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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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37/50

怒劇

 俺の知る部下が、目の前で固まっている。

 いや、元部下が正しいか。

 周りを確認する前に、飛び込んできた人物に、目が留まってしまった。


「お前、成見か?」


 目が泳ぐ。

 そして、身体が小刻みに震えていた。

 この反応で確信する。

 こいつは、成見映介だと。


 成見の後方から、燕尾服の男性が走ってくる。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。」

 成見の隣に立ち、頭を下げる。

 あまりにも美しい所作に、プロを感じる。

 だが、成見は隣の人物に気づかないほど、我を失いかけているのが分かった。


「見習い、どうしましたか?」

 心配そうに、燕尾服の男が声をかける。

 しかし、荒々しい呼吸だけ。


「大丈夫ですか?」

 男が、成見の肩に手を置くと、ビクッと身体が跳ねた。

 その瞬間、電気が走ったように、反射的に手を離す。


「あなた……。」

 男は、何かを悟ったようだった。

 そして、成見を守るように前に立つ。


「大変失礼しました。ようこそお越しくださいました。橋本 健一(はしもと けんいち)様。」

「どうも。あの、申し訳ないが。彼、俺の知り合いだと思うんだが、確認して良いか?」

「と言いますと?」

 表情はやわらかい。

 しかし、目の奥に何か鋭いものを感じ、少したじろぎそうになる。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 もし、彼なら言いたいことがある。


「いや、私のよく知る人物なら、あれかなと思ってね。恨みで化けて出てきたのかと。」

 自嘲気味に笑ってみせる。

 だが、指先がわずかに震えていた。「なるほど。」

 空気が凍り付いていく。

 いや~、しびれるね。

 こういう環境には、慣れているはずなのに。


「部長です。」

 震える声で、成見がつぶやく。

「見習い?」


「やっぱりか!こいつ、俺が勤めている会社の部下だった。名前は、成見だろ?」

「はい……。」

 返事まで震えている。

 あぁ、やっぱりか。

 こいつ、俺を前にするといつもこうだ。

 別に取って食ったりしないのに。


「ちょっと、こいつと話がしたいからさ。そこ、どいてくれないか?」

「いえ、それは出来ません。」

「頼むよ。」

「できません。それよりも、あなたはご自身の状況をご理解いただけておりますか?」

「はぁ?」

 何を言っている。

 状況を理解って、意味が分からない。


「あなたの反応を見るに、やはり理解できていないようですね。では、私から。」


 男は、手をこめかみに当て、目を閉じる。

 そして、何か確信を得たようにゆっくり語りだした。


「7時間ほど前です。お酒に酔った勢いで足を滑らせ、川に転落。そのまま溺死されました。」

 あまりに間抜けな死に方だ。 まるで質の悪い冗談じゃないか。


「いや、さすがにないだろう!こうやって、お前たちと話をして……。」

 あれ?

 待てよ。

 そうだとしたら、目の前に成見がいることに説明がつくんじゃないか。


「化けてやってきたのは、あなたの方ということです。」


 その瞬間、頭に映像が流れ込んでくる。


 確か、会社の飲み会帰りだった。

 その日は、営業成績目標が達成した祝いをしていた。

 家に早く帰っても、家族から煙たがられるから、何かと理由をつけて飲みに行っていた。

 そう、いつものようにだ。

 1人の女性社員が、小声で誰かと話す声が聞こえてくる。


「今日ぐらい、早く帰らせてくれないかな。」


「久しぶりに、今日中に帰れると思ったのに。」


「こういうの、何ハラっていうんだっけ?」


 この会話で、ある人物が脳裏をよぎる。

 過労死で亡くなったあいつのことを。

 思わず、ビールを一気飲みする。

 それから、どれぐらい飲んだだろうか。

 まったく記憶が無い。


 確か、皆が無理やり電車に乗せてくれて、それで……。

 思い出せない。


「記憶が無くなるほど飲まれるとは。そんなに嬉しいことでもあったのですか?それとも……。」

 燕尾服の男が、静かに淡々と話をする。

「やめろ。」

「それとも、分が悪いことでも?」

「だから、やめろって!」

 思わず、叫んでしまう。

 俺が、死んだ?

 しかも、酒のせいで。


 しかし、目の前の男は、話を止めてくれない。

「大変失礼しました。では、改めまして。私は、このゴーストシアターの案内人をしております。そして、彼は……私の弟子です。私のことは、好きにお呼びください。以後、お見知りおきを。」

「ここは、何だ?それに、意味が分からない。」

 混乱して、何も考えられなくなる。

「では、ご質問にお答えしましょう。」

 案内人は、ビシッと背筋を伸ばす。

 そして、決まり口上のごとく、軽やかに語り始めた。


「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」

「いや、映画って……。」

 こんな状況で、そんなのんきに観られるわけがないだろ!

