16 初めての仕立屋
「オーダーメイドでドレスを仕立てる!?」
その発想はあったけれどなかった! と、美桜は頭を抱えた。
今、美桜はリノを連れて街へ買い物に来ていた。この世界で初めてのウィンドウショッピングを堪能しているところだ。
最初にやってきたのは、ドレスを扱う仕立屋だ。
スリズィエ侯爵家がいつも贔屓にしているところで、既製品の扱いもあるが――メインはオーダーメイドのドレスだった。
「ルシェラ様にお越しいただけたのはとても嬉しいのですが、一ヶ月後の夜会となると……。デザインから新しいドレスを仕立てるには、最低でも二ヵ月はかかってしまいます。どんなに急いでも、一ヶ月では……申し訳ございません」
深く頭を下げる店員に、美桜は「大丈夫!」と慌てて首を振る。
(そうだよねぇ、ルシェラちゃんは侯爵令嬢なんだから……オーダーメイドだよねぇ)
既製品のドレスが駄目というわけではないのだが、一ヶ月後の夜会は美桜がルシェラとして社交界デビューするのに妥協はできないという気持ちがある。
(これは私がやらかしちゃったなぁ)
もっと計画を立てておけばよかったと後悔はするが、しかし夜会が一ヶ月後にあると知ったのだってつい昨日のことだ。こればかりは仕方がない。
「…………一ヶ月後の夜会のドレスはちょっと検討しておくことにして、何着かドレスを購入したいです。あと、オーダーメイドも」
「かしこまりました」
美桜の言葉に店員はほっと胸を撫でおろし、「こちらへどうぞ」と奥の部屋に案内される。
それと同時に、付き添っていたリノの元に他の店員が「ドレスをご用意いたします」と声をかけていた。
「すみません、初めて来たので疎くて……どういう流れになりますか?」
「失礼いたしました。奥で説明させていただきますね」
「はい」
案内された部屋はパステルカラーの落ち着いた内装になっていて、ソファーとローテーブル、奥に衝立が用意されている。
壁にはドレスのデザイン画が飾られていて、三着ほど実物のドレスをマネキンが着ていて可愛らしい。
「可愛いドレス!」
「ありがとうございます。ちょうど流行しているドレスの形ですね。ドレス部分にボリュームのあるパニエを入れて、広がりを強調してるんですよ」
「なるほど~!」
勉強になるなと美桜は感心しつつ、ソファに腰を下ろした。
「改めまして、ご挨拶させていただきます。当店のデザイナーを務めております、ロッテと申します。ルシェラ様のドレス作りを担当させていただきます」
「ロッテさんですね。よろしくお願いします!」
美桜が笑顔で挨拶をすると、ロッテは嬉しそうに微笑んでドレス作りの説明をしてくれる。
「まず本日は、ルシェラ様の採寸をさせていただきたく存じます。その後、ドレスのデザインの相談をさせていただきます。デザインは、当日決まることもあれば、何日かに分けて打合せすることもございます」
「ああ……確かに、デザインはそう簡単に決められないですよね」
オーダーメイドのドレスは、想像していたよりもずっと時間と手間がかかりそうだなと美桜は思う。
(そういえば、結婚した従姉のお姉ちゃんもドレス選びに何回か式場に行ってたっけ)
一度の結婚式とはいえ、既製品のドレスを決めるのだって何度か足を運んで選ぶのだ。オーダーメイドのデザインがそう簡単に決まるわけがない。
しかも、ここは日本――現代とは違う文化の世界。おそらく、ドレス作りの工程も技術も、日本と比べてはいけないだろう。
(飾ってあるドレスを見れば良いものができるのはわかるけど、時間ばっかりはね……)
近いクオリティのものができるとしても、かかる時間はきっと天と地ほど違うのだろう。さすがに、そんななかで一ヶ月後の夜会で着るドレスを特急で! なんて頼むことはできない。
美桜がそんなことを考えていると、室内にノックが響き店員が二人やってきた。その手には巻き尺を持っているので、採寸のための要員だろうということがすぐにわかる。
「……では、お針子が来ましたので採寸をいたしましょう。ルシェラ様、衝立の奥へご移動をお願いいたします」
「お願いします」
デザイナーのロッテと、女性のお針子二人によって採寸は順調に進んでいく。
「既製品のドレスとは違いお身体に合わせることができますから、とても着心地のよいドレスに仕上がると思います」
「楽しみで――あっ!」
「どうかされましたか?」
ロッテと和やかに会話をしながら行われていた採寸だったが、美桜は大変なことに気付いてしまった。
「私、今ちょっと運動を頑張っていて……サイズが変わっちゃうかもしれません」
「これ以上、お痩せになるのですか!?」
それは! という驚いた顔のロッテに、美桜は笑って「そうではないんですけど」と柔軟と筋トレに励んでいることを伝える。
「まあ、すぐに成果がでるわけではないんですけど……身体がちょっと引き締まるんじゃないかな? と」
「そういうことでしたか」
美桜の説明に納得したようで、ロッテはふむふむと美桜の身体を見ていく。
「多少の浮腫みはございますが、気にされるほどではないと存じます。ただ、筋肉となると……今のルシェラ様のお腕はとても細いので、少しだけ太くなるかもしれませんね」
「そうなんですよね~! 脂肪がないので、筋肉が発達したらその分ちょっとボリュームアップになると思います。でも、ムキムキには……なれるかな?」
ルシェラではない、美桜の身体のときは――筋肉が付きづらい体質だったからか、ダンディスのようなムキムキのマッチョ体型にはどうにもなれそうになかった。筋トレは週三ジムに通って頑張っていたのだが。
(ルシェラちゃんの身体なら、一応は外人? 異世界人? だし、もしかしたら筋肉がつきやすいかも!)
そう考えてちょっとワクワクしてしまったが、目の前のロッテとお針子の二人が顔を青くした。
「それは、それはどうかお考え直しくださいませ!! ルシェラ様には、すらりとした可愛らしい体型がお似合いになると思います! もちろん、多少の筋肉はあった方がよいとは思うのですが……!!」
「まあ、そうですよね。大丈夫です、身体のラインが綺麗に見える程度にしますから」
「ぜひ、ぜひそうしてくださいませ!!」
美桜も、さすがにルシェラの許可なく身体をマッチョにしたりはしない。
そんな雑談をしつつ、採寸は無事に終わった。




