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27 会合

「……まずは、我々の招待に応じてくださり、誠に感謝いたします。私は、リヴィア・フィリグランツ・ブラウイーレ。ここ、ブラウエルド国の王女であり、当代の巫女姫です」

「私はウォルター・レイビス・ロブストフェルスと申します」


 彼女たちの礼に応じるようにリヴィアも挨拶をし、それに続いてウォルターも頭を下げる。


 今回、彼女たちを招待するに当たって、リヴィアはロブストフェルスの名ではなく、自分の名を使った。


 彼女たちを招待したいと言ったのはリヴィアなのだからそれが当然なのだろうし、他国の一地方の領主の名を使うよりも巫女姫の名を使った方が相手側の信用からの信用を得られやすいだろう、という理由だ。


 もちろん、権限の問題もある。一地方の領主が身勝手にも他国へ要請を出すことは許されないが、同じ『浄化の乙女』であり、王族でもあるリヴィアが招待することは、書類上何もおかしくはない。


 たとえ、リヴィアが役立たずと呼ばれていようが、この国の国王から疎まれていようが、リヴィアがこの国の巫女姫であることに何も変わりはないのだ。


 それにもしも何かあったとしても、責任の所在は全てリヴィアにある。今回の招待で何かしら咎められた時、最も重い罪を負うのはリヴィアだ。


 ウォルターは少し渋い顔をしたが、リヴィアはそれで構わなかった。

 自分がやりたいと言ったことで、リヴィアに何の責任もないと言われたくはない。


 ゆえに、今回の主催者はリヴィアであり、招いた側のトップもリヴィアだ。ウォルターはそれを手伝ってくれるだけであり、話を進めていくのもリヴィアが主体となる。


 その意図を彼女たちもわかっているのだろう。赤いドレスの少女が真っ先に挨拶をしたのは、ウォルターではなく、リヴィアだった。


 赤いドレスの少女は、リヴィアとウォルターから挨拶を受け、ニコリと微笑む。


「わたくしは隣国、エルシエルより参りました。聖女、こちらでいうところの『浄化の乙女』として各地を回っております、アデル・リストと申します」

「ジャッド・ロシェット」

「あ、……セルシュ・ロージュ、と申します」


 赤いドレスの少女――、アデルに続き、少年のような格好をした少女がジャッド、白灰の髪を三つ編みにした少女がセルシュ、と、自身の名を名乗る。


 一通りの礼儀はできているアデルに対し、ジャッドはどこかぶっきらぼうで、セルシュはオドオドとしている。

 そのことを弁明するように、アデルは顔に笑みを貼り付けながら二人を庇うように言った。


「申し訳ありません。とうにご存じかもしれませんが、我々は平民なのです。多少の無礼があってもお許しくださいますか?」


 口では申し訳ないと言いながら、アデルの態度にはその様子が表れていない。彼女の視線から感じるのは、僅かな敵意と、こちらを見極めようとする意志。


 その視線を受けて、リヴィアは一度瞬きを返した。


「無理を言ってお呼びしたのはこちらです。どうぞ、楽になさってください。今回の招待は内密のものとなっておりますので、無礼講で構いません」

「あら、そう?」

「はい」


 リヴィアが許せば、アデルもすぐに口調を崩す。ウォルターの方から何か言いたげな視線を感じたが、リヴィアは気づかないふりをした。


「ひとまず、あちらのソファにおかけください。今回の招待の理由についてお話しいたします」


 そう言ってリヴィアが手をかざして促せば、三人の少女は順にソファに座った。彼女たちに続くようにリヴィアとウォルターもソファに座る。


 全員の前に紅茶が置かれ、リヴィアはそれに口をつけたあと、三人に目を向けてもう一度挨拶をした。


「改めまして。私はブラウエルドの当代の巫女姫、リヴィアと申します。どうぞ、お好きなようにお呼びください」


 三人の少女たちの反応は様々。面白がるように見つめる赤色の瞳。興味なさげに伏せられた緑色の瞳。そして、せわしなくオロオロと動く眼鏡の奥のオリーブ色の瞳。


 リヴィアの話を真剣に聞いているのはアデルだけのようで、あとの二人に話に集中できている様子はない。けれど、リヴィアはそれを意に介さずに、淡々と話を進めた。


「今回、皆様をお呼びしたのは他でもありません、私に『浄化の乙女』としての在り方を教えていただきたいのです。瘴気について、浄化の魔法について、あなた方の知識と技術を、私に」


