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33 領主の屋敷へ

「それじゃあ、しばらく任せた」

「い、行ってきます」


 ロブストフェルスの館を出るリヴィアとウォルターの見送りに来てくれたのは、エレナとアデルたち。


 あの話をしてから一週間後、リヴィアたちはロブストフェルスの領主の屋敷へと向かう。エレナとヒューロットはお留守番。アデルたちエルシエルの三人は二日後に領主の屋敷に来ることになっている。


 リヴィアの乗る馬車にはマーサの手によって荷物が詰まれており、すぐにでも出発できる状態。


 そんな状況で、リヴィアはエレナやエルシエルの皆と名残惜しく別れの挨拶をしていた。


「私もリヴィア様のドレス姿見たかったぁー」

「ご、ごめんね、エレナ。人員の都合で、どうしても難しいんだって。また今度、機会があったら、ね?」


 リヴィアがエレナを慰めている隣で、アデルが自慢げに胸を張っている。


「わたくしたちは見れるもの。ね、リヴィア様。パーティーではぜひ一緒に踊りましょうね?」

「ずるい!」


 きゃいのきゃいのとエレナとアデルが騒ぐ隣で、ジャッドが不思議そうな顔をして周囲を見渡す。


「あの子は見送りに来てないの? あの、魔導士の子」

「ああ、ヒューロットの事か? アイツは来てない。意外とドライなところがあるし、今日はアイツが苦手としている人がいるからな」


 ジャッドの疑問にウォルターが答えた瞬間、その人物の声が館の前で響いた。


「ほらほら、どいてください! まだ馬車に積まなきゃならない荷物を私は持っているんですから!」


 全てを弾き飛ばしかねないマーサの勢いに、ひゃっ、とセルシュが声を上げる。


 マーサは手に持っていたブランケットや温石やケープを馬車に放りこむと、バッとリヴィアの方を振り返る。


「お嬢様! あんまり用もなく外の空気に触れているとまた倒られますよ! 早く馬車に乗っていただかないと!」

「う、うん」


 キッ、と眦を上げたマーサに、リヴィアはすぐに頷いた。

 マーサはまだリヴィアが寝込んでいたときのことを忘れていないのだ。外の世界は穢れていて、リヴィアが長く外に出れば倒れると思っている。


 確かに他の皆から忠告されるくらいにリヴィアは瘴気の影響を受けやすいが、外に出たくらいですぐに倒れるほどでもない。その辺りに詳しいウォルターやヒューロット、アデルたちもリヴィアにちゃんと気を遣ってくれている。


 だから、あまりマーサが心配するようなことはないのだが、相変わらず彼女はロブストフェルスのことを信用していないらしい。


「まあ、彼女の言う通りだな。あまり立ち話もなんだし、そろそろ出立した方がいいだろう」


 ウォルターの言葉にリヴィアは賛同するように頷いた。

 彼はそれを確認して、エレナに視線を向ける。


「それじゃあ。俺のいない間、大事のないように」

「はい。留守はお任せください! リヴィア様もお帰りをお待ちしております」

「わたくしたちは少しでも瘴気を浄化しておくわね」


 頭を下げるエレナとひらひらと手を振るアデルたちに手を振り返して、リヴィアはウォルターとともに馬車に向かう。


 リヴィアはマーサを連れ立って馬車に乗り込むと、窓からロブストフェルスの館を見た。その前に立つエレナとアデルたちがまだ手を振っている。


 初めてここに来た時にはこうやって見送られて帰りを待たれるようになるとは思ってもみなかった。

 リヴィアがもう一度手を振り返すのとほぼ同時に、馬車は領主の館に向かって走り出した。



   ♢♦♢♦♢♦



 リヴィアとマーサは馬車。ウォルターは馬に乗って移動している。窓の外をちらりと覗けば、馬車と並走するウォルターのマントが翻っているのが見える。


 ウォルターも馬車に乗ればいいとリヴィアは提案したが、彼はそれを拒否した。マーサとリヴィアの三人で乗るのが気まずいのと、誰か一人くらい外の様子を見れる人がいた方がいい、という理由かららしい。


