36 真意
「……自分が何を言ってるのかわかってるのか、兄貴?」
突拍子もないオーウェンの言葉に、ウォルターは思わず聞き返した。
「実際にリヴィアは二度死にかけている。一度目は魔物に襲われかけて、二度目は本来自分の命を守ってくれるはずの騎士に殺されかけたんだぞ! 陛下はそれを狙ってアイツをここに送り込んだって言うのか!?」
「何も、おかしなことではないよ」
激昂するウォルターに対し、オーウェンは落ち着いた様子で語る。
「あの方は実際に王位を手に入れるために自分の兄と親を殺している。その対象が今回妹に変わっただけだろう。『浄化の乙女』として動けば魔物に襲われる確率は上がるし、役に立たなければ民の反感を買う。瘴気の濃い場所は事件や事故に見せかけて殺すにはうってつけの場所だろうね」
「理由は!?」
バンッと勢いよく机を叩いてウォルターは立ち上がる。机に置かれた書類が飛び上がり、ティーカップがカチャンと揺れた。
「自らが王位を得るために他の王族を殺す。その理由は俺にも理解はできる。だがな、何故王位に何の関係もないリヴィアを殺さなければならないんだ!? 実際あの人はもう玉座についている。リヴィアと敵対していると考えられるのは『異界の乙女』であるココネ様ぐらいだろうが、あの方だって巫女姫とは比べ物にならないくらいの地位を築いているだろう!? 何故そこからリヴィアを排除するという発想に至るんだ!?」
オーウェンはいつになく怒り狂うウォルターをじっと見つめた。オーウェンは弟の怒りにつられないように努めて冷静に振舞う。
「だから言っているだろう。僕にはあの人が何を考えているかわからない、と。もっと親しい人なら何かわかるのかもしれないけれど、僕は陛下にとってそんな人間じゃないんだ。学園時代に会ったことのある、下級生の内の一人。そんな人間が陛下の心なんてわかるわけがない」
オーウェンは波打つティーカップの水面に目線を落とした。ユラユラと揺れる水面は少しずつ落ち着いていく。
「『役立たずの巫女姫』。リヴィアちゃんが本当に噂通りの姫君だったなら、僕も多少なりとも陛下の考えがわかったんだけどね。国庫を圧迫する姫君を殺すために危険な場所に送る。それが目的なら僕も理解はできる。でも、実際の彼女はそうではなかった。自分の役目に真摯で、贅沢をすることに抵抗があるように見える。そんなリヴィアちゃんを陛下は殺そうとしている。彼女が巫女姫の役目を果たそうとしても、何もさせてもらえない。それどころか、浄化の力を使えない原因は陛下にあるときた。『浄化の乙女』の力が弱まってきているのに、巫女姫の力を削ぎ、『異界の乙女』は自分の手元に留めたまま。その間も国はどんどんと瘴気に蝕まれていっているのに。――何というか、それはまるで、」
自分の考えを整理するように、オーウェンはブツブツと呟く。やがてたどり着いた一つの結論に、彼はわずかに言い淀みながらも口にした。
「……まるで、この国全体を巻き込んで破滅しようとしているみたいだ」
オーウェンの言葉にウォルターは呆然と彼を見つめる。兄の言葉を理解するのを頭が拒む。
「……何を言ってるんだ、兄貴?」
自分の兄がどうしてそのような発想に至ったのか、ウォルターには微塵もわからなかった。
一国の王が自分の国の破滅を望む。そんなことが本当にありえるのだろうか。
自分のミスで国を滅ぼした者。贅沢に身を堕とした者。他国からの侵略で潰された者。国が亡びる理由は多種多様。
けれども、王自ら自分の国を滅ぼそうとした話など聞いたことがない。
「リオネス陛下は第六王子だった! あの方が王になるために親と兄を殺したという定説は確かに広まっているが、それは権力を求めてのことじゃないのか!? 国を亡ぼすためにあの方は王になったと、本気で兄貴はそう思っているのか!?」
弟からの強い問いかけを受け、オーウェンは手を組み静かに思考する。けれども、彼が考えを改めることはなかった。
「……他の多くの領が瘴気に対する問題を抱えている。嘆願書を出そうが、国は少しも動かない。僕は民を他の場所に移動させることを考えたけれど、瘴気の影響がさらにひどくなれば同じことを考える領主が出てきたっておかしくはないだろう。そうして民をどこかへ避難させたところで、結局は瘴気をどうにかできなければ意味がない」
オーウェンが目線を上げる。
ウォルターと同じ色をした瞳は国に対する失望に染まっていた。
「今回、僕たちはエルシエルとコンタクトを取ったね。彼女たちはわずかでも瘴気を浄化できているのだから、この問題は解決できないものではないんだろう。だったら何故、他国に頼らなければならない? どうして自国で対応できるようにしない? 解決方法があるのなら、何故?」
