雨劇
いつだってそう。
別れの時は、いつも雨だった。
そばに誰かがいることを、かき消すような風と雨。
今日は、今年最初の台風が上陸。
同棲中の彼と、ニュースを見ていた。
彼が、何か叫んでいる。
外からの激しい音で口が動いていることしか分からない。
何と言っているの?
「え?聞こえない!」
しかし、彼が手を伸ばした瞬間だった。
地響きと共に、黒い何かに飲み込まれる。
私は、何が起きたのか分からず、意識を手放した。
そして、眩しさでゆっくり目を開ける。
そこには全く見覚えのない空間が広がっていた。
ただ一人を除いて。
「映介君?」
私は、ポロシャツの男性に声をかける。
すると、その人物は確かめるように、私をじっと見つめながら一言。
「もしかして、由美ちゃん?」
「やっぱり、映介君だ!久しぶりだね」
「え!マジか、いつ以来かな」
「う~ん、転校した後にも1回会ったことがあるから……。それを考えると、中学以来かな?」
「にしても、大人になったな~」
「それを言ったら、あなたもでしょ」
そこには、小学生の時に大好きだった人がいた。
別れの時はいつも雨。
それを、最初に教えてくれた人だった。
感動の再会に割り込むように、燕尾服の男性が間に入る。
「ようこそお越しくださいました。ゴーストシアターへ。和田 由美様」
すると、映介君が若干怒り気味で、肩を掴む。
「おい、どいてくれって」
「いえ、どきません。やはり、本日は控えてください」
「何言ってんだよ!せっかくの再会を邪魔すんなって」
「業務命令です。下がりなさい」
「嫌だ、どけって!」
目の前で、いい大人二人が喧嘩をはじめる。
その光景を見て、思わず笑ってしまった。
「映介君、相変わらずだね」
仲が良くなると遠慮がなくなるところ。
そして、そこからはじまる口喧嘩を心なしか楽しんでいる姿が、小さい頃の姿と重なった。
「え?俺、なんか変?」
「いや、あの頃のままだなって安心しただけ」
なぜだろう。
小さい頃から知っている人が、変わらないでいてくれることに安堵している。
2人は、恥ずかしくなったのか私の笑いによって、喧嘩が収まる。
燕尾服の男性は、少し悲しそうな目を映介君に向けていた。
だが、一瞬にして表情が変わる。
まるで、笑顔という名の仮面をつけるように。
「お騒がせしてしまい申し訳ございません。見習いの知り合いとのことで、少し取り乱してしまいました」
そう言って、燕尾服の男性は頭を下げる。
「いえ、私こそ笑ってしまいすみません。って、見習い?」
すると、映介君がニコニコしながら、教えてくれる。
「そう!俺、この映画館の見習い案内人をしていて。この人が師匠!」
「へ~、映画館の案内人」
聞いたことがない職業に、困惑する。
でも、楽しそうにしているみたいだから、良いか!
映介君の雑な紹介とは裏腹に、師匠さんはスマートな所作で自己紹介を始める。
「私は、ここの案内人を務めております。私のことは、好きにお呼びください。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いします。では……、師匠さんでいいでしょうか?」
「し、師匠さん?」
急に目が泳ぎだす。
すると、映介君がニヤニヤしながら話を始める。
「師匠さんだって。いつも案内人って呼ばれてるから、新鮮だな~。」
「あなたにも、呼ばれたことが無かったので。ムズムズします」
そんなに変だったのかな?
しかし、この楽しい空間は、この場所について語られたとき、変わってしまう。
師匠さんは、モノクルをかけなおしながらこの映画館について語り始める。
「では、気を取り直して……。ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、いかがでしょうか?」
「人生で一度だけって、私はどうやってここへ来たのでしょうか?全然、覚えていなくて」
私は、素直に感じた疑問を投げかける。
すると、映介君がためらいながら教えてくれた。
「その……。俺も認めたくないんだけど。ここへ来る人は、皆、亡くなった人なんだよ」
「え?」
信じたくない言葉に、身体が動かなくなる。
亡くなった人って、どういうこと?
