13 アレクシオからの返事
美桜の初めてのお茶会は大成功! で幕を閉じたと思えたのだが――父親からの呼び出しがあった。
場所は以前にも訪れた、執務室。
「私の話を聞いていなかったのか? ルシェラ」
「もちろん聞いてました。外出不可と。なので、友達を呼びました」
「…………っ!!」
父エドワードは「意味が分からない」と怒りを露にした。
まあ、美桜も揚げ足を取っていることは十分にわかっている。わかっているが、それでも決行したのはルシェラという人物が舐められないためだ。
美桜は楽しいことが大好きで、能天気でなんとかなるさ! な勢いで生きているところもあるが、案外したたかな一面もある。
特に、友人や大切な人に敵意を向けられたらカチンとくることもあるだろう。
エドワードは汗をハンカチで拭いながら、「それで」と睨んできた。
「なぜラーグリスト公爵家のミレツィア嬢を友達などと言った?」
「友達だからですけど……?」
何を言っているのだと、美桜は首を傾げる。
友達ではないのに友達とは、さすがの美桜だって言ったりはしない。
エドワードは「そうではない!」と声を荒らげた。
「勝手に家に招待して、魔力暴走でもしたらどうするんだ! 夜会の際は万全に準備をしていると聞いて受け入れているが、もし何か起こったら……」
「魔力暴走って、昔に一度だけ起こしたやつですよね? それ以降はミレツィも気を付けていて、一度も起きていないはず。もちろん注意することは必要でしょうけど、そこまで避ける必要はないんじゃないですか?」
大袈裟すぎるのではないかと、美桜は思う。
もちろん美桜はこの世界の魔力的な常識を知らないので、重大な懸念事項がある可能性はある。ただ、ミレツィアはまだ一〇代の女の子なのだ。
(大人なら、守ってあげるべきなんじゃないのかな……)
美桜の脳裏に、一緒にネイルをして楽しそうに微笑んだミレツィアの顔がよぎる。
「私、友達を一〇〇人作る予定なんです。こないだの夜会では、友達が二人できたんですよ」
「友人を作るのはいいことかもしれないが、友人は選ぶべきで――待て、なんと言った?」
「友達一〇〇人、いえい!」
「それではない!!」
違うと、エドワードが大きく首を振った。
「友人になったのは、ミレツィア嬢だけじゃなかったのか!? 今日、屋敷にきたのはミレツィア嬢だけでは……」
「今日は女子会、みたいな感じです」
それに、もう一人の友人は多忙そうだし、まだ距離感が遠い。そのため、家に遊びにこない~? と誘うなんて、早すぎる。
そこらへんの空気はちゃんと読めるのだ、美桜は。
「もう一人の友人とは、茶会はしない……ということか?」
「できたら楽しそうですけど、まずは文通ですかね。そろそろ返事がきたら嬉しいな~って思ってるところですよ」
美桜の最初の友人は、アレクシオだ。
夜会の桜の下で会った際は特に素性については触れなかったけれど、名前でこの国の王族なのだということに美桜は気づいていた。
そのとき特に言及しなかったのは、別に身分で友達を選ぼうと思っていたわけではないから。知り合い仲良くなったのが、たまたま王族だったというだけだ。
(親が子供の交友関係に口を出さなきゃいけないなんて、貴族って大変だ……)
子供のことを把握しておくのは大切だ。
けれど、過干渉であるべき必要はない。美桜はそう思っている。
エドワードは、美桜の『文通』について考えているようだ。
「会って好き勝手やりとりをするより、文通ならまだいいのか……? 内容をこちらで確認すれば……」
「お父様、娘の手紙を見るなんて駄目ですよ」
「ぐ……」
好き勝手に美桜の行動を制限しようとしてきたエドワードも、さすがに娘宛ての手紙を見ることがよくない……というのはわかっているようだ。
「だが、スリズィエ侯爵家に影響が出る手紙ならその次第ではないぞ」
「別に家に影響が出るようなやりとりをすることはないと思いますけど……」
「わかっているが、万が一だ」
美桜が仕方がないとばかりに頷こうとしたら、コンコンコンコン! と慌てふためくようなノックの音が響いた。
「誰だ、騒々しい!」
「失礼いたしました!」
急いで室内に入ってきたのは、執事だ。
「お前がそんなに慌てるとは……何があった?」
「その、このお手紙がルシェラ様宛てに届きまして」
「私に手紙がきたの?」
それは嬉しい! と、美桜はニコニコ顔で執事の元へ受け取りに行くが――なぜか手紙を渡そうとしてこない。