 だんだん、腹の虫が収まらなくなってくる。

 すると、静かにしていた成見が口を開いた。


「部長、イライラしてる。」

 成見が、俺の左足を指さす。

 すると、案内人があらあらと少し哀れんだ表情を見せた。

「貧乏ゆすりは、空気をさらに悪くしますよ。」


 俺は、指摘されて急に顔が熱くなった。

 だが、そのおかげで少しずつ思考が動き出していく。

 大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。


「で、俺は間抜けな死に方をして、ここに来たってことで間違いないか?」

「お!冷静になられた。良かったです。」

 うわ!胡散臭い。

 だが、成見の表情をみると、なんとも言えない気持ちになる。

 なぜなら、案内人を見る目。

 俺は、一度も向けられたことが無いものを語っていた。


「では、落ち着かれたようですので、どなたかご覧になりたい方はいらっしゃいますか?あ、弟子と一緒に観るのは、私がお断りします。」

 案内人は、成見に近づかせまいと、先手を打ってくる。

 思わずため息をついてしまった。


「安心してくれ。成見も、俺とは嫌だろ?それに、招待したい人は別にいる。」

 これは、出会ってからずっと決めていたこと。

 人生最期に過ごすなら、誰なのか。

 それは……。

「俺の妻だ。どうだ?」

 意外だったのか、成見が二度見する。

「え!マジっすか!?」

 この反応を見て、少し安心したのだろう。

 案内人が、ふっと微笑む。

「良かった。」

「ん?」

「いえ、何でもありません。」


 そして、案内人はこちらへと大きな扉の前に案内してくれた。

「お名前をイメージしながら扉を開いてください。では、ごゆっくり。」


 俺は、1人の名を思い浮かべながら、扉を開く。

 中に入ると、睨みながら迎える女性が立っていた。


「お父さん。」

 怒りに満ちた声。

 俺は、はぐらかすように声をかけた。

「やぁ、千秋。す、すまない。」

「何、急に名前で。娘が生まれてから、ずっと「お母さん」だったのに。」

 まるで、苦虫を噛みつぶしたような表情だ。

「それは、そうなんだが。今は、二人きりだし。」

 すると、大きな溜息をつく。

 そして、ふっと優しく微笑んだ。

「それもそうね。けんちゃん。」

「あ、この歳でちゃんづけは……。」

「何?」

「いや、何でもない。」

 彼女の低い唸るような一言。

 これが、俺には堪える。


 俺たちが、席に腰かけると、部屋がゆっくり暗くなる。

 そして、大きなスクリーンに、ある日の一番幸せな瞬間が映し出された。


 ――――――――――


 それは、少し空気が冷え込み、木々が赤く染まる季節。

 俺は、取引先から必死に走って、病院に向かっていた。

 本当は、タクシーで向かいたかったが、安月給には高級品。

 だから、俺なりの一番早い方法で、駆け付けた。


 病院につくと、彼女の病室から笑い声が聞こえる。

 もしかしてと思い、勢いよく飛び込んだ。


「お待たせしました。」

「健一君。」

 彼女のお父さんが、僕に気づく。

「ほら、見て。」


 そして、目に飛び込んできたのは、彼女が優しく抱いている愛しい存在だった。

「あ……、あぁ。」

「なに、その反応。泣くか、笑うかどちらかにしてよ。」

 千秋が、笑いながら俺にツッコミを入れる。

「ほら、見て~。あなたのお父さんですよ。」

 彼女が、俺に抱くよう預けてくれる。

 わぁ、壊れちゃいそう。

 でも、俺の指をぎゅっと握り締めてくれた。

「か、可愛い。」


 これが、一番幸せだった瞬間。

 新しい命と出会った瞬間だった。


 それから、何不自由なく生活できるようにしようと、仕事に邁進した。

 好きなことを、好きなだけさせてあげたい。

 俺は、小さいころお金がない影響でいろいろ我慢してきた。

 だから、娘にはそんな思いはさせないと、がむしゃらに働いた。

 帰りが遅くなることも当たり前だったけど……。


 電気の消えた家に帰る。

 そして、寝室へ向かうと、二人は気持ちよく眠っていた。

 俺は、優しく娘の頭を撫でる。

「よし、明日も頑張りますか!」


 俺が、頑張れる理由。

 でも、いつからだろうな。

 どんどん、距離が離れていったのは。


 ある日、酔った勢いで帰ってきた時。

 千秋が、珍しく仁王立ちして玄関に待ち構えていた。


「お?ただいま~。」

 俺はほろ酔いで、気分が良い。

 しかし、千秋の冷たい目線で、徐々に冷めていく。


「今日は、何の日か分かってる?」

「ん?なんだっけ?」

「はぁ?あの子の誕生日!忘れたの?」

 あ……。

 すっかり忘れていた。

「あんた……。仕事も大事なのは分かるけど、子供のことをちゃんと見て!」


 他にも、仕事を理由に、いろいろ我慢させた。

