繋劇
うたた寝から目覚める。
そこには、さっきまで作っていたゲームの一部かと錯覚するほどの、美しい世界が広がっていた。
ここは、何だろう。
様々な言語で描かれた映画ポスターが、壁一面に並んでいる。
年代も……バラバラだな。
人の気配がする方へ目を向ける。
すると、ゲームキャラクターと見間違えるような男性。
隣には、僕もよく着るような白いポロシャツの人物が立っていた。
ゆっくりふたりが近づいてくる。
「ゴーストシアターへようこそお越しくださいました。」
凄い!
名前も素敵だ。
今、開発中のゲームにも少し取り入れようかな。
「あの!僕、ゲームクリエイターをしている者です。良かったら、見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
思わず取材モードになる。
だって、こんなに創作意欲の湧く空間はなかなかないでしょ!
「す、すごいですね。なんだか、眩しいです。」
キャラクターのような男性が、後ずさりする。
すると、ポロシャツの男性は、耐えきれないと言わんばかりに吹き出した。
「あんたがたじろぐなんて。傑作だな!」
腹を抱えて笑い出す。
僕、そんなに迫力あったのかな?
思わず首を傾げてしまった。
怪訝そうな表情で、キャラクターのような男性が咳払いをする。
「気を取り直して。先ほどは失礼しました。田辺 結人様。改めまして、私はここの案内人をしております。そして、この大笑いしている者が、成見 映介。私のことは、好きにお呼びください。」
彼の紹介で、映介さんが姿勢を正す。
案内人のスマートさ。
さらに、ワクワクする。
これは、メモしなきゃ。
ポケットに入っているであろう、スマートフォンを探す。
しかし、あれ?
「無い……。なぜ?」
肌身離さず入れているのに。
どこにもない。
写真も撮りたかったのに。
「お?どうした?」
映介さんは、僕が焦っている姿に心配する。
「いや、スマートフォンが見つからなくて。」
ショックで、俯いてしまう。
「あぁ、絶体絶命だー!」
思わず叫んでしまった。
「なあ?」
映介さんが、何か考え込むしぐさをしている。
どうしたのだろう。
すると、驚きの呼び名が飛び出してきた。
「あんた……。もしかして、グミコサミン?」
「え⁉なぜ、その名を。」
それは、ハンドルネーム。
僕が、オンラインゲームをするときに使用していた名だった。
「やっぱりそうだろ!その、絶体絶命だー!の叫び。何か聞き覚えあると思ったんだよ。」
聞き覚えがある?
そう言えば、僕も……。
急いで記憶の棚を漁る。
すると、1つの声が脳内再生された。
「絶体絶命なほど、燃えるもんじゃん!」
僕の叫びに、鼓舞するような言葉。
あ!まさか!
「もしかして、チョコレイトウ?」
「マジか!覚えていてくれてたんだ。やべぇ、めっちゃ嬉しいんだけど!」
映介さんは大興奮。
僕も思わず飛び跳ねてしまった。
「うわぁ!凄い。ずっとお会いしたかったから、嬉しいです。」
「俺も!」
ふたりで固く握手をする。
そばでは、置いてきぼりの案内人さんが、少し申し訳なさそうな表情をしていた。
「感動の再会を果たしているところ、大変申し訳ございませんが……。」
「あ!悪い。」
「では、見習い。教えていただけますか?」
「おう!こいつは……。」
「こいつ?」
案内人さんが、映介さんを睨みつける。
「う……。失礼しました。この方は、グミコサミンっていう名前で活躍するプロゲーマー兼クリエイターです。俺は、オンラインゲーム上で、チームを組み遊んでいました。その時、俺の名が。」
「チョコレイトウ?」
「そうです。」
すると、案内人さんが次は吹き出した。
「チョコレイトウって、何とも変わった名前ですね。」
「おい!笑うなよ!」
「これは、すみません。でも、あなたらしいではないですか!」
ヒーヒー言いながら笑っている。
なんだろう。
素敵だな。
こうやって、くだらないことで笑い合える。
少し、うらやましくなってしまった。
「失礼しました。それでは……。」
案内人さんは、ひとしきり笑い終えると、姿勢を改める。
映介さんも、背筋をピンと伸ばした。
「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出です。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」
一番良い思い出を映画に。
それだけでも、楽しそう。
「すげぇ、目をキラキラさせてんな。」
「はい!だって、こんなに素敵な所があるなんて。アイデアが溢れそうです!」
「あぁ……。そうなんだ。」
映介さんが、つらそうな表情をする。
あれ?どうしたのだろう。
すると、案内人さんからあまりにも悲しい内容を告げられた。
「田辺様。心して聞いてください。」
あまりにも真剣な表情に、無言で頷く。
「今から3時間ほど前になります。あなたは、薬の過剰摂取により亡くなりました。」
「え?」
今、亡くなったって?
