怒劇
俺の知る部下が、目の前で固まっている。
いや、元部下が正しいか。
周りを確認する前に、飛び込んできた人物に、目が留まってしまった。
「お前、成見か?」
目が泳ぐ。
そして、身体が小刻みに震えていた。
この反応で確信する。
こいつは、成見映介だと。
成見の後方から、燕尾服の男性が走ってくる。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。」
成見の隣に立ち、頭を下げる。
あまりにも美しい所作に、プロを感じる。
だが、成見は隣の人物に気づかないほど、我を失いかけているのが分かった。
「見習い、どうしましたか?」
心配そうに、燕尾服の男が声をかける。
しかし、荒々しい呼吸だけ。
「大丈夫ですか?」
男が、成見の肩に手を置くと、ビクッと身体が跳ねた。
その瞬間、電気が走ったように、反射的に手を離す。
「あなた……。」
男は、何かを悟ったようだった。
そして、成見を守るように前に立つ。
「大変失礼しました。ようこそお越しくださいました。橋本 健一様。」
「どうも。あの、申し訳ないが。彼、俺の知り合いだと思うんだが、確認して良いか?」
「と言いますと?」
表情はやわらかい。
しかし、目の奥に何か鋭いものを感じ、少したじろぎそうになる。
だが、ここで引くわけにはいかない。
もし、彼なら言いたいことがある。
「いや、私のよく知る人物なら、あれかなと思ってね。恨みで化けて出てきたのかと。」
自嘲気味に笑ってみせる。
だが、指先がわずかに震えていた。「なるほど。」
空気が凍り付いていく。
いや~、しびれるね。
こういう環境には、慣れているはずなのに。
「部長です。」
震える声で、成見がつぶやく。
「見習い?」
「やっぱりか!こいつ、俺が勤めている会社の部下だった。名前は、成見だろ?」
「はい……。」
返事まで震えている。
あぁ、やっぱりか。
こいつ、俺を前にするといつもこうだ。
別に取って食ったりしないのに。
「ちょっと、こいつと話がしたいからさ。そこ、どいてくれないか?」
「いえ、それは出来ません。」
「頼むよ。」
「できません。それよりも、あなたはご自身の状況をご理解いただけておりますか?」
「はぁ?」
何を言っている。
状況を理解って、意味が分からない。
「あなたの反応を見るに、やはり理解できていないようですね。では、私から。」
男は、手をこめかみに当て、目を閉じる。
そして、何か確信を得たようにゆっくり語りだした。
「7時間ほど前です。お酒に酔った勢いで足を滑らせ、川に転落。そのまま溺死されました。」
あまりに間抜けな死に方だ。 まるで質の悪い冗談じゃないか。
「いや、さすがにないだろう!こうやって、お前たちと話をして……。」
あれ?
待てよ。
そうだとしたら、目の前に成見がいることに説明がつくんじゃないか。
「化けてやってきたのは、あなたの方ということです。」
その瞬間、頭に映像が流れ込んでくる。
確か、会社の飲み会帰りだった。
その日は、営業成績目標が達成した祝いをしていた。
家に早く帰っても、家族から煙たがられるから、何かと理由をつけて飲みに行っていた。
そう、いつものようにだ。
1人の女性社員が、小声で誰かと話す声が聞こえてくる。
「今日ぐらい、早く帰らせてくれないかな。」
「久しぶりに、今日中に帰れると思ったのに。」
「こういうの、何ハラっていうんだっけ?」
この会話で、ある人物が脳裏をよぎる。
過労死で亡くなったあいつのことを。
思わず、ビールを一気飲みする。
それから、どれぐらい飲んだだろうか。
まったく記憶が無い。
確か、皆が無理やり電車に乗せてくれて、それで……。
思い出せない。
「記憶が無くなるほど飲まれるとは。そんなに嬉しいことでもあったのですか?それとも……。」
燕尾服の男が、静かに淡々と話をする。
「やめろ。」
「それとも、分が悪いことでも?」
「だから、やめろって!」
思わず、叫んでしまう。
俺が、死んだ?
しかも、酒のせいで。
しかし、目の前の男は、話を止めてくれない。
「大変失礼しました。では、改めまして。私は、このゴーストシアターの案内人をしております。そして、彼は……私の弟子です。私のことは、好きにお呼びください。以後、お見知りおきを。」
「ここは、何だ?それに、意味が分からない。」
混乱して、何も考えられなくなる。
「では、ご質問にお答えしましょう。」
案内人は、ビシッと背筋を伸ばす。
そして、決まり口上のごとく、軽やかに語り始めた。
「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」
「いや、映画って……。」
こんな状況で、そんなのんきに観られるわけがないだろ!
