日常という名
思わずはぐらかしてしまった。
こうして名前を聞かれると、分が悪くなる。
今までにない対応をしたことで、何か感じたことがあったのか。
見習いは、心配そうな顔をしていた。
「なんか、珍しいな。」
「何がです?」
「そんな、軽い感じで見送るなんて。」
見習いの前では、そういえばしてこなかった態度だ。
意外だったのだろう。
私は、話題を変えたくてモノクルを外した。
「では、いつも通り、今回は妹である初音様の今後を見ていきましょうか。」
「おい、はぐらかすなって。」
見習いは、私の右手を思い切り掴み、記憶を見ることを拒む。
そして、ちゃんと教えろと睨んでくる。
はぁ、面倒くさい。
「痛いので離してください。」
溜息交じりに伝える。
すると、納得いかないと言わんばかりの目をしながらも、「悪い」とつぶやくように謝罪する。
私は、もう一度体勢を整え、目を閉じた。
「初音様は、あの後。お兄様のバンドメンバーと一緒に、「縁」を新体制として再結成したようですね。そして、兄であり先代ボーカルの奏様の曲を大切に歌い継いでいる。」
公式のページにて訃報を流したときは、奏多様が亡くなったことを認めたようで苦しかった。
白く光る画面に映る、死を表す文字。
あぁ、もうそばには居ないんだと。
しかし、バンドメンバーが初音さんにある言葉をかけたことで立ち上がる。
「この曲、奏。いや、奏多として、初音さんに贈るはずだったものだよ。良かったら、一緒に完成させないか?」
1枚の紙を差し出される。
何度も書き直された跡がある紙。
読んでみると、それは歌詞だった。
そこには、日常のあたたかさ、かけがえのない日々が紡がれている。
そして、曲名を目にしたとき、とめどなく溢れてきた。
寂しい、もう一度会いたいと。
何より、忘れたくない。
「私、歌います。だって、忘れない限り一緒に生きているって信じられるから。」
そして、1年後に再結成ライブが開かれる。
「この曲は、兄が残した最期の贈り物です。私の心の支えであり、この場所に連れてきてくれた。私の宝物です。兄は最期にこんな言葉を残しました。世界で一番幸せになれと。だから、兄と同じ景色をみたい。だから、皆さんの前に立っています。今でも、伝えたい。だから、歌います。それでは、聞いてください。」
こうして、兄の願いと共に歩む彼女のステージが始まった。
「以上です。初音様も大変歌がお上手な方のようで。お兄様の背中を追っているようです。」
「そうか。」
見習いは、うつむいたまま目を合わせてくれない。
無理に話題を変えたのが原因だろう。
それも、仕方がない。
「なぁ、生み出すって凄いな。」
「え?」
いきなりなんだ?
思わず首を傾げてしまう。
すると、見習いは少し恥ずかしそうにしながら話をする。
「いや、だって。俺もそうだったけど。奏さんが作り出した音楽で、皆勇気をもらってた。ものすごい人だとも。でも、実は、何気ない日々を大切だと思える。だから、生み出せるんだなって。初音さんも、同じ側になって。俺なら怖いと思うのに。とんでもねぇよ。」
何気ない日常。
その素晴らしさに気づいたのだろうか。
何かを噛みしめているかように、今回のタイトルを応えてくれた。
「今回の映画はこうかな。「素晴らしき日々を」。どう?」
なんだ、凄い綺麗じゃないか。
それに、記憶で見た曲名と重なる。
私は、小さく頷く。
「うん、悪くない。」
「良かった。」
「なぁ、いつか教えろよ。俺も知りたいから。あんたの名前。」
あぁ、全然そらせてない。
思わず苦笑いしてしまう。
だが、いつか。
いつか、胸を張って言える日が来るだろうか。
そんな日がきたらいい。
感慨にふけっていると、急に脳を刺すような痛みが走る。
思わず顔をしかめる。
「ねぇ、○○さんの故郷はどんなところですか?」
女性の優しい声が聞こえる。
「そうですか。いつか、連れていってください。私も食べてみたいです。」
同じ女性の声だ。
そして、別の声も聞こえてくる。
「本当に申し訳ない。許してくれ。」
次は、男性の声。
そして、バン!という爆発音と、血の匂い。
その瞬間、我に返った。
これは、なんだ。
見習いは、気づいていないようだった。
そのことに、情けないほど安堵している自分がいた。
「ふ~ふふふん~♪」
見習いが歌う鼻歌に、もの悲しさを感じた。




