緊急事態
「これは、どういうことですか!」
私は、予想外の事態に映写室へ飛び込んだ。
この、キャンキャン吠える男を連れて。
「そんなに強く引っ張んなって!腕外れるだろ!」
「もう、死んでるので外れません。」
「はぁ?それ言われると胸が痛いからやめろって!」
「ガハハ!お前さんが、そんな口喧嘩するとは。ワシは嬉しいぞ~。」
暗かった部屋に電気がつく。
そこには、相変わらず清潔感の無い無精髭の男性が立っていた。
「映写さん、笑っている場合ではありませんよ!」
私は、連れてきた男を突き出す。
おやま!と言わんばかりに、ニヤニヤしながら、映介様の顔を覗き込んだ。
「これはまた。ちょっと失礼。」
そう言って、映介様の頭に右手を乗せる。
じっと何か考え込んだ後、フッと小さく笑った。
「なるほどな。お前さんは、本当に良い思い出も、思い残しも無いときた。そりゃ先にも進めんわな。」
「はぁ?それの何が悪いんだよ!」
次は、映介様が食って掛かる。
私もそれに便乗して無言で詰め寄った。
「二人とも怖いぞ!まぁ、落ち着きなさい。説明するから。」
そして、私と映介様、映写さんとロビーに移動しコーヒーをお供に机を囲んだ。
「さぁ、ワシが入れた特製コーヒーを飲みながらお話しますよ!」
私は、長い付き合いだから分かる。
この人は楽しんでいる。
お客様の前ではこういうことは控えたいのだが、思わず大きな溜息をついてしまう。
映介様も「なんだこいつ」という顔をしている。
それも仕方がない。
こういう男なのだから。
「じゃあ、まずは自己紹介からだな。ワシは、このゴーストシアターで映写を担当している、笠木 真治ってもんだ。よろしくな。え~と、映介。」
「え?あんたもなんで?」
「そうだよな。まぁ、ここのもんになれば自然と身につくんだよ。まぁ、よろしく。」
そう言って、右手を差し出す。
流れに身を任せるように、映介様も手を取った。
そして、一口コーヒーを飲んだのち、一気に説明を始めた。
「まずは、この映画館について。ここは死んだ者が訪れる映画館というのは、案内人から聞いてるな?」
映介様は、無言で頷く。
「よしよし、仕事ができているようで何より。ここへ来るにはいろいろ条件があるんだよ。その1つは未練。生きているうちにやりたいことがあるという強い執念。その整理をするために導かれる。そして、2つ目。振り返り。これは、いわゆる走馬灯だな。寿命が少しだけ残っている場合にやってくる。だが、このパターンで導かれる奴は殆どいない。そして、最後にこれだ。思い残し。未練や寿命のタイムリミットではない。良い思い出を使って、生きているものにメッセージを残す。最後の条件が一番多くてね。その手伝いをするのがワシたちの仕事だ。」
一気に説明されたことで、映介様は口をポカンと開けている。
意味が分からないのだろう。
それもそうだ。
私も同じような経験をしているのだから。
まぁ、覚えているかって言われると自信は無いが……。
だが、お構いなしに映写さんは話を進める。
「で、外に出られないのは……。未練、寿命、思い残し。お前さんはどれにも当てはまらん。ということは、こいつと一緒……って訳でもなさそうだが。まぁ、本人が気づかないどれかの条件に当てはまるものがあるのだろう。」
いや、この人はもう原因をつかんでいる。
この、タヌキ親父め。
私は、目を見て確信した。
「その条件は、何ですか?次のお客様もいらっしゃるのです。原因を早く教えてください!」
これは、映介様に引っ張られているのだろうか?
言葉が荒くなる。
すると、映写さんは感心したように手を叩く。
「なんと、ワシは嬉しいぞ!ここまで感情を出してくれるとは。」
「今は、それどころではありません!」
思わず机を強く叩いてしまう。
その反動で、コーヒーが少し跳ねた。
予想外だったのか、映介様が固まる。
「ほら、若造が怖がってんぞ!」
「誰のせいですか!」
「まぁまぁ。こればかりは本人が気づくしかないからな。というわけで、ここで提案だ!」
「提案?」
映介様と思わずそろってしまう。
息の合い方にガハハハッと映写さんが笑った。
「これなら、安心だ。じゃあ、今日からよろしくな。見習い案内人さん。」
「は?」
見習い案内人だと?
映介様は、完全にフリーズしている。
私が代わりに聞くしかない。
「どういうことですか!見習い案内人って。」
「良いだろ?一人で切り盛りするのも大変だろう。それに、良いきっかけになるかもしれないしな。」
「やめてくださいよ。」
私の反対は残念ながら通用しない。
この人の提案は絶対だ。
なぜなら、この男は私の先代案内人なのだから。
「じゃあ、決定!後はよろしくな~。」
「ちょっと待ってください!話はまだ終わってないですって。」
背中越しに、じゃ!と手を振って映写室に戻っていく。
私はさらに、大きな溜息が出てしまう。
最悪だ。
そして、映介様を見る。
反対する暇もなく決まったこの状況を呑み込むため、ずっと固まったままだった。
この時から、客と案内人ではなく、弟子と師匠へと関係性が変わった。
これからは、彼のことを何と呼べばいいのか。
お客様としてではない呼び方なんて忘れた。
ちゃんと呼ぶことはできるのだろうか。
私は、ただ重く苦しいものが襲ってくる感覚に恐怖を覚えていた。