 お願いいたします、とリヴィアは深々と頭を下げた。


 しばらくの沈黙のあと、アデルは顎に人差し指を当て、不思議そうにコテンと首をかしげる。まるで、リヴィアが何を言っているかわからない、というように。


 リヴィアの困惑に答えるように、アデルは口を開いた。


「そうねぇ。大体、司祭様から聞いていたことと同じだけれど……。ねえ、リヴィア様。わたくしは、今回の招待はもっと別の意味があると思っていたの」

「別の、意味……?」


 アデルの言葉の意図がわからず、リヴィアは思わず聞き返す。その純粋さを面白がるように、アデルはますます笑みを深くした。


「ええ、そうよ。我々エルシエルの聖教団は、あなた方ブラウエルドの聖教団を訝しんでいるの。何故なら、ブラウエルドの瘴気は五年前、『異界の乙女』が現れた後から年々ひどくなっているのだから」


 彼女たちはリヴィアを訝しんでいる。その事実にリヴィアは軽く目を見開く。


 アデルの言う、ブラウエルドの瘴気の話については事実だ。一月ほど前、リヴィアの兄であり、この国の王であるリオネスが同じ話をしていたから。


 けれど、それで何故、ブラウエルドが疑われているのだろう。それなら何故、彼女たちはリヴィアの招待を受けたのだろう。


 声に出ないリヴィアの疑問を見透かしたように、アデルは答える。


「馬車から少しだけ見えたのだけれど、ロブストフェルスの瘴気はひどいものね。よくもまあ、こんな状態になるまで放っておいたものだわ。でも、これはきっとロブストフェルスだけの問題ではないのでしょう。きっと、この国の各地で瘴気が濃くなっている。違うかしら?」


 何かを責めるようなアデルの口調。けれども、リヴィアはそれを否定することも弁解することもできない。


「……おっしゃる通りです」

「そう。――では何故、我々エルシエルの人間が、ブラウエルドの問題を解決するために尽力しなければならないのかしら?」


 赤い瞳の鋭い敵意がリヴィアを貫く。不敬ともとられかねない発言をアデルは臆することもなく続ける。


「自国の問題は自国で解決すべき。そもそも、リヴィア様はわたくしたちにご教授願うと言ったけれど、それはまず自国の『浄化の乙女』に頼むべきでは? 何故、あえて他国の人間に? もしかするとブラウエルドは我々を呼んで――」


 アデルはニッと口角を釣り上げる。


「奴隷のように扱う気では?」


 どこか下品に、こちらを馬鹿にするような笑み。


 アデルの目に浮かんだのは、完全な敵意。

 エルシエルの『浄化の乙女』を、他国の人間を馬鹿にするな。

 言外に、そう言われているようだった。

 この状況は、あの時とどこか似ている。


 サッとリヴィアの体から血の気が引く。クラリと遠のきそうになる意識を必死でつなぎとめる。


 だけど、とリヴィアはお腹の底に力を込めた。


 動揺してはいけない。怯んだのを顔に出してはいけない。もうベールはないのだから。この目で、ちゃんと顔を合わせて話すと決めたのだから。


 リヴィアはアデルの笑みに負けじと彼女をまっすぐに見つめ返した。


 後ろでエレナとヒューロットが気を張りつめたのがわかる。隣に座るウォルターも、体に力が入っている。


 それが目に入っているであろうに、アデルは全く気にせず言葉を続ける。


「ああ、ごめんなさい。奴隷と表現したのはさすがに言い過ぎだったかしら。けれど、わたくしたちを他国から呼びつけて瘴気を浄化させようとするのであれば、同じことよね?」


