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28 エルシエルの忠告

 応接間はどこか妙な雰囲気に満ちていた。


 今まで敵意を見せていたアデルは突然話をしようと言い出し、ウォルターはそんな彼女を警戒している。クルクルと移り変わる空気に、リヴィアはどこかついていけない。


 だがそれでも、置いていかれるわけにはいかないのだ。アデルが言ったエルシエルの忠告が何かわからないし、『浄化の乙女』についても聞かねばならない。


 アデルはリヴィアに『合格』を出したのだ。少なくとも、今の彼女はリヴィアに対し、悪い感情は持っていないだろう。


 ピリ、と再び緊張感が満ちる応接間で、アデルが口を開く。


「我々エルシエルはブラウエルドに対し、再三の忠告を行ってきました。さて、それはどういった忠告で、どういった理由からでしょう?」


 アデルはニッと笑って、リヴィアに問いかけた。

 彼女は先ほどまじめにと言ったけれども、出された問いはあまりにも唐突で漠然としている。


 知らない、わからない、と答えるのは簡単だが、きっとアデルが望む答えはこれではない。リヴィアは少し考えて、自分でもあまりにお粗末だと思う答えを回答した。


「瘴気について、でしょうか……?」


 アデルが赤い目をわずかに細めるだけ。不完全な回答だということはリヴィアにもわかっているが、アデルの問いの答えを導き出せるだけの知識をリヴィアは持っていない。


 アデルの視線がウォルターに移る。あなたの回答は? と問うような視線に、ウォルターは静かに口を開いた。


「エルシエルとブラウエルドは隣り合っている。ロブストフェルスから瘴気の森を挟んだ向こう側はもうエルシエルだ。ロブストフェルス側の瘴気が濃くなれば濃くなるほど、エルシエル側にも被害が出るのではないか、という話は以前から上がっていた」

「正解、正解、大正解!」


 パチパチパチ、とアデルは楽しそうに手を叩く。

 だが、そんな彼女とは対照的に、ウォルターは少しも笑みを浮かべず、わずかに眉をひそめた。


 リヴィアもそんなアデルのテンションについていけていない。

 それも当然だ。自国の瘴気が浄化できないせいで他国に迷惑をかけていたと知れば、そして、その他国の人間が目の前にいてそれを責めているのであれば、平静を保っていられる人などそうそういないだろう。


 そんなお互いの温度差に気づいているのかいないのか、アデルはまだ楽しそうに笑みを浮かべている。


「さすがはロブストフェルスを預かる騎士様、といったところかしら。大変よくわかっていらっしゃる。――ええ、おっしゃる通り。我々エルシエルはなかなか浄化されないロブストフェルスの瘴気の影響を大きく受けております。村に忍び寄る瘴気、汚染されていく土地、そして襲い来る魔物。それら全てがブラウエルドとエルシエルの間にある森から現れる」


 そこでアデルは言葉を切り、初めてその赤い瞳に憂いの感情を滲ませた。


 アデルが見せた最初に見せた敵意、つまるところの怒りはきっとそこから来ている。エルシエル側でどれだけ浄化を頑張ろうとも、ブラウエルド側の瘴気が浄化されなければ被害は収まらないのだから。


「ゆえに、我々はブラウエルドに忠告を出しました。溢れ出る瘴気に対し何か対策を取っているのか、もし、何も対策が取れていないのであれば我々が手を貸すことも厭わない、と。瘴気がもとに戻り始めた、二、三年ほど前だったかしら? けれども、我々が送った忠告には何の返事も返ってきませんでした。――そして、それはあなたもよ、リヴィア様」


 アデルの赤い目がリヴィアを捉える。リヴィアはびくりとして動きを止めた。


「……え?」

「我々エルシエルが手紙を送ったのは、ブラウエルドの国王陛下、聖教団、『異界の乙女』であるココネ様、そして、巫女姫であるリヴィア様。つまり、あなたにも送られているの」


