38 孤児院
ガラガラガラ、と馬車は町を往く。相も変わらず寒風の吹く町に人通りは少なく、それでもウォルターとリヴィアを出迎えてくれる人達は温かい。
誰かの父、誰かの母、誰かの兄弟、誰かの夫、誰かの妻、誰かの子供。ロブストフェルスの騎士の家を訪れてみれば、必ず誰かの家族が出迎えてくれる。
そこから垣間見える、彼らの人間関係。良好だったり、少し不仲だったり、早く帰ってきてほしいと願う人や、好きにやってるならそれでいいとあっさりしている人も。
ただ、それでも全員に共通していたのは、手紙を受け取った瞬間のどこかホッとした空気。家族からの手紙を受けて大げさに喜ぶ人もいれば、つれない顔をしながらも大事そうに懐にしまう人もいた。
そういうものなのだろうとリヴィアは思った。家族関係は一言で言い表せるものではない。表面上は異なるように見えて、根っこにあるものはとても似ていて、けれども人それぞれでなんとなく違う。
ガラガラガラ、と馬車で次の家に向かい、次の家族に会うたびに、その温度差に面食らう。受け取った手紙の扱い方に、託された手紙の分厚さの違いに、彼らなりの関係性を見た。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「ここで最後だ」
ウォルターとリヴィアが降り立った場所は、町から少し外れた場所にある孤児院だった。位置としては、ロブストフェルスの町の中で最も瘴気の濃い場所と言える。
少し古びた建物の奥には中庭があり、その周囲を囲う錆びた鉄柵の向こうで子供たちが数人駆け回っている。
「あーっ、レイじゃん! 久しぶり!」
「よっ、久しぶり」
彼らは孤児院の前に留まった馬車に気づいたようで、すぐにこちらに駆け寄ってきた。
「コラ! ウォルター様、だろ!」
「院長先生ー!」
ウォルターへの呼び方を咎める子。孤児院の中へ人を呼びに行く子。
彼らが取る行動は一つに定らない。が、ただ一つだけ確かなことは、物静かな町とは違い、ここが賑やかで騒がしいこと。
ポカン、と呆気に取られているリヴィアをよそに、馬車に積まれた多くのお土産に子供たちは目を輝かせる。
「わっ! マドレーヌ!」
「マジで!?」
「毛布もある! 新しいお洋服も!」
「おい! 勝手に取るな!」
歓声を上げて喜ぶ子供たちからウォルターはマドレーヌを取り上げた。
「何でだよー! ケチ!」
「お前らが好き勝手に食べるからだろ。一回院長に預けるから、それから貰え」
ブー、ブー、とウォルターはブーイングの嵐を受けるが、マドレーヌを渡す気はないらしい。
そんな彼らのやりとりをリヴィアは目を白黒させて見守っていた。
「はいはい、皆さん落ち着いて。ようこそおいでくださいました、ウォルター様」
喧騒の中で現れたのは落ち着いた雰囲気の修道女。彼女はウォルターからマドレーヌを受け取ると子供たちに指示を出した。
「マドレーヌは夕食後にでもいただきましょう。今はウォルター様から頂いたものを片付けること。皆さん、それでよろしいですね?」
修道女の一言に、はーい、と子供たちが返事をする。その中に、ちぇっ、と残念そうな舌打ちが混じっていたが、ウォルターも修道女も特に気にする様子はない。
棒立ちのまま立ち尽くしているリヴィアに修道女が声をかけた。
「立ち話も何ですし、どうぞ中に入ってくださいな」
お土産、お土産、と馬車の物を運ぶ子供たちを横目に、リヴィアは修道女とウォルターの後に続いて孤児院の中に入った。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「寒くてごめんなさいね。うちは余裕がなくて」
「いえ」
修道女の言葉にリヴィアは軽く首を振った。
二人が通されたのは孤児院の院長室。暖炉に火は灯っておらず、どこからともなく隙間風が吹いてくる。確かに修道女の言う通り、ここは寒々しいが、リヴィアにとって耐えきれないものではない。
「それで、今回あの子はちゃんと手紙を書いてきたかしら?」
院長室にあった小さな椅子にそれぞれ腰かけて、修道女はおっとりとした様子でウォルターに問いかけた。
「いや、相変わらず。いつも通り、これを、と」
