15 お茶会テストと今後の計画
貴族って、大変だ。
美桜は心の底からそう思う。
ルシェラの身体で生活するようになって、あっという間に一ヶ月が過ぎた。怒涛の毎日で大変だったけれど、充実はしていただろう。
しかし今まで日本で暮らしてきた美桜と、この異世界――アルセリア王国の貴族では、決定的な違いがあった。
「もっと気軽に遊びに行きたい~~!」
そう、人と会うことが大変なのだ。
通信機器がないので、これから会える? や、明日遊ばない? なんて誘いはほぼできない。急ぎで手紙を送ることはできるけれど、返事を急かすのはマナーがよくない。
「家庭教師を付けてくれたのは嬉しいけど、なんだか今更になって学校のありがたみを感じる……」
ただ、遊びに行くことができなかったため進展したことはある。
この世界における一般常識などを学べたし、淑女教育も順調。ミレツィアと始めたネイルも上手くいっていて、今はユリアナにも施術してもらっている。
関係性に一番変化があったのは、アレクシオだろうか。
あの後も手紙のやり取りは続いていて、すっかり文通友達になっていた。
「でも、そんな日々ともそろそろおさらばなんだよね!」
キラーンと、美桜の目が輝く。
「なんてったって今日は、ユリアナ先生がテストをしてくれる日! これに合格すれば、私は外出オッケーになる!」
そうしたら、まずはウィンドウショッピングだ。
洋服――ドレスや小物を見て、屋台で買い食いなんかもしちゃったりして? それから、異世界ならではの観光だってしたいと思っている。
「ん~~、楽しみ!」
テストは、庭園に設置されたガゼボで行われる。
お茶会に招待された、というシチュエーションだとユリアナが説明をしてくれた。招待主役はユリアナだ。
「本日は当家のお茶会へ来ていただき、ありがとうございます」
「ご招待いただきありがとうございます、ユリアナ様。わたくし、本日がとっても楽しみでした」
挨拶をして着席をすれば、お茶会が始まる。
リノが淹れてくれた紅茶からはいい香りが鼻をくすぐる。香りを楽しんだら、ティースプーンに砂糖を一つ載せてから紅茶へ。
(いつも砂糖はいれないけど、テストだもんね)
ティーテーブルが高い場合は、ソーサーは持たずにティーカップだけを持って紅茶を飲む。
会話、作法、表情、あらゆる要素を見られていると考えていいだろう。しかも、ルシェラは侯爵家の令嬢。厳しい目で見られるだけではなく、隙を見せればつけ入れられてしまう。
美桜は優雅に紅茶を飲みながらも、貴族の令嬢は大変だなと改めて思う。
「……ルシェラ様の所作は本当に美しいですね。わたくしがお教えしたことなんて、社交界のマナーや暗黙の了解ばかりでしたわ」
「ユリアナ様には、わたしくが知らないことをたくさん教えていただきました。所作を褒めていただきありがとうございます。お茶は好きで、よく飲んでいましたから」
そう言いながら美桜が思い出すのは、日本のことだ。
友人たちとよくホテルのアフタヌーンティーに行っていた。ほかにも、隠れ家のようなカフェや、茶葉にこだわる本格的なティールーム。
美味しく楽しいティータイムを! なんて言って、みんなでアフタヌーンティーのマナーを学んだことが懐かしい。
(まさかあのとき勉強した知識が、こんなところで役に立つなんて。人生、本当に何があるかわからないねぇ)
日本のことを思い出して、ついつい笑みが浮かんでしまう。
それを見たユリアナが、「楽しそうな表情がいいですね」と褒めてくれる。少し寂しさも含んだ笑顔だったけれど、儚く美しいルシェラの容姿をいっそう引き立てた。
美桜は楽しい話題をと思い、ユリアナの爪に視線を向ける。
「ネイルの付け心地はいかがですか? 日常で困ることなどありませんか?」
