11作品目 戻演
私は、朱色の本を手に取る。
開かず、そのまま見習いに渡した。
「これは、成見 記恵子様の本です」
名が分かったことで、見つかった本。
私は、中を見る勇気がなかった。
それは、見習いの家族に関する記憶。
ずっと傍にいて、本人の記憶まで覗いておきながら、触れることをためらった。
何より、最初に読むなら私ではない。
見習いからだと思ったから。
「読むタイミングは、お任せします。この部屋を使っていただいて構いませんので、ごゆっくり……」
「この部屋は、のどが痛くなりそうだからロビーで読むよ」
「あ、失礼ですよ。部屋が汚いって!」
「俺、そこまで言ってない!」
私の気遣いを無下にして!
しかし、それも彼らしいと思った。
「読んだら教えてください。そういう約束だったので」
「了解!」
そう言って、見習いは私の部屋を出ていった。
すると、入れ替わるように映写さんが入ってくる。
「よ! 調子はどうだ~」
「何のことです?」
「この前は、大喧嘩していたからな。仲直りできたかなと」
このタヌキ親父の話し方、すごく白々しい。
実際に聞きたいことは、違うのだと分かる。
私は、小さく溜息をついた。
「見習いに、力を使うことを止められました」
「それで?」
「見習いの知り合いとはいえ、彼は立派な案内人として仕事を全うしていました」
映写さんは、私の話に耳を傾ける。
私は、紅色の本を手に取り、話を続けた。
「彼の姿を見て思ったのです。記憶に干渉する力が無くても、案内人として成り立つのだと。彼のことが誇らしくもあり、少し寂しくもありました。でも、見習いは言ったんです。ここは俺の居場所だって」
この言葉は、寄りかかりたくなるほど、嬉しかった。
なぜなら、もう一人ではなくなるのだから。
しかし、同時に何十年とここに縛られる自分と重なる。
記憶が無いにせよ、この映画館から出ることができない。
だんだん、外の世界がどんなものか考えなくなる。
代わり映えのない日々に、色が宿ったのは、間違いなく彼のお陰だった。
「私は、彼に甘えて良いのでしょうか?」
思わず出た言葉だった。
彼との記憶も、失っていく量が増えていく。
もしかしたら、次には全てということも。
そんな中、私は彼を引き留めたのだ。
見習いから絞り出される、言葉が胸を刺さす。
「頼むから、一人にしないでくれ……」
この願いに私は答えられるのだろうか。
傍にいて、彼の知る私でいられるのだろうか。
私は、本を握りしめた。
すると、映写さんは私の肩に手を置く。
「映介がここに残ることを選んだのなら、思いっきり甘えればいいさ。だが、そうと決めたなら、お前さんもあいつの思いに応えなきゃならん。どんな答えを出すかは、お前さんが決めろ。だが、泣かせるなよ」
軽く肩を叩く。
多分、激励のつもりなのだろう。
「あの、映写さんはここから出たいと思わないのですか?」
「お、どうした急に」
「いえ、私よりもずっと前からいるので、どうなのかなと……」
「まぁ、ここはワシが作ったようなもんだしな」
「また、冗談を」
すると、映写さんは不敵に笑う。
「いつか、教えてやるよ」
そう言って、部屋から去っていった。
よく分からず首を傾げる。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
私は、紅色の本を開く。
きっと、次、力を使えば最後になるかもしれない。
もし、そうであれば、彼のために……。
私は、忘れないように見習いとの日々を書き記した。