 リヴィアが窓の外から車内に目を戻すと、どこかご機嫌そうなマーサの姿が目に入る。


「これでやーっとお嬢様が危険な場所から離れることができましたね。ええ、ええ。とても良いことでございます」


 上機嫌にうんうんと頷くマーサに、リヴィアは少し困ったように告げる。


「えっと……、危険な場所から離れるっていうけど、ほんの数日程度だよ? 今日、領主様のお屋敷まで行って挨拶をして、明日パーティーについて軽く話をして、明後日の夜にパーティーだし。それが全部終わったら、あそこに戻るんだよ?」

「ええ。存じ上げております。けれどもね、マーサはお嬢様が少しでもあの危ない場所から離れられるのならそれで良いのです。数日程度なんて、知ったこっちゃありません」


 そう言い切るマーサを見て、リヴィアは少しだけ肩を落とした。彼女はいつまでも変わらない。それにどこか安堵していた時もあったのに、今は他の皆と仲良くできないのだろうか、と思ってしまう。


 マーサから目を逸らし再び外を見れば、ロブストフェルスの深い森が視界に入る。ここに来た時には何にも知らなかったのに、今のリヴィアにはあの森で経験した様々なことが心の内にある。


 瘴気について知った。魔物について知った。浄化の乙女について知った。

 色んな人と出会って、色んな人と話して、――そして何より、彼と再会した。


 そうして得たものはほんの少しの燻りと胸の高鳴り。

 不出来な自分に対する心のざわめきと、そんな自分だからこそ新しい何かを得られるのだという探求心。


 表裏一体のそれが、少しだけリヴィアを困らせる。


 暗く、深く、瘴気の蔓延るロブストフェルスの森。あそこで今日もロブストフェルスの騎士たちは見回りをし、魔物が出たら戦い、リヴィアの代わりにアデルたちが少しでも瘴気を浄化してくれている。


 リヴィアがパーティーをやりたいなどと戯言を抜かした後でも。


 そんな自分に呆れたリヴィアが溜息をつく前に、アデルは先手を打った。


『リヴィア様は素直にパーティーを楽しみにしていればいいのよ。わたくしたちを誰かの幸せを願えない女にしないでね?』


 彼女からそう言われてしまえば、リヴィアは何も言い返せない。リヴィアはただ微笑んで、先に領主の屋敷で待ってるとしか言えなかった。


 何にもできないくせに欲望だけは一人前にある。そして、それを皆が許してくれる。


 喜んでいいのか、悪いのか。よくわからないままに、リヴィアはゴツン、と馬車の窓に頭をぶつけた。そんなことをしても馬車が止まるわけもなく、ガラゴロと車輪は転がり、ロブストフェルスの領主の屋敷へと向かっていった。



   ♢♦♢♦♢♦



 馬車はしばらく進み、やがてたどり着いたのはここに来るときに通り過ぎた小さな町だった。そこからさらに奥、町の東の方にロブストフェルスの領主の屋敷は静かに佇んでいる。


 賑やかで活気があるわけではない。けれども、重苦しく沈んでいるわけでもない。どこか落ち着いた雰囲気の屋敷の前で馬車は止まる。


「降りれるか?」

「うん」


 先に馬から降りていたウォルターが馬車の扉を開き、手を差し出してくれる。その手を取って、リヴィアはストンと馬車から降りた。


「ご到着をお待ちしておりました」


 そう言って、屋敷の玄関前で深々と頭を下げてくれたのは老執事と年配のメイドが一人。ああ、とウォルターが答えるのと同時に二人は顔を上げる。


 片眼鏡(モノクル)をかけた老執事の顔には深いしわが刻まれており、年配のメイドはどこか朗らかな雰囲気を纏っていた。


「旦那様がお待ちです。お嬢様のお荷物はこのメイドのアンネに運ばせますが、よろしいですかな?」

「ああ。それで構わない、よな?」

「えっ、あ、えっと……、うん。……えっと、マーサは?」


 くるりとリヴィアが馬車を振り返ると、マーサはリヴィアの荷物を馬車から下している真っ最中。マーサはリヴィアがこちらを見ていることに気づくと、何かを心得たようにぐっと手を握りしめた。


