目に見えないもの
田辺様が旅立った扉を、しばらく見つめていた。
「名を呼ばれるのは、良いものですね。」
思わず出た言葉。
でも、素直な気持ちだった。
見習いと、田辺様。
私が見えなかった、彼の記憶を知った。
そこには、偽名でつながり友と呼び合う姿。
初めて見る世界に、驚きを隠せなかった。
そして何より……。
「見習い!お聞きしたいことがあります!」
「お、おう。感傷に浸らせてくれないのかよ。」
見習いの顔が少し引きつっている。
しかし、私は気にしない。
「ゲーマーって何ですか?そして、ハンドルネームとは?クリエイターはどんなものですか。後、ずっと気になっていたものもありまして!」
聞き馴染みのない名称。
何を話しているのかさっぱり分からない。
これは、見習いを知るためには必要な知識なのだ!
そう言い聞かせながら、せがんだ。
「そんな矢継ぎ早に。1つずつで頼むって。」
私に向かって、見習いがドウドウする。
「じゃあ、どれからだ?」
「では、まずゲーマーからお願いします!」
「任せろ、ゲーマーっていうのは、ゲームをプレイする人で。」
「プレイとは?」
「あ……、ここからだったか。」
彼は、1つずつ丁寧に説明してくれる。
説明の中にも知らない言葉が出てくると、都度解説もつけて。
少しずつ、ゆっくり。
彼の生きていた時間を感じたいと思った。
「アハハ!」
見習いは、お腹を抱えて大笑いする。
「どうしましたか?」
「いや、何か変わったなって。」
「何がです?」
「だって、なんだかあんた。楽しそうだから。」
楽しそう?
私が?
「そう、前は質問の答えを返しても、へぇ~ぐらいだったのに。今は、ちゃんと笑ってる。」
気持ちが昂る。
知りたいと思う。
そうか、これが。
「楽しい……ですね。」
自然と口角が上がっていた。
「俺さ、ここでやりたいこと見つけた。」
軽い世間話のような、でも、いつになく真剣に語る彼。
「なんでしょう?」
次は、私が聞く番だ。
彼は、ニヤッと笑う。
「何にもないって言ってたけどさ。たくさんのお客様に出会ってさ。あんたと一緒に過ごして。そして、結人に再会できた。それで、思ったんだよな。顔も本名も知らない。でも、つながった友達がまだいるのかなって。」
名と顔をしらない友。
私には、甘美に聞こえる言葉。
「だから、そいつら皆に会う。それが俺のやりたいこと。どうかな?」
素敵だと思った。
これは、田辺様の思い残し成功ということだ。
残した相手は、映介という死んだ存在だが。
それでも、応援したい。
「良いと思いますよ。」
「良かった。」
田辺様が旅立った扉に、あたたかな光が差し込む。
あまりの綺麗さに、見入ってしまった。
「あ!そういえば!」
見習いが、何かを思い出したように手を叩く。
「あのさ、朧気だから確信もてねぇんだけど……。」
少し言いよどむ彼。
いつもの覇気はどうしたのです!
「何でしょう?」
今回は、予想外なことが多い。
彼から放たれた言葉。
また、想像の斜め上の発言だった。
「俺、たぶんここに来たことある気がする。」
見習いは、シアタールームの扉を見つめていた。




