秘密と覚悟
右腕がやけに重い。
違和感に耐えきれず、目を覚ます。
見覚えのあるようでない天井が目に飛び込んでくる。
「ここは……。」
重さを感じる方に目線を向けると、見習いが突っ伏しながら寝落ちしている姿があった。
あぁ、これは。
申し訳なさで、思わず手を伸ばす。
無意識に、見習いの頭を撫でていた。
「うん……。」
あ、起こしてしまったかな?
寝ぼけながら顔を上げる姿に、思わず笑いそうになってしまう。
「おはようございます。」
優しく挨拶するつもりが、上手に声が出ず掠れてしまった。
「ん……。おはようって、え⁉」
急に覚醒したのが、反応で分かる。
やっぱり面白い。
「目が覚めたのか!大丈夫か!痛いところはないか!」
威勢のいい声だ。
頭に響く。
「あなたの声でいろいろ痛いです。」
「あ、悪い。」
申し訳なさで、急に大人しくなる。
この、素直なところ。
思わず甘えたくなる。
「めちゃくちゃ心配したんだぞ。あ、待ってろ。今、笠木さん呼んでくるから。」
そう言って、止める暇もなく、慌ただしく出ていってしまった。
まったく。
騒がしい人ですね
周りを見渡すと、あるものが目に飛び込んでくる。
「なんで……。」
それは、紅色の表紙が特徴的な本。
これは、嫌な予感がする。
「お待たせ!今、手が離せないらしいから、片づけたら来るって。」
見習いが駆け足で戻ってくる。
来るのが早いな。
私の目線の先。
見習いも気づいたようだった。
ずかずかと音を立てるように、近づいてくる。
そして、本を手に取り私へ突き出した。
「これ、教えてくれるよな。」
あぁ、まずい。
「な、何のことです。」
思わずはぐらかしてしまう。
だが、容赦なくぶつけてくる。
「悪いが、読んだ。これ、俺の記憶だよな。でも、途中からお前との日記みたいになってる。」
うわ、しっかり読んでしまっている。
思わず恥ずかしくなり、本から目を逸らしてしまう。
「逃げんな!」
どうしよう。
手が震えてしまう。
このことを知られたら、きっと軽蔑される。
私が映写のことを嫌いになったように。
欲があふれ出す。
あなたに嫌われたくないと。
「俺は、大丈夫だから。」
何も言っていないのに、ずっと欲しかった言葉が返ってくる。
「全部受け止める覚悟は、とっくに出来てんだよ!だから、頼む。」
見習いは、深く頭を下げた。
なぜだろう。
目頭が熱くなる。
ずっと知ってほしかった。
でも、知られたら終わってしまうかもしれない。
秘密にしていた感情。
これからもそのつもりだったのに。
縋りたくなってしまう。
私は、なるべくゆっくり息を吐く。
そして、覚悟を決めて口を開いた。
「それは、おっしゃる通り、あなたの記憶を記した本です。」
「知ってる。」
「どこまで、気づきましたか?」
「あんたの力の代償。笠木さんからいろいろ聞いてる。」
あの、タヌキ親父……。
予想通りでもあった犯人に、思わずため息をついてしまう。
「これ以上失うのが……。怖かった。」
声が震える。
「最初は、いつもの様に記憶だけを書き記していました。しかし、どうしても。あの楽しさ、あたたかさを忘れたくなくて。気づいた時には、日記になっていました。」
どうしよう。
言葉が。
涙が。
止まらない。
「生きていた頃の記憶が、もともとありませんでした。名前も分からない。だから、個を認識できる名が羨ましいとも思いました。でも、どんなに記憶を覗いても分からない。だから、案内人が私を認められる名と思い込むようになりました。」
でも、埋まることのない小さくて深い穴。
もがいても掴めない。
「名を問われたとき。どうしていいか分からなかった。その時からです。突然、知らない映像が頭の中を駆け巡るようになったのは。」
見習いは、真剣な目で見つめてくる。
本当に、受け止めようとしてくれていると全身で伝わってくる。
「知らない映像ってどんなものなんだ?」
見習いには似つかわしくない、柔らかな毛布で包むように返してくれる。
私は、激しくなる鼓動を必死に抑えながら、右手を差し出した。
「観てみますか?あなたになら、きっと。」
信じることができる。
見習いは、小さく首を縦に振り手を握る。
私は、ゆっくり目を閉じた。
――――――――――
そこは、薄暗い洞窟の中。
思考が鈍っていくほどの、淀んだ空気。
まとわりつくような暑さに苦しめられていた。
「もう到着しましたよ!」
私は、ひとりの男性を肩で担ぎながら、軍医のもとへ運んだ。
「よろしくお願いします。」
木板で簡易的に作られた、処置用のベッドに寝かせる。
すると、ひとりの少女がすごい勢いで飛び込んできた。
「お水をお持ちしました!」
モンペ姿の少女。
命を救おうと、健気な姿。
思わず見入ってしまった。
そして、彼女との会話がノイズ混じりに映る。
「あの、兵隊さん。教えてくださった映画?というもの。私、観てみたいです。」
「じゃあ、この戦いに勝ったら、案内します!私の家は、映画館を経営していますから。」
「では、その時は、○○というものも!」
「ぜひ、ご馳走しますよ。」
これは、叶えられるか分からない。
でも希望の約束。
次に飛び込んでくる映像。
それは、ひとりの軍服男性だ。
ニヤニヤしながら、肩に腕を回してくる。
「なぁ、あの子のことどうなんだ?」
「え?何がです?
