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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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17/55

演劇

 「夢かな?」

 見覚えのない場所で目覚めた僕は、少し高揚していた。

 目の前では、紳士的な男性が近づいてくる。

 隣にいた、若い男性は雷に打たれたかのような表情を浮かべながら動けなくなっているようだ。

 ということは、僕のことを知っているのかな?


「ようこそ、お越しくださいました。ゴーストシアターへ。」

 紳士的な男性は、丁寧に頭を下げて挨拶をする。

「どうも。」

 反射的に、頭を下げる。

 これは、職業病かな。

 頭を下げられると、つい同じようにお辞儀してしまう。

 僕のいる世界は、第一印象ですべてが決まるから。


「ご丁寧にありがとうございます。風間 奏多(かざま かなた)様。」

「僕の名前をご存じとは。あなたは?」

 相手の名前を聞くのも礼儀。

 失礼のないようにするためだ。


「私は、ここの案内人をしております。私のことは好きにお呼びください。そして、このものが……ってあれ?」

 案内人さんが、後ろを振り向く。

「お客様がいらっしゃっています。こちらへ。しっかりしなさい。」

 しかし、若い男性は動かない。

 動かない代わりに飛び出した言葉は、少し予想していたものだった。


「なんで、ここに?あんた、有名バンド「(えにし)」のボーカル。(かなで)だろ?」

 あぁ、やっぱり。

 僕のこと知っている人だった。

 案内人さんは、逆にきょとんとしている。

 ということは、僕を知らない人。

 まだまだということか。


「あ!こら、待て!」

 案内人さんの制止を押し切るように、僕に近づいてくる。

「俺、ファンです。特に、対戦型RPGゲームのファンタジアストーリー。テーマソングが本当に大好きで。」

 キラキラした目で、僕の手を取り強く握る。

 アハハ、熱いな。

 でも、こういうのは慣れっこだ。

 僕は、一気にスターモードに切り替える。

「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。」

 あまりの勢いに若干引きつつも、嬉しかった。

 やっぱり、届くっていいなと。


 ふと、案内人さんを見ると、お前と言わんばかりに睨んでいる。

 あ、これは怒られる数秒前ということだろう。

 3、2、1。

「見習い!」

 紳士的な雰囲気とは裏腹に、響く怒号。

 あまりの迫力に僕も少し、身体が跳ねてしまった。

「あ、悪い。」

 慌てて見習いと呼ばれたものが、手を放す。

 しかし、それでは収まらなかったようで。


「悪いではありません。それに、あんたとは大変失礼です。大変申し訳ございません。」

 案内人さんが、深々と頭を下げる。

 それにならうように、「申し訳ございません」と見習いさんも頭を下げた。

 なんだか、申し訳ないな。


「いえいえ、逆に僕のことを知っていただけて嬉しいです。頭をあげてください。そして、ぜひお名前を。」

 見習いさんは、少し汗をかきながら顔を上げる。

「俺の名前は、成見映介と言います。ここで案内人の見習いをしています。」

「そうですか。では、映介さんとお呼びしても?」

 これは、僕のポリシーだ。

 ファンの方は、感謝と親しみを込めて、下の名前で呼ぶ。

 これは、お礼も兼ねて。


「え⁉良いんですか!やった、ありがとうございます。案内人、映介さんだって!」

「お前。」

 地響きでもするかと錯覚するほど、低い声で案内人さんは止める。

 まぁ、おもてなしする側からしたら、失礼な態度に見えるよな。

 ふたりのやり取りは見ていて、失礼かもしれないが少し和んでしまった。


 案内人さんは、小さく溜息をついたのち、本筋に無理に戻そうとこの場所について説明を始めた。


「ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館です。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」

 スラスラと紡がれる言葉。

 きっと、数え切れないほど口してきた口上なのだろう。

 あまりの美しさに聞き惚れてしまう。

 僕、こういう滑らかにお話する方、好きなんだよな。

 しかし、次に飛び出した内容に、僕は現実を突きつけられた。


 見習いの映介さんが、あれ?と口を挟む。

「まって、ここに来たということは、死んだのか?」

 え……。

 死んだ?

 誰が?

 僕が?

