第3話_不純なノイズと四つの純音
「やっぱり私一人だけではどこかで限界が来るわね......」
リーンは家についてから、明かりを灯すわけでもなく、ゆっくりと朝グラスに入れていた常温の水を飲み干し、目をつむりながら、そう独り言をつぶやいた。
クロウの発現、コヤとの戦いでの苦戦......
今日の出来事を思い出すだけで、耳ざわりなノイズが脳から離れない。
「今日はあなたがいてくれて助かったわ。ミア......」
リーンはそういうと、ミアの頭をなで始めた。
「......」
ミアは何も言わずにリーンの考えが分かっているかのような目をして、リーンの膝の上で丸まって眠った。
「......そうね。明日はあのあたりに行ってみようかしら。何かに出会える予感がする」
リーンはそうつぶやくと、ミアを抱きながら眠りについた。
翌朝
「ミア、おはよう。よく眠れた?」
リーンはミアにそう聞くと、大きなあくびをして、けだるそうに体を起き上がらせた。
「まあ、そうなるわよね。まだ昨日の夜にこの家に来たばかりなんだしね」
「私はもう行くけど、ミアも来る?」
そうミアに問いかけると、入り口のドアを開けてほしそうに、リーンをじっと見つめた。
「そう。じゃあ行きましょ!」
リーンは昨日行った路地裏に向かった。
コヤのノイズはしない。が相変わらず下衆な笑い声や誰かを貶めようとするような中途半端な不協和音は聞こえ続けている。
「......うるさい」
リーンはまたつぶやいた。まるで耳にノイズを入れないように駆け足で目的の場所まで向かった。
「確かこの辺で......」
リーンは何もない壁のところで急に立ち止まった。
「確かに昨日感じたのは、ここなんだけど......」
「......試してみようかしら」
リーンはそういうと、何かを考えながら壁に向かって、小さくつぶやいた。
「看破......そして嘘」
そうつぶやくと目の前の壁の向こうから微かにだが確実に風が来るのを感じた。
恐る恐る手を伸ばすと指先が一瞬壁に当たる冷たい感覚はあったが、さらに触れているとその先に見えない道が続いていた。
「やっぱり。”誰の指図も受けていない”現象は、嘘は吐けないようね......」
リーンはそういうと壁の中へと歩き出した。
「静かね......」
壁の中へ一歩踏み出した途端、世界から音が剥ぎ取られた。
耳を刺し続けていた不協和音が消え、空白の静寂。まるで別世界にワープしたような錯覚に陥った。
心地よい感覚のまま、しばらく道なりに歩いていると、ポツンと一軒の古臭い家があった。
目に見える建物は小さく、頼りない。けれど、リーンが捉えるそれは違った。
その平屋からは、何千人分ものドロドロとした欲望や後悔が、見えない高層ビルのごとく天高く積み上がった不協和音として立ち昇っている。
「ここまでの複雑な感情が混ざり合っている場所......おそらくここね」
そういうとリーンは、立て付けの悪いドアを力いっぱい開けた。
「お嬢さん、こんばんは。いらっしゃい。よく来たね」
そういうと、髪はぼさぼさで目がうつろな表情をしたおばあさんが出迎えた。
家の中を見渡すと、とてもこの国だけでは手に入らない貴重なものが数多く並んでいそうなただならぬ雰囲気を感じた。
家の中の左側のショーケースの中では力の国で流通している武器や防具が所狭しと並んでいる。
右側のショーケースの中では、魔法の国で流通している魔力を吸収する道具や見えないものを具現化するものなどが並んでいるのが見えた。
普通の人間には静止した道具に見えるだろう。けれど私が感じたのは、それらがかつて浴びてきた悲鳴や、使い手の執念などの感情が聞こえてきた。
「......これは見事ね。どうやってこれを?」
リーンは左側のショーケースに入っていた、ピンバッチに目をやった。
「これ、オルン王国の......」
そうリーンが言うとおばあさんはうつろな表情の中に光を宿すや否やすかさず彼女に声をかけた。