だんだん、腹の虫が収まらなくなってくる。
すると、静かにしていた成見が口を開いた。
「部長、イライラしてる。」
成見が、俺の左足を指さす。
すると、案内人があらあらと少し哀れんだ表情を見せた。
「貧乏ゆすりは、空気をさらに悪くしますよ。」
俺は、指摘されて急に顔が熱くなった。
だが、そのおかげで少しずつ思考が動き出していく。
大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
「で、俺は間抜けな死に方をして、ここに来たってことで間違いないか?」
「お!冷静になられた。良かったです。」
うわ!胡散臭い。
だが、成見の表情をみると、なんとも言えない気持ちになる。
なぜなら、案内人を見る目。
俺は、一度も向けられたことが無いものを語っていた。
「では、落ち着かれたようですので、どなたかご覧になりたい方はいらっしゃいますか?あ、弟子と一緒に観るのは、私がお断りします。」
案内人は、成見に近づかせまいと、先手を打ってくる。
思わずため息をついてしまった。
「安心してくれ。成見も、俺とは嫌だろ?それに、招待したい人は別にいる。」
これは、出会ってからずっと決めていたこと。
人生最期に過ごすなら、誰なのか。
それは……。
「俺の妻だ。どうだ?」
意外だったのか、成見が二度見する。
「え!マジっすか!?」
この反応を見て、少し安心したのだろう。
案内人が、ふっと微笑む。
「良かった。」
「ん?」
「いえ、何でもありません。」
そして、案内人はこちらへと大きな扉の前に案内してくれた。
「お名前をイメージしながら扉を開いてください。では、ごゆっくり。」
俺は、1人の名を思い浮かべながら、扉を開く。
中に入ると、睨みながら迎える女性が立っていた。
「お父さん。」
怒りに満ちた声。
俺は、はぐらかすように声をかけた。
「やぁ、千秋。す、すまない。」
「何、急に名前で。娘が生まれてから、ずっと「お母さん」だったのに。」
まるで、苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
「それは、そうなんだが。今は、二人きりだし。」
すると、大きな溜息をつく。
そして、ふっと優しく微笑んだ。
「それもそうね。けんちゃん。」
「あ、この歳でちゃんづけは……。」
「何?」
「いや、何でもない。」
彼女の低い唸るような一言。
これが、俺には堪える。
俺たちが、席に腰かけると、部屋がゆっくり暗くなる。
そして、大きなスクリーンに、ある日の一番幸せな瞬間が映し出された。
――――――――――
それは、少し空気が冷え込み、木々が赤く染まる季節。
俺は、取引先から必死に走って、病院に向かっていた。
本当は、タクシーで向かいたかったが、安月給には高級品。
だから、俺なりの一番早い方法で、駆け付けた。
病院につくと、彼女の病室から笑い声が聞こえる。
もしかしてと思い、勢いよく飛び込んだ。
「お待たせしました。」
「健一君。」
彼女のお父さんが、僕に気づく。
「ほら、見て。」
そして、目に飛び込んできたのは、彼女が優しく抱いている愛しい存在だった。
「あ……、あぁ。」
「なに、その反応。泣くか、笑うかどちらかにしてよ。」
千秋が、笑いながら俺にツッコミを入れる。
「ほら、見て~。あなたのお父さんですよ。」
彼女が、俺に抱くよう預けてくれる。
わぁ、壊れちゃいそう。
でも、俺の指をぎゅっと握り締めてくれた。
「か、可愛い。」
これが、一番幸せだった瞬間。
新しい命と出会った瞬間だった。
それから、何不自由なく生活できるようにしようと、仕事に邁進した。
好きなことを、好きなだけさせてあげたい。
俺は、小さいころお金がない影響でいろいろ我慢してきた。
だから、娘にはそんな思いはさせないと、がむしゃらに働いた。
帰りが遅くなることも当たり前だったけど……。
電気の消えた家に帰る。
そして、寝室へ向かうと、二人は気持ちよく眠っていた。
俺は、優しく娘の頭を撫でる。
「よし、明日も頑張りますか!」
俺が、頑張れる理由。
でも、いつからだろうな。
どんどん、距離が離れていったのは。
ある日、酔った勢いで帰ってきた時。
千秋が、珍しく仁王立ちして玄関に待ち構えていた。
「お?ただいま~。」
俺はほろ酔いで、気分が良い。
しかし、千秋の冷たい目線で、徐々に冷めていく。
「今日は、何の日か分かってる?」
「ん?なんだっけ?」
「はぁ?あの子の誕生日!忘れたの?」
あ……。
すっかり忘れていた。
