第6話_血塗られた代償と嘘を知らない熱
リーンがミアと帰宅した直後、普段は閉めている玄関の鍵も閉めることなく、ドアの音すら重く響いていた。
そのまま明かりもつけない薄暗い部屋の奥へとよろめきながら進み、リーンはベッドに倒れこむように伏した。
その瞬間、堪えきれずにゴボッと激しい咳き込みとともに、真っ赤な血をシーツの上に吐き出した。
濃密な鉄の匂いと先ほどほおばったほしいもの匂いが、何もない殺風景な部屋に広がっていく。
「ゲホゲホッ......はあ、はあ......やっぱり一日に二回、同じ”秘密”を使うのは、体の反発が大きすぎるわね......」
先ほどの戦いの後から、口から胃にかけて、焼け焦げるような激痛が走る。
自分の血が体内にいるのを拒否している。そして自分の命が確実に削り取られている感覚。
血だらけになったシーツの上で横たわりながら、リーンは今日起きた出来事のノイズに顔をしかめた。
自分の体から発される拒否反応のノイズ、外の風の音などすべてが不快に感じるほどに......
......タッ、タッ、と軽い足音が近づいてくる
「みゃぅ」
視線を落とすと、ミアが不思議そうにリーンの青ざめた顔を覗き込んでいた。その口には、帰り道に買ったばかりの”ほしいも”が大事そうに咥えられている。
いつもなら食べるのに何で食べないの?と言わんばかりの表情をして、少し首をかしげていた。
「......ミアありがとう。さっき買ったほしいもね。
いつもなら5個くらいすぐに食べ終わるんだけど......ごめんなさい、今は何も食べたくないわ。」
そう言うとリーンは、血まみれのシーツの中で深い眠りについた。
数時間たったころ、ドアをノックする音が聞こえた。
コンコンとそれは普段は意識しないと気が付かないほど音が小さかったが、今のリーンに十分すぎて、頭に直接音が聞こえているように感じられた。
その音にリーンは気が付いたが、まだ、視界もぼやけていて体を動かすこともままならない。
「......うるさい......こんな時間に来客。誰かしら?」
普段のリーンの家には、来客などはめったにない。来客があっても、事前に訪問の連絡がある場合のみしかない。
「どうぞ......ゴホゴホッ」
リーンが、声をかけ、黒い血が混じった咳をする音を聞いた途端、訪問者が焦ったようにドアが勢いよく開けて、中に入ってきた。
ドアを開けた瞬間に、鼻腔を突いたのは、自然な甘い食べ物の匂いと、それを塗りつぶすほどに濃密な死の予感、、、鉄の匂いだった。
訪問者の視線は暗闇に沈む赤い飛沫をとらえ、眉間が深く寄せられていた。
「!!!おい。大丈夫か?大丈夫か?」
そういわれ抱えられているが、視界がぼやけていて誰かは分からない。ただ嫌なノイズは一切なく心配しているだけのノイズだった。さらにどこかで聞いたことのある男の声だった。
「今日は無理なの......だから日を改めてきてもらえ......」
リーンはそこまで言うと、真っ青な顔をしたまま、視界がどんどん狭まっていき、声もどんどん遠くなり思考する間もなく気を失ってしまった。
翌朝、火の光に照らされて、リーンが目を覚ますと、シーツや服についていた血はなく、布団が掛けられていた。さらに部屋に飛び散っていた血についてもきれいになっていた。
リーンは血が止まっていることを確認したが、体の芯では完全には消化しきっていないような倦怠感を感じていた。
(たしか......昨日......)
そう思い、目を横にするとベッドのそばの机に突っ伏している男が目に入った。
まずは自分の服がはだけていないことを確認して、ベッドから外に出て机に突っ伏している男に声をかけた。
「ねえ......」
リーンがそう言うと男は目が覚めて、びっくりしたように男は答えた。
「!!俺は昨日何もしてないぞ、、そりゃ服やシーツは血だらけだったから、それは変えたけど......
まだだるいんじゃないのか?ベッドで寝てろよ。」
そう言うと、男=カーターは顔を赤らめながら、心配しながらもほっとしたような表情でリーンのことを見た。
「へえ......血を吐いていて無防備なレディーの服を着替えさせたんだ......
それで何の用だったの?何もないわけではないんでしょ?」
リーンはにやけたあと冷静にカーターに問いかけた。
「何があったかは言う必要はないが、今の状態で用件を伝えても判断できるのか?」
カーターにそう聞かれたリーンは首を縦に振った。
「昨日は俺の正義が間違っていた。確かに逃げた過去は変わらねえ。救ってくれたことに感謝しているからこそお願いがあってここに来た。」
「頼む。レオンを救ってくれ!!」
「どういうこと?レオンって誰?」
聞きなれない名前にリーンは不思議そうな顔をしながら聞くと、カーターは意を決したように口を紡いだ。
「レオンというのは、この国......デシラ王国の第二王子様なんだ。俺は城で守衛をしていてレオンとは小さいころから稽古をする仲だったんだ。」
「あいついい奴なんだけどよ。持っていた秘密が問題だったんだ。お前も知っての通り、デシラ王国は、知能が高いほうが優遇される国なのは知っているよんな。」
(今私がいる国、デシラ王国は知能によって住む場所やランクが決まる。知能以外をよしとしない彼らにとって、”武力”だけの王子は不良品以外の何物でもないでしょうね......)
リーンは頷いたのを確認して続けてこう言った。
「こう言っては何だがレオンが持っていた秘密ってのが......」
そこまで言うとリーンはまるで答えの分かっているパズルを解くようにふっと口角を上げた。
「知能系ではなく、武力よりの力だった、と。ただ力が強いだけの王子なんて、王家の恥晒しでしかないものね。それで?」
カーターは続けて話した。
「そう。でそれを知った王様や姫様は大騒ぎ。こんな秘密誰かに知られたら問題だ......とレオンの奴を幽閉しやがったんだ。」
「そのタイミングで俺もクビってことよ。でももう逃げるだけなのは嫌なんだ。だから頼む。レオンを救ってくれ!」
リーンはそこまで聞くと、少し考えてこう言った。
「私のメリットがないじゃない?ただの人助けを私にしてほしいって?何もなしで?それはなしね......」
カーターは肩を落としながら、加えてこう言った。
「そうだよな。都合がよすぎるよな。でもな......あんた、昨日ばあさんの店で情報を買ったよな?その中の一枚がレオンなんだよ。ちなみに情報を出したのは俺だ。俺だけでは、助けることができないからな......」
(最も近くにいるべき人が近くにいれない後悔と救ってほしいと思っている救済の感情はカーターのだったのね)
リーンは少しだけ考え、口を開いた。
「そう......分かったわ。でも一つだけ条件があるわ。それはレオンを救出後は私の手駒として使っていいかしら。よければ、力を貸すわ。」
リーンはそう言うと、カバンの中に隠していた情報のうち一枚を開けた。
「レオンがなんて言うかはあれだけどよ、俺としてはデシラ王国に幽閉され続けるよりはましだと思うぜ。手駒......ね......王子が手駒といわれるのは、癪だが、、俺が説得してやる。約束だ」
リーンはカードに書いてある情報を眺め場所を示した。
「レオンは、東棟の最下層に幽閉されている。」
そうリーンが言うとカーターは座っていた椅子から腰を上げた。
「よっしゃ。すぐに出発だな!」
リーンはその熱を冷たい一言で制した。
「待って......準備もなんもなしに突っ込めるほど、私はバカじゃないのよ」
続く。
次回更新:2026年7月18日 18:30