トントン、とオーウェンは自分の手の甲を指で叩き、それから強く握りしめた。
「何もかもがわかっている上でそれでも手を打たないのなら、それは破滅へ向かっているのとおんなじだ。あの方は愚かじゃない。国の現状もきっとわかっている。それを全て知っていて何も動かないのであれば、彼が望んでいるのはきっとこの国の破滅だろう」
ウォルターはリオネスの為人を知らない。王城で数度顔を合わせ、王と貴族の間の礼儀的なやり取りを幾度か交わしただけ。
リオネスに政治的手腕があるかどうかもウォルターにはわからない。ウォルターにわかるのは瘴気に関する事柄くらいだ。
時折黒騎士として王城に呼び出され、他の領の黒騎士との情報交換の場を設けてもらっていたのは確か。実際、彼が五年前に『異界の乙女』を呼び出した功績は讃えられていいものである。
けれど、その裏側を見れば、巫女姫であるリヴィアの力を削ぎ、他国からの支援の話を切り捨てている。
『本当にこの国は『浄化の乙女』についてダメダメなのね』
アデルの言葉が耳に蘇る。確かにウォルターは『浄化の乙女』について何も知らない。『浄化の乙女』についての情報は長らく秘匿されていた。
もしも全て仕組まれていたものだとするのなら。この国の全てを瘴気で呑みこむために、破滅させるために、彼が動いていたとするのなら。
ドサッと崩れ落ちるように、ウォルターはソファに座り込む。兄の言葉。ここ数か月で自分が知りえた情報。それらを総合すれば、何故兄がそのような結論に至ったのか理解できる。
ぐしゃりとウォルターは自分の前髪を握りつぶした。理解の及ばない考えばかりで、頭が沸騰しそうだ。
「……何のために?」
「言っているだろう? わからない、と」
答えのない問いに兄の言葉が終止符を打つ。ウォルターは深く息を吐いて、兄の顔を見た。
彼の目に浮かんだ国への失望は未だ消えていない。その理由もウォルターはわかってしまった。
「僕はロブストフェルスの民が一番大事だ。何に代えても彼らは守らなければならない。そして、彼らを守ろうとしない国に僕はいつまでも従えない。……リヴィアちゃんは死を望まれてここに来たのかもしれない、と僕は言ったね。もし、本当にリヴィアちゃんが死んでいたら、陛下はこの場所をどうしただろうね?」
もしリヴィアが死んでいたら。そうなればきっとオーウェンもウォルターも責任を問われ、よくて追放、下手をすれば死刑だ。
そうしてきっと、新たな『浄化の乙女』がこの地を訪れることはなく、静かに瘴気に呑まれてこの地は終わる。民のいない死んだ土地になる。
「もしかしたら僕たちは、リヴィアちゃんを殺すために利用されていただけなのかもしれないね。たまたまあの子が民の不興を買わずに済んで、たまたま浄化の力を目覚めさせて、それで運よく生き残った。もし、あの子が死んで、ロブストフェルスが潰れて、その先、他の領がどうなるのかは僕には想像もつかないけれど。僕らの領地を潰した後で、陛下は他の領を助けるのかな?」
オーウェンは、はは、と乾いた笑みを浮かべる。ウォルターはそんな兄からそっと目線を外した。
見ていられるものではない。すこしずつ暗くなっていく現実に呑まれていく人間など。何の希望も見えない世界で闇に沈んでいく人など。
「……ウォルター。何度も言うけれど、僕はロブストフェルスの民が一番大事だ。君も、何を一番大切にするか、考えておいてほしい」
ロブストフェルスのためならなんだってする。言外に兄の信念を感じた。
「……わかった」
兄の言葉にうなずくように目を伏せ、ウォルターは静かに席を立った。老執事のルイスに一瞬目線を向け、それから再び兄に目を向ける。
「兄貴に聞きたいことは大体聞けた。……とりあえず、今考えなきゃいけないことはパーティーの準備だろ? 兄貴も頭切り替えて、そっちを楽しみにした方がいいんじゃないか?」
ウォルターの言葉に、オーウェンは気が抜けたようにふっと笑った。
「そうだね。久しぶりだし、僕も楽しみにしておこうかな」
「ああ。……それじゃあ、俺は部屋に戻る。リヴィアの様子も気になるしな」
「うん」
ウォルターが扉に向かう後ろで、オーウェンが机に置かれた書類を片付けている。手紙を一枚拾い上げるたびに、手元に落ちる視線は失意に染まっていくようで。
下手に彼を励ましたって意味がない。彼の後のフォローはルイスに任せた方がいいだろう。
部屋から出てバタンと扉を閉めたところで、ウォルターはようやく一息ついた。リヴィアのかつての状況を少しでも知れたらいいと思って聞いたことが、とんでもない藪蛇となって出てきた。
