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35 現状

「まず、ロブストフェルスの現状について」


 オーウェンはティーカップを片手に話し始める。


「君からの報告書では、魔物の出現数は増えてきている、という話だったよね?」

「……ああ、つい先日も魔物が出た。幸い、大した怪我人はいないし、討伐も俺たちだけで大丈夫だった」

「けど、それもいつまで大丈夫なのかはわからないよね?」


 オーウェンの言葉とともに、執事のルイスが机に書類を置く。

 そこにはウォルターが送った報告書とともに、いくつかの手紙が混ざりこんでいた。


「先月、うちの騎士が巫女姫リヴィアを連れ出し、害を与えようとした事件があったね。結果から言えば、我々の領から騎士が一人減ったことになるわけだけど……、君は騎士を補充できないか、と相談してきたね?」

「……ああ」

「答えから言えば、不可能だよ」


 オーウェンが差し出した手紙にウォルターは視線を落とした。混ざりこんでいた手紙の差出人は、他の領の領主たち。

 それを一目見ればわかる。兄がどれだけの人に声をかけてくれたのか。


「領地に這いよる瘴気に苦しんでいるのはうちだけじゃない。他の領も瘴気の浄化に苦戦し、魔物討伐のための騎士を欲しがっている。騎士が減ったから補充してくれと言われてすぐにできるようなものじゃあないんだ」


 すでに封の切られた手紙。そこに書かれていた返事はきっと色よいものではなかったのだろう。

 それに、この兄のことだ。きっと、こうやって返信をくれた者たち以外にも手紙を送っている。こうしてキチンと返事を返してくれるだけ、マシな方なのだ。


「『異界の乙女』を望む僕たちに送られてきた『役立たずの巫女姫』。彼女の補佐をするための『浄化の乙女』は送られて来ず、騎士の補充も見込めない。これ以上国に嘆願書を送っても何の意味もない。――だったらもう、ロブストフェルスの領地を捨てて、領民をどこかへ移動させるしかないだろうね」

「兄貴、それは……!」

「そのくらいうちの領は追い詰められているし、国から見捨てられているんだよ」


 オーウェンの言葉は淡々としているが、そこには深い悲しみが込められている。それがわかっているから、ウォルターも何も言い返せない。


「幸いにも物資にはまだ余裕があるし、君たちの戦力も保つだろう。だけど、僕の考えとしては民に被害が出ないうちにこの場所を離れたい。民を守る、それが領主としての僕の義務だ」


 民を守ること。生活の場を整えること。彼らを富ますこと。それが領主としての義務。

 もし果たせないのであれば、その椅子から降りるべき。それがオーウェンの考えなのだろう。


 自分が魔物を全て蹴散らす、なんてウォルターが言えるはずがない。魔物の危険度も、部下の疲弊も、全て間近で見てきたのだ。

 ロブストフェルスの民を守り切れるかどうか。その問いの答えはウォルターが一番わかっている。


 だからこそ。


「今、リヴィアが頑張っている。それを待つことはできないのか?」


 ロブストフェルスに送られてきた『役立たずの巫女姫』。幸か不幸か、彼女はこの地で初めて浄化の力を見せた。

 今でこそ瘴気を浄化することはできないが、彼女が自分の意思で瘴気を浄化することができれば、あるいは――。


「そう、それが一番の問題なんだよねぇ」


 領主としての覚悟を見せていたオーウェンが、ここで初めて気の緩みを見せた。


「僕の弟を疑うわけではないけれど、僕はリヴィアちゃんが実際に瘴気を浄化する場面を見ていたわけじゃあない。実際、彼女は今も浄化の力をうまく使えないみたいだし。今回のパーティーの許可だって半分賭けだ。本当にこのパーティーが終わったあと、瘴気を浄化できるのかどうか。そして、もしできるようになったとして、その力がロブストフェルスを救うに足るかどうかはわからないんだから」


 オーウェンは疲れたように目頭を揉む。生きていて想定外の事なんてざらにある。うまくいくことよりもうまくいかないことの方が明らかに多い。


「だからこそ、僕は最悪の事態に備える」


 オーウェンが呟いた言葉には諦めの感情がこもっていた。


 それと同時に彼は顔を上げる。その目には強い意思が光り、彼の表情には笑みが浮かんでいた。


「そして、君は状況を打破するために奔走する。いっつもそうだったよね。諦めるのは僕、無茶を言い出すのは君。だから、今回の件も何かしらの確証があるんだろう? 巫女姫リヴィアがロブストフェルスを救うに値すると思う何かが」


