変劇
俺は夢の中にいる。
そう錯覚させるほど、趣のある場所で目が覚めた。
そこには、厨二心をくすぐるモノクルをかけた男性。
隣には、逆に馴染みのあるポロシャツを着た男がこちらへ向かってきた。
「ようこそ、お越しくださいました。ゴーストシアターへ。」
ネーミング最高かよ!
俺は、思わずテンションが上がった。
ここで、愛ちゃんの写真集とか撮影してくれないかな。
きっと、異世界から飛び出したような可愛くて素敵な姿が見られる。
そんなことを想像していると、「お~い」と呼ぶ声で我に返った。
「こいつ、全然あんたの話聞いてないみたいだぞ。」
ポロシャツの男が、俺の顔面スレスレで手を振る。
驚きのあまり、思わず後ずさりした。
「な、なんだよ!」
「あ、やっと気づいた。」
ポロシャツの男は、モノクル男の隣に並び立つ。
それを合図に、自己紹介を始める。
「この度はようこそ。仁藤 庄司様。私は、ここの案内人をしております。そして、先ほど手を振っていたのが成見 映介です。以後、お見知りおきを。私のことは、好きにお呼びください。」
「へぇ。すげぇ。」
思わず感動してしまった。
スマートなしぐさ。綺麗な言葉遣いに異世界を感じさせる。
最高かよ。
「で、ここは何?もしかして、異世界転生でもしちゃった?」
「い、異世界転生?」
案内人は、聞き馴染みがないのか、
素っ頓狂な表情をしている。
すると、成見がやれやれと言わんばかりに解説する。
「こいつ、オタクだな。異世界転生っていうのは、いわゆるあれだ。死んだら別の世界で無敵だ~!みたいな。そういう物語が流行ってんだよ。」
「なるほど。それは、感慨深い。だから、仁藤様は嬉しそうになさっているのですね。」
はぁ、嬉しそう。
俺が?
まぁ、感動してないと言ったら嘘にはなるが……。
「で、実際どうなの?」
「大変失礼いたしました。それでは気を取り直して。」
案内人は、少し咳払いをする。
「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館です。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」
うわぁ。
マジか!
ファンタジー世界に来た時のまるでナビゲーターみたいじゃん。
テンション上がる。
しかし、次の言葉でこのテンションがどん底に落とされる。
「で、あんたはなんで死んだわけ?ここに来るのは、そういうやつらだから。」
「あ、見習い!そんな失礼な言い方はよくありませんよ。仁藤様、大変申し訳ございません。」
目の前で、現実味のないやり取りが耳に入ってくる。
は?俺が死んだ……だと?
「いや、それじゃ。ガチで転生の主人公みたいじゃん。」
冗談のつもりだった。
しかし、案内人は優しい笑顔で容赦なく現実を突き付けてくる。
「そうですね……。今から、5時間ほど前です。何か焦っていたのでしょうか?大通りへ出た瞬間、事故に。」
焦る?
事故?
何が?
案内人と目が合う。
その瞬間、俺に起きた出来事が噴火するように溢れてきた。
それは、俺が推してやまない。
アイドルグループ「ハニーレモンバニラ」の握手会に参加したとき。
大好きな飯島 愛ちゃんに会い、有頂天だった。
夢の時間はあっという間。
確か、日は落ちて満月が眩しいぐらいに照らしていた。
夜風を心地よく感じながら、家路に向かおうと会場近くで信号待ちをしていた。
すると突然、女性の悲鳴が聞こえ、振り向く。
そこには、黒ずくめの男性に腕を引かれる愛ちゃんがいた。
「キャー!」
「愛ちゃん!?」
僕は、大声で叫び体当たり。
そして、逃げていく男を全力で追いかけ……。
無我夢中だった。
誰かが叫ぶ声。
「やめて!」
耳を刺すような、ブレーキをかける音。
気づいた時には、白い光に包まれていた。
「え……。」
言葉が出てこない。
なぜなら、こういうシチュエーションはアニメで何度も見ていたから。
こういうのは、現実にも起きるのか?