「あんた……。仕事も大事なのは分かるけど、子供のことをちゃんと見て!」
他にも、仕事を理由に、いろいろ我慢させた。
運動会、合唱祭、それから……。
一番ひどかったのは、卒業式不参加かな。
あぁ……、あげればキリがないな。
大切なものは、そばにいること。
なんでそれに気づけないのかな。
これだから、周りの異変に何も気づけないんだ。
――――――――――
ゆっくり部屋が明るくなる。
彼女を見ると、目を潤ませていた。
「本当に、あの時は幸せだったね。」
千秋が、俺の左手を握る。
「でも、それからずっと仕事が一番。家庭をかえりみない、旦那が誕生したと。」
「だから、悪かったって。」
「それで、お酒に酔って、溺れるって。情けない。」
「え……。そこまで知ってるの?」
「当たり前でしょ!警察から連絡があって。本当に、馬鹿な人。」
彼女の反応は、当たり前だ。
こんな男が、パートナー。
心底、がっかりしただろう。
「でも、心配しないで。娘は、私が立派に育てますから。」
彼女は、冷たく言い放つ。
そして、あることを教えてくれた。
「あの子、言ってたよ。お父さんと、もっと遊びたかったって。」
娘の思いに、後悔が押し寄せる。
「本当に、すまない。こんな男で。でも、一番の宝物は、家族だから。それだけは伝えたくて。」
俺は、必死の思いで伝える。
すると、ふっと優しい表情で笑う。
「大丈夫、伝わってる。心配ないよ。だって、あなたの子供だから。」
「そうか。」
少し、力が抜ける。
「あ、そうだ。ちゃんと、謝罪するんだよ。彼に。」
俺の妻は凄い。
何を思っているのかを汲み取ってくれている。
「分かった。娘に恥じないようにしないとな。」
すると、だんだん部屋が暗くなっていく。
もうすぐタイムリミットということだ。
「そうだよ!じゃあ、またねでいいかな?」
彼女が、少し寂しそうにつぶやく。
俺は、精一杯の思いを込め、最後の言葉を伝えた。
「当たり前だろ!またな。」
部屋が暗闇に包まれる。
次に、明るくなると彼女の姿が無くなっていた。
「いかがでしたか?」
案内人と、成見が入り口で待っている。
俺は、向かいながら問いに答えた。
「悪くなかった。ありがとう。」
「そうですか。」
案内人は、ではこちらへと出口に誘導する。
俺は、立ち止まり意を決して声をかけた。
「成見!」
予想以上に大きな声で、俺自身驚く。
成見も、肩がビクッと跳ねた。
「な、なんですか。」
あぁ、返事がぎこちない。
でも、これはきっと自分のせいだ。
俺は、大きく深呼吸し、深く頭を下げた。
「本当に、気づいてやれなくて悪かった。」
「え?」
成見にとっては予想外だったのだろうか。
困惑しているのが分かった。
「俺が、限界は超えるものだって理由で、どんどん仕事を与えて。ちゃんと、見てやれなかった。まさか、倒れるほどだったとは、気づかなくて。でも、すべて言い訳だ。本当に、申し訳ございませんでした。」
そう、あの時は特にそうだった。
人がどんどん辞めていったことで、人手が足りない。
それでも、業務量は変わらないどころか増える一方。
皆、限界だった。
そんな中、彼は一生懸命頑張ってくれていたのに。
俺は、甘えていたのだ。
「家に帰らず、ずっと仕事していたこと。見て見ぬふりをした。なんなら、若いときは当たり前だとも。それに、俺もイライラして、八つ当たり。怖かったよな。」
きっと、彼を殺したのは俺だ。
成見が亡くなったと知らせが来た日。
最初は、弱い奴だと心で罵った。
だが、彼の抱えていた業務量を見て、血の気が引いた。
逃げていたのは、間違いなく自分だと思い知らされたのだ。
「許してくれとは言わない。恨んでくれていい。でも……。」
「これで、スッキリしましたか?」
俺の謝罪に割り込んできたのは、まさかの案内人。
「と言いますと?」
「いえ、つらつら言い訳を並べ立てているようなので。」
厭味ったらしい声色。
案内人の反応もごもっともだ。
俺は、言葉を紡ぐことができなくなった。
「部長。」
恐る恐る、成見が口を開く。
そして、今まで見たことのない笑顔で俺の謝罪に応えてくれる。
「俺、ここでやりたいことを見つけました。それに、味方もできたし。なので……。」
成見は、拳を強く握り締める。
そして、何かを決意したように答えた。
「もう、あんたのことは怖くない。」
彼の一言が、胸を貫く。
俺は、何も言えなくなった。
そして、案内人が最後に教えてくれる。
「彼は、自慢の弟子ですから。」
俺は、羨ましいと感じながら、映画館を後にした。