 オーウェンの表情はどこか楽し気で、自分の弟がどんな無茶を言い、この場を振り回してくれるのかを面白がっているようにも見える。

 現実を見据えているからこその夢を、苦しい状況だからこその喜びを。それを望むような兄からの眼差しを受けて、ウォルターは口を開いた。


「巫女姫リヴィアには瘴気を浄化する力がある。それはエルシエルから来た三人の乙女たちにも確認を取っている」


 ウォルターの脳裏に浮かぶのは、領主の館にやってくる少し前のこと。盗聴の件に対する謝罪と、リヴィアの提案したパーティーへの参加を聞いた時のことだった。


 彼女たちとしたやり取りは何度かあったが、その中では聞けなかった大きな疑問がウォルターにはあった。


 それは、本当にリヴィアに浄化の力があるのかどうか、ということ。


 ウォルターは実際に彼女が瘴気を浄化するところを見ている。それについて自分自身を疑うことはない。

 けれども、ブラウイーレに疑いを向ける彼女たちが、何故こうもあっさりとリヴィアに浄化の力があることを信じているのか、それが理解できなかった。


 『浄化の乙女』同士なら、お互いに顔を合わせるだけでわかるようなものなのか。だがもし、本当にそうなのだとしたら、リヴィアがこうも役立たずとして蔑まれる理由がない。


 何故、彼女たちはリヴィアが『浄化の乙女』だと確証を持てるのか。


 その問いに対し、アデルはあっさりと答えた。


『簡単な話、リヴィア様の力が強いからよ』


 あまりにも単純で、簡潔な答え。だからこそ、逆にわからない。


 ウォルターがそう言えば、アデルは深々と溜息をついて言った。


『本当にこの国は『浄化の乙女』についてダメダメなのね。――『浄化の乙女』はこの世に現れた瞬間から、瘴気に影響を与えるのよ。それこそ、力の強い乙女は他国からでも観測できるくらいにね。『異界の乙女』が現れたとき、瘴気が一斉に払われたでしょう? あれと同じようなことをリヴィア様が生まれたあたりで我々は観測しているのよ。もちろん、『異界の乙女』ココネ様よりも弱いものではあったけれど、彼女の力は並大抵の乙女よりはずっと強いわ』


 アデルはそう言い切った。


 ウォルターはアデルがロブストフェルスの瘴気を払うところを遠くから見ていた。


 ロブストフェルスの『浄化の乙女』とは違う、独自のやり方。それでも、彼女は確かに自国の乙女たちが不可能だと言った瘴気を払ったのだ。


 そんな彼女が強いと言うリヴィアの力。その一端をウォルターは一度見ている。

 もし、あれですら、ほんの少ししか力が発揮されていなかったものだとしたら、実際のリヴィアにはどれだけの力があるのだろう。


 アデルは、リヴィアの力は『異界の乙女』よりも弱いと言っていた。

 けれど、ロブストフェルスに必要なのは、最も強い力ではない。瘴気を浄化し、民を守る力だ。


「俺は、彼女には賭ける価値があると思っている」


 ロブストフェルスを守るために。

 領民がこの地から離れなくて済むように。


 彼女が力を得て、瘴気を払えるようになれば、問題が全て解決する。そのために必要なことは全て行うべきだ。


 ウォルターの言葉を受け入れるように、オーウェンは一度目を伏せた。


「そう。……なら僕も落ち着いて結果を待とうかな。母上の言っていたとおり、もうパーティーの準備は進んでいるし、今更やめた、なんて言えないからね」


 そう言って、オーウェンは一度眼鏡の位置を直す。


「ただ、同じくロブストフェルスを守る者として君に知っておいて欲しかった。今の現状と、僕の覚悟を」

「……ああ」


 二人の会話が一段落したのを見越して、老執事が紅茶のお代わりを淹れる。それに一度口をつけたあと、オーウェンは話を切り出した。


「それで、君が聞きたいことは何だい? 騎士の補充やらの話ではないんだろう?」


 どうして彼は何も話していないのに本題をついてくるのだろう。兄の底知れなさを感じながらも、ウォルターは口を開いた。


「現在のブラウイーレ国王、リオネス陛下について」


 その名前を口にした瞬間、オーウェンの眉がピクリと上がった。

 兄のその反応に気づきながらも、ウォルターは言葉を続ける。


「『浄化の乙女』の力は、その少女の精神状態に深く関わっているらしい。リヴィアが今まで浄化の力を使えなかったのもそのせいだ。そして、それには彼女の兄、リオネス陛下が深く関わっていると俺は見ている。……兄貴は学生時代、リオネス陛下と会ったことがあるだろう? どういう人だった?」