 頭の奥が、じわりと冷えていく。

 案内人さんは、少し寂し気な顔をする。

 そして、片手を頭にもっていき、目を閉じた。


「風間様。2時間半ほど前ですね。ご病気により、亡くなられました。病名は、胃がん。進行が大変早かったようで。気づいた時には遅く。」

 そうか、やっぱりか。

 何となく納得する。

 このリアルを感じない、創作意欲が湧きそうな映画館。

 長い眠りから覚めたらこの場所にいた。

 そして、ゆっくり思い出していく。


 病気を知ったのは、3か月前。

 曲を書いている途中で、今までに感じたことがない激痛に襲われて意識を失った。

 病院で目覚めて、検査をしたときには遅かった。

 余命宣告をされた。

 受け入れたくなくて、治療は断った。

 メンバーにも言えなかった。

 知っているのは、その時救急車を呼んでくれたマネージャーと妹だけ。

 妹は、大泣きしながら治療しろと説得してくれた。

 でも、現実味を感じなくて逃げた。

 その顛末がこれか。


 僕より先に、映介さんが感情を爆発させていた。

「意味が分かんねえ。だって、元気に歌っていたじゃねぇか!タイアップだって沢山していたし。新曲も確か。」

 だが、案内人さんは冷静だ。

 淡々と、現状を説明していく。

「あなたがここへ来たのはいつでしたか?そして、どれぐらい経っているのか分かりますか?あなたの最近は、この方にとっては違うのですよ。それに、夢を与えるお仕事をなさっているようで。私生活のことを見せないのが流儀というものでしょう。」

 おお!理解がある。

 そう、僕の仕事は夢を見せることだ。

 だから、弱いところなんて見せたらリアルになってしまう。

 そんなもの、光にならない。

 僕は、二人のお陰で冷静でいられる自分がいた。

 これは、とてもありがたかった。


「僕の代わりに、ありがとうございます。映介さん。そして、案内人さん。知ってもらえるって、心が少し楽になりますね。」

 自然と出た言葉だった。

 いつもなら、考え抜いてから話すようにしている。

 何気ない発言が、とんでもない方向に転んでいくからだ。

 しかし、ふと思ったことが制止する間もなく出てしまう。

 仕事に理解のある、案内人。

 受け入れられない感情があふれ出す映介さん。

 両極にある場所を一気に代弁される。

 そのことのありがたみに、気持ちが沁みた。


「これは、度重なる無礼、大変申し訳ございません。気を取り直して。一緒にご覧になりたい方はいらっしゃいますか?そして、どんな映画をご覧になりたいですか?」

 僕の最高の思い出。

 一緒に観たい人。

 誰だろう。

 頭を巡らせる。

 満員のドームでライブをしたこと。

 年末の国民的音楽番組にメンバーと出たこと。

 年間売り上げ1位を獲得したこと。

 輝かしい思い出が次々浮かんでくる。

 しかし、なぜかしっくりこない。


 すると、案内人さんからの何気ない一言が、あることを呼び起こした。

「良い思い出は、輝かしいものだけとは限りませんよ。」

 眩しいものだけではない。

 その瞬間、僕の脳裏に妹の姿が映る。


「あぁ、そうか。」

 僕は、案内人さんのありがたい言葉で、心を固めた。


「決めました。妹の初音(はつね)を。」


「かしこまりました。それでは、こちらへ。」

 予想通りだったのだろうか?