あまりにも綺麗なシナリオのようで、心臓の音がうるさく聞こえた。
「動揺なさっているところ、大変申し訳ございませんが。どなたかと、ご覧になりたい思い出などございますか?」
案内人が優しく笑いながら声をかけてくれる。
誰と、思い出を見る?
映画館。
ゴースト。
本当に物語の中に飛び込んだようなワードばかり。
だが、急に脳裏に浮かんだ一人の人物。
俺は、動揺を払拭するほどの歓喜を覚えた。
そうか、これは良い。
「では、この方を。ハニーレモンバニラの愛ちゃん。」
「ハニー?れ、レモン。愛ちゃん?」
案内人が、意外にもしどろもどろになっている。
すると、助け舟を出すように成見が割って入る。
「ハニーレモンバニラっていうアイドルグループ。飯島 愛だろ?」
「おや?見習いは知っているのですか?」
「いや、SNSでダンスがバズったかなんかで。」
「へぇ~。」
最初見たときから、浮世離れしているとは思っていたが、言動を見ると余計に説得力が増す。
俺の可愛い推しのことを知らないなんて!
だが、俺は優しい。
今宵は、とことん彼女の良さをこの思い出で語ってやろうじゃないか!
「あの、1点確認となりますが。」
案内人は、人差し指を立てながら質問をする。
「何?」
「飯島 愛様は、あなたのことをご認識されていますでしょうか?」
「は?」
どういう意味だ?
俺が知っているだけではダメだというのか?
しかし!
ここは、安心せよ!
「問題ない!握手会常連だし。何なら、認知もらっている!」
「認知って、マジかよ……。」
成見の顔が引きつっている。
この表情は、何を示しているのか知っている。
きっと、この言動に引いているのだ。
まぁ、慣れたもんさ!
「それに、俺は何度も彼女を助けたこともある。家も知っているしな。だから、大丈夫だ!」
「なるほど。私には難しいことばかりですが、かしこまりました。」
案内人は、こちらへと黒く大きな扉の前に案内してくれる。
「では、ごゆっくり。」
俺は、ノブを握りしめ勢いよく開く。
「なぁ、何か嫌な予感がするんだけど。」
「え……。」
かすかに後ろから、ふたりの会話が聞こえる。
しかし、俺はお構いなしに、一歩踏み入れた。
規則正しく並ぶ、席の中央に一人の女性が座っている。
愛ちゃんだ!
俺は、小走りで近づく。
「愛ちゃん!さっきぶりだね。大丈夫だった?」
「あ、あなたは……。」
愛ちゃんの声が僅かだが上擦っているように聞こえる。
そうか、そんなにあの男に襲われたのが怖かったのか。
「怪我はない?」
彼女は、無言で首を縦に振る。
「そうか!よかったぁ。凄く心配だったんだ。」
俺は、目の前にいる天使の姿に、思わずにやけてしまう。
あぁ、やった。
「さぁ、一緒に観よう。俺、愛ちゃんと二人きりで何かするのが夢だったんだよ。」
部屋がだんだん暗くなる。
そして、大きなスクリーンに光がともろうとした瞬間だった。
「助けてください!」
愛ちゃんが急に叫びだす。
顔を赤らめながら必死に。
「何を言っているんだ。大丈夫だよ。ここには、酷いことをする人なんていない。」
「いや、来ないで!」
彼女は、腰が抜けそうになりながらも僕から離れようとする。
え……。どうして。
俺は、思わず彼女の腕を強く掴んだ。
「ほら、安心して。俺が守って……。」
次の瞬間だった。
「離せ!変態野郎!」
ものすごい勢いで、席を飛び越え俺と愛ちゃんの間に割って入る。
そして、成見は彼女を庇うように立ちはだかった。
「思い出したよ!お前、アイドルストーカーで一度逮捕された奴だろ!」
はぁ?ストーカーって。
俺が?