 そうでしょう、と有無を言わさぬようにアデルは微笑む。彼女の隣に座るジャッドは興味なさげに紅茶を飲み、セルシュはあわあわと騎士の動向を伺っている。


 リヴィアをまっすぐに見ているのはアデルのみ。その視線に入っている感情をリヴィアは冷静に受け止める。


 怖いからといって、目を逸らしてはいけない。

 彼女は一体何を思ってこんな話をしているのか。それを見極めなければならない。


 どこかこの状況はあの時と似ていた。兄に呼び出され、ロブストフェルスに行けと言われたあの時と。


 怖いから。恐ろしいから。何を言い返しても無駄だから。

 そうやって、あの時と同じように流されるのはもう嫌だ。


 ふ、と誰にも気づかれないようにリヴィアは息をつく。


 その瞬間、リヴィアの視界の端でウォルターの手が一瞬ピクリと動いた。


 トクンと心臓が大きく跳ねた。

 気づいてくれている。彼はリヴィアが頑張ろうとしていることに気づいてくれている。


 ピリピリとした緊張感の中で、一瞬だけリヴィアの気が緩む。

 それだけでいい。それだけで、リヴィアの緊張は緩むし、怖いことにだって立ち向かえる。


「……私に、そのような意思はございません」

「あら、リヴィア様にはなくとも、ブラウエルドの国王陛下はどうかしら? ほかにも、例えば、そこにいる騎士の方とか」


 そう言って、アデルはウォルターに目を向ける。

 リヴィアから逸れた視線に、ざらりと何かが心を撫でた。


 そんなことはない、と大声を上げることは簡単だ。けれども、それではアデルの思うつぼ。


 見え透いた挑発に乗らないためにも、リヴィアはぎゅっと気を引き締める。


「アデル様は私がこの国で何と呼ばれているか、ご存じですか?」

「さあ? あまりこの国の巫女姫の噂は聞いたことがないので」


 お前の事なんか知らない。彼女の言葉を言い換えればこういうことだろう。


 リヴィアはアデルの赤い目をまっすぐに見つめる。


「『役立たずの巫女姫』です」


 リヴィアの言葉を聞いても、アデルがその笑みを崩すことはなかった。


 驚きもせず、貶しもせず、哀れみもしない。もしかしたら、リヴィアのことは知らないというのは嘘で、本当は『役立たずの巫女姫』の噂を知っていたのかもしれない。


 けれど、そんなことは今どうだっていい。彼女が嘘をついていたとしても、リヴィアがこれから話すことには何も関係がない。


「私は今までずっと城の中におりました。瘴気に触れることはなく、聖堂で祈りを捧げる日々。巫女姫として存在しながら、何もできない役立たず」


 リヴィアの口から出た言葉は全て事実。何も嘘偽りはない。


「ブラウエルドの『浄化の乙女』は、私のことを軽蔑しております。私の兄である国王陛下も、私のことを嫌っております。私を巫女姫として祀り上げたこの国の聖教団でさえ、私に何の期待もしていない」


 誰も彼もがリヴィアを白い目で見た。誰も彼もがリヴィアに失望した。

 あの日を忘れることができる日は、きっと永遠に来ないだろう。


「私には何もできないと思っていた。存在していることすら、無意味なことだと思っていた。――、けれど、そうではなかった」


 リヴィアはまっすぐにアデルを見つめる。


「私は、他の『浄化の乙女』と同じように、瘴気を払うことができた。まだ不完全ではあるけれど、この地を救うことができるのなら、まだやれることがあるのなら、私はやりたいのです」


