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26 やってきた乙女たち

 ウォルターの出した三つ目の条件。もし、瘴気を浄化できなかった場合、何かしらの対策を講じること。


 その条件に対して、リヴィアはある提案をした。

 それは、()()の『浄化の乙女』を指導者として呼ぶこと。


 『浄化の乙女』について書かれた本には、他国にも同じように瘴気が溢れる地域があり、この国と同じように瘴気を浄化して回っている少女たちがいる、との記載があった。


 つまり、他国にもいるのだ。『浄化の乙女』が。


 この国の『浄化の乙女』たちの身を預かる聖教団。今、彼らと他国の『浄化の乙女』たちとの間に交流があるのかどうかは、リヴィアにはわからない。

 少なくとも五年前、『異界の乙女』であるココネが現れる前までは、他国との交流はなかったはずだ。


 まだリヴィアが巫女姫として聖教団から崇められていたころ、リヴィアは他国の『浄化の乙女』と協力関係を持ってもいいのではないか、と兄に進言したことがある。その時の兄は、自国の聖教団を信用していないのか、とリヴィアの意見を却下したので、おそらく他国の『浄化の乙女』との交流関係は持てていないだろう。


 だから、『役立たずの巫女姫』であるリヴィアが勝手に他国の『浄化の乙女』と呼べば、彼らはきっと文句を言ってくるだろう。

 何を勝手なことを、役立たずのくせに、と。


 けれども、その意見を全て無視してでも、他国の『浄化の乙女』の指南を受けることはきっと価値がある。


 この国の『浄化の乙女』はリヴィアには何も教えてくれない。彼女たちに教える気があったとしても、きっと兄がそれを邪魔するだろう。


 だって、ずっとそうだったから。


 だから、もしもそれが可能であるならば、兄の目と手が届かないこのロブストフェルスで他国の『浄化の乙女』による教授を受けたい。

 リヴィアはそうウォルターに提案した。


 もっと詳しく、瘴気の浄化について知りたい。

 何故、できるときとできないときがあるのか、その原因について探りたい。

 『浄化の乙女』として、いつでもキチンと働けるようになりたい。


 そのために必要なことならば、リヴィアはなんだってやる。


 リヴィアのこの提案は、きっとリヴィアの責任の範囲内だけでは収まらないだろう。きっと、ロブストフェルスの領主にまで迷惑が掛かる。


 だから、リヴィアはこの提案が却下されてもおかしくはないと思っていたのだが、ウォルターはやれるだけやってみようと言ってくれた。

 何もできないまま瘴気に呑まれていくよりは、できることをやった方がいい、と。


 後は、ロブストフェルスの領主の許可が下りるかどうかと、他国の『浄化の乙女』がこの依頼を受けてくれるかどうか。この二つはリヴィアの力でどうにかなるものではないので、とにかく祈るしかない。


 そして、先日、ウォルター宛に書状が届いた。内容はロブストフェルスの領主の許可を知らせる書状と、他国の『浄化の乙女』からの返事。


 曰く、是非に、と。


 リヴィアの出した提案は、こうして叶えられた。



   ♦♢♦♢♦♢



 ふー、と深く長く、リヴィアは息を吐く。今日は他国の『浄化の乙女』がここ、ロブストフェルスの館に到着する日だ。


 彼女たちを呼ぼうと言ったのはリヴィアだが、それでもやはり緊張する。

 ロブストフェルスに来てから人と話すことには慣れてきたが、これから会うのは他国の人間だ。それも、瘴気を浄化する力をもつ乙女たち。


 彼女たちは自国の『浄化の乙女』と似たような性格をしているのだろうか。

 リヴィアの『役立たずの巫女姫』という悪名は他国にまで届いているのだろうか。


 いや、それ以前に。

 ここロブストフェルスの騎士たちはリヴィアのことを一人の少女として扱ってくれるが、他国の『浄化の乙女』の前ではそういうわけにはいかないのではなかろうか。


 この国の巫女姫として、王族として、彼女たちを招待した者としての相応しい振る舞いを。

 それが、リヴィアに本当にできるだろうか。


 きゅ、とリヴィアのお腹の辺りが痛くなる。ロブストフェルスに来た初日と同じような緊張感。昨日もあまり寝付けなくて、今朝は早めに起きてしまった。今も、お昼に食べたサンドイッチが胃から戻ってきそうだった。


 それを何とか緩和できないかと、リヴィアはもう一度深々と息を吐く。


「リヴィア様、お迎えに上がりましたよ」


 突然、コンコンコンとノックの音とともに響いたエレナの声に、リヴィアはびくりと肩を跳ね上げた。


 他国の『浄化の乙女』が到着した。その事実にリヴィアの緊張は最高潮にまで高まるが、もうそんなことに怯えている時間はない。リヴィアは意を決して、マーサが開けた扉から部屋に出た。