薬って、なんだ。
すると、脳内で堅く鍵のかかった棚が、勢いよく開く音が聞こえる。
その瞬間、記憶が溢れ出した。
確か、新作RPGゲームを製作していた。
それは、僕が初めて作ったものの続編。
気合いが入っていた。
前回の売り上げがよく、大変好評だったこともあり、次もヒットさせるんだと会社全体が熱く燃えていた。
失敗できない。
皆の期待に応えないと。
最初は、すごく楽しかった。
でも……。
「次の舞台は?」
「どんな、モーションに?」
「キャラクターに声は?」
ただ、良いものにしようと矢継ぎ早に来る質問。
だんだん、胸が苦しくなった。
気づくと、夜は眠れなくなる。
薬を飲んでも、収まらない頭痛と吐き気。
プレッシャーに押しつぶされそうだった。
そんな、ギリギリの状態でなんとか抗っていた時だった。
1人で、パソコンに向かいプログラミング修正をする。
画面の光が異常に眩しく感じ、目から誘発するような激しい頭痛が襲ってきた。
おかしいな……。
さっき、飲んだばかりなのに。
僕は、引き出しを開けて、薬を取り出す。
お茶で思い切り流し込んだ。
しばらくたっても、収まらない。
無意識に、また引き出しを開ける。
何も考えられず、また口に放り込んだ。
10分ほど経った頃だろうか?
急に眠気が襲う。
疲れてるのかな。
「ちょっと……。仮眠。」
僕は、眠りの悪魔に抗えず、机に突っ伏した。
「嘘?」
薬。
それは、頭痛薬だったはず。
そんな、睡眠薬とかでは……。
だが、落ち着いた口調で案内人さんが、事実を突きつける。
「相当お疲れだったようで。薬をよく確認せずお飲みになりましたね?それに、1時間おきに頭痛薬も。」
あまりの頻度に、驚愕する。
「ぼ、僕。そんなに?」
「マジかよ。」
映介さんも、驚きのあまり目を見開いている。
それ以上、言葉が出ないようだった。
「あ……。あ、あはは。」
思わず笑ってしまう。
「田辺様?」
心配する声が聞こえる。
僕にはもったいないほどあたたかくて、笑っているのに目頭が熱くなるのを感じた。
「そうか、僕。死んじゃったんだ。」
これは、何て言うんだろう?
ゲームオーバーってやつなのかな。
「これこそ、絶体絶命だね。」
叫ぶ気力が無い。
思わず、膝をついてしまった。
映介さんが、僕の隣に座り背中をさすってくれる。
「なぁ、顔は知らなかったけど、一応知り合いだからさ。力になりたい。」
彼の、心強い言葉。
ふと、ある記憶が脳裏に浮かぶ。
そうか、僕はきっと。
涙を拭い、案内人さんに向き直る。
そして、ある願いを伝えた。
「決めました。一緒に観たい人も。それは……彼です。」
僕は、隣にいる人物へ目を向ける。
予想外だったのかな?
それぞれ、大袈裟ではというほどの驚きを見せた。
「俺⁉なんで。他にも、あんたならいるだろ!」
映介さんが、俺はやめとけと窘める。
「今まで、このような事例はありませんでしたので。で、できるのでしょうか。」
案内人さんは、動揺を隠しきれないようだ。
ふたりがあたふたしていると、遠くから無精ひげを生やした人物がひょっこり顔を出す。
「いいぞ~。観てやれ!」
調子のよい、軽い答え。
案内人さんの目つきが変わる。
「隠居は大人しくしていてください!」
「わ~、怖~い。」
猫の威嚇かと言わんばかりに、キー!と追い払う。
その姿に、思わず映介さんと笑ってしまった。
「あの、ひょっこり現れたやつ。ここの映写さんなんだ。軽薄な人だろ?」
「はい、にぎやかでいいですね。」
あぁ、楽しい。
やっぱり、彼と観たい。
そう願ってしまう。
案内人さんは、大きな溜息をつく。
「取り乱しました。申し訳ございません。」
深く頭を下げる。
そして、顔を上げると優しく微笑みながら、ある扉へ案内してくれた。
「今回、特例ということで。見習いは、失礼のないように。」
「分かっているよ!」
映介さんは、任せろと力こぶを見せる。
僕は、案内人さんに頭を下げた。
「僕の我がままを、ありがとうございます。」
「いえ。それでは、ごゆっくり。」
僕と、映介さんは重い扉をゆっくり開いた。
中に入ると、規則正しく椅子が並んでいる。
本当に、映画館だ。
「席は選び放題!どこにする?」
貸し切りなんて、この上ない贅沢だ。
僕は、一番好きな場所を指定した。
「じゃあ、センター席。」