 リヴィアにも、そういった手紙を送った。

 その言葉にリヴィアの思考は固まる。


 一瞬の硬直ののち、リヴィアは慌ててアデルに弁明した。


「……。そ、そんなものは、私の手元には……!」

「届いていなかったのでしょう? あなたの語ったこの国での扱いからするに、どこかで捨てられてたんじゃないかしら?」


 捨てられていた。隣国からの手紙が。


 愕然と、呆然と、リヴィアの瞳が動揺で揺れる。

 そんなことは本来であればありえない。隣国からの手紙は最重要書類だ。

 それに、手紙の内容は瘴気の浄化について。エルシエルの国民や土地に影響が出ているのに、エルシエルの王族がそれに関与していないわけがない。


 他国の王族が自国の王族に宛てた手紙を、勝手に捨てる。

 普通に考えて、ありえない。


 けれど、ありえない、なんて言えるわけがない。だって全てアデルの言う通りだ。

 あの兄が、聖教団が、リヴィア宛の手紙を握りつぶすだなんて、そんなこと。


 どう考えたって、ありえてしまう。


 自然とリヴィアの目線は下に下にと下がる。開いた口は塞がらないのに、言葉は何も出てこない。


「だから、今回リヴィア様からのご招待の話を聞いた時は本当に驚いたわ。今まで散々わたくしたちの話を無視しておいて、『浄化の乙女』の話がしたいだなんてどこまで身勝手なのかしら、ってね」