 リヴィアを一目見るなり、エレナは目を見開いて顔を輝かせる。


「……うわぁ! 綺麗ですね、リヴィア様!」

「う、うん。今日は巫女姫として会うから、ちゃんとした格好をしないと、って、マーサが」

「当然でしょう! 本日はリヴィア様が他国からのお客人を迎えられるのですから。我が国の巫女姫がどれだけ美しいのか、最初から知らしめておかないと」


 感激で目を輝かせるエレナに、マーサはそう言って胸を張った。


 リヴィアが今着ているのはいつもの白い騎士の制服ではなく、巫女姫として王都から持ってきた白いドレス。その中でも一番上等なものを今、リヴィアは着ている。


 ドレスには細かく繊細なレースがふんだんに使われ、リヴィアの細い体のラインに沿うように作られている。首元から手首までリヴィアの肌がぴったりと覆われ、腰の部分から重ねられた仄かに透けるオーガンジーの生地がふわりと広がる。


 上品で、どこか儚く、巫女姫としての神秘性を最大限にまで引き出したデザインのドレス。リヴィアからしてみれば、これはきっと作っても着る機会などないもので、ただの無駄遣いになるのではないかと心配していた代物だったが、エレナが喜んでくれているのならそれだけで十分だ。


 ほかにもチリと耳元で揺れる、普段はつけない耳飾りに、きっちりと結わえられた髪に添えられた髪飾り。

 ロブストフェルスに来た初日でさえもここまで華美にはしなかったので、エレナの視線にリヴィアはどことなく気恥ずかしさを感じた。


 けれども、今は恥ずかしがっている場合ではない。

 ふぅ、とリヴィアは息を整えて、エレナに目配せをする。それを意に介したようにエレナもこくんと頷いた。


「それじゃあ、行きましょうか。今日は執務室じゃなくて、応接間の方です」

「うん。じゃあ、マーサ。行ってくるね」


 エレナに先導されて、リヴィアは一歩前に踏み出す。

 そのまま応接間に行こうとするリヴィアに、マーサが慌てて声をかけた。


「お嬢様、ベールをお忘れですよ!」

「大丈夫」


 リヴィアはマーサを振り返って微笑む。


「どれだけ緊張してても、ちゃんと顔を合わせて話したいから」



   ♦♢♦♢♦♢



 リヴィアはエレナを伴って応接間へ向かう。他国の『浄化の乙女』たちはもうすでに応接間でリヴィア達を待っている状態らしい。


 こちらから呼んでおいて出迎えなくてよいのか、とウォルターに問えば、互いの身分を考えるとそうなってしまったと言っていた。


 リヴィアは王族、ウォルターは貴族。対するあちらの『浄化の乙女』は平民。


 ウォルターに調べてもらったところによると、他国の『浄化の乙女』がこの国にやってくることはほとんどないらしい。王城で行われる公式行事にごくたまに呼ばれるほどで、それも『浄化の乙女』としての役割をほぼ果たさずに帰っていくのだとか。


 それが彼女たちの意思なのか、こちらの聖教団がそうさせているのかはわからない。ただ、そんな状況で他国から『浄化の乙女』を呼んだと知られれば、国や聖教団から何を言われるかわからない。


 ゆえに、今回の他国の『浄化の乙女』の来訪は内密に行われている。あちらの国としても、そんな来訪に身分の高い者を派遣することはできず、今回こちらに来ているのは、身分の低い者で、かつ、自ら立候補した者だけらしい。


 礼儀も、作法も、段取りも、何もかもがあったものではない。正当な手順など存在しないこのイレギュラーな来訪は、全てリヴィアが望んだもの。


 だからこそ、せめて相手に失礼のないようにしなければ。


「あ、隊長」


 下を向いて考え事をしていたリヴィアを、エレナの声が引き戻す。


 はた、と気づいたようにリヴィアが顔を上げれば、キチンと勲章をつけた騎士の制服を纏うウォルターと皺一つない魔導士のローブを羽織るヒューロットが応接間の前で待っていた。