 リヴィアは深々と頭を下げた。


「どうか、お願いします」


 シン、と沈黙が下りる。けれど、リヴィアにはアデルが応えてくれるまで顔を上げる気はなかった。


 しばらくしてアデルが口を開く。


「あなたがちゃんと瘴気を払えるようになりたいのは、何のため? 今まであなたを見下してきた人間を見返すためかしら?」


 アデルの問いに、リヴィアは顔を上げる。


「この国のためです」


 背筋を伸ばして、堂々と。

 ベールで何かを隠すつもりはない。何かに怯えて黙る気もない。


 シャンとして、立ち向かうのだ。


「ロブストフェルスのため、この土地のため、民のために。やらなければならないことがあるのなら、できるようになりたいのです」


 リヴィアの言葉に、アデルは微笑んだまま何も言わない。


 もうリヴィアに言えることは何もない。言いたいことは全て言った。あとは相手方の出方を待つだけだ。


 ジリジリと焦げ付いていくような空気の中、はぁ、と誰かが呆れたように溜息をついた。


 アデルではない。ウォルターでもない。後ろにいるヒューロットでも、エレナでもないようだ。


 その溜息をついた人物が口を開く。


「もういい加減、意地悪するのはやめてあげなよ。これだけしゃべらせておいて、あちらの真意は何もわかりませんでした、なんて。そうなったら馬鹿だと思われるのは君の方だよ、アデル」

「ジャッド」


 アデルが隣にいた少女の名を呼ぶ。

 いつからこちらの話を聞いていたのだろう、興味なさげにそっぽを向いていた緑の瞳が、いつの間にかリヴィアに向けられていた。


 馬鹿というジャッドの言葉に、アデルは気を悪くした様子もなく淡々と彼女に言い返す。


「だってねぇ、噂のこと以外何もわからない巫女姫からの誘いなんて、怪しいの一点張りじゃない。何を考えているのか、何か企んでいるんじゃないのか、色々と警戒するのは当たり前でしょう?」

「それで? 話してみた結果、どう思ったんだい?」

「う~ん、とねぇ……」


 アデルの赤い瞳がリヴィアを捉える。そこに浮かぶ感情にもう敵意はなく、その顔にはいたずらめいた笑みが浮かんでいた。


「まあ、合格、といったところかしら? 正直だし、純粋だし、思っていることが結構顔に出るし、人格的にも悪くなさそうだもの」


 先ほどよりも、より明け透けに、アデルはリヴィアに対する評価を下す。


 おそらく、この場にいたロブストフェルスの誰も彼もが唖然としていただろう。他国の王族に対し、平民が『合格』なんて言葉を使うのは普通に考えてありえない。


 事実、リヴィアも呆気にとられ、何も言うことができなかった。今、口を開けば、確実に困惑の言葉が出る。


 普段のオドオドとした態度は巫女姫としてはあまりよろしくない。彼女らが今のリヴィアをちゃんとした巫女姫として見てくれるのであれば、到底、素のリヴィアなんて見せられない。


 が、だからといって、こういう時ちゃんとした王族ならばどういった態度を取るのか。

 リヴィアにはわからない。


 リヴィアが内心焦りながら頑張って口を閉ざしていたところ、隣にいたウォルターが代わりに口を開いた。


「つまり、今話していたことは全てこちらを試すための演技だった、と?」

「あら、半分くらいは本気よ?」


 ウォルターの低い声にアデルは臆さず答える。


 今のアデルに敵意はない。代わりに、彼女を見つめるウォルターの目つきは鋭い。

 それも当然だろう。他国の王族を侮るような発言をしておきながら、それは本気だった、とのたまうのだから。


 けれど、アデルはそんなことは関係ないというように、ニヤリと笑みを浮かべて、先ほどまでの敵意の理由を話した。


「だって、散々エルシエルの忠告を無視しておきながら、やっぱり困ったから助けてください、なんて、虫が良すぎるでしょう?」


 彼女の話の中に聞き逃せない単語を見つけ、思わずリヴィアは声を上げる。


「……エルシエルの、忠告?」

「ええ」


 アデルは話し相手が戻ったことに喜びを隠す様子もなく、目線をウォルターからリヴィアに移した。


 そのままアデルは空気を変えるように、パチン、と両手を打つ。


「それじゃあ。もっとまじめな話をいたしましょうか」

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