おそらくリヴィアのストレス源となっている、彼女の兄との確執。それが簡単に解消できるものではないことがオーウェンとの会話でわかってしまった。
彼女が兄に虐げられてきた原因はおそらくもっと複雑なもので、今のウォルターが理解するには情報が全く足りない。それを調べる余裕も時間も、今のウォルターにはない。
ふー、と軽く息をついて、ウォルターは歩き出した。おそらくリヴィアが連れていかれたのは母の部屋だろう。きっと今頃リヴィアは母のクロ―ゼットの中に眠っているドレスをとっかえひっかえ着せられているに違いない。
リヴィアは人に慣れていないと母であるフランソワには伝えてあるはずだが、果たして彼女がそれを覚えているかどうか。いや、もし覚えていたとしても、そんなのは知ったことではないと猪突猛進に突き進んでいる可能性もある。
やれやれと母とリヴィアとのどこか暢気なやり取りを想像しながらも、ウォルターの足取りは重い。それは先ほどの兄との会話のせいでもあり、兄が何度も言った言葉のせいでもある。
『ロブストフェルスのために』
この名を受け継ぎ、ここの民に生かしてもらっている以上、ウォルターにもその義務がある。何に代えても、ロブストフェルスを守らなければならない、という義務が。
ウォルターの思考はオーウェンとはしなかった会話の続きに向かう。
もしも本当にリヴィアが死を願われてここに来たのなら。そして、リヴィアがここで死なずに完全に浄化の力を開花させたなら。
そうなったとき、リオネス陛下はどういった行動に出るのだろう。
死を願った相手が生き延びて、才能を開花させたのであれば、その次に彼は一体どう動く?
そして、彼の次の行動はロブストフェルスをどんなことに巻き込むのだろう。
リヴィアを守ることでロブストフェルスも守られるのであれば、それは問題ない。今までどおり、彼女を守るだけ。
けれど、リヴィアを守ることでロブストフェルスが危険に晒されるのであれば、ロブストフェルスの領主たるオーウェンはきっと――。
「……何を一番に、か」
守ることが騎士の本懐。その考えはいつまでも変わらない。問題は何を守るのか、ということだけ。
カツン、と足音が鳴り響く。
兄の言葉、ロブストフェルス、そして、巫女姫リヴィア。考えても未だ答えは出ない。
キャアー! と、突然とある部屋の前で、メイドの歓声が扉を貫通して聞こえてきた。ウォルターはハッと目を見開くが、その後に聞こえてくる姦しい話し声にすぐに力を抜いた。
いつの間にか母の部屋までたどり着いていたようだ。先ほどまで自分たちがしていたような会話とは真逆の雰囲気に、ウォルターは面食らいながらもどこかほっとする。
ゴンゴン、と騒がしさを注意するように強めにノックすれば、顔なじみのメイドがすぐに扉を開けた。
「リヴィア様ですか?」
「ああ」
廊下から中が見えないように扉のすぐ目の前には衝立が置いてある。その間から顔を覗かせたメイドは、少々お待ちください、と部屋の中に戻って行った。
盛り上がっているようなら何より。白じゃないドレスを着たいと言ったのはリヴィアだ。大した代物はないだろうが、それでもドレスの色を選ぶという経験ができたのはいいことだろう。
「あ、えっと、……ウォル、ター?」
メイドの次にひょこりと顔をのぞかせたのはリヴィアだった。いつも通りさらりと揺れる金髪と、普段通りの騎士の制服。
「……ドレスに着替えたんじゃないのか?」
「あ、えっと、うん。フランソワさんの方が少し大きいからサイズが合わなくて。今日は体に重ねて雰囲気だけを見て、明日ちゃんと正式に手直ししてもらうの」
ウォルターの顔を見て、リヴィアは少しだけ気を抜いたように笑う。やはり知らない人間に囲まれて、緊張していたのかもしれない。
「そうか。……ちなみに、今、時間はあるか?」
「え? ……えっと、たぶん大丈夫。ドレスもこれがいいねって選び終えたし、えっと、あとはマナーとかダンスの練習とかだけど……」
ちらりとリヴィアが部屋の中を振り返ると、フランソワの鋭い視線が二人の方に向けられている。
「お袋、いいか?」
ウォルターが臆さずに伺えば、フランソワは呆れたように溜息をついた。
「好きになさい。その代わり、明日明後日と厳しく指導させてもらいますよ」
「……、はい!」
フランソワの許可を受け、リヴィアは勢いよく返事をする。そのままリヴィアはウォルターの方に向き直った。
「えと……、それで? 何か大事なお話?」
リヴィアの問いに、ウォルターは、いや、と首を横に振る。
「ロブストフェルスの町に行こうと思ってな。お前も一緒に行かないか?」




