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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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救劇

 咄嗟に腕をつかみ、引き寄せる。

 その反動で、体が前に出てしまい、気づいた時には宙を浮いていた。

「あ……。」

 雲ひとつない、美しい青空。

 そして、太陽の眩しさで思わず目を閉じる。


 ゆっくり目を開けると、そこにはふたりの男性が立っていた。

「あれ?私……。」

 確か、外にいたはず。

 室内になぜいるのか思わず首を傾げた。

 私の様子をうかがいながら、二人が近づいてくる。

 すると、燕尾服を着た男性が、声をかけてきた。


「ようこそお越しくださいました。ゴーストシアターへ。」

「ゴーストシアター?」

 翻訳すると、お化け映画館。

 先ほどの幻想的な雰囲気を引き継いでいるかのようで、夢心地になる。

 だが、みるみるうちに先ほどあったことが蘇る。

 思わず、2人に詰め寄った。

「あの!中村さんは、無事ですか?彼は、助かりましたか?」

「中村さん?」

 ポロシャツの男性が、首を傾げる。

 すると、燕尾服の男性が、こめかみを押さえながら目を閉じる。

 目を開けると、優しく微笑みながら教えてくれた。


新見 明日香(にいみ あすか)様、落ち着いてください。中村様は、無事ですよ。」

「良かったぁ。」

 彼の無事を知り、思わず腰が抜ける。

「大丈夫か?」

 ポロシャツの男性が、手を差し伸べる。

 私は、思わず彼の手を取った。


「取り乱して、すみませんでした。」

 私は、頭を下げる。

 すると、燕尾服の男性が口を開く。

「いえ、あの状況では、ご心配だったのでしょう。仕方がありません。」

「ありがとうございます。」


 燕尾服の男性は、改めましてと言わんばかりに自己紹介を始める。

「私は、ここの案内人をしております。そして、あなたの手を取ったのが、成見映介です。私のことは好きにお呼びください。以後、お見知りおきを。」

「よろしくお願いします。私は新見 明日香です。中学の教師をしております。」

「存じております。」

「そう言えば、先ほど私の名を呼んでいましたね。失礼しました。」

「いえいえ、全然。」

 案内人さんと言い合い、交互に頭を下げあう。

 目線が合うたびに、お辞儀しあう姿に、成見さんが苦笑いする。

「あんたたち、そろそろ先に進まない?」


 彼のツッコミで、なかなか終わらなかった、お辞儀のし合いに終止符が打たれる。

「では、ご説明しましょう。」

 案内人さんは、口火を切りこの場所の説明を始めた。

「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」

「記憶を映画にですか。少し恥ずかしいですね。」

 まるで、自分を覗かれるようで思わず隠したくなる。

 しかし、恥じらっている場合ではないことが、次の説明で語られる。


「新見様、現在の状況をご説明させていただきます。あなたは、5時間ほど前になります。学校の屋上から転落し、亡くなりました。」

「え?」

 一気に血の気が引いていく。  そして、最後に見た光景が、やはり真実であることを物語る。


 それは、クラスの朝礼が始まるときだった。  教室に入ると、凍り付くような冷たさを感じる空気が漂っていた。

 「おはよう」と挨拶をしたいのに、言葉が出ない。

 それほど、異様な空間が広がっていた。


 目に飛び込んできたもの。

 それは、中村さんが全身びしょ濡れの状態で、席についていた。

 周りの生徒は、様々な反応をしている。

 とあるものは、軽蔑の目。

 ある人は、楽しそうに笑い、他の人は、恐怖で見て見ぬふりをしていた。


「先生~。中村君が、トイレで足を滑らせたみたいです。だから、そこで水浴びをしたんだって~。」

 皆が、ひそひそ笑う。

「中村さん?」

 思わず声をかける。

 その瞬間、中村さんは逃げるように教室から出ていってしまった。

「待って!」

 私は、急いで追いかける。


 運動不足の身体になんとか鞭を打って、たどり着いたのが学校の屋上だった。

 中村さんは、隅の方でただジッと空を見ている。

 私は、嫌な予感がして、思わず声をかけた。

「中村さん、大丈夫……ではないよね。今日は、保健室で勉強する?」

 しかし、私の問いに反応しない。

 それでも、ただ声をかけ続けるしかなかった。

「無理をする必要はないよ。家に帰るっていう選択肢もあるし、あなたの好きにしていいんだよ。」

 すると、私に背を向けたまま、彼が口を開く。

「本当に好きにしていいの?」

「もちろん。だから、こっちへ。」

 私は、ゆっくり近づき手を伸ばす。

 彼が、そっと振り返り、微笑んだ。

「先生、ありがとう。」

 中村さんは、外へ一歩踏み出す。