「それ、私宛ての手紙ですよね? 表にちゃんと、ルシェラ・スリズィエ様って書いてあるじゃないですか」
美桜が早く手紙を渡すように告げるも、執事は視線をさ迷わせてエドワードへ助けを求めている。
エドワードは片眉をあげて、「なんの手紙だというんだ?」と訝しむ。
「そ、それが……差出人が、アレクシオ殿下でして」
「……はっ!?」
まったく予想していなかった人物だったのだろう。エドワードは大きく目を見開いて、驚きながら執事の持つ手紙とルシェラの顔を交互に見ている。
「で、殿下? なぜお前に殿下から手紙が来るんだルシェラ」
「夜会で友達になったからですけど……」
「は……?」
意味が分からないと、エドワードは頭を抱え込んでしまった。
「友達になるのに時間はいらないんですよ」
「いや必要だろう、何を言ってるんだ。根回しをして、紹介してもらい挨拶をし、顔を合わせる回数を増やし、利益のある情報を伝え……友人になるまでにすべきことが、山のようにあるだろう!?」
「わあぁ……」
それは面倒くさそうだなと、思ってしまった。
「じゃあまあ、私はラッキーだったんですねきっと! 夜会が始まってすぐ、桜……花の木を見に来てたアレクシオ様にお会いしたんです」
「…………言いたいことは多々あるが、まあいい。それで、手紙にはなんて書いてあるんだ。令嬢同士の手紙のやり取りとは、わけが違うんだぞ」
「ええ、娘宛ての手紙を見るつもりですか? ドン引きなんですけど」
「いいから見せなさい!!」
このままでは無理やり奪われてしまいそうだったので、美桜は仕方がないとばかりに「わかりました」と返事をする。
そして今度こそ執事から手紙をもらい、エドワードが差し出してきたペーパーナイフで封を開けた。
「えーっと……」
手紙の内容は、季節の挨拶から始まり……夜会のお礼と、ネイルについての感想。
アレクシオに爪を飾る願望はないが、新しい技術という観点では興味深いものではあると書かれていた。
そして最後に、美桜が文末にP.S.と入れて書いたおまけの返事があったのだが……ここが一番の長文だった。
美桜がしたのは、簡単なアドバイスみたいなものだ。
アレクシオは今まで仕事をこなしているのだから、美桜が現代知識をかざして新しいやり方をいきなり伝えるのはよくないと考えた。
そのため、『細分化してみると仕事がやりやすくなるかも。まずはスケジュールと進捗の管理のみを仕事にする人を作っては?』と書いたのだ。
(このファンタジー世界でマルチタスクって、絶対に大変だと思うんだよね。だって、現代でアプリとか使っても大変なのに)
魔道具はあるらしいけれど、リノに話を聞いた限りでは簡単な生活用品――生活家電に代わるものが少しあるだけのようだ。
スケジュール管理だとか、スマートフォンだとか、そういうものは一切ない。
現代人もそうだが、この世界の人も脳を酷使しすぎなのだ。
人間が抱えられる仕事の量には限界があるし、限界よりかなり手前で抑えるのが一番いい。仕事を抱えれば抱えるほど、効率は落ちていく。
しかしそれにはまってしまうと、自分では身動きが取れなくなってしまう悪循環――。
美桜はアレクシオが少しでも楽になればいいと思う。
手紙を覗き込んだエドワードが、「仕事に口出しをしたのか!?」と顔を青くしている。
「違いますよ。こういう方法もあるかもって、雑談みたいに手紙に書いておいただけです。アレクシオ殿下が、それを上手くくみ取ってくれたんじゃないですかね?」
「なるほど……アレクシオ殿下は優秀だからな、ルシェラの突拍子もない意見でも、よいところを見つけて取り込むことができたのだろう……」
妙な納得をしているエドワードに、美桜はもう少し娘を信用してもいいのでは? と思ってしまった。
「それで、手紙を見られて満足ですか? 特に不穏な点はないと思いますけど」
「あ、ああ。この程度であればいいだろう」
「どうも~」
アレクシオとの文通の許可が下りて、美桜はほっと胸を撫でおろす。
さすがに王族へ一方的に娘との文通は許可しない、とは告げることはできなかったのだろう。
(好き勝手するには、相手が悪すぎるよねぇ)
「それじゃあ、私は部屋へ戻りますね。それと、教師の件もよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
観念したような声色のエドワードを見て、これで大丈夫そうだと美桜は足取りが軽くなった。