そう言ってウォルターが差し出したのは少し厚みのある封筒。二人のやり取りから、事情を知らないリヴィアでもなんとなく中身に予想がつく。
差し出された封筒をまじまじと見て、修道女は深々と溜息をついた。
「まったく、あの子は。こんなものよりも手紙の方が嬉しいと何度も言ってるんですけどねぇ」
「まあ、そう言わないでくれ。アイツもアイツなりに考えてこうしてるんだ」
ウォルターの説得に修道女はもう一度溜息をつき、封筒を受け取った。
「これは何かあったときのために使わせていただきます。ですから、手紙でもいいし実際に会いに来てもいいので一度近況を報告しなさい、とウォルター様からもお伝えください」
「わかった。伝えておく」
厳しい口調の修道女にウォルターは頷く。
と、そこへ、ガチャンと扉の開く音が響いた。
「こら! 扉はノックしなさいとちゃんと教えているでしょう!」
ウォルターやリヴィアが振り向くよりも先に、修道女のお叱りの言葉が扉の方へ飛ぶ。
「あっ、やべっ!」
ノックもせずに扉を開けた少年はさっとその影に体を隠すと、開いたままの扉をゴンゴンと叩いた。そこから彼は何事もなかったかのように再び顔をのぞかせる。
「話、終わった? 重たい荷物があるからレイに運んでほしいんだけど」
少年のあっけらかんとした様子に、ウォルターと修道女の二つの溜息が重なった。
「少し行ってくる。リヴィアはここで待っていてくれ」
「あ、うん」
ウォルターはそう言い残して少年とともに院長室を出ていった。あとに残った修道女は恥ずかしさからか、呆れすぎて気が抜けたのか、手で顔を覆っている。
「どうしてうちの子たちってこうなんでしょう。少し抜けているというか、ずれているというか。通じればいい、伝わればいい、が先行しすぎていて……」
「あ、えっと……」
修道女と二人取り残されたリヴィアには彼女をどう慰めていいかわからない。だが、修道女はすぐに気を持ち直したようで、リヴィアに申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にごめんなさいね。いつも注意しているのだけれど、どうにもお客様に対して失礼な態度が抜けなくて。……リヴィアさん、とおっしゃったかしら? 不愉快な思いをしていたら、本当にごめんなさい」
「いえ、あの、……大丈夫です」
修道女から何度も謝られるが、リヴィアからしてみれば全く気にしていない。話をしていたのは修道女とウォルターの二人であり、リヴィアは会話に参加していなかったのだから。
「騎士団に入ったあの子もああいう失礼な態度が抜けなくて。誰かを怒らせてないといいんですけどねぇ」
ぽつりと零れた修道女の言葉にリヴィアは誰だろうと一瞬思考を巡らせる。だが、そんなことをするまでもなく彼かもしれないという確信がリヴィアにはあった。
「あの、もしかして、ここから騎士団に入ったのはヒューロットですか?」
リヴィアの問いに修道女がパッと顔を上げる。
「あら、ご存知? ……ということは、やっぱりあの子はあちらでもそういった態度で……。まったく、困った子です」
リヴィアの予想は合っていたが、再び修道女を落ち込ませる結果となってしまった。何とか彼女を励ませられないか、とリヴィアは頭を悩ませるが、何もいい言葉は思い浮かばない。
「あの、ヒューロットは、……えっと、あの、その……」
リヴィアの頭に思い浮かぶヒューロットの所業の数々。それを上手い言葉で言い直せないかと思考を巡らせるが、生憎、リヴィアの語彙力では言い繕うことはできない。
「あの、……悪い人ではない、と思います」
何とか絞り出せたのはそんな言葉。だが、果たしてこれでいいのだろうか。
リヴィアが冷や汗をかきながらも修道女の反応を伺うと、彼女はその言葉に大きく頷いていた。
「そう! そうなんですよ。悪い子ではないんです。ただ、何というか、……何なんでしょうね、あの子は。ドライというか、マイペースというか……。あれで、魔法の才能がなくて、ウォルター様に拾われていなければどうなっていたか」
「ウォルターに拾われた……?」
修道女の最後の言葉をリヴィアは繰り返す。そのことにハッとしたように修道女は口を押さえた。
「あら、イヤね。私ったら口が軽くって。今のは内緒にしてくださいな」