 納得と言わんばかりに頷き、僕をシアター入り口であろう扉の前に案内する。


「それでは、ご家族の方のお名前を思い浮かべながら、扉を開いてください。では、ごゆっくり。」

「ありがとうございます。」

 僕は、頭を下げたのち、扉に手をかけた。


 シアターの中には、一番心を許せる存在が座っている。

 妹の初音だ。


「初音!」

 なるべく明るく彼女の名を呼ぶ。

 振り返ったときの表情が、少し寂しそうで。でも、会えて嬉しいと溢れる目をしていた。

「お兄。」

 初音は立ち上がり、駆け寄ってくる。

 そして、力強く抱き着いてきた。

 僕も、優しく、でも力を込めて抱きしめ返す。

 あぁ、あたたかい。

 唯一の家族。


「一人にさせて、ごめんね。」

「本当だよ。」

 彼女は、顔をうずめて見せてくれない。

「さぁ、見よう。最期の映画を。」

「最期って言わないでよ。」

 不貞腐れながらも席に着いてくれる。

 僕が隣の席に座ると、ゆっくり部屋が闇に包まれていった。


 ――――――――――――


 妹の初音は、僕と違ってとても社交的。

 クラスの人気者と言っても過言ではなかった。

 誰にでも優しくて、困っている人がいればすぐに手を差し伸べられる人。

 僕の自慢であり、尊敬できる。

 そんな人だ。


 両親は小さい頃に離婚。

 シングルマザーの家系だった。

 しかし、中学の時。

 ふたりぼっちになった。


 僕は、妹を守りたくて、曲を作った。

 そして、路上ライブをした。

 働くという知識が無かったことで、思いついた方法。

 家にあった売れない歌手を題材にした漫画に描いてあったことを、見様見真似で実行した。

 最初は大変だったけど、曲を書くことは物凄く楽しくて。

 内側にたまっている物を、解放するみたいでたまらなかった。


 歌うことも、楽しかった。

 気づいたら、仲間ができてバンドを組んでいた。

 それも、新鮮で最高だった。

 もちろん、大変なこともあった。

 だって、夢を見せる仕事。

 だから、皆があこがれる奏を演じ続けた。


 そのおかげで、ここまで来たのだから、この偽りを演じるのは間違っていなかったのだろう。


 でも、一番幸せだと感じていたこと。

 それは、妹と一緒にご飯を食べる時間だった。


 夜遅く家に帰ると、机に突っ伏している初音がいる。

「初音。起きろ、風邪ひくぞ。」

 こうして起こすのが日課。


「ん~。あ、お兄。おかえり。」

 寝ぼけながら、出迎えてくれる。

 そして、大きなあくびをしながら立ち上がる。

 「待っていて。今から温めるから。」

 さっきまで眠りの悪魔と戦っていたとは思わないくらいの手際で、準備を始める。


 そして、瞬く間に机には二人分のカレーが並んだ。

 きっと、今日もチョコレートのように甘いカレー。

 彼女は、隠し味を沢山入れてしまう癖があるからな。


「いつも言ってるけど、先に食べて寝て良いんだよ。」

「いや、一緒に食べる。一人で食べるのは美味しくないし。何よりこの時間が好きだから。」

 そう言って、お茶を置きながら席に着く。

 僕もこの時間が実は一番好きだ。

 だって、安心するから。

 優しく包まれるような、安らぎの時間。

 一緒に食べる。

 何気ない日常。

 これが一番大切で守りたいもの。

 毎日変わらずいてくれる。

 奏ではなく、奏多としてそこにいて良い場所。

 それが、何よりも優しくて、最高の幸せだった。


 ――――――――――


 上映が終わった合図だろう。

 静かに、部屋が明るくなる。

 妹を見ると、目を真っ赤にしながらすすり泣いていた。


「なに泣いてんだよ。」

 僕の視界もぼやけていく。

 頬に伝うものを感じる。

 あぁ、僕も泣いてるのか。


「だって、私の一番大切な時間だったから。やだ、ひとりにしないでよ。」

 あふれ出す涙に、胸を締め付けられる。

 僕の、治療しないという選択を今更ながら後悔している。

 なぜ、大切な彼女のことを考えて、選ばなかったのだろうと。

 でも、もう遅いのだ。

 人の選択は、後悔ばかり。

 こんな最期の瞬間までかと苦笑いしてしまう。


「ごめん。本当にごめん。でも、最期に観るなら初音だと思った。だって、僕の宝物だから。」

 止めたくても止められない。

 涙が溢れてくる。

 格好悪い。

 でも、そんな姿を見せて良い。

 それが、家族なんだと思う。

「最期に、僕と約束して。のんびり、ゆっくり待っているから。だから、たくさんの人と出会って、世界で一番幸せになれ。」

 僕が彼女に残したいもの。

 それは、幸せになってほしいという願い。

 すると、今までで一番優しい笑顔で、彼女は応えた。

「何言ってんの。あなたの妹なんだよ。もう、世界で一番幸せだよ。」


 彼女の言葉に、自然と笑顔になる。

「そうか!よかった。」


 部屋が暗転する。

 明るくなった時には、彼女の姿が無くなっていた。


 「いかがでしたか?」

 案内人と、映介さんが扉の前で待機している。

「大変、素敵な映画でした。」

 僕は立ち上がり、二人に近づいた。

 映介さんは、鼻をすすっている。

 あ、もしかして観ていてもらい泣きしたのかな。

 まっすぐな彼に、次は元気をもらった。


 二人は、ゆっくり映画館の入り口まで案内してくれる。

 僕は、最後に1つ覚えておきたいと思い、案内人さんにお礼を伝えつつ、あることを聞いた。

「この度は、大変お世話になりました。最期に妹と話せて良かった。」

「その言葉を聞けて、我々も嬉しいです。」

「最後に1つだけ。案内人さんのお名前を教えていただけませんか?」

 何気ない質問だった。

 しかし、彼の反応は予想外のものだった。


 いままで、丁寧で優しい笑顔だった案内人さんから、表情がなくなる。

「名前……か。」

 一瞬、人格が消える。

 そして、何かを思いつめるように俯く。


「おい、案内人。どうした。」

 予想外の反応に、映介さんも心配する。


 しかし、パッと顔を上げるとまるで無かったかのように、最後の口上と言わんばかりの挨拶で僕を送りだした。


「そんな、私のことはお気になさらず。それでは、良い旅を。」

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