第27話_魔王の覚悟と謎の男
リーンは魔族の大軍の雄たけびが聞こえると同時に、ムーレの目の前にいたゼルに向かって、叫んだ。
「ゼル。あなたが求めていた結末はこうすることではないはずよ。今は詳しくは聞かないから協力して。魔族の大軍の鎮静に向かってもらっていいかしら?ムーレは私たちで何とかするから。」
今、目の前の男に裏切られたことにショックを受けていたゼルに向かってリーンがそう言うと、ゼルは我に返って羽を広げながらリーンの方を向いた。
「ああ、俺らの国のことで迷惑をかけて申し訳ない。この国の人々には指一本触れさせない。リーン。ムーレは強いぞ。」
そう言うと、ゼルは羽をはばたかせて、空中に飛び始めた。しばらくしてから、空が何かの影に覆われると、一匹の黒龍が姿を現した。
「......久しぶりだな。お前を以前倒した時は、敵同士だったが、俺のために動いてくれ。この戦いが終わったら、俺の国から好きなものを持っていくがいい。」
ゼルが召喚した黒龍はゼルの後ろに続いて、魔族の大軍に向かって一目散に向かっていった。
(......なにあれ。黒龍?ゼルの秘密って召喚だったわけ?
......まあ話はあとね。それよりもムーレをどうにかしないと......)
リーンが考えていると、ムーレは持っていた短いナイフを構え、リーンに向かって攻撃をしようとしていた。
(まずいな......俺の最高速度をもってしても、間に合わない。南の人々に被害が行ってしまう......)
ゼルがそう思いながら、魔族の大軍は無慈悲にもデシラ王国の境界にたどり着いてしまった。
魔族の目の前には、逃げ遅れた女とその子供がいた。
魔族がニヤリと笑いながら、二人もろとも剣で切ろうとしていた。
......ガチン。
「ふう。危ねえ。危ねえ。お前ら、早く逃げろ。」
一人の男が、短槍をもっていた。魔族の剣を弾くと、心臓目掛けて槍を突き刺した。
その状況を見た女が、一人の男に向かってこう言った。
「......でも...足が......」
片足をひねったようで、その場でうずくまって、動かなくなってしまった。
「なんだよ。足をひねったくらいで......日常茶飯事だっつうの。
まあいい。”浮け”」
そう言うと、ガルドのカバンの中にあった本が金色に光り、女と子供の体は、空中に浮き初め、南門の入り口まで動いていた。
「おい。後は、自分で足を引きづってでも逃げろ。」
謎の男がそう言うと、魔族の軍団に向かって一人で突っ込んでいった。
「さあ、ここから、一歩も前には進ませねえから覚悟しておけ。」
そういう男に対して、後方から10本以上の矢が飛んできていた。
「”逸れろ”」
そう言うと放たれた矢が方向を変え、魔族の大軍の真上から矢が落ちていった。
魔族の大軍が全て上を向いた一瞬のスキをついて、
槍を躊躇することなく、相手に突き刺していく。
「おい。どこ見てんだよ。俺に集中しねえと、俺は殺せねえぞ。」
10体、20体と倒していく様子をまだ空中を飛んでいたゼルははっきりと視認していた。
(ほう......ただの人間にしてはやるな。あの槍捌き、そして謎の能力......か。
まるでリーンのようだな。
俺が連れてきた大軍も実力者しか連れてきていないがそれを上回るのか。
だが、そろそろつかないと体力が限界に近付いているだろうな。)
ゼルが全速力で魔族の大軍に向かって進んでいったが、謎の男の体には少しづつ切り傷が付き始めていた。
「はあ、はあ。おめえらどんだけ硬えんだよ。
俺の槍が壊れるぜ。剣、槍、魔法どれも一級品だが、俺よりは弱いがな。」
そう言いながらも心臓を的確に突いていく。
そこに後方からまた矢が飛んできているのに男は気が付いていなかった。
「やべ。矢が飛んできて......」
男に刺さる直前、真っ赤な手が矢をつかむと、ポキっと折った音が聞こえた。
「おい。よくここまで耐えたな。助かったぞ。俺は、魔王ゼル。今はお前の味方だ。
こいつらの暴動を許した俺を責めるのは、後にしてほしい。後どれくらい戦える?」
矢に当たる直前、ゼルが魔族の大軍の前に到着すると隣にいる男に向かって話した。
「俺はガルドだ。ちょうどいい。何があったかは知らねえが、仲間割れとはな。
お前の強さは、その殺気からひしひし伝わってきてるよ。そこの黒龍もな。
悔しいが、俺一人ではこいつらを止めるので精いっぱいだ。」
ガルドがそう言うと、ゼルは頷き、黒龍に向かって指示を出した。
「黒龍。お前は、この軍団の後ろからすりつぶせ。逃げ場を作らせるなよ。」
ゼルは、掛けていた眼鏡を外すとそのメガネが剣へと変化していき、目の前の5人をあっという間に切り殺した。
「ガルド。こいつらは俺の軍だが、俺の指揮系統を無視して、進軍しようとしている。こいつらに指示を出している奴は、この国の中にいて、今リーンたちが戦っている。指示を出している奴を殺せば、こいつらの指揮系統を奪い返すことができる。それまで、ここでこいつらを止めてくれ。頼む。」
ガルドは、リーンという名前だけ知っていることに一瞬驚きながらも、短槍を振る手を止めることはなく、ただただ頷いた。
前後左右からの敵に対して的確に心臓に短槍を突き刺すガルドと剣を振るだけで目の前の敵が倒れていく圧倒的な武力のゼルは協力しながら魔族の攻撃を凌いでいく。
「はあ、はあ。キリがねえな。疲れるからあれは使いたくはないんだけどな。
ゼル悪いな。これから見たくない光景が目の前に広がるぜ。」
「”狂え”」
ガルドがそう言うと、後ろの方で黒龍が相手をしていた敵同士で攻撃をしあっていた。
「ガルド。その力は......」
ゼルがそう聞くとガルドは、光っている本を見ながらゼルの方を向いた。
「ああ。おそらくそのリーンってやつと同じ力だ。この本に書かれた秘密を俺は使える。」
ガルドがそう言うと、しばらくしてから城の方から一筋の光が本を目掛けて飛んでくることが分かった。
「秘密:『怠惰』を手に入れました。」
ゼルが目の前の敵に剣を振ろうとした瞬間、全軍の動きが止まるのを確認した。
「終わったみたいだな。」
ガルドがそう言い、ゼルは魔族の大軍に対して、この場にとどまることを指示し、
全軍がゼルの指揮系統へと戻っていった。それと同時に黒龍は姿を消していった。
「あの黒龍は、昔俺が倒したんだ。俺の秘密は昔、倒したクリーチャーを召喚できるんだ。まあ、魔族の国では誰にも言っていないがな。」
どこかに行こうとするガルドをゼルは止め、自分の秘密を話した。
「どうしてそれを俺に?」
ガルドは不思議そうにゼルを見ていたが、しばらくして、ゼルの後ろに続き王城へ戻っていった。
「一人なら3分が限界」――。
戦いの前にレオンが吐露したその言葉を、リーンの「嘘」と「策」はどう塗り替えたのか。
時間を少しだけ戻そう。ガルドの本に『怠惰』が刻まれる、その数分前へ。
続く
次回更新:8月8日(土)18:30




