思い続けるもの
どうしてだろう。
見習いの後姿が、たくましく見える。
感覚的に分かる。
今回のお客様は、見習いが案内人だったのだと。
なんだか少し、誇らしくなる。
しかし、この思いとは裏腹に、見習いの振り向きざまの表情は、怒りに満ちていた。
「あんた、ふざけんなよ!」
目を真っ赤にしながら、胸ぐらをつかむ。
私は、ただ受け入れるしかなかった。
「何をしようとしたか分かっていたのか。止めなかったら、実行してただろ!」
私は、否定できなかった。
今まで当たり前にしてきたこと。
お客様が願えば、力を使う。
干渉の力は、確かになるべく使わないようにしてきた。
ましてや、記憶を借りるなんて、ただの生き写しだ。
救われないことは、分かっていた。
でも、望まれればやる。
だって、それが私だったから。
だが、見習いが全力で止めてくれた。
心なしか、安堵している自分がいる。
どうしてだろう。
今までは、失うものなんてなかったのに。
目の前にいる彼が、訴えてくる。
「頼むから、1人にしないでくれ……」
あぁ、そうか。
いつの間に、私は彼のことが大切になっていたのかと。
私は、胸ぐらをつかまれる手を取る。
「止めてくれて、ありがとうございました」
今になって分かる。
これでは、もう手放せないじゃないか。
思わず強く握りしめていた。
「あなたに、伝えたいことがありました。しかし、危惧していたことは起きてしまった。聞いていただけますか?」
大切な人だから。
自分ではない誰かを本当の意味で失いたくないから。
自分の言葉で伝えたい。
見習いは、掴む手を離す。
そして、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「分かった」
私は、彼の目を見つめる。
これから起きるであろうことを伝えた。
「見習い。本日のお客様で、3人の知り合いを送り出しました。それによって、これから案内人としての力が覚醒する可能性があります」
「案内人の力?」
「はい、あなたは不思議に思っていましたね。どうしてお客様の名前が分かるのかと」
「もしかして!?」
「案内人の力。それは、お客様の名を知ることができるもの。そして、記憶を映画に変える力です」
「じゃあ、俺はあんたの力にこれからなれるってことだよな!」
見習いの表情が、パッと明るくなる。
そんな、良い力ではないのに……。
「最後まで、聞いてください!これには、代償があります」
「代償?もしかして、俺も記憶なくなるとか?」
「それは、違います」
「なら、何だよ?」
「それは……」
この先が言えなくなる。
覚醒と同時に決まること。
私は、縛るみたいで苦しかった。
でも、伝えないと。
私は、勇気を振り絞る。
「それは、ここから出られなくなるということ。つまり、この映画館に縛られ続けるということです」
それは、私と同じ運命を背負うということだ。
緊張で、心臓が飛び出しそうになる。
しかし、私の思いとは裏腹に、見習いは拍子抜けしていた。
「な~んだ。そんなことか!」
あれ?予想していた反応と違うような……?
「事の重大さを分かっているのですか?それは、すなわち!」
「俺が、成仏できないってことだろ?それは、別にいいよ」
「良くありません!」
「だって、俺、今が一番生きてるって思えるから」
「え?」
すると、見習いは映画館の入り口を見つめながら教えてくれる。
「俺さ、由美ちゃんが言っていた通り、約束を守れない人間でさ。それは、俺が弱かったから。気づいたら、どんどん信じられる人がいなくなっていて。でも、ここでたくさんのお客様と出会ってさ、やっと誰かの役に立ててるって思えたんだ。だから、あんたが出てけって言っても出ていかない」
「どうして?」
「だって、ここが今の居場所だから。そうだろ?」
あぁ、ずるいなぁ。
彼は、花のように笑う。
その表情をどこか懐かしくも感じる。
これだから、手放せなくなるんだ。
「後悔しても知りませんよ」
「自分で決めたから、後悔なんてするかよ!」
すると、見習いが何か思い出したような表情をする。
「あのさ、前言っていた夢の記憶なんだけどさ」
「はい、ずっと探せないままでいて、すみません」
「いや、やっと思い出した。一緒に観た人。今日と同じ席で観たんだ」
「誰です?」
「俺のばあちゃん。名前は確か……、成見 記恵子っていうんだけど。本を探したら、見つかるかな?」
「では、さっそく探してみましょうか?」
「よし、行くぞ!」
その時は知らなかった。
成見 記恵子という名前が、私たちの運命を大きく変えることを。
ただ、願ったことは1つだけ。
ずっと、変わらないでいてほしい。
それだけだった。