「ご安心ください! リヴィア様のお荷物はこのマーサがしっかりと責任をもって管理いたしますので!」


 その言い方はまるでこの屋敷の者を疑っているかのよう。サッと顔を青ざめさせたリヴィアに対し、アンネと呼ばれた年配のメイドはふくふくと笑った。


「ああ。お噂に聞いていた通りですねぇ。大丈夫ですよ。お荷物をお運びするお手伝いとともに、キチンとお部屋にご案内いたしますので」


 そう言って、アンネはリヴィアたちに一礼すると、警戒するマーサのところへと向かった。

 本当に大丈夫なのだろうか、と二人の様子を見守るリヴィアに、老執事が声をかける。


「後のことはアンネに任せて、我々は旦那様の元へ。明後日のパーティーの段取りを話し合われるのでしょう?」

「ああ、そうだな。行こう」

「え、あ、うん」


 リヴィアの荷物を前に何やら言い合う二人を不安そうに見ながらも、リヴィアは屋敷の扉を開ける老執事の後をついていった。



   ♢♦♢♦♢♦



 屋敷の中の少し古びたカーペットの上をリヴィアはウォルターと二人、老執事の背を追って歩く。しん、とどこか静かな沈黙が耐えられなくて、リヴィアはぽつりと言葉を零した。


「あの、先ほどアンネさんが『噂に聞いていた』とおっしゃっていましたけど、それはどういう意味なのでしょう?」


 リヴィアの問いに老執事は一瞬視線を後ろに向けたが、すぐに前に戻して歩き続ける。


「坊ちゃまからお聞きしていませんか? 我々は定期的に瘴気の森からの報告書を受け取っているのです」


 瘴気の森からの報告書。その言葉を聞けば、リヴィアにもすぐに理解できる。巫女姫のこと、魔物が出たときのこと、瘴気の森での出来事について、詳細に書かれたあの報告書がここに届けられているのだろう。


 ただ、とリヴィアは首を傾げた。坊ちゃまとは誰のことだろう、と。


 そんなリヴィアの隣で、ウォルターが苦々しく口を開く。


「……ルイス、いい加減『坊ちゃま』は止めてくれないか? 俺がいくつだと思ってるんだ」

「確か、二十四だと記憶しておりますが? ウォルター坊ちゃま」


 振り返りもせず淡々とした執事の答えに、ウォルターは呆れたように溜息をつく。


 ウォルター坊ちゃま。騎士たちからは隊長と呼ばれて頼りにされている彼が、ここでは『坊ちゃま』。


 意外な一面を見た気がして、リヴィアは思わずウォルターを見上げる。彼は少しだけ気まずそうな顔をして、さっとリヴィアから視線を逸らした。


「報告書に関しましては、お嬢様がパーティーをなさりたいとお伺いしていたので、皆様方の好物や為人を把握するために活用させていただきました。それ以外の情報については旦那様が統制なさっていますが、ご不快に思われたのであれば申し訳ございません」


 老執事はピタリと足を止め、リヴィアに深々と頭を下げる。

 それに対して、リヴィアも慌てたように頭を下げ返した。


「い、いえ。不快に思っていたわけではないので。……あの、私のわがままに付き合っていただいて、ありがとうございます」


 リヴィアが顔を上げれば、老執事の青色の目と目が合う。後ろにきっちりと撫でつけられた真っ白な頭とどこか厳しい雰囲気の目線にリヴィアの体は一瞬硬直する。


 が、老執事はすぐにその厳しい雰囲気を緩めた。


「坊ちゃまから聞いていた通りのお方ですな」


 それだけを言うと老執事はリヴィアに背を向け、再び歩き出した。


 唖然としているリヴィアの背を、行こう、とウォルターが軽く押す。それにはっと我に帰ったようにリヴィアも歩き出す。


 老執事は二人の前を歩き、やがてとある部屋の前で足を止めた。ノックの後に入室の許可が聞こえ、執事が扉を開ける。


 そこにいたのは柔らかい雰囲気を纏った黒髪の男性。眼鏡をかけているため、正確な年齢はわからないが、おそらく三十代くらいだろうか。


「ようこそおいでくださいました、巫女姫リヴィア様」


 おそらくこの屋敷の主人であるロブストフェルスの領主が頭を下げる。

 そして、彼は顔を挙げると、リヴィアとウォルターを見てふんわりと笑った。


「それと。おかえり、ウォルター」

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