受け継がれるもの
「山本 ……。めった汁……。」
脳裏に映像が流れ込んでくる。
軍服が似つかわしくないほど、ケラケラと笑う男性。
そして、朧気に映る黒いお椀。
うっ……いけない……。
意識を失いそうになる。
「案内人!」
だが、聞きなれた叫び声でなんとか繋ぎとめてくれる。
見習いが、私の両肩を掴み、全力で揺する。
「しっかりしろ!」
「す、すみません。」
なんとか息を整えようと、大きく呼吸をする。
見習いが、優しく背中をさすってくれた。
「1回落ち着こう。歩けるか?」
私は、首を縦に振る。
すると、「いくぞ」と掛け声とともに私の腕をとり、肩で担ぐように抱えてくれた。
そして、ロビーにある椅子へ移動する。
「待ってろ!今、水を持ってくるから。」
見習いが走り出そうとした瞬間、思わず腕をつかんだ。
「待って……。大丈夫ですから。」
「いや、絶対そんなことねぇだろ。」
「お願いだから、行かないでください。」
「案内人?」
自分でも予想していなかった言葉に、掴んだ手を放してしまう。
なぜ、こんなに離れてほしくないのか。
反射的に、引き留めてしまう。
私の感情に気づいたのだろうか?
見習いは、私の手を取り握りしめる。
「なら、隣にいる。」
彼は、空いている椅子を引き寄せ私の隣に腰掛けた。
そして、落ち着くのをただ静かに待っていてくれる。
私は、ゆっくり目を閉じ、なるべく長く息を吐く。
大丈夫。
大丈夫。
そっと目を開けると、心配そうに見つめる見習いの表情が飛び込んできた。
「なんて顔してるんです。」
「それは、こっちのセリフなんだけど。」
あぁ、良かった。
まだ、頭痛はあるが、気持ちは少し楽になった。
「心配かけました。」
「本当に大丈夫か?」
「おや?信用できないって顔になりましたね。」
「こういう時のあんたは、嘘をつくからな。」
あはは……。
それは、否定できない。
でも、あなたがいたから。
「本当に、大丈夫です。」
「それなら、いいけど。」
見習いは、疑いながらも、少し安堵した表情になった。
「では、一つ。私のお願いを聞いていただけますか?」
私は、見習いの目をしっかり見つめる。
見習いは、短く「なんだ?」と返事をする。
「加藤様の今後を、一緒に見ていただけますか?」
「はぁ!?この状態で見るつもりかよ!」
見習いは、全力でやめろと止めてくる。
しかし、どうしても確かめたいことがあった。
「そういうと思いましたが……。どうしても、見たいのです。お願いします。」
私は、頭を下げる。
見習いは、返答に迷っているのか、唸り声だけが聞こえてくる。
すると、後ろから予想外の助け舟が出される。
「映介。悪いがわがまま聞いてやってくれ。」
振り返ると、そこには映写さんがいた。
「頼む。それに、映介にとっても見ておいて損はないと思うぞ。」
「笠木さんまで……。あ~もう、分かったよ!」
見習いは、映写さんの後押しでうんと頷いた。
「あ!まずいと思ったら、直ちにやめること。それ、条件な!」
「分かりました。」
私は、二人に見守られながらモノクルを外す。
そして、目を閉じ、加藤様の記憶を覗いた。
「料亭焼失、そして料理長の山本様を失ったことにより、加藤様含め一緒に働いていた方々は、不安で押しつぶされそうになっていたようです。」
おかみさん、山本様で代々守ってきた料亭。
まさか、このような形で失うことになるとは、想像していなかった。
しかも、命を懸けて守ろうとしたレシピも、ところどころ焼けてしまい、読み取れる部分は少なかった。
「このまま、廃業かしらね。」
おかみさんが、撤去作業中の崩れた料亭を見つめる。
そこには、加藤様の姿もあった。
「本当に、もう。」
加藤様は、現実を受け入れることができず、思わず弱音を吐いてしまう。
すると、夢に現れた山本様の言葉が蘇る。
「君は、うちの味を一番知っている。そして、無事ということは何度でもやり直せるということだ。」
彼女は、なぜか師匠から背中を押されたような感覚になる。
「おかみさん。食べてほしいものがあります。」
「急にどうしたの?」
少し動揺するおかみさんを、半ば強引に家へ招いた。
そして、鍋を取り出し、具材を手際よく切っていく。
「確か、そう。これを忘れちゃいけないよね。」
加藤様は、ひと煮立ちさせたのち、お椀によそう。
「できました。ぜひ、召し上がってみてください。」
机に並べた料理。
おかみさんは、花咲くように表情が柔らかくなる。
「これ、確か。」
「はい。師匠から受け継いだ自慢の料理です。」
それは、レンコンの入っためった汁だった。
「私は、師匠から沢山教えていただきました。まだまだ未熟者だと自負しておりますが……。しかし、師匠の味は誰よりも再現できる自信があります!」
彼女は、おかみさんの目をしっかり見つめる。
覚悟を、そして約束を、言葉にした。
「もう一度、やり直しましょう。そして、守りましょう。」
加藤様の覚悟に、おかみさんの表情も引き締まる。
「では、まずは。皆を集めましょうか?そこで、もう一度作って。」
おかみさんは、優しくめった汁を見つめる。
彼女は、師匠にも届くように大きな声で返事をした。
「はい!お任せください!」
「以上が、加藤様のその後です。お店、再開するために一歩踏み出したようで良かったです。」
私は、モノクルをかけなおす。
二人の様子を見ると、そこにはなぜか見習いの姿しかなかった。
「あれ?」