「いいなぁ!俺も、ど真ん中が好き。」
ふたりで隣り合って座る。
それを合図に、部屋が暗転。
白いスクリーンが、光りはじめた。
――――――――――
それは、大学生の時。
僕は、マイク付きヘッドホンをつけながら、あるアクションゲームを楽しんでいた。
ゲーム。
それは、僕にとって現実から逃げるところ。
皆が、あたたかく迎えてくれる。
認めてくれる場所だった。
小さいころから、携帯ゲーム、テレビゲーム、PCゲームといろいろ制覇してきた。
その中でも、顔の知らない人々とつながり、力を合わせてクリアしていく。
オンラインアクションゲームは、沼にはまるほどのめり込んでいた。
そこで出会ったのが、チョコレイトウ。
最初の印象は――チョコが好きなのかな?だった。
でも、聞こえる声は、チョコとは程遠い、ヤンチャな声。
それが面白かった。
「ワー!これ、絶体絶命だ!」
瀕死寸前になると、思わず叫んでしまう。
だが、彼は来ましたと言わんばかりに決まり文句を返してくれる。
「絶体絶命なほど、燃えるもんじゃん!」
これは、僕らの決まった合言葉。
この逆転劇が、他のチームを恐怖に陥れていた。
他にもあった。
「やべぇ。絶望的なんですけど。」
チョコレイトウの焦った声。
この言葉には、決まって僕が返した。
「絶望から、這い上がるのが最高でしょ?」
すると、彼は威勢よく「だよな!」ととんでもない火力で、敵を薙ぎ払っていく。
この時間が、最高に楽しかった。
そして、大学卒業の時。
ふたりである約束をした。
「ねぇ、お互いに自慢のゲームを作れたら、またここに戻ってこようよ。そして、一緒にゲーム交換して遊ぼう。」
僕の何気ない誘い。
それは顔の知らないあなたへの約束でもあった。
「おう!もちろん。なら、どっちが早くできるか競争だな。」
「絶対負けない!」
こうして、来ると信じた未来への約束をして、ゲームを後にした。
――――――――――
ゆっくり部屋が明るくなる。
彼を見ると、目を潤ませていた。
「あ!もしかして、泣いてる?」
「いや、泣いてねぇし。これ、汗だし。」
誤魔化し方が、やっぱりチョコレイトウだと信じさせてくれる。
「僕ね。君のこと、友達だと思ってたんだ。そして、友の自慢になりたくて。必死に作った。でも、こんなことになっちゃった。」
思わず俯いてしまう。
でも、伝えないと。
沢山、言いたいことがあるんだ。
「いつか、最高のゲームができたら。今度は同じ部屋で、遊びたいって。それが夢だったんだ。僕、君ほど思いっきり楽しめた人がいなかったから。」
輪に入ることができなくて。
いや、勇気が無くて、話せなかった。
目を見ると、軽蔑されるようで怖くて。
でも、画面越しの映介君だけは緊張しないで何でも話せた。
顔を知らないというのもあったと思う。
それでも、僕は救われたんだ。
「名前は、グミコサミンだったけど。本当の僕を知ってくれたのは、映介くんでした。だから、これだけは言いたくて。」
ずっと伝えたかった言葉。
こんな形になってしまったけど、やっと言える。
「僕の、友達になってくれてありがとう。」
僕の言葉に、真剣に向き合おうと、彼は姿勢を正す。
そして、大きく深呼吸をしたのち、優しく僕にとっては幸せな言葉が返ってきた。
「そんなの。俺の方こそ、友達と言ってくれてありがとう。結人!」
初めて、ハンドルネームでない。
僕の名で友と呼んでくれる。
涙が止まらなくなった。
「やっぱり、映介君はずるいなぁ。」
「なんだよそれ!」
ふたりで笑い合う。
この時間は、最初で最後の友との時間になった。
映介君が、案内人さんと出口へ案内してくれる。
これが、本当の別れだと映介君の表情で実感する。
「この度は、本当にありがとうございました。」
僕は、改めて深く頭を下げる。
「なぁ、結人。」
「何?」
映介君が、少し照れくさそうに頭をかく。
「はっきり言いなさい!」
案内人さんが、尻を叩く。
「あ~!分かったよ!」
彼は、大きく深呼吸をする。
「結人が作ったスマホゲーム。ほんの少ししか遊べなかったけど……。最高だった!」
あぁ、やっぱり凄いな。
僕が携わったゲーム。
ちゃんと見つけてくれてたんだ。
僕は、精一杯の笑顔で。
「ありがとう!映介君。」
やっと、言えた友の名。
忘れないように心に焼き付け、一歩踏み出した。




