怪劇
解放された。
そう思っていたのに。
目を開き、飛び込んできたのは執事のような佇まいの男性が一人。
もう一人の、ポロシャツを着た男性が何かをもって走り去っていった。
見渡すと、レトロな雰囲気を感じる。
現実味を感じないこの場所に、私は不思議と落ち着いていた。
「ようこそお越しくださいました。ゴーストシアターへ。」
執事のような人が、私に向かって頭を下げる。
慌てて戻ってきた男性も、合わせるように追って下げた。
ゴーストシアター。
その名前で、あることを確信する。
「あの、私、死にましたか?」
私の第一声に、ポロシャツの男は目を大きく見開きながら勢いよく頭をあげる。
予想外だったのかな。
執事男性は、ゆっくり体を起こすと、一言。
「おっしゃる通りでございます。」
聞きたい返事だった。
思わず口角が上がってしまう。
やった。
解放されたんだ。
私の様子を見て、ポロシャツの男は開いた口がふさがらないみたい。
執事男性は、すべてを察したようで、淡々とこの場所について説明を始めた。
「三島 六花様。私は、ここの案内人をしております。そして、この固まっている者が、見習いの成見映介です。私のことは好きにお呼びください。ここは、人生で一度だけ訪れることができる映画館です。ご覧になれるものは、今までで一番良い思い出。もし、一緒にご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご招待することも出来ます。ぜひ、1本。いかがでしょうか?」
良い思い出。
どんな思い出があったかな。
やっぱり、家族の誰かとの思い出かな。
一番あたたかな時だったし。
でも、それを塗りつぶす感情がある。
私は、抑えきれなかった。
「あの、良い思い出とは私にとってでしょうか?」
誰にとってなのか。
ここはとても重要な部分。
私の問いに、案内人さんの眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。
「もしかして……。」
そう言って、案内人さんは右手をこめかみにあて、目を閉じる。
そして、だんだん息が荒くなっていく。
「おい、大丈夫か?」
成見さんが、心配そうに肩に手を置く。
その瞬間、何か恐ろしいものから庇うように手を振り払った。
「え……。案内人?」
成見さんが呆気に取られる。
案内人さんを呼ぶ声で、彼は我に返ったようだった。
必死に息を整えるように、胸を押さえながら私に問い返した。
「大変失礼ながら。4時間前ですね?飛び降りたのは。」
「は?飛び降りたって?」
案内人さんの言葉に、成見さんが驚きのあまり叫ぶ。
私は落ち着いている。
不思議なくらい。
「そうです。やっと、楽になれたんです。でも、なんだか物足りない。」
私は、冷静だ。
冷静だから分かる。
なぜ、ここにいるのか。
「ずっと、逃げたかった。この世界から。だから、一歩。」
そう、一歩。
空に向かって踏み入れたの。
成見さんは、訳が分からないという表情をしている。
案内人さんは、さっきの荒々しい呼吸と打って変わり、落ち着きを取り戻していた。
「三島様。これからやろうとしていること、本気でおこないますか?」
この人は、すべてを理解したのだろう。
これは、最終確認。意思確認だ。
私は迷わなかった。
「よろしくお願いします。これから、良い思い出に塗り替えますので。」
「かしこまりました。」
彼は、少し寂しく、悲しそうな顔をする。
そして、黒く大きな扉に案内した。
「おい、何をしようとしてんだよ。」
成見さんは、状況が上手く掴めていないみたいだった。
それでも、構わず案内人さんは進めてくれる。
「では、ご招待したい方の名前を思い浮かべながら、扉を開いてください。それでは、ごゆっくり。」
私は、大きく深呼吸したのち、勢いよく重い扉を開いた。
中に入ると、見覚えのある後姿が座っている。
映画なんていつぶりだろう。
まさか、あの子と一緒に、観ることになるなんて。
私は、彼女の隣に座った。
「六花?なんで、あなた。しかも、ここはどこ?」
すこし、嘲笑するような言い方。
そう、この感じだ。
名は、五木 里奈。
私が、この世界を嫌いになった一番の原因。