 二人ともドレス姿のリヴィアを見て、軽く目を見開く。


「おおー。ドレスだ」

「うん。ちゃんとしないといけないから」


 どこか月並みのヒューロットの感想に、リヴィアはほっとしたように息をついた。


 いつもと違う恰好に、珍しい来訪者。普段通りとはいかない話し合いの場で、いつも通りの雰囲気を纏うヒューロットの存在はリヴィアにとってありがたい。


 ほかに何か言うことないの、というエレナの声に、ヒューロットは、綺麗じゃん、と取ってつけたように言い加える。

 相変わらずな二人のやり取りを微笑ましく聞いていたリヴィアは、ふと、ウォルターがやけに静かなことに気が付いた。


 ひょい、とリヴィアが不思議そうにウォルターを見上げれば、彼は目を見開いたままポカンと黙り込んでいる。


「ウォル、ター? どうかした?」


 まだ言い慣れない呼び名につっかえながら彼を呼べば、彼はハッと我に返る。そのまま彼は覆い隠すように口に手を当てて、混乱しているかのように言い淀む。


「ああ、いや。なんだ、その……。あんまり綺麗でびっくりした」

「そう?」


 コテンと不思議そうに首をかしげるリヴィアを、ウォルターはどこか混乱しているようにじっと見つめる。それから、そうか……、とウォルターは自分を納得させるように呟き始めた。


「……お前、いくつだったか?」

「えっと……、十七」

「そうか、十七か……」


 普段通りのエレナとヒューロットと違い、今日のウォルターは少し様子がおかしい。やはり、他国の『浄化の乙女』をロブストフェルスに呼ぶのは、リスクが高すぎただろうか。


 ウォルターの普段と違う様子に、リヴィアの緊張が再び高まってくる。それを知ってか知らずか、ウォルターはリヴィアに視線を戻して口を開いた。


「リヴィア」

「う、うん」

「ヴィー」

「うん?」

「……そうか。そうだよな」

「えっと……?」

「……いや、もう大丈夫だ」


 ウォルターが今、何故リヴィアの名前を呼んだのかわからない。だが、彼は何かに納得したかのように、うん、と大きく頷くと、普段通りの雰囲気に戻った。


 後に残されたのは、ウォルターの様子に困惑していたリヴィアだけ。


 そのことにリヴィアはどこか理不尽めいたものを感じたが、今ここで深堀できる話でもなさそうだ。

 ウォルターが大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろうし、あまり他国の『浄化の乙女』を待たせるわけにもいかない。


「えっと、それならいいんだけど……。もう他国のお客様は到着してるんだよね?」

「ああ。今回俺たちの招待に応じてくれた他国の『浄化の乙女』は三人。護衛はなし。基本的に警備は俺たちに一任されることになってる」

「うん」


 非公式の訪問で、他国の騎士が国境を超えることはそうそうない。その場合は必ず、国に許可を取らねばならず、あまりに下手なことをすれば国際問題にも発展しかねない。


 ゆえに、今回彼女たちは丸腰でロブストフェルスまで来てくれたのだ。本当に、頭を下げても下げきれない。


「基本的に対応するのは俺かリヴィア。エレナとヒューロットは後ろで待機。他にも何人か騎士がいるが、あまり気にしなくていい」

「うん」


 ウォルターの言葉にリヴィアは頷く。


「あとは、打ち合わせ通りに。答えられないことがあったら、俺に投げてくれていい」

「うん。わかった」


 他国の『浄化の乙女』を呼ぶと決めてから、ウォルターとは何度となく話し合ってきた。あとわからないのは、今回やってきた彼女たちがどんな少女たちなのかだけ。


 ふー、とリヴィアは深く長く息を吐く。ほんの一か月ほど前まで城に引きこもっていたのだ。他国から招待した人を出迎えたことなんてない。


「大丈夫か?」

「うん」


 ウォルターの問いかけにリヴィアは落ち着いて返事をする。


 大丈夫だ。ここにはウォルターも、エレナも、ヒューロットもいる。自分は一人ではないし、一人で頑張らなければいけないわけでもない。


「エレナ、開けてちょうだい」


 リヴィアがそう頼めば、エレナが応接間の扉をノックし、巫女姫と館の主の訪れを告げる。そこから少し間を開けて、エレナが応接間の扉を開けた。


 中にいたのはロブストフェルスの騎士たちと、見慣れない三人の少女たち。


 一人は黒い髪に赤い瞳、その瞳と同じ色のドレスを着た、勝気な笑みを浮かべる少女。


 もう一人は深い茶色の髪に緑の瞳の、男性もののズボンとシャツとベストを着用した、少年のように見える少女。


 そして、最後の一人は白灰色の髪を太い三つ編みにして、オリーブ色の瞳を眼鏡に隠した、モスグリーンのワンピースを着た大人しそうな少女。


 三者三様の出で立ちにリヴィアが一瞬慄いていると、自身の瞳と同じ赤い色のドレスを着た少女が一歩前に歩み出た。


「お初にお目にかかります、巫女姫様。この度は我々をご招待いただき感謝いたします」


 そう言って、彼女はドレスを軽く持ち上げて頭を下げる。


 彼女はその間も笑みを浮かべながら、まるで見定めるように、その赤い瞳をリヴィアにまっすぐに向けていた。

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