師匠さんが、ゆっくり片手をこめかみにあてる。
そして、何が起きたのか語り始めた。
「今から、4時間ほど前になります。台風の影響で土砂崩れが起きたようで。巻き込まれて、亡くなりました」
「台風……土砂崩れ」
この2つのワードで、何が起きたのか。
徐々に蘇ってきた。
それは、暴風警報が発令されたことをニュースで見た朝。
私は、電車が動いているかスマートフォンで調べていた。
同棲している彼、南雲 朝陽もテレビのチャンネルを変えながら、状況を確認している。
「朝陽、私の乗る電車は運休みたい」
私は、会社へ行けそうにないことを伝える。
「僕も無理そう。まぁ、何かあってからでは良くないからね。安全第一だよ。」
朝陽も、出勤をあきらめて、会社へ連絡を取るためにスマートフォンへ手を伸ばす。
すると、鼓膜を刺すような激しい警報音が小さな端末から鳴り響いた。
「これ、まずいんじゃない?」
私は、恐怖で手が震える。
彼は、状況を確認しようと調べ始める。
「これは、避難するにも危ないよな」
朝陽は、リアルタイムカメラを見せてくれた。
そこには、激しい雨風により、山の木々が大きく揺れる姿。
黒い波の様に見え、思わず息をのむ。
彼も、どうするのが正解か少し迷っているようだった。
すると、床が小刻みに揺れる。
生活音が、唸るような地響きによってかき消された。
彼が、何か必死に叫んでいる。
何を言っているのか分からない。
「え?聞こえない!」
しかし、彼が手を伸ばした瞬間だった。
「由美!」
朝陽が私の腕をつかみ引き寄せ抱きしめる。
地響きと共に、黒い波に飲み込まれた。
私は、何が起きたのか分からず、意識を手放した。
「もしかして、あの黒いのって」
急に、全身が押しつぶされるような感覚になり、苦しくなる。
だって、私たちはもうすぐ。
「結婚式を挙げるはずだったのに」
「え?」
「マジかよ……」
師匠さんと、映介君が驚いた表情を見せる。
私は、思わず二人に縋りついた。
「ねぇ、朝陽に会わせて。お願いだから」
しかし、師匠さんからの回答は無情だった。
「申し訳ございません。それは、できません」
「どうしてですか!そうだ、この映画館は、一緒に観たい人を選べるのでしょ?なら、彼が良いです」
「できません」
「なぜ!」
「南雲 朝陽様も、あなたと一緒に亡くなったからです」
「亡くなった?」
信じたくない言葉に、何も考えられなくなる。
すると、私の代わりに映介君が聞いてくれた。
「案内人、どういうことだ?」
「南雲様は、和田様を守ろうと土砂が押し寄せる瞬間に、抱き寄せ衝撃から庇いました。そのため、和田様よりも先に……」
「客として招けないのは、もしかして、もう生きていないから?」
「はい。その通りです」
2人の会話は、まるで悪夢だ。
早く過ぎ去れと願ってしまう。
「案内人、何か方法はないのか?」
映介君は、師匠さんの腕をつかみながら必死に訴える。
すると、少し寂しそうな目をしながら、師匠さんが口を開いた。
「方法がないわけではありません。しかし、気休めでしかないかと思います」
私は、1つでも会える方法があるならと、飛びつく。
「なんですか!ぜひ、教えてください!」
何でもいい、彼に会えるなら。
「かしこまりました。では、お伝えしましょう」
案内人さんは、ためらいながら教えてくれた。
「それは、記憶に干渉して、南雲様との記憶を一時的にお借りします」
「借りる?」
私は、よく分からず首を傾げる。
しかし、映介君の顔色が変わる。
彼は、ものすごい勢いで、師匠さんの肩につかみかかった。
「絶対にやめろ!それをしたら、あんたが!」
