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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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49/50

雨劇

 いつだってそう。

 別れの時は、いつも雨だった。

 そばに誰かがいることを、かき消すような風と雨。

 今日は、今年最初の台風が上陸。

 同棲中の彼と、ニュースを見ていた。


 彼が、何か叫んでいる。

 外からの激しい音で口が動いていることしか分からない。

 何と言っているの?

「え?聞こえない!」

 しかし、彼が手を伸ばした瞬間だった。

 地響きと共に、黒い何かに飲み込まれる。

 私は、何が起きたのか分からず、意識を手放した。


 そして、眩しさでゆっくり目を開ける。

 そこには全く見覚えのない空間が広がっていた。

 ただ一人を除いて。


「映介君?」

 私は、ポロシャツの男性に声をかける。

 すると、その人物は確かめるように、私をじっと見つめながら一言。

「もしかして、由美ちゃん?」

「やっぱり、映介君だ!久しぶりだね」

「え!マジか、いつ以来かな」

「う~ん、転校した後にも1回会ったことがあるから……。それを考えると、中学以来かな?」

「にしても、大人になったな~」

「それを言ったら、あなたもでしょ」

 そこには、小学生の時に大好きだった人がいた。

 別れの時はいつも雨。

 それを、最初に教えてくれた人だった。


 感動の再会に割り込むように、燕尾服の男性が間に入る。

「ようこそお越しくださいました。ゴーストシアターへ。和田 由美(わだ ゆみ)様」

 すると、映介君が若干怒り気味で、肩を掴む。

「おい、どいてくれって」

「いえ、どきません。やはり、本日は控えてください」

「何言ってんだよ!せっかくの再会を邪魔すんなって」

「業務命令です。下がりなさい」

「嫌だ、どけって!」

 目の前で、いい大人二人が喧嘩をはじめる。

 その光景を見て、思わず笑ってしまった。


「映介君、相変わらずだね」

 仲が良くなると遠慮がなくなるところ。

 そして、そこからはじまる口喧嘩を心なしか楽しんでいる姿が、小さい頃の姿と重なった。


「え?俺、なんか変?」

「いや、あの頃のままだなって安心しただけ」

 なぜだろう。

 小さい頃から知っている人が、変わらないでいてくれることに安堵している。

 2人は、恥ずかしくなったのか私の笑いによって、喧嘩が収まる。


 燕尾服の男性は、少し悲しそうな目を映介君に向けていた。

 だが、一瞬にして表情が変わる。

 まるで、笑顔という名の仮面をつけるように。


「お騒がせしてしまい申し訳ございません。見習いの知り合いとのことで、少し取り乱してしまいました」

 そう言って、燕尾服の男性は頭を下げる。

「いえ、私こそ笑ってしまいすみません。って、見習い?」

 すると、映介君がニコニコしながら、教えてくれる。

「そう!俺、この映画館の見習い案内人をしていて。この人が師匠!」

「へ~、映画館の案内人」

 聞いたことがない職業に、困惑する。

 でも、楽しそうにしているみたいだから、良いか!

 映介君の雑な紹介とは裏腹に、師匠さんはスマートな所作で自己紹介を始める。

「私は、ここの案内人を務めております。私のことは、好きにお呼びください。以後、お見知りおきを」

「よろしくお願いします。では……、師匠さんでいいでしょうか?」

「し、師匠さん?」

 急に目が泳ぎだす。

 すると、映介君がニヤニヤしながら話を始める。

「師匠さんだって。いつも案内人って呼ばれてるから、新鮮だな~。」

「あなたにも、呼ばれたことが無かったので。ムズムズします」

 そんなに変だったのかな?

 しかし、この楽しい空間は、この場所について語られたとき、変わってしまう。


 師匠さんは、モノクルをかけなおしながらこの映画館について語り始める。

「では、気を取り直して……。ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、いかがでしょうか?」

「人生で一度だけって、私はどうやってここへ来たのでしょうか?全然、覚えていなくて」

 私は、素直に感じた疑問を投げかける。

 すると、映介君がためらいながら教えてくれた。

「その……。俺も認めたくないんだけど。ここへ来る人は、皆、亡くなった人なんだよ」

「え?」

 信じたくない言葉に、身体が動かなくなる。

 亡くなった人って、どういうこと?