「あんた、なんでこのピンバッチを知っているんだい?知っている人はわずかな貴族だけのはずなんだけど......まあいいわ」
リーンは沈黙し数十秒何も答えずにいるとおばあさんは、このお店の説明をし始めた。
「この店はね、この国では流通していない、魔具やアクセサリーを置いていてね......」
おばあさんはそう伝えると、リーンのことをじっと見つめ、言葉を加えだした。
「”情報”も取り扱っているのよ......」
「!!!」
リーンは何も言っていないのにもかかわらず気が付かれたことに驚きながらもおばあさんにこう尋ねた。
「......仲間を探している。とてつもないものと戦うために......」
そうおばあさんに伝えると、少し微笑みながらごちゃごちゃした店の裏に行き、金庫のようなところから、封筒に入った10枚のカードを持ってきた。
「私が、持っている仲間の情報だよ。ただし中を見たら、買ってもらうからね。」
そういい、10枚のカードを店のショーケースの上に置いた。
「分かったわ。3枚のカードを選ぼうかしら。」
リーンはそう言い、ショーケースの上に置かれた10枚のカードを見つめた。
......感じるけど、何がかまではわからない。
「おばあさん、このカードは”どうやって手に入れて”、”どういったことが書いてあるの?」
おばあさんは少し怪訝そうな顔をしたが、こう答えてくれた。
「どうやって手に入れたかは教えないけど、いろんな人が情報を持ち込んでくれるのさ。
その情報の精度が高そうなものは高く買っている。信用してもらって構わないよ。」
「どういったことが書いているかは見てのお楽しみだが、
その人はどこにいてどういう状態かが分かるようになっている」
「すみません。情報を信用していないわけではなかったんだけど、初めての取引だったから不安で......」
リーンがそういうとおばあさんは何も言わず、理解を示したしぐさをしていた。
リーンは、このカードの情報は正確だが、情報を持ち込んだ人の思念が含まれていることにすぐに気が付いた。
真っ先に選んだ3枚には人間の醜悪は感情がどこにもない......
むしろ、一つはこの人を探して力を貸してほしいという複数の願いが強く込められた慈愛。
一つは本来はその人を傷つける気はなかったがお金に困ってしょうがなく情報をリークした貧困。
もう一つは、最も近くにいるべき人が近くにいれない後悔と救ってほしいと思っている救済を感じた。
「この三枚にするわ」
リーンがそうつぶやこうとした刹那、ミアが一枚のカードを執拗になめていたことに気が付いた。
「みゃう」
それは、耳を刺すような鋭利な不協和音......
この人を殺してほしいという諦めと復讐の思念が混ざっているカードだった。
当然面倒ごとに巻き込まれる......でも......
「......」
リーンはしばらく黙りこみどうすべきかを考えていた。
もともと想定では3人の仲間が欲しかった。
でも今のミアの感情は大きく揺れ動いている......
この人も探すことで何かが変わるのかもしれない。
「ミア、そのカードも選ぶべきというのね......」
「おばあさん、3枚ではなくこの一枚も含めた4枚の情報にするわ」
おばあさんは何も言うことはなく、金銭を要求してきた。
「あなた......本物のようね。いい目をしておるわ。名前はなんて言うの?」
そうリーンは聞かれ、名を伝えた。
「私はリーンよ。」
おばあさんは、頷き4枚のカードを渡そうとした。
「ちょっと待った......その10枚の情報はすべて俺のもんだ!」
そう叫ぶ男が、立て付けの悪いドアを少しづつ開けながらそう言った。。
少しづつドアを開けているのにもかかわらず、大きすぎる声で、店内のショーケース内の商品がかすかに揺れた。
見た目は、30代前半のおじさんだが、この人が来ている服装はまるで貴族の護衛のような気品あふれる見た目をしていた。
続く。
次回更新:2026年7月15日 18:30