すると、見習いは苦笑いしながら教えてくれる。
「笠木さん、めった汁のあたりで、なんか思いついたみたいでどこかへ……。」
思わず私も苦笑いしてしまう。
「まぁ、あの人は置いておきましょう。それでは、いかがでしたか?」
私は、話を戻そうと感想を問う。
すると、ふっと優しく微笑む。
「山本様の思い残しは、成功ということだよな?」
「はい、そのようですね。」
「受け継ぐって、簡単じゃないんだな。でも、誰かの覚悟と努力があって、当たり前ができていく。それって、実は奇跡なんだなって。」
見習いの言葉に胸が締め付けられる。
受け継ぐことは、当たり前ではない。
誰かの覚悟と努力があって初めて繋がるものなのだ。
「お待たせ~!」
2人で加藤様について、話しているとそこに映写さんが何かを持って戻ってくる。
「あ!笠木さん、何してって。え!美味しそう~。」
見習いは、映写さんが目の前へ置いたものに釘付けになる。
そこには、記憶で見たあるものが並んでいた。
私は思わず、口を開く。
「これは、もしかして?」
すると、映写さんは自慢げに笑う。
「そう!めった汁。いやぁ~旨そうだなって。ちゃんと、お客さんが作った通り、レンコンも入れたぞ。」
「マジで!うわ~、実は食べたかったんだよ。」
見習いは、ニコニコしながら器を手に取る。
「ほら、食べようぜ!」
私は、見習いに促されるまま口へ運ぶ。
口に広がる、野菜の甘味で少し心がほっとする。
「あれ?案内人?」
「お前さん?」
ふたりの呼ぶ声で、顔を上げる。
すると、視界がぼやけてどんな表情をしているのか分からなかった。
「なんで、泣いてんだよ。」
え?泣いてる?
私は、目元を拭う。
本当だ。
でも、なぜ?
すると、今度は霧が晴れたような鮮明さで、記憶が呼び起こされた。
それは、木造で作られた机と椅子が規則正しく並ぶ部屋。
食堂だろうか?
訓練が終わり、昼食となったため、皆で訪れていた。
「お!今日は、豚汁か~。」
私の向かいに座る男が一人。
この時間が一番楽しみなんだと言わんばかりの、笑顔で手を合わせていた。
「いただきます!」
その姿に思わず笑ってしまう。
「ん?どうかしたか?」
「いえ、なんだか嬉しそうだなと。」
「いいじゃん!だって、腹が減ってはなんとやらっていうだろ?」
「そうですけど。」
思わず顔を見合わせて笑いあう。
赤紙が来てから、緊張感で押しつぶされそうになる日々。
しかし、この場所にきてから初めて笑った。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。山本 健太郎だ。」
私に右手を差し出す。
「○○です。」
「よろしくな!」
お互いにそんなに多く顔を合わせていたわけではない。
だが、この日からなぜかほぼ毎日のように一緒に、ご飯を食べるようになった。
それから、同じ隊として戦いに赴いたのが沖縄だった。
そこで、一人の少女との会話が差し込まれる。
「ねぇ、兵隊さんの故郷はどんなところですか?」
彼女の優しい声が聞こえる。
「のどかなところですよ。野菜や魚も美味しくて。あ、その中でもお勧めの食べ物があるんです。」
「おすすめ?」
「そう!それはめった汁です。分かりやすくいうと豚汁ですが。我が家の味でもあります。レンコンが有名なので、うちでは必ずいちょう切りにして入れているんです。」
すると、割って入るように山本がやってくる。
「え?レンコン入れんの?」
「入れないのですか?美味しいですよ!」
「へ~、いいな。まって、お腹空いてくるからやめてくれ。」
「では、さらにお話ししましょうか~」
「やめろって!」
男二人のおふざけに、口元を覆いながらおしとやかに笑う彼女がいた。
意識が戻ると、見習いと映写さんの不安げな表情が目に映る。
この感情に耐えきれず、言葉がとめどなく溢れてきた。
「めった汁に、レンコンを入れると美味しいと教えたのは、私です。まさか、大切にしてくださっていたとは。それに、あの軍服の男性は、私の……友だったのですね。」
そう、私の肩に腕を回し、茶化してきた男。
そして、「本当に……申し訳ない。許してくれ。」と、暴れる私を覆いかぶさるように抱きしめた人物だった。
あの戦いで、生き延びたのか。
「そうか……。良かった。」
私は、お椀を両手で強く握る。
すると、見習いも何かを思い出したように、口を開く。
「あのさ……。これ、めった汁っていうんだな。いや、ばあちゃん家でよく出てたのと同じ具材だなって。その時は、ずっと、豚汁だと思ってたんだけどさ。違ったんだな。」
「そうなのですか?」
「うん。石川のばあちゃん家へ行くとな。」
「石川?」
すると、次はそうか!と映写さんが手を叩く。
「めった汁って、石川県の家庭料理だったな。もしかして、お前さんの故郷って石川なんじゃねぇか?」
「そうか……そうだったのですね。」
帰りたかった場所。
帰ることができなかった場所。
それは、1つの思い出の味が繋いでくれていたんだと、胸があたたかくなる。
「あの……。まだ、自分の名前も分かっていませんが。一緒に、残りの記憶を見つけていただけませんか?」
私は、二人に頭を下げる。
すると、心強い言葉で手を握ってくれた。
「もちろん!そのつもりだから、安心しろよ!」
「可愛い愛弟子だからな~。任せなさい。」
私は、めった汁を口に運ぶ。
何十年ぶりなのか分からない。
だが、ずっと求めていた、故郷の味がした。




