29 浄化するカギ
「さぁて。おはようございます、リヴィア様」
明くる日の朝、サロンにて。ジャッドとセルシュの二人を伴ってやってきたアデルは開口一番にそう言った。朝から元気そうなアデルとは違って、ジャッドは欠伸をしているし、セルシュは昨日と同じくびくびくしている。
「お、おはようございます。アデル様。本日からよろしくお願いいたします」
そう言って、リヴィアはおずおずと頭を下げる。着ている服は普段と同じく白い騎士の制服。昨日の時点で素はバレてしまっているので、もう巫女姫として取り繕うつもりはない。
リヴィアはアデルの後ろにいる二人にも向かって頭を下げた。
「ジャッド様とセルシュ様も、よろしくお願いいたします」
そう挨拶すれば、ジャッドは気だるげな緑の瞳をリヴィアに向け、セルシュは驚きで軽く飛び上がった。
「そ、そんな……! お、恐れ多いです! 私めのことは、ゴミ……、じゃなくて、あー、えっと、セ、セルシュ、とお呼びください……」
ボソボソとした声でセルシュは答える。
何やら不穏なワードが聞こえたが、何故か彼女の心はもう満身創痍のようだ。無理に問いただすことはできそうにない。
その代わり、というようにジャッドが口を開く。
「僕のこともジャッド、と。ちなみに女の子は全員名前で呼んでいるんだけど、君のこともリヴィアと呼んでも構わないかい?」
「え、あ、えと……。はい」
「あら、二人してズルい。リヴィア様、わたくしのこともどうぞ、アデル、と」
「あ、はい……」
なかなか個性的な性格をしている三人に振り回されるリヴィア。その様子を傍から見ていたウォルターはぽつりと呟いた。
「女性が三人寄れば何とやら、という言葉があるが、リヴィアが完全に押され気味だな」
「まあ、いいんじゃない? 別に敵対してるわけじゃないし」
会話に入る気もなく壁際に寄りかかっているヒューロットとウォルターは、テーブルの上に紅茶を準備していたエレナが加わってさらに騒がしくなった女性陣の方をぼんやりと眺めている。
「……隊長、アレ、制御できるの?」
「するしかないだろう……」
わちゃわちゃと話が別の方向に逸れつつある女性陣に対し、ウォルターはパン、パン、と手を叩いた。ぱっと少女たちの目線がウォルターに向く。
「すまないが、話を進めてもらっても構わないだろうか? 午後から瘴気の浄化に出るんだろう」
少女たちは軽く顔を見合わせると、そういえばそうだったわね、というように各々ソファにつく。ウォルター側の方に戻ってきたリヴィアは申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん。その、ちょっと、口を挟めなくて……」
「私は皆さんと話せて楽しかったです!」
「リヴィアは許すが、エレナはもうちょっと何とかしろ。本当に話が進まないところだったぞ」
しゅんと落ち込むリヴィアと、アハハと笑ってごまかそうとするエレナ。
その二人を伴って、ウォルターも三人が座る向かい側のソファに腰かける。リヴィアはその隣、エレナはリヴィアの後ろ、ヒューロットは会話の聞こえる位置にある壁際の椅子に座った。
「普段のお二人はそんな感じなのね」
アデルがニヤニヤと笑いながら言う。何やら彼女は面白いものを見たような顔をしているが、リヴィアからすれば、何が面白いのかわからない。
リヴィアが隣にいるウォルターを見上げれば、彼は呆れたような顔をして溜息をついた。
「彼女の身の安全のために、ここでは私の部下として扱っている。何もおかしいところはない」
「あら、そう。では、わたくしたちもそのように扱うのかしら?」
「必要があれば。ただ、この館内にいるうちは客人として扱うつもりでいる」
アデルとウォルターの目線がぶつかり合い、火花が散る。何故二人がここまで敵対しているのかは、リヴィアにはわからない。
オロオロとしているリヴィアとセルシュ、興味なさげなヒューロットとジャッド、そして、呆れながらも笑みを浮かべるエレナ。
そんな空気の中、数秒間二人は見つめあい、やがて、アデルの方が諦めたように気を緩めた。
「まあ、いいわ。どうぞ、わたくしのことはアデルとお呼びになって、ウォルター様。疑ってばかりだと疲れるし、話し方も普段通りでいいわ。ジャッドとセルシュもそれでいいでしょう?」
「そうだね。返事をするかしないかは、僕の勝手だけれど」
「わ、私もそれで……」
三人の少女たちの返答はなんとも評価しがたい。が、ウォルターはそれである程度納得したのか、ちらりとリヴィアに目線をやった。
瘴気の浄化について聞きたいと言ったのはリヴィアだ。ならば、リヴィアが話を進めるべき。
その意図を汲み取ったリヴィアは三人に向かって話し始めた。
「先日も話しましたが、私があなた方を呼んだのは瘴気の浄化についてお尋ねしたいからです」