「しかし、これしか南雲様に会う方法はありません」
「だとしてもダメだ。記憶の干渉は、反動が桁違いだろ。見るだけでも消耗が激しいのに。絶対に反対だ!」
よく分からないやり取りに、置いていかれる。
思わず割って入ってしまった。
「あの、何を言っているのかさっぱりなので、もう少し分かりやすくお願いします」
すると、師匠さんが何をしようとしているのかを、映介君が教えてくれた。
「分かりやすくいうと、由美ちゃんの記憶に干渉して、南雲さんの記憶をコピーする。そして、案内人が南雲さんとして、降臨するって感じだ。」
「何それ、エスパーみたい」
「だけど、これには、代償として案内人の記憶が無くなるんだよ。だから、俺は絶対に反対だ!」
「嘘でしょ」
私のお願いは、あまりにも大きすぎることにこの時初めて知った。
ただ、会いたい。
それだけなのに、あまりにも遠い。
気づいたら、膝から崩れ落ちていた。
やっぱり、別れの時はいつも雨。
ずっと一緒にいたいと願った人まで、雨によって離ればなれ。
「雨は……、嫌いだ」
私は、膝を抱えてうずくまった。
「映介君もそう。あなたが、転校した日も雨」
私から、全てを奪っていくんだ。
すると、映介君が私の隣に膝をつく。
そして、私にあることを教えてくれた。
「俺さ、両親が亡くなって転校しただろ?その時の約束が頭から離れなくて……。それで、中学の夏休みに遊びに行ったんだ。ちゃんと守りたくて。覚えてる?」
「確か、花火を一緒に観る」
「そう。でも、その日も雨が降って行けなくて。それきり。もし、それで辛い思い出になっているなら、ごめん」
私は、ただ横に首を振ることしかできなかった。
なんで、いまさらそんなこと。
しかし、彼はいつになく真剣だった。
「だから、由美ちゃんの力になりたい。俺にできる事なら何でもする。でも、案内人の力だけは、頼む。使わないでくれ」
映介君が、身体を震わせながら頭を下げる。
この姿を見て、胸を締め付けられた。
あぁ、映介君にとって、師匠さんは大切な存在なんだと。
そんな大切な人を、彼から奪ってはいけない。
「そうだよね。師匠さん、それはダメです」
「しかし、これなら会うことができます」
師匠さんは食い下がる。
それでも、何かを犠牲にしてまですることじゃない。
「だって、私を好きになってくれた彼じゃないから」
私が会いたいのは、彼自身。
私の中の彼ではない。
記憶の彼に会っても、意味がない。
そう、言い聞かせた。
私は、なるべく元気を装う。
「あ~あ、ウェディングドレス楽しみだったのに。今、指輪も2人で作れてさ。凄く楽しかったんだよ」
まるでアルバムの様に残る、幸せな記憶。
雨の日に、「ほら、忘れ物!」と言いながら駅で傘を持っている姿。
私の料理を、満面の笑みで食べる瞬間。
この状況になって、振り返ると温かくて苦しい。
そして、私はあることをお願いした。
「師匠さん、映介君。映画なんだけど、1人で観ることもできますか?」
すると、師匠さんは優しく微笑む。
「もちろんできます。しかし、本当に良いのですか?」
「はい、むしろ1人が良いです」
「かしこまりました」
私は、師匠さんと映介君に連れられて、大きな扉の前に立つ。
すると、映介君が私の隣に立った。
「あのさ、良かったら一緒に観ないか?その……花火」
「え?」
「いや、1人でどんな記憶を見るのかは、由美が決めるべきだけど。その、記憶は変えられるらしいから、それならここで叶えるのもありかなって」
記憶は変えられるという意味が、私にはあまりよく分からなかった。
でも、ある日の記憶が蘇る。
