14 家庭教師の先生
父エドワードに呼び出され友人の話をして一〇日、家庭教師がやってきた。半分脅したような形だったからか、かなり急いで手配をしてくれたようだ。
家庭教師は、伯爵夫人のユリアナ・ファーマラー。三一歳の小柄な人で、落ち着いた色合いのドレスに身を包んでいる。
「よろしくお願いします、ユリアナ先生」
「ええ。よろしくお願いいたしますね、ルシェラ様」
にこやかに挨拶を交わして、まずは自己紹介だ。
「私はルシェラ・スリズィエです。先生がとっても可愛い人で、驚きました。こういうのって、厳しい先生が来るとばかり思っていたので……」
「まあ」
苦笑するルシェラに、ユリアナは上品に微笑んだ。
おっとり穏やかな人だけれど、その所作は一つ一つ丁寧で洗練されているのが美桜にもわかった。
(意識してやってるというより、身体が覚えてる……っていう感じかも)
自分も無意識でこのくらい美しい所作を身に付けられたら……と思う。
「ルシェラ様は、とてもしっかりされていますね」
「そうですか?」
「ええ。堂々とした立ち居振る舞いがとても似合うと思いますよ。わたくしは、そのお手伝いをさせていただきますね」
「よろしくお願いします!」
美桜が張り切って返事をすると、ユリアナは「元気があってよろしいのですけれど」と前置きをしてから話を始めた。
「言葉遣いは、もう少し柔らかなものにしていきましょうね。もちろん、人によって抑揚の付け方は違うけれど……ルシェラ様はとても可愛らしくて、儚い見た目をしてらっしゃるから」
その方が似合うと思うと、ユリアナが言う。
「そう、そうなんです! …………って、自分で言ったらあれかもしれないんですけど」
今は自分がルシェラなのだったと、美桜は苦笑する。
「ふふっ、元気いっぱいですね」
「あはは……」
ユリアナに笑われてしまった。
「柔らかく、お淑やかな喋り方はルシェラ様には合わないかもしれませんが……まずは基礎を覚えて、そこから自分に合う礼節を身に付けていきましょうね」
「……はい!」
美桜を否定することなく進めてくれるユリアナに好印象を抱く。これならば、外出許可が下りる日もそう遠くはないかもしれない。
「それでは――」
しかしユリアナが進めようとしたところで、ドンドンドンと強いノックの音が室内に響き渡った。
「え?」
「緊急事態でしょうか? ルシェラ様、護衛騎士はいらっしゃいますか?」
「いえ、この部屋の近くには……」
ユリアナは騎士がいない場合、むやみに開けるべきではないと判断したようだ。が、ドアを叩いた主は無遠慮にも室内へ入ってきた。
「お姉様、どういうことですか!」
「え……っと、コーデリア?」
まさかの、突撃してきたのはルシェラの妹だった。
ほぼほぼ交流のない妹は、しかしなぜかご立腹の様子で。まるでユリアナなんて見えていないとばかりに、ツカツカと美桜の前までやってきた。
「アレクシオ様と手紙のやり取りをしてるって、本当なの!?」
「え? 本当だけど……」
いったい何事かと思えば、また手紙だ。
「どうして……。わたくしには、返事がこないのに!」
(――おっと)
コーデリアは手に持った扇をぐっと握りしめて、わずかに震えていた。どうやらもなにやらも、コーデリアはアレクシオに好意を持っているようだ。
(普通なら、姉は妹の恋を応援するべきなんだろうけれど……)
あいにくと、美桜の中ではルシェラの妹よりも美桜の友人のアレクシオの味方でいたいのだ。
せめて美桜の意識が入ってすぐ、コーデリアと姉妹としての仲を深めることができていたら違っていたかもしれないが……いかんせん、家族ぐるみでルシェラをいじめていたのだ。
(今も怒り心頭の様子だしなぁ)
美桜がどうしようか考えていたら、コーデリアが「ずるい……」と小さく呟いた。その様子はなんだか可愛くて、これが恋する乙女の力か……と美桜は苦笑する。
(多少の手伝いはしてあげたい気もするけど、さすがにルシェラをいじめてたことは許せないからね)
美桜はにっこり笑ってコーデリアを見た。
「思ったより文通が楽しくて! 最近は字も上手くなってきたんだよね!」
「字が……? まさか、汚い手紙をアレクシオ様に送ってるの!? 信じられない!!」
(お姉ちゃんはあなたの言い方が信じられない~)
コーデリアがぎゃすぎゃす怒っていたままでは勉強が進まない。美桜は「すみません、先生」とユリアナがいることを強調してみた。
「……っ、誰よあなた!?」
「私の家庭教師の先生です。今は勉強中なので、好き勝手わめくだけなら出ていってもらっていいかな?」
美桜が厳しい視線を向けると、コーデリアは身体をびくっと揺らして一歩後ずさった。きっと、反論されるとは思わなかったのだろう。
「……お父様に言いつけてやるから!」
そう捨て台詞を吐いて部屋を出ていってしまった。
「お父様は知ってるし、何を言いつけるんだか。いじめはよくないけど、反抗期の年齢でもあるし……そもそも家庭環境がよくないよねぇ」
コーデリアがルシェラをいじめていたことがよくないのは当然だが、まだ一六歳の女の子なのだ。
(貴族として振る舞い、社交界へ出て、婚約者がいたり政略結婚について考えたり……ちょっと窮屈そうだよね)
現代日本と比べたら、きっと女性の地位も低いのだろうなと美桜は思う。
「ルシェラ様、大丈夫ですか?」
「はい。ユリアナ先生にはみっともないところを見せてしまって、すみません」
「いいえ、わたくしは全然……。ですが、アレクシオ殿下とご交流があることに驚きました。あまり、令嬢との噂を聞きませんから」
「あ~……」
ユリアナの言葉に、美桜は「忙しそうでしたから」と苦笑する。
「女性が好き、っていうこともなさそうですからね。きっと、令嬢の相手は疲れるのだと思いますよ」
「でしたら、ルシェラ様はどんなお話を?」
「私はこれ! ネイル――爪の装飾や、あとはアレクシオ様の仕事を聞いて改善案があったら書いて送ったりしてます」
「きっと、仕事の改善案に興味がおありなのね。それと、実はわたくしもずっと爪が気になっていたのよ」
じいっと美桜の爪を見てくるユリアナに、「じゃあ」と手を叩く。
「ユリアナ先生もやってみませんか? ネイル!」
「え……?」