 アデルは紅茶の入ったティーカップに口をつける。いつの間にか紅茶は冷え切ってしまっていたようで、アデルは少しだけ眉根を寄せた。


 わずかな沈黙。赤い瞳に映るブラウエルドへの失望。それはどこかあの日の再来のよう。


 兄たちのせいだ、と言うのは簡単だ。自分には関係ない、と言い訳くらいできる。

 けれど、それはアデルたちにも関係のない話だ。彼女たちからすれば、リヴィアも等しく失望するに値する。


 カタ、と震えそうになる手をリヴィアは必死で抑える。こんなところで怯えて震えているわけにはいかない。


 なのに、どうしてだろう。

 あの日のことを強く思い出してしまう。


 何もできないのに、表に出てくるなと言われているようで。五年前のココネから言われた言葉にどこか似ているようで。


 あの失望を覆せるだけの何かを、リヴィアはまだ持たない。


 何かを言い返さなければ、と頭の中では思うのに、思考は冷たく凍り付いていく。お腹の底に重たい何かが溜まっていく。


 それでも、何か。

 何かを言わなければ、何も変わらない。


「では、」


 口を開いたのはリヴィアではなかった。

 低く、はっきりとした声がこの沈黙を打ち切った。


「あなたは何故、リヴィア様の招待を受けたのですか?」


 リヴィアの隣に座るウォルターが三人の少女をまっすぐに見つめて問う。


「あなた方は何故、ここロブストフェルスへやってきたのでしょう?」


 毅然とした態度。芯が通った、堂々とした声。彼の揺るがない姿勢がリヴィアの心を立て直す。


 震えそうになる手を握りしめて、リヴィアは顔を上げる。


 そうだ。まだ話は終わっていない。

 ブラウエルドに不信感を抱いているのなら何故アデルたちはここに来たのか、そして、リヴィアを指導してくれるかどうかの答えはまだ何も聞いていないのだから。


 リヴィアが顔を上げたのを見て、アデルは嬉しそうにニコリと微笑む。

 そして、彼女は答えた。


「エルシエルのため」


 カチャン、と彼女はティーカップを置く。


「わたくしの故郷のため、家族のため、民のために。できることがあるのなら、何でもやりたいと思うのは普通ではなくて?」


 まるで揶揄うように、楽し気に目を細めて彼女は笑う。


「リヴィア様、あなたがわたくしと同じ考えを持っているようで嬉しいわ」


 クスクスと笑う彼女は、今までの危うげな雰囲気も、こちらに対する敵対心も、ブラウエルドへの失望もなく、まるでただの年相応の少女のようで。


 その笑みと緩んだ空気に、リヴィアは毒気を抜かれる。


「つまり?」


 リヴィアとは違い、まだ気を張っているウォルターの問いにアデルは答える。


「リヴィア様が瘴気を浄化できるように、ご助力いたしましょう」

「……僕は最初からそのつもりだったけどね」

「え、あっ、……私はお二人にどこまでもついていくので……。え、へへ、あはは……」


 アデルの答えを茶化すように言うジャッドと、リヴィアと同じく緊迫した空気についていけなかったセルシュの愛想笑い。


 それを見て、リヴィアの体からずるりと力が抜けた。ぷっつりと切れた緊張の糸。冷え切った空気は霧散し、どこか気の抜けたような雰囲気が漂う。


 はぁー、と間の抜けたような溜息が思わずリヴィアの口から零れた。だが、その溜息は想定外に響いていたようで、全員の目線が一斉にリヴィアに刺さる。


「え、あ、その……。ごめんなさい!」


 慌てて口を押えて謝ったが、その謝罪でさえも失言だと気づいたのはもう口から出た後。


 完全に気が抜けていた。思わず素が出ていた。これをエルシエルの三人はどう思ったのだろうか。


 冷や汗をかきながらリヴィアがアデルを見ると、彼女は先ほどとは打って変わって朗らかな笑顔を見せる。


「そちらが素だったのね。これから色々と教えていくのだから、とっつきやすそうでよかったわ」


 コロコロと笑う彼女は素のリヴィアを見ても、失望した様子はない。もしかしたら、今までの態度が全部頑張って作っていたものだと見抜かれていたのだろうか。


 妙な気恥ずかしさを覚えて、リヴィアは少し頬を染める。


 だが、ウォルターはまだ納得がいっていない部分があるようで、未だアデルたちを警戒した様子を見せていた。


「そちらも、最初からそのような態度で来てもらえれば助かったんだがな」


 ぽつりとあてこするように言うウォルターに、当然でしょう、とアデルは言い返す。


「だって、リヴィア様がどのような方かわからなかったんだもの。『役立たずの巫女姫』の名はエルシエルでも有名ですし、リヴィア様の情報がなーんにも入ってこないんだもの。手紙のお返事だって返ってこないのに、突然の招待なんて警戒するのが当たり前じゃない」


 やっぱり、リヴィアの噂など知らないと言うのは嘘だったか。

 どこか妙に納得しながら、リヴィアは取り繕うのを止めたアデルの話を聞いている。


 それに、とアデルが続ける。


「リヴィア様が誰かの傀儡である可能性もあった。リヴィア様の名を騙って、我々をおびき出す罠かもしれなかった。どういう方かを知るためにリヴィア様に色々と試したのは確かだけれど、何も考えずにあなた方を信頼できるほどわたくしたちも愚かではないわ」


 アデルたちは護衛の騎士を連れてきていない。アデルたちは何度もブラウエルドに蔑ろにされながらも、自分たちの身に危険がある可能性があろうとも、ここロブストフェルスへ、リヴィアの招待を受けてやってきてくれた。


「……あの、本当に、ありがとうございます」

「ええ。本当によかった。リヴィア様がちゃんと自我のある方で。お人形さんだったらどうしようかと」


 リヴィアが頭を下げれば、アデルは安堵したように笑った。


「……もし、我々があなたの言うように、あなた方を奴隷として使うために呼び出していたのであったら、どうしていた?」


 リヴィアが思わずウォルターを見る。

 中々残酷なウォルターの問いに、アデルは平然と返した。


「その時は三人まとめて死ぬだけよ」

「そ、そんなことに私たちを巻き込まないでくださいぃ……」


 あまりにも潔いアデルの回答に、セルシュが怯えながらも咎める。ジャッドは呆れたように溜息をつくだけ。


 その回答に納得したのかどうか、ウォルターも軽く息をついた。


「あなた方の警護のために三人の騎士をつける。あまり下手な場所にはいかないように。あなた方の泊まる部屋にはその騎士が案内する。他にも何か要望があれば、その騎士か私に伝えてくれればいい」

