忘れられない仕事
案内人から受け取った本を、抱きしめながらロビーの椅子に座る。
これが、ばあちゃんの本。
思わず、固唾を呑んだ。
どんな映画を上映したのか、俺には夢だったせいで記憶が無い。
でも、忘れちゃいけない事だったことは覚えている。
俺は、ゆっくり本を開く。
そこには、丁寧な文字で当時のことが書き記されていた。
名前は、成見 記恵子。
一緒に観るのは、1人になってしまう孫と。
観る思い出は、記恵子の母との思い出。
映し出されるのは、後ろ姿だけ。
記恵子は、ちゃぶ台で絵を描きながら、ただ見つめている。
台所で母は、夕御飯の支度をしていた。
そして、母はこう言う。
「いつか、大切な人ができたら、後悔しないように沢山お話をしなさい」
とても短い映像。
ほんの数分間のみだった。
本に記された内容も、これだけ。
予想以上の少なさに、思わず頭を捻る。
「どうしよう、これだけかよ……」
しかし、ばあちゃんの母。
いわゆるひいばあちゃんは、何を作っていたのだろうか?
首を傾げていると、案内人が奥からやってきた。
「どうでしたか?」
「予想以上の短さで、ちょっと難しい」
「それは、すみません」
「いや、全然良いんだ」
俺は、本を案内人に渡す。
「あんたも、読んでみてくれないか?」
案内人は、静かに手に取り、本を開く。
「それ読んでてさ、ひいばあちゃんは何を作っていたのかなって。さすがにそこまでは分からないよな」
俺が何気なく疑問を口にする。
すると、案内人は何か思いついたようだった。
「見習い、少しの間だけ、我慢していただけますか」
「え?」
案内人は、モノクルを外す。
「おい、何するつもりだ!」
「これなら、分かるかもしれないので」
案内人の目が鋭くなる。
まさか!
「やめろって!」
俺の叫びは虚しく、案内人は俺の目を勢いよく覆う。
「ごめんね」
この言葉を最後に、俺は記憶の海に落とされた。
——————————
それは、あまりにも曖昧な。
一言で表せば、泡沫のような淡い記憶。
俺の目に映ったもの。
それは、会ったことのない、ひいばあちゃんの後姿。
そして、ばあちゃんがジッと背中を見つめている。
ひいばあちゃんは、レンコンを切りながら話をしている。
いろいろ何か言っているが、全ては分からない。
でも、しっかり聞き取れたもの。
「いつか、大切な人ができたら、後悔しないように沢山お話をしなさい」
幼いばあちゃんが、首を傾げる。
「どうして?」
すると、優しく鍋をかき混ぜながら、教えてくれる。
「沢山その人を知ることができれば、生きた証を残せるから」
窓から差し込む夕日が眩しくて、顔が見えない。
思わず目がくらみ、目を閉じた。
——————————
勢いよく飛び起きると、そこはいつもの映画館が広がっていた。
何が起きたんだ?
周りを見渡す。
すると、目の前に蹲る案内人がいた。
「案内人!」
俺は、急いで駆け寄る。
すると、苦しそうに息をしながら、俺の腕を勢いよく掴んだ。
「み、見習い。あの、ひいおばあ様の名前は?」
「はぁ? 今はそれどころじゃ」
「良いから、教えてください!」
あまりの迫力に、たじろぎそうになる。
それでも、必死な案内人に応えたかった。
「確か、え……と」
思い出せ、頼む。
何か、きっかけがあれば!
すると、案内人から、少女の断片的な記憶が流れ込む。
それは、前にも見せてもらった沖縄戦の記憶。
ころころと可愛らしく笑う少女の声が、ひいばあちゃんと似ている気がした。
考えろ。
考えろ!
そして、ばあちゃんが口にした名が浮かぶ。
思わず口に出していた。
「ハナ」
案内人の表情が一変する。
何か遠い記憶を見るように、一筋の涙を流す。
「ハナさんですか」
すると、掴んでいた手が力なく離れる。
そして、フラッと立ち上がった。
「案内人?」
俺は、居たたまれず声をかける。
しかし、何も反応がない。
そして、案内人と目があった瞬間だった。
俺の頭に、ある名前が浮かぶ。
待ってくれ、こんな知り方は嫌だ!
「君は? 初めまして」
案内人から放たれた言葉。
それは、今までの思い出が、生前の記憶と入れ替わったことを示していた。