「分かった。私、映介君と観るよ。私の記憶だけど」
「ありがとう」
師匠さんも、止めなかった。
「師匠さん、少しの間、映介君をお借りします」
「はい、ではごゆっくり」
師匠さんは、軽く手を振る。
私たちは、大きな扉を一緒に開けた。
中には、木製の椅子が規則正しく並んでいる。
私は、一番後ろの中心席に座った。
「そこでいいのか?」
映介君は不思議そうな顔をしている。
私は、自慢げに教えてあげた。
「知らないの?映画館の一番後ろは、すべてが見える席なんだよ」
「花火には、持っていこうということか!」
「良いでしょ」
私は、隣に座るように促す。
彼が座ると、ゆっくり部屋が暗くなる。
スクリーンに映し出されたのは、満点の星空だった。
——————————
それは、地元の花火大会。
規模はそれほど大きくないけれど、毎年恒例のイベントだった。
私は、桜色の浴衣に身を包み、河川敷で座っていた。
カウントダウンが1を伝えたとき、夜空には満開の花が咲く。
赤や、オレンジ。
時には、青。
形も様々で、大輪の花が咲き誇る。
私の隣には、いつも誰かがいた。
母さんがいて、父さん。
おじいちゃん、おばあちゃん。
幼馴染もいた。
時が経つにつれて、移り変わっていく。
そして、一番新しい記憶。
私の隣には、朝陽がいた。
「来年も一緒に来ようね」
私は、当たり前のように約束をする。
すると、彼は顔を赤らめながら、何かを取り出す。
そして、小さな箱を開けた。
「じゃあ、次くるときは、夫婦っていうのはどうかな」
予想していなかったタイミング。
そこには、1本の指輪が輝いていた。
私は嬉しくて、目頭が熱くなる。
「よろしくお願いします」
私の返事に、朝陽は花火の音に負けないぐらい喜び叫ぶ。
「やった~!」
それが、私の花火大会。
隣が誰に変わっても、果たすことのできない約束だった。
——————————
ゆっくり明るくなっていく。
映介君は、何も言わなかった。
「私、映介君が初恋だったんだよ」
「マジ!?」
突然の告白に、映介君は飛び上がる。
その反応に思わず笑ってしまった。
「何それ、凄い」
「わ、悪い」
「でも、あの頃は小さかったから。勇気を出して誘った花火大会へ行けなくなって寂しかった。でも、朝陽がそれを塗り替えてくれて。花火大会は、悲しいだけの思い出じゃなくなった」
私は、左の薬指を見つめる。
ここには、二本の指輪がついているはずだったのにな。
私は、約束をすると雨によって破られちゃう。
死ぬまで変わらなかった。
でも、一つだけ最後に観れて嬉しかった。
「やり残したことは、ものすごく沢山ある。結婚式したかったし、新婚旅行でヨーロッパも行きたかった。でも……」
これは、きっと彼のお陰だ。
私は、心からの思いを伝えた。
「映介君。小さい頃の約束、守ってくれてありがとう」
上映が終わり、私たちは映画館の出口へ向かう。
すると、二人は優しく送り出してくれた。
「きっと、南雲様は向こうでお待ちです。ぜひ、会いに行ってあげてください」
「ありがとうございます」
私は、深く頭を下げる。
映介君は、少し寂しそうな表情をしている。
「こんな形で、悪かった。でも、南雲さんと幸せになれよ!」
「なにそれ、向こうでも結婚ってあるのかな」
「さぁ、分からねぇけど……。俺は信じてるから」
すると、映画館の扉から温かい光が差し込む。
彼が迎えに来てくれた気がした。
私は、二人に手を振りながら、その場を後にする。
「じゃあ、またね!」
一歩出ると、大好きな朝陽がいる。
私は、雨上がりのあたたかい光に包まれるのを感じながら、彼の隣に立った。