「あら、ウォルター様も認めてくださるのね?」

「リヴィア様が助力を願い、あなた方は是と答えた。私から言うことはもう何もない」


 じっとアデルとウォルターは見つめあう。お互いが他に何か隠してないか、探り合うような心理戦。けれど、アデルは途中でそれが無意味だと思ったのか、静かに目を逸らした。


「ま、こういうのは別に明日からでもいいものね。……と、いうわけで、今日はもうお開きということでよろしいかしら?」

「ああ、そうだな」


 ウォルターがちらりと三人の少女たちの後ろにいる騎士に目をやると、彼らは全てを理解したように三人の少女たちを部屋から出るように促す。


 アデルが立ち、ジャッドとセルシュも立ち上がった。

 バイバイ、とアデルがリヴィアに手を振る。そのまま流れるように部屋の外に出ていく三人をリヴィアは呆然としながら見送った。


 三人の少女と一緒に、他の騎士も部屋から出ていく。後に残ったのは、ウォルターとリヴィア、エレナとヒューロットのみ。


 人が少なくなったせいか、応接間がやけに静かだ。


 この部屋に残っているのが自分といつもの三人だけだということに気づいた瞬間、リヴィアの体の力がぐたっと抜けた。


「……つ、疲れた」

「お疲れさん」

「お疲れ様です、リヴィア様」


 リヴィアは机に手をつこうとしたが、力がうまく入らず、そのまま突っ伏してしまう。色々と考え込んだせいか、頭が熱っぽく、ひんやりとした机が気持ちいい。


 軽く首を捻ってウォルターを見上げれば、上まできっちりと留められていた上着の首元を緩め、深々と溜息をついている。


「案外すんなりと招待を受けたなと思ったら、なかなか厄介な奴だったな。まあ、おそらく後半の言葉は信じてもいいと思うが」

「うん。……でも、たぶん、アデル様が言ったことは全部本心だと思う。ブラウエルドを訝しんでるのも、瘴気に対して何の対策も打たないことに失望してるのも、全部」


 くたん、と突っ伏した体と同じように、心も一緒に沈みこんでいくようだ。アデルの赤い瞳に浮かんだ感情。そこにある敵意も、失望も、全て本物だった。


 はぁ、と溜息をつくリヴィアを慰めるようにウォルターが言う。


「アデル嬢の言うことだが、そんなに気にするな」

「でも……」

「彼女の言葉は確かに本心だろうが、あれには煽りも入ってる」

「煽り……?」


 核心をついたように言うウォルターの言葉をリヴィアは聞き返す。


「こちらの感情を煽って、本心を見抜こうとしてたんだよ。図星なら多少の動揺が出るし、相手の抱く感情が見えやすくなるからな。彼女が最初に言った、こちらは平民だから云々、という言葉も、身分を盾に脅す相手かどうかを確かめるためだろうし、お前を散々へこませたのもビビッて黙る奴かどうかを見極めていたんだろう。傀儡だの、お人形だのと好き放題言ってたからな」


