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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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13/55

怪劇

 解放された。

 そう思っていたのに。

 目を開き、飛び込んできたのは執事のような佇まいの男性が一人。

 もう一人の、ポロシャツを着た男性が何かをもって走り去っていった。

 見渡すと、レトロな雰囲気を感じる。

 現実味を感じないこの場所に、私は不思議と落ち着いていた。


「ようこそお越しくださいました。ゴーストシアターへ。」

 執事のような人が、私に向かって頭を下げる。

 慌てて戻ってきた男性も、合わせるように追って下げた。

 ゴーストシアター。

 その名前で、あることを確信する。


「あの、私、死にましたか?」

 私の第一声に、ポロシャツの男は目を大きく見開きながら勢いよく頭をあげる。

 予想外だったのかな。

 執事男性は、ゆっくり体を起こすと、一言。


「おっしゃる通りでございます。」


 聞きたい返事だった。

 思わず口角が上がってしまう。

 やった。

 解放されたんだ。


 私の様子を見て、ポロシャツの男は開いた口がふさがらないみたい。

 執事男性は、すべてを察したようで、淡々とこの場所について説明を始めた。


三島 六花(みしま りっか)様。私は、ここの案内人をしております。そして、この固まっている者が、見習いの成見映介です。私のことは好きにお呼びください。ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館です。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」


 良い思い出。

 どんな思い出があったかな。

 やっぱり、家族の誰かとの思い出かな。

 一番あたたかな時だったし。

 でも、それを塗りつぶす感情がある。

 私は、抑えきれなかった。


 「あの、良い思い出とは私にとってでしょうか?」


 誰にとってなのか。

 ここはとても重要な部分。

 私の問いに、案内人さんの眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。


「もしかして……。」

 そう言って、案内人さんは右手をこめかみにあて、目を閉じる。

 そして、だんだん息が荒くなっていく。


「おい、大丈夫か?」

 成見さんが、心配そうに肩に手を置く。

 その瞬間、何か恐ろしいものから庇うように手を振り払った。


「え……。案内人?」

 成見さんが呆気に取られる。

 案内人さんを呼ぶ声で、彼は我に返ったようだった。

 必死に息を整えるように、胸を押さえながら私に問い返した。


「大変失礼ながら。4時間前ですね?飛び降りたのは。」

「は?飛び降りたって?」

 案内人さんの言葉に、成見さんが驚きのあまり叫ぶ。

 私は落ち着いている。

 不思議なくらい。


「そうです。やっと、楽になれたんです。でも、なんだか物足りない。」


 私は、冷静だ。

 冷静だから分かる。

 なぜ、ここにいるのか。


 「ずっと、逃げたかった。この世界から。だから、一歩。」

 そう、一歩。

 空に向かって踏み入れたの。


 成見さんは、訳が分からないという表情をしている。

 案内人さんは、さっきの荒々しい呼吸と打って変わり、落ち着きを取り戻していた。


「三島様。これからやろうとしていること、本気でおこないますか?」

 この人は、すべてを理解したのだろう。

 これは、最終確認。意思確認だ。

 私は迷わなかった。


「よろしくお願いします。これから、良い思い出に塗り替えますので。」


「かしこまりました。」

 彼は、少し寂しく、悲しそうな顔をする。

 そして、黒く大きな扉に案内した。


「おい、何をしようとしてんだよ。」

 成見さんは、状況が上手く掴めていないみたいだった。


 それでも、構わず案内人さんは進めてくれる。

「では、ご招待したい方の名前を思い浮かべながら、扉を開いてください。それでは、ごゆっくり。」


 私は、大きく深呼吸したのち、勢いよく重い扉を開いた。


 中に入ると、見覚えのある後姿が座っている。

 映画なんていつぶりだろう。

 まさか、あの子と一緒に、観ることになるなんて。


 私は、彼女の隣に座った。


「六花?なんで、あなた。しかも、ここはどこ?」

 すこし、嘲笑するような言い方。

 そう、この感じだ。

 名は、五木 里奈(いつき りな)