 師匠さんが、ゆっくり片手をこめかみにあてる。

 そして、何が起きたのか語り始めた。

「今から、4時間ほど前になります。台風の影響で土砂崩れが起きたようで。巻き込まれて、亡くなりました」

「台風……土砂崩れ」

 この2つのワードで、何が起きたのか。

 徐々に蘇ってきた。


 それは、暴風警報が発令されたことをニュースで見た朝。

 私は、電車が動いているかスマートフォンで調べていた。

 同棲している彼、南雲 朝陽(なぐも あさひ)もテレビのチャンネルを変えながら、状況を確認している。

「朝陽、私の乗る電車は運休みたい」

 私は、会社へ行けそうにないことを伝える。

「僕も無理そう。まぁ、何かあってからでは良くないからね。安全第一だよ。」

 朝陽も、出勤をあきらめて、会社へ連絡を取るためにスマートフォンへ手を伸ばす。

 すると、鼓膜を刺すような激しい警報音が小さな端末から鳴り響いた。

「これ、まずいんじゃない?」

 私は、恐怖で手が震える。

 彼は、状況を確認しようと調べ始める。

「これは、避難するにも危ないよな」

 朝陽は、リアルタイムカメラを見せてくれた。

 そこには、激しい雨風により、山の木々が大きく揺れる姿。

 黒い波の様に見え、思わず息をのむ。

 彼も、どうするのが正解か少し迷っているようだった。

 すると、床が小刻みに揺れる。

 生活音が、唸るような地響きによってかき消された。

 彼が、何か必死に叫んでいる。

 何を言っているのか分からない。

「え?聞こえない!」

 しかし、彼が手を伸ばした瞬間だった。

「由美!」

 朝陽が私の腕をつかみ引き寄せ抱きしめる。

 地響きと共に、黒い波に飲み込まれた。

 私は、何が起きたのか分からず、意識を手放した。


「もしかして、あの黒いのって」

 急に、全身が押しつぶされるような感覚になり、苦しくなる。


 だって、私たちはもうすぐ。

「結婚式を挙げるはずだったのに」


「え?」

「マジかよ……」

 師匠さんと、映介君が驚いた表情を見せる。


 私は、思わず二人に縋り(すが)ついた。

「ねぇ、朝陽に会わせて。お願いだから」

 しかし、師匠さんからの回答は無情だった。

「申し訳ございません。それは、できません」

「どうしてですか!そうだ、この映画館は、一緒に観たい人を選べるのでしょ?なら、彼が良いです」

「できません」

「なぜ!」

「南雲 朝陽様も、あなたと一緒に亡くなったからです」

「亡くなった?」

 信じたくない言葉に、何も考えられなくなる。

 すると、私の代わりに映介君が聞いてくれた。

「案内人、どういうことだ?」

「南雲様は、和田様を守ろうと土砂が押し寄せる瞬間に、抱き寄せ衝撃から庇いました。そのため、和田様よりも先に……」

「客として招けないのは、もしかして、もう生きていないから?」

「はい。その通りです」

 2人の会話は、まるで悪夢だ。

 早く過ぎ去れと願ってしまう。


「案内人、何か方法はないのか?」

 映介君は、師匠さんの腕をつかみながら必死に訴える。

 すると、少し寂しそうな目をしながら、師匠さんが口を開いた。

「方法がないわけではありません。しかし、気休めでしかないかと思います」

 私は、1つでも会える方法があるならと、飛びつく。

「なんですか!ぜひ、教えてください!」

 何でもいい、彼に会えるなら。


「かしこまりました。では、お伝えしましょう」

 案内人さんは、ためらいながら教えてくれた。

「それは、記憶に干渉して、南雲様との記憶を一時的にお借りします」

「借りる?」

 私は、よく分からず首を傾げる。

 しかし、映介君の顔色が変わる。

 彼は、ものすごい勢いで、師匠さんの肩につかみかかった。

「絶対にやめろ!それをしたら、あんたが!」