 アデルの言葉を思い出し、リヴィアはきゅっと口を軽く結ぶ。


 確かに、リヴィアの感情は大きく煽られた。嫌なことを思い出したし、失望されたときの恐怖が蘇ったりもした。

 今こうして知恵熱のようなものが出ているのも、アデルの言葉に大きく感情を揺さぶられたからだろう。


「へこまされたの、気付いてた?」

「そりゃあ、気付くに決まってる。何のために隣にいると思ってる?」


 当たり前だ、というようなウォルターの言葉に、リヴィアの唇がふっと綻ぶ。


「ありがとう、レイ」


 ウォルターが出した三つ目の条件。他国の『浄化の乙女』をリヴィアの指導者として呼ぶこと。


 それが上手くいくかどうかはリヴィアにはわからなかったし、彼女たちが本当に引き受けてくれるかどうかもわからなかった。


 アデルの言った通り、自国の問題は自国で解決するべきだ。本来であれば、他国を、エルシエルを巻き込むべきではない。


 それに加えて、エルシエルはブラウエルドのせいで被害を受けている。

 彼女たちがブラウエルドを、『役立たずの巫女姫』であるリヴィアを非難したことは何もおかしくはないのだ。


 だから、アデルの言葉は全部、リヴィアが受け止めなければならなかった。それがちゃんとできていたのかどうかは、リヴィアが一番わかっている。


「私一人じゃ、多分、ダメだった」


 アデルとの会話の途中、ウォルターの存在に助けられたときのことをリヴィアは思い出す。リヴィアが言葉に詰まったとき、助けてくれたのはいつも彼だ。


「……ああ。ただ、お前をトップに据えたのは正解だった。お前がちゃんと意志を持ってアデルと話したから、彼女もそれに応えたんだろう」

「そうかな?」

「そうだよ」


 初めて、巫女姫として他国からの客人を迎えた。しかも相手は平民で、その来訪は非公式。

 礼儀作法やら話の進め方やら、何が正しかったのかもわからない。


 それでも、アデルたちはリヴィアに瘴気の浄化について教えてくれると言っていた。

 一歩だけでも前に進めたのだ。


「お疲れ。よく頑張った」

「うん……」


 うつら、と眠気が襲ってくる。ひどく気疲れする会合だった。まだまだ考えなければならないことはあるが、今は頭が働かない。


「結局、どうやって瘴気を浄化するかについては話さなかったね」

「それはまた明日からだろう。おそらく、今回彼女たちがしたかったのはお互いの意思の確認だ。こちらの意識が甘ければ、教える気はなかったんだろうな」


 ヒューロットとウォルターが話している。その話がまた眠気を誘う。


「おい、リヴィア。ここで寝るな」

「うん。……頑張って部屋まで戻る」


 そう言ってリヴィアはゆっくりと体を起こしたが、何だか体がゆらゆらと揺れている。

 先ほどから頭が痛み始めた。緊張が完全に緩んだせいだろうか。


 ポンポン、とエレナがリヴィアの肩を叩く。


「リヴィア様、大丈夫ですか?」

「うん……」


 疲れていても、こんなところで寝るわけにはいかない。今のリヴィアはドレスを着ていて、ここは応接間だ。

 ここにいる三人がどれだけ気安い仲であろうと、流石にそんなところは見せられない。


 リヴィアの気のない返事を聞いて、誰かがため息をつく。


「少しいいか?」


 その低い声と共に、リヴィアの背中と膝の裏に腕が回される。ふわりと軽く感じた浮遊感に、リヴィアは慌てて側にあるものにしがみついた。


 ギュッとしがみついたものは温かくてどこか固い。黒い上着のしっかりとした生地と、それに包まれる太い首。その付近でチラチラと揺れる黒い髪。

 間近で合う黒い瞳に、リヴィアの眠気は一気に覚めた。


「あ、わ、わ、わ……!」

「あんまり暴れるな。エレナ、扉を開けてくれ」

「え、あ、はい! わかりました」


 リヴィアが暴れても、ウォルターは平然と歩いていく。エレナはリヴィアを助けてくれることもなく、ウォルターの指示に従って扉を開ける。


「わ、私、自分で部屋に戻れるよ!」

「嘘つけ。フラフラしてただろ」

「め、目は、もう覚めたから」

「それはよかったな。部屋まででいいか?」


 リヴィアの言葉にウォルターは平然と返しながら、館の廊下を進む。

 エレナはリヴィアについてきているが、ヒューロットはいない。応接間に残っているのだろうか。


 コツコツと緩やかに上下に揺れるこの感覚は、ロブストフェルスの北の森で背負ってもらったときと似ている。あの時は眠気が襲ってきたが、今はそんなものは全部吹っ飛んだ。


 リヴィアはウォルターの首に手を回しながらも、恐る恐る問いかける。


「……レイも、疲れてるんじゃないの?」

「お前ほどじゃない。いいから、甘えてろ」


 ドクン、と心臓が跳ねる。心臓が早鐘を打つ。たしか、五年前にレイに城から連れ出してもらったときも、こんな感覚に襲われた。


「う、うん……」


 ウォルターの言葉に、リヴィアは彼の上着をぎゅっと握りしめた。

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