「待って!」

 私は、咄嗟に彼の腕をつかみ引き寄せる。

 勢いのあまり、体が前に出てしまい、気づいた時には宙を浮いていた。

 何も遮ることのない、青空。

 あぁ、綺麗だな。

 しかし、一瞬で太陽の眩しさに負け、目を閉じた。


 私は、あのまま地面にたたきつけられたということか。

 痛みや衝撃の記憶がなく、現実味を感じなかった。

 父と母は泣くだろうか。

 生徒たちはどう思うだろうか。

 しかし、この日常には無い空間が説得力を増していく。

 私は、受け入れざるを得なかった。

「では、私は助けようとしたら、自分が死んだということですね。」

 あぁ、それはさすがに良くない。

 中村さんのような子には特にだ。

 真っ先に彼の顔が浮かんでくる。

 案内人さんは、心配そうに声をかけてくれた。

「新見様のご判断。あの場では、英断だったかと思いますが、その……。」

「ありがとうございます。しかし、中村さんからしたら、この結末は良くないですよね。」

 案内人さんは、俯き何も言えなくなってしまう。

 成見さんも、言葉が見つからないようだった。

 なんとかして、彼を救ってあげたい。


 私は、ある決意をした。

「私、決めました。これは、教師として最期の仕事です。」

 私の覚悟を受け取ってくれたのだろう。

 2人は、真剣な眼差しで応えてくれた。

「承知いたしました。それでは、こちらへ。」

 案内人さんは、大きな扉の前に案内してくれる。


「それでは、お会いになりたい方の名を思い浮かべながら、扉を開いてください。では、ごゆっくり。」

「ありがとうございます。行ってきます。」

 すると、成見さんが、右手を上げ頑張れと言わんばかりの最後の一言。

「行ってらっしゃい!」


 私は、小さく息を吐いたのち、勢いよく扉を開いた。

 中に入ると、屋上で見た生徒が、少し震えながら座っている。


「中村さん。」

 私の呼ぶ声に反応し、凄まじい勢いで立ち上がる。

「先生!」

 彼は、駆け寄り頭を下げる。

「ごめんなさい。僕……本当に。」

 あぁ、やっぱり。

 こうなってしまうことは予想がついた。

 だから、招いたのだ。


「顔を上げて。良かったら、一緒に見てもらえないかな?」

「何をです?」

「私の、ある意味で黒歴史を。」

 中村さんは、目を真っ赤にさせながら首を傾げる。

 私は、席に座るよう促しながら、中央辺りの座席に腰を掛けた。


 すると、ゆっくり部屋が暗くなる。

 そして、スクリーンに映し出されたのは、とある中学校の教室だった。


 ——————————


 それは、私が中学2年生になったころ。

 毎年クラス替えのある、学校だったことから、私は友人と離れたショックで本の世界に逃げていた。

 中学生は、何かに依存することで、個人を確立していく。

 それは、例外なく私にも降りかかってきた。

 好きなこと、嫌いなこと関係なく、皆が平等に行動し、できて当たり前になる。

 その暗黙のルールに違和感を持っていた私は、少しずつ集団生活の輪から遠ざかっていた。

 きっと、それが良くなかったのだろう。

 1人、気に入らないものが現れると、排除しようとしたくなる。

 それは、人間特有の卑下して良い部分だ。

 中学生という多感な時期には、その分別ができず、ただのいじりとしてとらえ悪気のない正義として振りかざしてきた。


「ねぇ、そこ私の席だからどいてくれない?」

 昼休みが終わり、授業の準備のために机へ向かう。

 しかし、その女性は、ニヤニヤ笑いながら、こう答える。

「あんたの席、このクラスには無いでしょ?」

「そうだよ!確か~、ここは皆が自由に座っていいところだから。」


 こういう行動は、どんどんエスカレートしていくもの。

 私の居場所は、学校からどんどん無くなっていった。

 それで、逃げるように家で引きこもるようになった。


 しかし、ある日のことだった。

 クラス担任の先生が、家にやってきた。

 状況確認という名目の家庭訪問。

 先生は、私の部屋まで来て、扉をたたいた。

「新見さん。少し、お話しませんか?」

 私は、誰とも顔を合わせたくなくて、無言を貫く。

 すると、扉越しに私の返事を待たず、一方的に話し始めた。

「きっと、誰とも会いたくないと思いますので、先生は扉に向かって話します。変な人ぐらいに思って聞いてください。では、失礼して……。学校って、面倒くさいよね。勉強は疲れるし、何より誰かに気を使って生活することを強要される。先生も実は嫌いなんだよ。でもさ、ある人が教えてくれた言葉があって。それだけは伝えたくて、ここへ来た。いじめてくる奴らは、自分が上だって誇示したい小さな奴らだ。そんなのに、人生めちゃくちゃにされて、ムカついて当然だ。だから、逃げて良い。勝とうとしなくていい。人生の主人公は、自分だけ。こういう時は、自分のことだけ考えればいいんだよ。だから、新見さんの選択を、先生は肯定する。安心しろ!あいつらには、先生が一矢報いてあげるから、任せなさい!以上!」