 運動会、合唱祭、それから……。

 一番ひどかったのは、卒業式不参加かな。


 あぁ……、あげればキリがないな。

 大切なものは、そばにいること。

 なんでそれに気づけないのかな。

 これだから、周りの異変に何も気づけないんだ。


 ――――――――――


 ゆっくり部屋が明るくなる。

 彼女を見ると、目を潤ませていた。


「本当に、あの時は幸せだったね。」

 千秋が、俺の左手を握る。

「でも、それからずっと仕事が一番。家庭をかえりみない、旦那が誕生したと。」

「だから、悪かったって。」

「それで、お酒に酔って、溺れるって。情けない。」

「え……。そこまで知ってるの?」

「当たり前でしょ!警察から連絡があって。本当に、馬鹿な人。」


 彼女の反応は、当たり前だ。

 こんな男が、パートナー。

 心底、がっかりしただろう。


「でも、心配しないで。娘は、私が立派に育てますから。」

 彼女は、冷たく言い放つ。

 そして、あることを教えてくれた。

「あの子、言ってたよ。お父さんと、もっと遊びたかったって。」

 娘の思いに、後悔が押し寄せる。

「本当に、すまない。こんな男で。でも、一番の宝物は、家族だから。それだけは伝えたくて。」

 俺は、必死の思いで伝える。

 すると、ふっと優しい表情で笑う。

「大丈夫、伝わってる。心配ないよ。だって、あなたの子供だから。」

「そうか。」

 少し、力が抜ける。


 「あ、そうだ。ちゃんと、謝罪するんだよ。彼に。」

 俺の妻は凄い。

 何を思っているのかを汲み取ってくれている。

「分かった。娘に恥じないようにしないとな。」


 すると、だんだん部屋が暗くなっていく。

 もうすぐタイムリミットということだ。


「そうだよ!じゃあ、またねでいいかな?」

 彼女が、少し寂しそうにつぶやく。

 俺は、精一杯の思いを込め、最後の言葉を伝えた。

 「当たり前だろ!またな。」


 部屋が暗闇に包まれる。

 次に、明るくなると彼女の姿が無くなっていた。


「いかがでしたか?」

 案内人と、成見が入り口で待っている。

 俺は、向かいながら問いに答えた。

「悪くなかった。ありがとう。」

「そうですか。」

 案内人は、ではこちらへと出口に誘導する。

 俺は、立ち止まり意を決して声をかけた。


「成見!」


 予想以上に大きな声で、俺自身驚く。

 成見も、肩がビクッと跳ねた。


「な、なんですか。」


 あぁ、返事がぎこちない。

 でも、これはきっと自分のせいだ。

 俺は、大きく深呼吸し、深く頭を下げた。


「本当に、気づいてやれなくて悪かった。」

「え?」

 成見にとっては予想外だったのだろうか。

 困惑しているのが分かった。


「俺が、限界は超えるものだって理由で、どんどん仕事を与えて。ちゃんと、見てやれなかった。まさか、倒れるほどだったとは、気づかなくて。でも、すべて言い訳だ。本当に、申し訳ございませんでした。」


 そう、あの時は特にそうだった。

 人がどんどん辞めていったことで、人手が足りない。

 それでも、業務量は変わらないどころか増える一方。

 皆、限界だった。

 そんな中、彼は一生懸命頑張ってくれていたのに。

 俺は、甘えていたのだ。


「家に帰らず、ずっと仕事していたこと。見て見ぬふりをした。なんなら、若いときは当たり前だとも。それに、俺もイライラして、八つ当たり。怖かったよな。」


 きっと、彼を殺したのは俺だ。

 成見が亡くなったと知らせが来た日。

 最初は、弱い奴だと心で罵った。

 だが、彼の抱えていた業務量を見て、血の気が引いた。

 逃げていたのは、間違いなく自分だと思い知らされたのだ。


「許してくれとは言わない。恨んでくれていい。でも……。」

「これで、スッキリしましたか?」


 俺の謝罪に割り込んできたのは、まさかの案内人。


「と言いますと?」

「いえ、つらつら言い訳を並べ立てているようなので。」


 厭味ったらしい声色。

 案内人の反応もごもっともだ。

 俺は、言葉を紡ぐことができなくなった。


「部長。」


 恐る恐る、成見が口を開く。

 そして、今まで見たことのない笑顔で俺の謝罪に応えてくれる。

「俺、ここでやりたいことを見つけました。それに、味方もできたし。なので……。」

 成見は、拳を強く握り締める。

 そして、何かを決意したように答えた。


「もう、あんたのことは怖くない。」


 彼の一言が、胸を貫く。

 俺は、何も言えなくなった。


 そして、案内人が最後に教えてくれる。


「彼は、自慢の弟子ですから。」


 俺は、羨ましいと感じながら、映画館を後にした。




 

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