「ええ、不便なく過ごせていますわ。でも、ネイルというのは不思議ね。見ているだけで、沈んでた気持ちが明るくなるもの」
ふわりと微笑むユリアナに、美桜も笑顔を返す。
生活に不便がないことに安心しつつ、ネイルを気に入ってもらえたことにも安堵した。この世界の多くの人に受け入れてもらえるようだ。
「……気に入っていただけてよかったです。爪が伸びてきたらネイルを変えなければいけないので、またお茶会をいたしましょう」
「ええ。ありがとう、嬉しいわ。ただ、ミレツィア様にご負担をかけてしまうのは心苦しいのですが……」
「大丈夫ですよ。ミレツィも、ネイルで魔力を使えるから助かるって言ってましたから」
それに、ミレツィアもネイルをとても気に入ってくれている。
手紙のやり取りをしているのだけれど、どんどん新しいデザインやアイデアが書かれているのだ。
それに二人で最高! と笑い合っている。
「ただ、毎回来てもらうのも申し訳ないんですよね」
友達なのだなら、互いに家を行き来できたら……と美桜は思っている。招待する方とされる方、どちらの負担が大きいかは判断が難しいけれど。
(お互いに行き来し合うのが、対等な感じがしていいよねぇ)
美桜が一口紅茶を飲むと、ユリアナが「それならば」と微笑んだ。
「次は、ミレツィア様に招待していただきましょう」
「! それって、もしかして――」
「ええ。ルシェラ様は合格です。侯爵様にもお話ししておきますので、きっと外出許可が出るはずですわ」
合格という言葉を聞いて、ルシェラの表情がぱああっと明るくなる。
「やった! 大丈夫だろうとは思ってたんですけど、やっぱり合格って聞くまでは緊張しちゃいますよね~」
あははと笑いながら、美桜は安堵の息をつく。
「ふふっ、ルシェラ様でも緊張するのね。いつも、堂々としていらしたから」
「え、普通にしますよ!」
確かにゆるく生きている自覚はあるけれど、今はルシェラの身体を預かっているつもりの身。あまり下手なことはしたくないのだ。
「ですが、合格しなければ外出できない……なんて。わたくし、ルシェラ様が酷い問題児なのかと思っていたのですよ。ですが実際にお会いしたら、外出禁止をする必要なんてまったくないお嬢様で」
なのでとても驚いたのだと、ユリアナが話してくれた。
「あ~……。なんででしょう、きっと引きこもりだったからですね。でも、私はこれからはどんどん外に出ますよ!」
美桜はぐっと拳を握りしめて、ユリアナを見る。
「なので、私……社交デビューをします! めちゃくちゃ箔が付く社交デビューをするにはどうすればいいですか!?」
「箔が付く社交デビュー、ですか」
社交界デビューは、貴族の子供が初めて夜会に参加すること。
特に夜会の指定はないため、顔見せ程度であれば親が主催の夜会で挨拶をする場合や、仲の良い貴族に呼ばれた夜会でデビューすることも多い。格式を重んじる場合は、王城主催の夜会を社交界デビューとすることもある。
そういった夜会選びから始まり、エスコート相手、ドレス、装飾品……と、すべてのものが箔という名の武装になるのが社交界だ。
「スリズィエ家は侯爵家ですから、王城の夜会でデビューするのが一番箔が付きます。ルシェラ様の妹のコーデリア様も、王城の夜会が社交デビューだったはずです」
「妹が王城でデビューしてるのなら、私もそうするのがよさそうですね」
「ええ。姉妹で差が付くのは、あまり感心しませんもの」
「ですよねぇ」
現時点でとても差が付いているわけだけれど、まあここから挽回していけばいいと美桜は軽く考える。
「王城の夜会は、一ヶ月後にありますね」
「一ヶ月後……。準備も必要ですし、ちょうどいいですね」
ユリアナに教えてもらったスケジュールを聞き、美桜はにっこり微笑んだ。