「しかし、これしか南雲様に会う方法はありません」

「だとしてもダメだ。記憶の干渉は、反動が桁違いだろ。見るだけでも消耗が激しいのに。絶対に反対だ!」

 よく分からないやり取りに、置いていかれる。

 思わず割って入ってしまった。

「あの、何を言っているのかさっぱりなので、もう少し分かりやすくお願いします」

 すると、師匠さんが何をしようとしているのかを、映介君が教えてくれた。

「分かりやすくいうと、由美ちゃんの記憶に干渉して、南雲さんの記憶をコピーする。そして、案内人が南雲さんとして、降臨するって感じだ。」

「何それ、エスパーみたい」

「だけど、これには、代償として案内人の記憶が無くなるんだよ。だから、俺は絶対に反対だ!」

「嘘でしょ」

 私のお願いは、あまりにも大きすぎることにこの時初めて知った。

 ただ、会いたい。

 それだけなのに、あまりにも遠い。

 気づいたら、膝から崩れ落ちていた。


 やっぱり、別れの時はいつも雨。

 ずっと一緒にいたいと願った人まで、雨によって離ればなれ。

「雨は……、嫌いだ」

 私は、膝を抱えてうずくまった。

「映介君もそう。あなたが、転校した日も雨」

 私から、全てを奪っていくんだ。


 すると、映介君が私の隣に膝をつく。

 そして、私にあることを教えてくれた。

「俺さ、両親が亡くなって転校しただろ?その時の約束が頭から離れなくて……。それで、中学の夏休みに遊びに行ったんだ。ちゃんと守りたくて。覚えてる?」

「確か、花火を一緒に観る」

「そう。でも、その日も雨が降って行けなくて。それきり。もし、それで辛い思い出になっているなら、ごめん」

 私は、ただ横に首を振ることしかできなかった。

 なんで、いまさらそんなこと。

 しかし、彼はいつになく真剣だった。

「だから、由美ちゃんの力になりたい。俺にできる事なら何でもする。でも、案内人の力だけは、頼む。使わないでくれ」

 映介君が、身体を震わせながら頭を下げる。

 この姿を見て、胸を締め付けられた。

 あぁ、映介君にとって、師匠さんは大切な存在なんだと。


 そんな大切な人を、彼から奪ってはいけない。

「そうだよね。師匠さん、それはダメです」

「しかし、これなら会うことができます」

 師匠さんは食い下がる。

 それでも、何かを犠牲にしてまですることじゃない。

「だって、私を好きになってくれた彼じゃないから」

 私が会いたいのは、彼自身。

 私の中の彼ではない。

 記憶の彼に会っても、意味がない。

 そう、言い聞かせた。


 私は、なるべく元気を装う。

「あ~あ、ウェディングドレス楽しみだったのに。今、指輪も2人で作れてさ。凄く楽しかったんだよ」

 まるでアルバムの様に残る、幸せな記憶。

 雨の日に、「ほら、忘れ物!」と言いながら駅で傘を持っている姿。

 私の料理を、満面の笑みで食べる瞬間。

 この状況になって、振り返ると温かくて苦しい。

 そして、私はあることをお願いした。


「師匠さん、映介君。映画なんだけど、1人で観ることもできますか?」

 すると、師匠さんは優しく微笑む。

「もちろんできます。しかし、本当に良いのですか?」

「はい、むしろ1人が良いです」

「かしこまりました」


 私は、師匠さんと映介君に連れられて、大きな扉の前に立つ。

 すると、映介君が私の隣に立った。

「あのさ、良かったら一緒に観ないか?その……花火」

「え?」

「いや、1人でどんな記憶を見るのかは、由美が決めるべきだけど。その、記憶は変えられるらしいから、それならここで叶えるのもありかなって」

 記憶は変えられるという意味が、私にはあまりよく分からなかった。

 でも、ある日の記憶が蘇る。

「分かった。私、映介君と観るよ。私の記憶だけど」

「ありがとう」


 師匠さんも、止めなかった。

