気遣う仕事
俺と案内人は、強烈なデコピンの痛みに耐えながら、ロビーで掃除を始めた。
だが、案内人の手は止まったまま。
俺は、本探しに夢中で、何を話していたのか分からない。
しかし、確実に何かあることは分かった。
それに、自分で口にしておいて、とんでもないことを言い放った気がする。
「じゃあ、このまま記憶を探し続ければ、俺を忘れるってことか?」
知りたくなかった事実。
力を使えば使うほど、失っていくのは知っていた。
だが、俺との記憶はずっと先のことだろうと思っていたのに。
いざ、来るとこうも寂しくて……。
居ても立っても居られなくなった。
思わず俺も、机を拭く手が止まる。
すると、神妙な面持ちで案内人から声をかけられた。
「見習い、少し良いですか?」
あまりの真剣さに思わずうなずく。
「あぁ、何だ?」
「その……」
「どうしたんだ?」
案内人が言いよどむ。
こんな表情は、久しぶりに見た気がした。
すると、箒を壁に立てかける。
そして、小さく頭を下げた。
「先ほどは、感情的になりすみませんでした」
俺も、雑巾から手を離して頭を下げる。
「俺も、焦っていて……悪かった」
お互いに顔を上げる。
目が合って、なんだか気まずくなる。
この後は、どう切り出せばいいんだ?
2人で苦笑いしてしまう。
「それにしても、映写さんのあれは強烈でしたね」
案内人がぎこちなく口を開く。
俺は、反射的にその言葉にのった。
「いや、あれはマジでヤバかった。デコピンってあんな威力が出るのかって」
「そういえば、見習いは初めてでしたか?」
「初めてだよ。効いたわ~」
「とても凄いですよね!私も、以前……。いつ、でしたでしょうか」
案内人は、自分の発言で置かれている状況が再燃する。
表情が徐々に暗くなっていく。
俺は、思わず確かめたくなり、勇気を振り絞って質問した。
「今、どこまでなら分かる?」
すると、声を震わせながら教えてくれる。
「感覚的には覚えているのです。こんなことあったな。あれは楽しかったなって。でも、それがいつなのかを、特定できないのです」
「じゃあ、楽しいとか、嬉しいとか。気持ちは残っているんだな」
俺の言葉に、案内人は静かに首を振る。
「しかし、お客様との記憶は、バラバラです。あなたが来た時の記憶はあります。しかし、誰が何を残したのかなどは曖昧で、繋がりません」
案内人の現状に、俺は右手を握り締める。
どうしたらいい。
何を伝えれば、何をしたら繋ぎ止められる。
だが、俺の心配をよそに、案内人は何かを伝えようと口を開く。
「それよりも、私はあなたが……」
しかしその時、扉の開く音が館内に響く。
俺は、壁に立てかけられた箒を手に取り、片づけに走る。
「待ってください、お伝えしたことが!」
「そう言ったって、お客様は待ってくれないだろ!話は後だ」
案内人が何を伝えたかったのか、分からない。
でも、今は切り替えないと。
俺は、掃除道具を急いで片づける。
ふと目に入る、手作りの雑巾たち。
思わず手に取り握りしめる。
「切り替えろ、大丈夫」
口に出し、落ち着かせる。
今は、考えるな。
俺は、なんとか気合いを入れて、雑巾から手を離した。




