迷劇
「ここは?」
俺が意識を取り戻したときの最初の言葉。
さっきまで自室に向かい確か……。
目の前には、燕尾服を着た男性が立っている。
顔立ちは、いつも遊んでいたゲームのキャラクターかと錯覚するほど整っている。
片眼鏡っていうのか?
こんなの、漫画とかでしか見たことがない。
周りを見渡すと、レトロな雰囲気のポスターが並んでいて。
俺には、場違いなお洒落空間が広がっていた。
あぁ、居心地が悪い。
なんだかイライラする。
「あんた、誰だ。ここはなんだよ!?」
思わず、感情に任せて当たってしまう。
だが、燕尾服の男はお構いなしのようだ。
目の前の男が、何かペラペラ話している。
俺が放った疑問に、一生懸命応えているのだろう。
だが、全然入って来ない。
こりゃやべーな。
何も頭に入ってこない。
言葉だけが、滑り落ちていく。
「あの……。聞いていらっしゃいますか?」
男の一言で我に返る。
いや、違う。
考えることを止めてくれたが正解だった。
俺は、まったくつかめないこの状況に、抗う言葉をただ発することしかできなかった。
「悪い。全く分かんねぇ。」
「そんな気がしていました。」
感情が全く読めない表情に不気味さを感じる。
胡散臭さしかない。
ただ睨む俺をよそに、通常運転だと言わんばかりに問いをかけてきた。
「では、1つずついきましょうか。まずは、何からお話ししましょう。成見映介様。」
「は⁉初めにそれだよ!なんで俺の名前を?」
「あぁ、お越しになるお客様のお名前を知っているのは当然でしょう。」
「はぐらかすな!じゃあ、お前は誰だよ。」
「私は、ここ。ゴーストシアターの案内人をしているものです。名前は、お好きにお呼びください。」
「いや、答えになってねぇよ!」
俺のする質問に、明確な回答が返ってこない。
まぁ、これが余計に苛立ちを増幅させていく。
なんだよこれは!
だが、次の質問で俺の心臓は冷えた手で、ぎゅっと握りつぶされる感覚に襲われた。
「なら、ここはなんだよ!ゴーストシアターって幽霊映画館かよ。」
馬鹿にしたつもりだった。
だが、この質問の答えが俺に受け入れがたい現実を突きつけられる。
「おや、良いところをついてるではないですか。そう、ここは亡くなられた方が、人生で一番良い思い出を見ることができる。人生最期に訪れることができる映画館です。」
「今、何って言った。」
「少し、分かりづらかったようですね。では、もう一度。ここは、亡くなられた方……。」
「亡くなった?」
亡くなったってなんだよ。
誰が。
俺か?
意味が、分からない。
心臓が、痛い。
そして、体中から冷たい汗が噴き出してくる。
温度を感じないのに、なぜ。
俺の反応に、胡散臭い男がおやおや哀れと言わんばかりの表情をする。
そして、俺からみて左のこめかみに手を添えながら何か集中してはじめた。
「なるほど。」
一言呟くと、俺に何が起きたのゆっくり説明を始めた。
「受け入れがたいかとは思いますが、3時間ほど前に亡くなられました。死因は、栄養失調と寝不足による過労死のようですね。お仕事が大変忙しかったようで。お休みが取れなかったのも要因ですかね。えっと、以前休暇を取られたのは……。あれ?入社以来取れていない。これは中々な。」
「やめてくれ。」
「おっと、大変失礼しました。」
こいつの淡々とした回答で、何が起きたのか蘇ってくる。
そう、やりたい仕事だった。
ゲームが大好きで、作る仕事がしたいと。
だが、入った会社はノルマ、ノルマ。
達成できなければ、できるまで休めない。
残業は、サービス残業。
食べる時間も惜しいから、簡単に食べられる栄養食ばかりで……。
まともな食事なんてしていなかった。
家族は、小さいころに事故で皆いなくなった。
友達も、ゲームで知り合った顔の知らない奴らぐらい。
だから、この状況を異常と感じていなかった。
こんなことになるまで。
その日は、仕事で大失敗した。
取引先からお願いされていた納期を間違えて伝えたことにより、大きな遅れを生んでしまったのだ。
上司含めて、大激怒。
だが、不思議と何も感じなかった。
いつもなら、申し訳ない気持ちと、悔しい気持ち、恐怖と様々な感情が押し寄せる。
しかし、何も感じない。
頭から、考える、受け取るという処理能力が根こそぎ落とされている。
そして、ぼーっとしながら家路について。
気づいた時には、ここにいた。
「俺は……。」
この先の言葉が出てこない。
それを察してか、案内人がその先に何があったのか俺の代わりに続ける。
「ご自宅到着時、倒れられたようです。お隣に住んでいた方のご帰宅も遅かったようで。発見まで少々お時間がかかってしまったのも要因のようです。」
「アハハ、マジか。マジかよ。」
やっと、自分に起きたことが現実味を帯びていく。
そうか、俺は。
「俺は、死んだのか。」
「はい。残念ですが。」
あぁ、呆気ない。
本当に。
こんな終わり方ってあるかよ。
いや、俺の人生はこんなもんかもしれない。
家族が皆、いなくなった日から。
「悲しみの中、大変申し訳ございませんが。ここは、人生で一番良い思い出を見ることができる映画館です。最期に、どんな思い出をご覧になりたいですか?」
案内人は、穏やかに、優しく俺に問う。
だが、残念なことに俺の答えはこれしか出ない。
「ねぇよ。そんなもん。」
「え?」
「だから、ねぇんだよ!そんな大層なもんは!」
そう、無いんだよ。
そんな、キラキラしたもんは!
誰かと笑った記憶なんてない。
楽しかったのは、画面の向こうの世界だけだ。
そんなもん、もう一度見たいなんて思うわけがない。
俺が放った言葉に、案内人はとんでもない表情を見せる。
あんなに、仮面をかぶったような気味の悪い顔していたのに。
「こんなこと、はじめてだ。」
「はぁ?」
「本当に、何もないのですか?だって、ここに導かれる方々は皆、この世に思い残しがあって、それで。」
「また、意味わかんねぇこと言うなよ!思い残しも何も、俺にはなんもねぇの!」
ありえないと口をあんぐりさせている。
こういうやつがいたって良いだろ!
「まぁ、そういうことだから、出口どこ?俺は、ここにいたって意味ないだろ?」
「え、あ、ちょっと。」
案内人は、動揺しながら出口であろう方向と俺を交互にみる。
なんか、急に人らしい反応で面白くなる。
「なんだよ、それ。マジでウケる。」
俺は、笑いながら出口へ向かい扉に手をかけた。
その瞬間、電気が走るように跳ね返される。
「痛い‼」
扉が出ていくことを拒んでいるかのようだ。
「なんだよこれ⁉」
思わず案内人の方を振り向くと、あいつも驚愕している。
「こんなこと、今まで無かったのに。」
「はぁ?」
案内人から出た、次の言葉には少し寂しそうにも感じた。
「君は、私と一緒になるなよ。」
この言葉の意味を理解できたのは、ずっとこの先のこと。
これが、俺にとってもう1つの人生が始まった瞬間だった。