「師匠さん、少しの間、映介君をお借りします」

「はい、ではごゆっくり」

 師匠さんは、軽く手を振る。

 私たちは、大きな扉を一緒に開けた。


 中には、木製の椅子が規則正しく並んでいる。

 私は、一番後ろの中心席に座った。

「そこでいいのか?」

 映介君は不思議そうな顔をしている。

 私は、自慢げに教えてあげた。

「知らないの?映画館の一番後ろは、すべてが見える席なんだよ」

「花火には、持っていこうということか!」

「良いでしょ」

 私は、隣に座るように促す。

 彼が座ると、ゆっくり部屋が暗くなる。

 スクリーンに映し出されたのは、満点の星空だった。


 ——————————


 それは、地元の花火大会。

 規模はそれほど大きくないけれど、毎年恒例のイベントだった。


 私は、桜色の浴衣に身を包み、河川敷で座っていた。


 カウントダウンが1を伝えたとき、夜空には満開の花が咲く。

 赤や、オレンジ。

 時には、青。

 形も様々で、大輪の花が咲き誇る。


 私の隣には、いつも誰かがいた。

 母さんがいて、父さん。

 おじいちゃん、おばあちゃん。

 幼馴染もいた。

 時が経つにつれて、移り変わっていく。


 そして、一番新しい記憶。

 私の隣には、朝陽がいた。


「来年も一緒に来ようね」

 私は、当たり前のように約束をする。

 すると、彼は顔を赤らめながら、何かを取り出す。

 そして、小さな箱を開けた。

「じゃあ、次くるときは、夫婦っていうのはどうかな」

 予想していなかったタイミング。

 そこには、1本の指輪が輝いていた。

 私は嬉しくて、目頭が熱くなる。

「よろしくお願いします」

 私の返事に、朝陽は花火の音に負けないぐらい喜び叫ぶ。

「やった~!」


 それが、私の花火大会。

 隣が誰に変わっても、果たすことのできない約束だった。


 ——————————


 ゆっくり明るくなっていく。

 映介君は、何も言わなかった。


「私、映介君が初恋だったんだよ」

「マジ!?」

 突然の告白に、映介君は飛び上がる。

 その反応に思わず笑ってしまった。

「何それ、凄い」

「わ、悪い」

「でも、あの頃は小さかったから。勇気を出して誘った花火大会へ行けなくなって寂しかった。でも、朝陽がそれを塗り替えてくれて。花火大会は、悲しいだけの思い出じゃなくなった」

 私は、左の薬指を見つめる。

 ここには、二本の指輪がついているはずだったのにな。

 私は、約束をすると雨によって破られちゃう。

 死ぬまで変わらなかった。

 でも、一つだけ最後に観れて嬉しかった。

「やり残したことは、ものすごく沢山ある。結婚式したかったし、新婚旅行でヨーロッパも行きたかった。でも……」

 これは、きっと彼のお陰だ。

 私は、心からの思いを伝えた。

「映介君。小さい頃の約束、守ってくれてありがとう」


 上映が終わり、私たちは映画館の出口へ向かう。

 すると、二人は優しく送り出してくれた。

「きっと、南雲様は向こうでお待ちです。ぜひ、会いに行ってあげてください」

「ありがとうございます」

 私は、深く頭を下げる。

 映介君は、少し寂しそうな表情をしている。

「こんな形で、悪かった。でも、南雲さんと幸せになれよ!」

「なにそれ、向こうでも結婚ってあるのかな」

「さぁ、分からねぇけど……。俺は信じてるから」


 すると、映画館の扉から温かい光が差し込む。

 彼が迎えに来てくれた気がした。

 私は、二人に手を振りながら、その場を後にする。


「じゃあ、またね!」


 一歩出ると、大好きな朝陽がいる。

 私は、雨上がりのあたたかい光に包まれるのを感じながら、彼の隣に立った。


 

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