私は黙ったまま、スクリーンに目を向ける。
それを合図に部屋が暗くなった。
――――――――――――――――
それは、日差しが眩しく、肌が焼けるように暑い季節。
私が、引っ越し先の高校に転入した日のこと。
「ねぇ、六花って呼んでいい?」
最初に話しかけてくれた人。
それが、里奈だった。
彼女は、明るくクラスの人気者。
第一印象だった。
でも、なぜ最初に話しかけてきたのか。
今なら分かる。
彼女は、品定めをしていたのだ。
そう、ターゲットとして。
転校したばかりで、教科書が全て揃っていなかった私に、一緒にどうぞ!と見せてくれた。
学校を案内してくれたりと、優しかった。
だから、緊張しながら通っていた学校が、少しずつ楽しくなっていた。
ターゲットになるなんて、知る由もなかった私は、一人で心細かったことも相まって一瞬にして心を開いてしまった。
1か月ほど経った頃。
私は、用事があったことで遊びに行く誘いを断った。
それが、原因だったのかな。
次の日から、地獄の日々が始まってしまった。
最初は、小さなものだった。
挨拶は返らない。
話しかければ避けられる。
そのたび、里奈は笑っていた。
その表情で、犯人は彼女だとすぐわかった。
日を追うごとに、エスカレートしていく。
やっとそろった教科書をビリビリにされた。
机に落書き。
結構きつかったのは、あれかな。
お母さんが作ってくれたお弁当を、ごみ箱に捨てられていたこと。
苦しかった。
怖かった。
思い出したくないことも沢山された。
でも、一番きつかったこと。
それは、机に花瓶。
一輪の花が刺さっていたこと。
先生は、花瓶を見ても何も言わない。
教室には笑い声だけが残っていた。
あぁ、私に味方は誰もいないんだ。
そこで、何かの糸がプツンと切れる音が聞こえた。
私は、何も考えず、学校の屋上へ向かった。
外にでると、温度を感じない。
不思議と、空が透き通るように青く綺麗だと思った。
そのまま、吸い込まれるように柵に手をかける。
「ふっ……。」
自然と笑みがこぼれ、一歩踏み出していた。
――――――――――――――――――
部屋が明るくなる。
隣から、小さな呼吸が聞こえる。
「どうだった?私の一番良い思い出。あなたから解放された瞬間。」
私は、顔を見られなかった。
だって、見たら殺したくなるから。
「遊びのつもりだったのに。本気でとらえる方が悪いんだよ。」
里奈からは、予想通りの感想だ。
まぁ、何となく分かっていたけど。
「そうだね。真に受けたのは私だね。でもね、これだけは伝えておこうと思って。」
「なに?」
この返事。
すこし、イライラしているな。
思い通りにいかないとすぐに癇癪起こす。
だから、先生含めて腫物を触るような眼で見ていたのだ。
彼女のことを。
それに気づいてもらいたかったんだけどな……。
難しそうなら。
「だから何⁉」
彼女は、苛立ったように足を組み替える。
私は、なるべく優しく微笑みながら、彼女に一言伝えた。
「いつか、私があなたのことを迎えに行くね。それまでは、死んじゃだめだよ。最高の死に方を用意してあげるから。」
「はあ?何言ってんの?」
これが、彼女との最後の言葉。
部屋が暗転し、明るくなった時には里奈の姿は無かった。
扉の方へ振り向く。
そこには、案内人さんと、とんでもない形相をした成見さんがいた。
「いかがでしたか?」
案内人さんが、優しく映画館の入り口にエスコートしてくれる。
本当に、執事みたい。
「はい、彼女のこれからが見られないのは残念ですが、もう大丈夫です。」
私の応えに何か思ったのかな?
次は、成見さんが我慢の限界と言わんばかりに話し始めた。
「もう、いいわけないだろ!あんた、マジかよ。俺が言えることじゃねえけど、命を粗末にすんなよ!」
彼の言う通りだと思う。
それでも私は逃げたかったのだ。
こんな、生きることが苦しい世の中に。
案内人さんは、静かに様子をうかがっている。
私の答えが気になるのかな?
ふたりが欲しい答えではないかもしれない。
それでも、私はこれしか出なかった。
「だって、こんな世界に救いはないでしょ?」
私は、深く頭をさげ、映画館の外へ出た。




