味方
思わず、むきになってしまった。
見習いが、橋本様を認識したときの反応。
そして、心配で肩に触れたとき、流れ込んできた記憶。
「お前、また納期が遅れてる。使えない。」
「俺の時代はな、もっとこうだった。」
「お前ならできるよな。」
高圧的に放たれる、言葉。
まるで、道具のように見えてしまい、お客様なのに厭味ったらしくなってしまった。
橋本様を送り出した扉を、見習いはじっと見つめている。
「見習い。大丈夫ですか?」
私の問いに、彼は無言でうなずく。
「今日の片付けは私がやりますので、休んでください。」
あんな気弱な見習いを初めて見たせいで、気が気ではなかった。
いつもなら、威勢のいい男。
なんなら、うるさいくらいだ。
だが、静かなまま。
私は、後悔していた。
「開館準備、1人にしてしまい申し訳ございませんでした。私のミスです。」
すると、見習いは驚いたように振り向く。
「いや、あんたは悪くない。俺が動揺しただけだ。むしろ、俺の方こそ……すみませんでした。」
見習いが頭を下げる。
いや、あなたも悪くありませんよ。
しかし、お客様を案内するという面においては、確かに今回は良くなかったかもしれない。
「お互い、今回は反省ですね。」
「だな。」
お互い緊張が解れ、思わず笑みがこぼれた。
「そう言えば、俺のこと、自慢の弟子だって?」
ニヤニヤしながら私に近づいてくる。
おいおい。
思わず顔が熱くなる。
「え?そんなこと言いましたか?」
「あ!はぐらかすなよ!」
「何のことでしょうか~?」
「ダメ!俺は聞き逃さなかった!なぁ、もう1回言って。」
「お断りします。」
「ケチ!」
いつもの見習いの勢いに、安心する。
やっぱり、これこそ私の知る見習いだ。
私も、彼の言葉が実は嬉しかった。
「味方ができた。」
この言葉に、高揚する。
あぁ、誰かの味方になれていることに、思わず口角が上がった。
「ん?案内人も、何かニヤニヤしてる。」
「気のせいです。」
「ふ~ん。」
私たちは、お互いの言葉に一喜一憂していた。
そして、見習いが何か覚悟を決めたように、私に向き直る。
「あの、橋本千秋様と娘様の今後。教えてほしい。本当は力を使ってほしくないけど……。でも!」
「大丈夫ですよ。そのつもりだったので。」
「良いのか?」
良いに決まっている。
これは、彼が恐怖から決別することに必要なこと。
私は、そう思う。
だから、彼からお願いされなくても、見るつもりだった。
私は、モノクルを外す。
「では、まいります。」
見習いが、頷くのを合図に、私は記憶を覗いた。
「千秋様と、娘様ですが、とてもたくましいお二人のようですね。」
2人は、健一様が亡くなって生活が変わっていった。
今までは、仕事は健一様。
家のことは、千秋様と分業だった。
しかし、これからは、娘様と二人で生きていかなければならない。
そのため、千秋様はパートを増やした。
子供との時間が減ることは覚悟していた。
だが、予想以上にそれは苦しかったようだ。
自分が家計を支える立場になり、はじめて大変さを知った。
「これは、確かに家庭もってキツイよね。」
千秋様は、健一様の写真を見ながらそう、つぶやくことが増えていった。
「お母さん大丈夫?」
娘が、働きすぎではないかと心配する。
「大丈夫。少し眠くなっただけだから。これからご飯作るね。」
そう言って、キッチンに立つ。
すると、娘が隣についてきた。
「今日は何にする?私も一緒に作るよ。」
「え?良いの?」
「もちろん。じゃあ、お味噌汁作っていい?調理実習で作ったことあるから任せて!」
「楽しみ!なら、私はオムライスを作ろうかな。」
それは、健一様が一番褒めてくれた得意料理だった。
千秋様は、フライパンを手に取り、事前に切ってあった食材たちを炒めていく。
一緒にいる時間が減っていく二人。
それでも、少しでも傍に居たくて、家事をする。
この瞬間を、健一様とも作ることができていればと……。
完成したお味噌汁は、少ししょっぱかった。
「以上です。いかがでしたか?」
私は、モノクルをかけなおす。
見習いは、泣くでも、怒るでもなく、静かに俯いている。
そして、意を決したように顔を上げた。
「少しだけ良いか?」
「はい、もちろんです。」
「いや、俺の中の部長はさ。一言でいうと、鬼だったんだ。本当に怖くて。だから、感情を殺してなんとか耐えて。気づいたらここにいた。でも、部長の記憶、家族を知って。人、だったんだなって。」
「そうですね。」
「だからさ、俺考えたよ。」
「何をです?」
「久しぶりに、映画のタイトル。」
あ……。
そう言えば、ここしばらくドタバタでタイトルについてすっかり忘れていた。
まさかの内容に、思わず吹いてしまう。
「アハハ!まさか、タイトルとは。」
「え?俺、結構真剣だったんだけど!」
「いや、すみません。予想外だったもので。」
見習いは、ジト目で私を見てくる。
「では、この映画にタイトルをつけるなら?」
彼は、自信満々に言い放った。
「大切なものは、そばにいて。」
「お!深いですね。」
「だろ!」
見習いが付けたタイトル。
きっと私からの言葉に変わる。
「では、これからも一緒に頑張りましょうか。」
「おう!こちらこそよろしく!」
私たちは、これからもこの映画館で、記憶を映し繋いでいきたい。
そう、堅く誓った。
「そうだ!あの、ここに来たことがあるっていう話だけど。」
「あ!そうでした。私の記憶では頼りになれず……。すみません。」
「いや、それなんだけど。たぶん、夢?だったと思うんだ。」
「え?」
まさかの、夢を思い出したのかと驚愕する。
「いや、そこで誰かに会ったんだけど……。悪いまだここまでで。」
「いえ、それだけでも有力情報です。」
見習いはやっぱり凄い。
予想を優に超えてくる。
「あと少しだと思うんだ。その時は……聞いてくれる?」
「はい、もちろんです。」
彼の、モヤモヤを解消しようと、もう一度本を見直すことを決意した。