茶化すようなおどけた声。
「なんだか、仲良さそうだから。」
「え~。内緒です。」
「ケチだな。」
まるで、妹のような。
いや、年齢差的には姪かな。
恥ずかしいから、絶対に教えない。
バン!
明るい記憶から一変する。
守りたい一心で、彼女に体当たりした。
その瞬間、顔面に巨大な岩が落とされるような衝撃が走る。
不思議と痛みは無い。
幕の張ったような、誰かの声が聞こえる。
「しっかりしてください!」
なんとなく、分かる。
喉がちぎれそうになるほど、叫んでいるのが。
あぁ、無事だったのか?
耳鳴りがひどいくなる。
何も見えない。
どうしよう。
泣かないで。
ここから、さらに朧気になっていく。
軍医らしき人の声。
「右目に受けた銃弾が、脳まで達しているようです。今の設備では、これ以上……。」
あぁ、気持ちが悪い。
吐きそうだ。
そして、別の男性の冷徹な声がする。
「明日、ここを撤退する。敵への漏洩を避けるため。いいな。」
「はい……。」
震える返事は、あの茶化してきた男だろうか?
次に、彼女のすすり泣く声が聞こえる。
「いいな、お国のためだ。」
茶化していた男には似つかわしくない冷たい声。
でも、どこか寂しそうにも聞こえる。
誰かが、震える手で私の口に何かを流し込んだ。
空腹の身体に染み渡る。
だが、一瞬にして体が沸騰するような熱さに見舞われる。
熱い、痛い。
制御できず、暴れてしまう。
すると、誰かに覆いかぶさられ抱きしめられる。
「本当に……申し訳ない。許してくれ。」
続くように、彼女の声が聞こえてくる。
「いやだ。ごめんなさい。」
悲痛の叫びのようだった。
あぁ、これで終わるのか?
彼女との約束。
守りたかったのに。
守れそうにないや。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたいって……どこへ?
あれ?彼女は誰だ?
私は――誰だ?
力がどんどん抜けていく。
記憶も、どんどんこぼれていく。
最後の映像は、すべてを塗りつぶしたような真っ暗な闇と静けさだった。
――――――――――
ゆっくりと目を開ける。
見習いの様子を見ると、目を真っ赤にしながら泣いていた。
「なに、泣いているんですか?」
脈打つような頭痛を悟られないように、なるべく明るく声をかける。
「何か言ってください。」
「いや……。これ、沖縄戦か?」
そうか、沖縄という所の記憶なのか。
やはり、彼に見せて正解だったのかな?
「何も、言えなくて。悪い。」
あぁ、やっぱり優しいな。
「可哀そうなどと、思わないでくださいね。」
一番伝えたいこと。
それは、私は悲しい人間ではない。
だって、あなたに出会えたから。
「いつか、本当の名を知ること。それが、私が続ける理由です。」
彼は、ずっと黙ったままだ。
だから、一方的に。
「もし、思い出すことができたら。呼んでくれますか?」
見習いは、涙を拭い、力強い目で応えてくれた。
「当たり前だろ!その時は、俺の名前も呼べよ!」
これは、未来への約束。
一番避け続けたものだった。