 ウォルターの問いにオーウェンは黙り込む。それからしばらくしてようやく彼は口を開いた。


「……報告書には書かれてなかった話だね。突然でびっくりしたよ」

「正式な文書にして残すわけにはいかないだろ。リヴィアが瘴気を浄化できない原因が国王にある、なんて」

「……それもそうだね」


 オーウェンはウォルターの言葉を聞き、気分を落ち着けるように深く息を吐く。それからゆっくりと話し始めた。


「僕は確かにリオネス陛下と同じ時期に学園に通っていたし、何度か会ったこともある。けど、それほど親しかったわけじゃないよ。学年も違ったしね。ただ、それでも、何というか、あの人は……」


 そう言って、オーウェンは言葉を濁す。国王に対して言葉を選んでいるのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。

 オーウェンは言葉を探すように目線を彷徨わせ、それから躊躇いがちに呟いた。


「……恐ろしかった、というのが一番しっくりくるのかな。成績は優秀、人当たりも良くて、けれど、何というか……、近寄りがたかった。何を見ているのか、何を考えているのか、わからなくて」


 オーウェンの目はウォルターを見ていない。自分の記憶を探るように、遠いどこかを見ている。


「リオネス殿下が在学中に彼の兄が次々と倒れたんだ。確か、王太子としての経験を積んでいる最中だったと思う。それで、リオネス殿下の身辺警備も厳重になっていって、他の者は誰も近寄れなくなって……、そして、最後に倒れたのは前国王レオナード陛下だった。リオネス殿下は在学中ではあったけれど、学園を退学して王位についたんだ」


 オーウェンは口元に手を当て、過去の出来事を掘り返していく。それからオーウェンは眼鏡の奥の目をきゅっと細めた。


「僕があの方について知っていることは何もない。でも、それでも、恐ろしい方だったということは言える。あの人には感情がなかったように思えたから」

「感情がなかった……?」


 そこでようやくオーウェンは現実に戻ってきたかのように弟の顔を見た。


「何もかもが淡々としていて、兄が倒れたときも、父親が倒れたときも、何の感情も見せなかった。どこにでもあるような王位争いだと多くの人は言うけれど、自分の頭に王冠が被せられた時でさえも、彼の感情が動いているようには思えなかった」


 ふ、と疲れたようにオーウェンは溜息をつく。


「喜びも、怒りも、苦しみも、悲しみもなく、何を考えているのかわからない人。ゆえに、恐ろしい。それが僕の思う国王陛下。行動基準がわからないんだ。どう動くのか、どうして動かないのか、それがわからない」


 ウォルターはリヴィアの置かれた環境を思い出す。彼女は人との関わりも、行動も制限されていた。

 それは何故か。そのヒントすらも得られない。


「陛下の他の兄弟たちとの関わり方はどうだった? 何か、険悪そうな雰囲気だったり……」

「いや、そんな感じはしなかったな。それどころか、亡くなった五人の兄とも仲がよさそうで……。もしあの人が全員殺していたのだとしたら、どうして王位を手に入れて喜ばなかったんだろう……?」


 ウォルターの問いにオーウェンは記憶を探りながら答える。それから彼は顔を上げてウォルターを見た。


「……正直に言うと、僕はリヴィアちゃんのことを噂通りの姫君だと思っていた。ずっと城の中にいて、贅沢三昧をしている姫君。でも、実際の彼女はそうじゃなかった。もし、陛下が僕の思うような恐ろしい人で、リヴィアちゃんを虐げるような人だったとするのなら……」


 オーウェンはぽつりと呟いた。


「リヴィアちゃんは、死を願われてここに送られてきたのかもしれないね」

すみません。書き溜めのストックがなくなったので、次から更新が不定期になります。

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