 そう言って、先生は家を後にした。

 最初は、何が何だか分からなかった。

 でも、先生の「逃げて良い。勝とうとしなくていい。」という言葉が、妙に刺さった。

 その後、何があったかというと……。

 いじめていた生徒たちに、国語教師だった担任が、ある小説を題材に中間テストを作った。

 私は、愛読していた本だったため、保健室でテストを見たときの感想は、これ簡単だなだった。

 しかし、いじめていた生徒は、こんなの習っていないと怒り心頭。

 それもそのはず。

 教科書に載っている物語ではあった。

 しかし、中間テストの通例は、問題集から出題されること。

 読書大好き先生は、オリジナルの問題を生み出し作り上げていた。

 多分わざと……。

 先生は、高らかに笑う。

「いや、先生言っただろ?この範囲から出題するぞ!って。」

 見事、罠にはまった生徒たちは、赤点をたたき出す。

 先生は、校長からこっぴどく叱られたようだった。


 私は、思わず笑ってしまった。

 「先生、やりすぎだよ」と。

 でも、もうひとつ思ったこと。

 それは、私も先生みたいに、なりたいと思った。

「逃げて良い。勝たなくてもいい。」

 そう伝えられる人になりたいと。


 それが、私が教師を目指したきっかけだった。


 ——————————


 部屋がだんだん明るくなる。

 中村さんの様子を見ると、何も映らなくなったスクリーンを見つめていた。

 だから、私はあの時の先生の様にこう伝える。

 「中村さん、今からスクリーンに向かって話をする、変な人ぐらいに思ってください。では、いきます。この映画の通り、私もいじめられていたの。本当に、この世界そのものが嫌いになった。私の人生、終わったなって。でもね、私があなたと出会えたのは、「逃げて良い。勝たなくていい。」という言葉があったから。この映画を観てさ、私の恩師が言っていたことは本当なんだって今ビックリしている。だって、主人公私だよ!今になって、間違いじゃなかったって言える。でも、私ドジだからさ。助けたつもりだったのに、自分が落ちるって、ダメだね。だから、今回こうなったのは、私の不注意。あなたのせいではないよ。」

 すると、中村さんが勢いよく振り向き、全力で首を横に振る。

「違う。僕が、あの時……。」

 しかし、私は次の言葉を塞ぐ。

 だって、言葉にしたら、認めたことになってしまうから。

 それは、私がさせない。

「大丈夫だよ。だから、中村さん、逃げて。そして、本当にやりたいことをやってほしい。あ、死ぬのはなしね。じゃないと、先生、化けて止めに行くから。」

 私は、お化けだぞ~とジェスチャーする。

 すると、中村さんは泣きながら笑いだす。

「それじゃあ僕、長生きしそうですね。」

「そうだよ!世界最高齢ぐらい生きちゃうかもよ。」

 2人で笑いあう。

 すると、また部屋が暗くなる。

 パッと明るくなると、中村さんの姿が無かった。


「いかがでしたか?」

 扉の方へ振り向くと、そこには案内人さんと、成見さんが様子をうかがっていた。

 私は立ち上がり、駆け寄る。

「ありがとうございました。最期の仕事は、ちゃんと出来ていたでしょうか?」

 私の問いに、成見さんが答えてくれる。

「俺、最初の頃に出会ったお客様が、いじめの被害者で。そこで、「だって、こんな世界に救いはないでしょ?」って言われて。凄く、虚しい気持ちになったんだけど。あんたみたいな人に出会えていたら、少しは違ったのかなって。」

「え?」

「だから、なんというか。かっこよかったです。」

 成見さんの言葉で、安心する。

 でも、これも自己満足なのかな?

 そう思わざるを得ない。

 それでも、今は大丈夫だと信じたい。


 案内人さんが、最後に教えてくれた。

「残される側は、どんな言葉をかけられたとしても、きっと十字架を背負った感覚になると思います。それでも、ただ生きている。私は、それだけでいいと思います。」

 彼の言葉には、言い表せない説得力があった。

 それでも私は——。

「きっと、明るい未来が来ると、信じています。」


 私は、2人に頭を下げる。

 その未来を、もう見ることはできない。

 それでも、信じたかった。

 とある生徒との再会が、はるか遠い未来になるよう願って——映画館の外へ踏み出した。

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