まさか、無いない。
何なら、助けた側だよ。
「失礼だな、お前。何勘違いしてんだよ。」
俺は、苛立ちのあまり舌打ちしてしまう。
あぁ、なんで分かってもらえないんだ!
「せっかく、愛ちゃんとデートできると思ったのに。邪魔すんじゃねぇ!」
感情が抑えきれず、握りしめた拳を振り上げる。
成見は、咄嗟に背を向け愛ちゃんを守るように抱え込む。
怒りにまかせ振り下ろそうとしたときだった。
後ろから、何者かに握り締め、止められる。
「おやめください。」
あまりにも、冷たく低い声。
振り向くと、冷ややかな目の案内人がいた。
そして、徐々に握られる手がギシギシと音を立てるように痛みが走る。
「い……。」
案内人は、隙を見逃さなかった。
俺は、席へ叩き落とすようになぎ倒される。
「おい、客に何すんだ!」
だが、クレームは受け付けないと言わんばかり。
案内人は、モノクルを勢いよくはずす。
そして、容赦なく左手で俺の目を覆うように押さえつけられる。
「やめろ、どけ!」
力の限り暴れまわろうとする。
しかし、健闘虚しく……。
「規則違反に基づき、記憶に、干渉する!」
案内人が呪文のように言い放つ。
その瞬間、まるで暗く冷え切った海に落とされるように、溺れていくのを感じた。
――――――――――
目をあけると、そこは握手会の会場。
あれ?
今まで何を。
確か、そう!
会いに来たんだ。
愛ちゃんに。
空を見ると、満月が眩しいくらいに照らしている。
そうか、帰りなのか。
俺は、会場近くで信号待ちをしている。
すると、女性の叫び声が聞こえた。
振り向くと、そこには黒ずくめの男に襲われている愛ちゃんの姿。
これは、助けないと。
全力で走り、男に体当たりをする。
「愛ちゃん、大丈夫?」
彼女は、怯えたように一歩下がる。
そうか、突然襲われたせいかな?
俺は、彼女に手を差し伸べる。
その瞬間だった。
警察官だろうか?
俺の腕をつかむ。
氷のように冷たい声だった。
「それは、キミではない。」
「え……。」
真っ暗な闇に包まれる。
そして、記憶が剥がれていく。
愛ちゃんの笑顔。
握手会。
「庄司さん!今日もありがとう。」
その全部に、ノイズが走る。
違う。
違う!
視界が戻ると、俺は地面に倒れこんでいる。
はぁ?なんで?
やっとの思いで起き上がろうとすると、飛び込んできたのは警察官に保護される愛ちゃん。
そして、別の警官が俺を取り押さえていた。
――――――――――
なんだこの悪夢は!
この、全身から震える感覚に恐怖を覚え、思わず手を振り払う。
勢いのあまり、案内人さんを押し払った。
「案内人!」
成見の叫ぶ声が聞こえる。
「心配ありません。それより。」
案内人は、肩で呼吸するように上下させている。
なんとか整えようと、胸を押さえながら放たれた言葉は、予想していないものだった。
「あなたの記憶は、真実でない。妄想だ。」
はぁ?妄想?
「何を言ってんだよ?」
そんなはずがない。
だって。
「あなたは、飯島様のことを思うあまり、夢見ていましたね。お近づきになりたいと。」
夢見ていた?
意味が、分からない。
だが、一番信じてほしかった人物の言葉で、夢から強制的に目覚めさせられた。
「この人。ずっと、私のことを。家まで来て……。す、ストーカーです。」
愛ちゃんから放たれる。
そして、急に呼び起こされる。
黒ずくめの人物。
焦って走り出す。
何かから逃げるように。
そう、全て俺の行動だった。
「え……。」
受け入れたくない。
だが、思考が全く追い付かない。
俺は、雷に打たれたかのように痺れて動けなくなってしまった。
「大変申し訳ございませんが、強制退館となります。お引き取りを。」
案内人の言葉を合図に、部屋が暗転する。
俺は、そのまま暗闇の中をさまよい続けた。