「……。あの、差し支えなければ、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
会話を打ち切ろうとした修道女はその言葉に驚いたようだったが、リヴィアの真剣な眼差しに少し考え込み、それから口を開いた。
「いえね、何もそんな小難しい話ではないのです。拾われたと言っても、本当にウォルター様がヒューロットを拾ってきたわけではありません。ウォルター様がヒューロットを雇ってくださった、という意味なので」
そこまで話して、修道女は孤児院の窓の外を眺めた。
「ほら、ここは瘴気の影響が大きいでしょう? 時折、狂ってしまう人が出たり、行方不明になってしまう人がいるんですよ。それが原因で孤児になる子もいて、その孤児もまた瘴気に狂ってしまう。前の領主様はそれを大層気にかけていらっしゃいまして、昔からよくここに顔を出してくださったんです」
修道女の視線を追って、リヴィアも窓の外を見る。そこには寒風が吹いているにも関わらず、元気に外で遊ぶ子供たちの姿が見えた。
「領主様はよく、オーウェン様とウォルター様を連れてきてくださいました。お三方はお土産と称して寄付をくださり、一人でいる子の話を聞いて遊びに誘い、怖い思いをせずに済むようにこの地を守ると誓ってくださいました。前の領主様が亡くなられてからも、それはお変わりなく。オーウェン様が領地を継ぎ、ウォルター様が騎士となり、瘴気の満ちる土地で戦い続けている今も、こうして時々私たちの様子を見に来てくれているのです」
リヴィアはふと、ここに来たときのことを思い出す。孤児院にいる子たちはウォルターによく懐いていたし、ひどく塞ぎこんでいる子がいるようには見えなかった。
けれどそれはウォルター達が頑張ってきた証拠だったのだろう。
リヴィアが修道女に視線を戻すと、彼女もリヴィアのことを見ていた。リヴィアと目があったことに気づくと、修道女はくすりと笑う。
「だから、オーウェン様やウォルター様の力になりたい、と騎士を目指したり、館の使用人として働こうとする子がいるんですよ。ヒューロットもその一人。あの子には王都にある魔法学院への編入の話もあったくらいですが、それを断ってロブストフェルスの騎士団に入ったのです」
恩義に報いたい。一言で言えば、そういうことなのだろう。与えられたのだから、返したい。その感情はリヴィアにもわかる。
けれど、それを理解しているはずの修道女の表情はどこか暗く沈んでいた。
彼女が目線を落とす先は、先ほどウォルターから渡された封筒。今日見てきた騎士の家族たちのようにすぐに中身を確認しないのは、きっとその中身が人前で出すような代物ではないから。
おそらく、あの封筒の中に入っているのはヒューロットが稼いだお金だ。
修道女はそれをじっと見つめている。
それから彼女は何かを飲み込むように、静かに目をつぶった。
「こんなものよりも、手紙の方がずっと嬉しい。私はずっとそう言っているんですけどね。あの子からしてみれば、手紙は実用的ではない、だそうで。こちらがどれだけ寂しいといってもあの子は聞いてくれないのでしょうね」
小さな溜息とともに修道女は呟いた。
「ごめんなさいね、リヴィアさん。こんな辛気臭い話をしてしまって。つまらなかったでしょう」
「……いえ、私が聞きたいとお願いしたので。話してくださってありがとうございます」
こちらを気遣う修道女に対し、リヴィアは軽く首を振った。
初めはウォルターとヒューロットの話を聞くだけのつもりだった。けれど、彼女の話からは今までのロブストフェルスの姿が垣間見えた。
瘴気、人、土地、家族、そして、領主としての在り方。
こうして町を回り、孤児院に顔を出すのだって、ロブストフェルスを守る者として生まれた彼の義務なのだろう。
そこまで考えついた時、どうして、とリヴィアの中に仄かな疑問が浮かび上がる。
どうしてウォルターは今日、リヴィアを町に連れ出したのだろう。ロブストフェルスの町をリヴィアに見せて、どう思ってほしかったのだろう。
小さなささくれのような疑問がリヴィアの中に浮かび上がる。
リヴィアがその疑問について深く考えこもうとした瞬間、コンコンコン、と扉をノックする音が響いた。