 私が、この世界を嫌いになった一番の原因。


 私は黙ったまま、スクリーンに目を向ける。

 それを合図に部屋が暗くなった。


 ――――――――――――――――


 それは、日差しが眩しく、肌が焼けるように暑い季節。

 私が、引っ越し先の高校に転入した日のこと。


「ねぇ、六花って呼んでいい?」

 最初に話しかけてくれた人。

 それが、里奈だった。

 彼女は、明るくクラスの人気者。

 第一印象だった。

 でも、なぜ最初に話しかけてきたのか。

 今なら分かる。

 彼女は、品定めをしていたのだ。

 そう、ターゲット(おもちゃ)として。


 転校したばかりで、教科書が全て揃っていなかった私に、一緒にどうぞ!と見せてくれた。

 学校を案内してくれたりと、優しかった。

 だから、緊張しながら通っていた学校が、少しずつ楽しくなっていた。


 ターゲットになるなんて、知る由もなかった私は、一人で心細かったことも相まって一瞬にして心を開いてしまった。


 1か月ほど経った頃。

 私は、用事があったことで遊びに行く誘いを断った。

 それが、原因だったのかな。


 次の日から、地獄の日々が始まってしまった。

 最初は、小さなものだった。

 挨拶は返らない。

 話しかければ避けられる。

 そのたび、里奈は笑っていた。

 その表情で、犯人は彼女だとすぐわかった。


 日を追うごとに、エスカレートしていく。

 やっとそろった教科書をビリビリにされた。

 机に落書き。


 結構きつかったのは、あれかな。

 お母さんが作ってくれたお弁当を、ごみ箱に捨てられていたこと。

 苦しかった。

 怖かった。

 思い出したくないことも沢山された。


 でも、一番きつかったこと。

 それは、机に花瓶。

 一輪の花が刺さっていたこと。

 先生は、花瓶を見ても何も言わない。

 教室には笑い声だけが残っていた。


 あぁ、私に味方は誰もいないんだ。

 そこで、何かの糸がプツンと切れる音が聞こえた。


 私は、何も考えず、学校の屋上へ向かった。

 外にでると、温度を感じない。

 不思議と、空が透き通るように青く綺麗だと思った。

 そのまま、吸い込まれるように柵に手をかける。

 「ふっ……。」

 自然と笑みがこぼれ、一歩踏み出していた。


 ――――――――――――――――――


 部屋が明るくなる。

 隣から、小さな呼吸が聞こえる。


「どうだった?私の一番良い思い出。あなたから解放された瞬間。」

 私は、顔を見られなかった。

 だって、見たら殺したくなるから。


「遊びのつもりだったのに。本気でとらえる方が悪いんだよ。」

 里奈からは、予想通りの感想だ。

 まぁ、何となく分かっていたけど。


「そうだね。真に受けたのは私だね。でもね、これだけは伝えておこうと思って。」

「なに?」

 この返事。

 すこし、イライラしているな。

 思い通りにいかないとすぐに癇癪起こす。

 だから、先生含めて腫物を触るような眼で見ていたのだ。

 彼女のことを。

 それに気づいてもらいたかったんだけどな……。

 難しそうなら。


「だから何⁉」

 彼女は、苛立ったように足を組み替える。

 私は、なるべく優しく微笑みながら、彼女に一言伝えた。

 「いつか、私があなたのことを迎えに行くね。それまでは、死んじゃだめだよ。最高の死に方を用意してあげるから。」

 「はあ?何言ってんの?」


 これが、彼女との最後の言葉。

 部屋が暗転し、明るくなった時には里奈の姿は無かった。


 扉の方へ振り向く。

 そこには、案内人さんと、とんでもない形相をした成見さんがいた。

「いかがでしたか?」

 案内人さんが、優しく映画館の入り口にエスコートしてくれる。

 本当に、執事みたい。


「はい、彼女のこれからが見られないのは残念ですが、もう大丈夫です。」

 私の応えに何か思ったのかな?

 次は、成見さんが我慢の限界と言わんばかりに話し始めた。


「もう、いいわけないだろ!あんた、マジかよ。俺が言えることじゃねえけど、命を粗末にすんなよ!」

 彼の言う通りだと思う。

 それでも私は逃げたかったのだ。

 こんな、生きることが苦しい世の中に。


 案内人さんは、静かに様子をうかがっている。

 私の答えが気になるのかな?

 ふたりが欲しい答えではないかもしれない。

 それでも、私はこれしか出なかった。


「だって、こんな世界に救いはないでしょ?」


 私は、深く頭をさげ、映画館の外へ出た。

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