かなぁ)
この世界に来てから、今まで美桜が暮らしていた日本が、生活がどうなっているのかはまったくわからない。
同じように時間が経過しているのか、それとも時が止まってしまっているのか。
(今まであんまり考えないようにしてたけど、わからないことばっかだ)
とはいえクヨクヨしていても仕方がないので、美桜はすぐに思考を切り替える。
話をしたミレツィアを見ると、苦笑していた。
「まあ、驚いてしまいますよね。わたくしだって、令嬢の噂だと思いましたから」
ミレツィアは苦笑して、「それで」と話を続ける。
「わたくし気になって、少し調べてみたんです。もし噂が本当なら、魔力制御の方法もご存知かもしれないと思って」
「! それは確かに!!」
「今はネイルなどでも魔力を消費しているとはいっても、制御は大変なままなのでしょう?」
美桜が大きく頷き、ユリアナはミレツィアの状況を察して心配した目を向けている。
「ええ。それでお父様にも相談して、とあるものを手に入れたんです」
ミレツィアは席を立って、引き出しから手鏡を取り出し伏せる形でテーブルの上へ置いた。
「綺麗な細工の鏡だね」
鏡の面は伏せられていてわからないけれど、裏側は白色の材質で花の模様が彫られている。サイズも二〇センチほどと女性が持つのにちょうどよさそうだ。
「これは、ルイーン様の真実を映す鏡です」
「真実を?」
「それが本当ならすごいですが、どうやって手に入れたんですか?」
美桜とユリアナの問いに、ミレツィアが話を続ける。
「ラーグリスト公爵家と懇意にしている方から譲っていただいたんです。なんでも、その方のおばあ様がお持ちだったものみたいで」
「年代物なんですね」
ということは、ルイーンはかなり年がいっているのかもしれないと美桜は思う。
「ええ。ですが、鏡はほとんど手入れをせずとも美しいままあるそうなんです。ルイーン様についても、年齢はもちろん、容姿などもわかりませんし……」
だからこそ噂が独り歩きしている可能性もあるけれど……と言いながらも、ミレツィアは鏡を覗き込んだ。
わざわざ伏せられていた鏡を、美桜もユリアナも覗き込もうとは思わなかったのだが……ミレツィアの行動はあっさりとしたもので。
「ミレツィア様の真実が映ってるんですか……?」
少し緊張を含んでしまった声で美桜が問いかけるとミレツィアは苦笑して、手で持った鏡を自分だけが映ったかたちのまま机の上に置いた。
美桜が視線を動かせば、その鏡の中に映るミレツィアが映っている。今、肉眼で見ているミレツィアと寸分たがうことはない。
(ただの鏡だった……ってオチ?)
魔法のあるファンタジー世界なので期待していた美桜は、少し残念に思う。
ユリアナが「普通の鏡……ですか?」と鏡を覗き込んでいるが、やはりいつも通りのユリアナの顔が映っているだけだ。
「わたくしもすごい鏡かと思ってドキドキしてしまったのですけれど、結果は見ての通りです。やはり、貴重な魔法道具というものはそう見られるものではありませんね」
「そうですわね」
ミレツィアの言葉にユリアナが同意すると、再び鏡がテーブルに置かれた。
「魔法道具じゃなかったのは残念だけど、綺麗な鏡だから普段使いにもよさそうだよね。白だから、ほかのアイテムと一緒に置いてもよさそうで~……」
そう言いながら美桜が鏡を覗き込むと、思わず言葉が止まった。
「確かに普通に使うのがよいかもしれませんね」
ミレツィアが美桜の言葉に同意してくれているけれど、鏡を見た美桜はそれどころではなかった。
(なんで、鏡の中の私が勝手に動いてるの……?)
目を瞬かせて、じっと鏡を見つめてしまう。
すると、美桜の様子を不思議に思ったらしいミレツィアが「どうしましたか?」と鏡を覗き込んできたので――慌てて伏せるようにテーブルに置いた。
「ルシェラ様?」
「あ……ごめんね。ちょっとお化粧が崩れてたのが気になっちゃって」
「そうですか?」
慌てて言い訳をするも、美桜はちょっと苦しかったよね~~と苦笑する。
(いやだって、何あの鏡。私にだけ反応してるとか、変でしょ)
そう、覗き込んだ手鏡の中に映ったルシェラは――自分自身のはずなのに、勝手に動いていたのだ。
鏡なのに自分ではない何かが映っていた、ということになる。
美桜はおばけ? とも思ったが、すぐにハッとした。
(真実を映す鏡……もしかして映ってたのって、本物のルシェラちゃんなんじゃない!?)
閃いた! とばかりに思わず口を開けてそうに違いないと美桜は納得する。
(やっぱりルシェラちゃんは生きていて、どこか? 鏡の世界? に存在してるのかもしれない……!)
すぐに鏡を伏せてしまったけれど、話はできるのだろうか。もしできるのであれば、ルシェラと会話をしたい。
しかし気がかりなのは、目の前にいるミレツィアとユリアナだ。
美桜が本物のルシェラではない――ということはまあ、百歩譲っても別にいい。しかし、もしこの事実を話したことで本物のルシェラにとって不利益になるようなことだけは避けたかった。
(二人のことは信頼してるけど、ルシェラちゃんの意思を無視して話すのは違うもんね)
というわけで、美桜はこの鏡を手に入れる必要が出てきた。
先ほど普段使いに~なんて言ったばかりで申し訳ないのだが、こればかりは仕方がない。
「ねえ、ミレツィ。私この鏡が気に入っちゃって……譲ってもらうことって、できたりしないかな?」
「この鏡をですか?」
「……うん。手に入れるのが大変だったっていうのはもちろん知ってるし、私ができることや払える対価ならなんでも大丈夫だから」
わっと告げる美桜に、ミレツィアもユリアナも顔を見合わせて驚いている。
「でしたら、この鏡はルシェラ様にプレゼントします。わたくしとお友達になってくれた記念に」
「え……」
思いがけないミレツィアの言葉に、美桜は目を瞬かせる。まさか理由も聞かず、そんなあっさり鏡を貰えるとは思ってもみなかったからだ。
しかしミレツィアは当然とでもいうように言葉を続ける。
「わたくし、友人がおらず、ずっと辛い毎日だったんです。けれど、ルシェラ様とお友達になれて、今は毎日が楽しいんですよ。ユリアナ様ともネイル仲間になれましたし……」
そう言ってクスクス笑うミレツィアは、確かに出会ったときよりずっといい笑顔をしてくれている。
「ミレツィ、ありがとう~~! 私も、友達になったプレゼント用意するから! 期待してて!!」
「ええ、わたくしに? 楽しみすぎてしまいます」
「わたくしも、ネイル仲間としてお二人に何かプレゼントしたいわ」
美桜とミレツィアのやりとりを見たユリアナが、自分もと会話に入ってくる。プレゼント交換会なんて、クリスマスのようでとても楽しそうだ。
「じゃあ次のネイルお茶会は、プレゼント交換もですね!」
「そうしましょう! 次は……ちょうど、王城の夜会の前ですね。ルシェラ様の社交デビューのネイルになりますから、いつもより気合をいれなければいけませんね」
ミレツィアは「デザインをたくさん考えておきますね」と、嬉しそうに微笑んだ。