真面目なリヴィアの雰囲気に、三人は真剣に聞いてくれる。
「私は一月ほど前にここロブストフェルスへやってきましたが、その間成果を挙げることは叶いませんでした。今までに瘴気を浄化できたのは一度きり。何故その時だけ瘴気が浄化できたのか、そして、何故今できないのか。私はその原因を知りたいのです。どうか、皆様のお力添えをお願いします」
今までにずっと抱いていた疑問をリヴィアは一度に言い切る。アデルはその話を聞いて、何かを考えるかのように一度視線を逸らし、それからすぐにリヴィアを見つめた。
「そうね。……まず、『何故瘴気を浄化できないのか』に一言で答えるとするならば、ストレスを感じている、もしくは心理的状態が悪いから、ということになるのかしらね」
ストレス、とリヴィアは繰り返す。
ええ、そうよ、とアデルは相槌を打った。
「エルシエルにもいるのよ。一時的に瘴気を浄化できなくなる子が。そういう子は大体、何でも気に病む真面目な子が多かったわ。多分、リヴィア様もそういった性格をしているんじゃなくて?」
アデルの赤い瞳を見て、リヴィアはぎくりと体を強張らせる。
この間、ヒューロットに言われたこととおんなじだ。どうして、もうすでに昨日会ったばかりのアデルに見抜かれているのだろう。
「そう、思われますか?」
「ええ。昨日、話した時からリヴィア様はそういう子だなって。ただ、ストレス源がなくなれば、また瘴気を浄化できるようになるのだけれど……」
そう言って、アデルはウォルターに目を向ける。
再び目があったウォルターはピクリと一瞬眉を上げた。
「何か、心当たりは? リヴィア様」
疑うようなアデルの目線。その目線はウォルターこそがそのストレス源ではないかと言っているようで。
リヴィアは慌てて、それを否定した。
「そ、そんなことはありません。私はここに来て、やっと大丈夫だって思えたんです。ここにいることがストレスだなんてことは絶対にありえません」
きっぱりと言い切るリヴィアに、アデルは笑みを返す。
「あら、冗談よ。何も、ロブストフェルスがリヴィア様の敵だなんて、そんなことは言ってないわ」
ただ、そんなことを口にした後、アデルは悩むような素振りを見せて、うーん、と唸った。
「そうねぇ、でも、そうよねぇ。……ま、できない原因探しは後回しにしましょう。ストレスが何かわかっても、それが解消されるかどうかは別だもの。――と、いうわけで、リヴィア様。瘴気を浄化するために聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
アデルは自分で自分を納得させるようにパンと手を打つと、リヴィアにニコリと微笑みかける。
瘴気を浄化するために。ようやく知りたいことを聞けそうで、リヴィアはパッと目を輝かせた。
けれども、あまり焦りすぎてもいけない。アデルの問いに答えただけで、すぐにできるようになるとは限らないのだから。
「はい」
逸る気持ちを押さえつけて、リヴィアはできるだけ冷静に答える。
何を聞かれるのだろう、どんなことを聞かれるのだろう。色々なことを考えながら、リヴィアはアデルの次の言葉を待つ。
「それじゃあ。――リヴィア様は何が好き?」
「…………え?」
あまりにも想像だにしなかった問いに、リヴィアの思考は一瞬停止する。ニコニコと笑うアデルにリヴィアのことを揶揄っている様子はない。
「え、えっと……。何が……とは?」
「何でもいいのよ。趣味でも、食べ物でも、本のジャンルでも。ちなみに、わたくしは甘いお菓子と恋愛小説が好き」
突然の自己紹介にリヴィアは呆気に取られる。
好きなもの。それと瘴気の浄化が一体どのように関係しているのだろう。
そう思ったのはリヴィアだけではなかったようで、黙って聞いていたヒューロットが話に割り込んできた。
「そんなこと聞いて何の意味があるの?」
「あら、無粋ねぇ。女の子同士の会話に突然割り込んでくるなんて。でも、まあいいわ。答えてあげる。リヴィア様も同じ疑問を持っているようだし」
ソファに座る五人の前に置かれた五つのティーカップ。テーブルの中心に置かれたクッキーの入った小皿。その中からハート形のクッキーを選んで取り出し、アデルはリヴィアの前に掲げた。
「瘴気を浄化するためのカギ。それはねぇ、『愛』なのよ」
「……愛?」
唖然としていたのはリヴィアだけではないようで、ヒューロットもウォルターも、エレナでさえも呆気に取られている。
アデルはその全員の反応が面白かったのか、クスクスと楽しそうに声を上げた。
「ええ、そうよ。愛。好きなものを愛でること、愛すること、楽しむこと。それこそが瘴気の浄化へとつながる。何だったら、恋愛とかでもいいの。誰かを愛するってとっても良いことよ」
「恋愛……」
アデルの言った言葉をリヴィアはぽつりと繰り返す。
と、そこで、会話に介入してきた人物がいた。
「ちょっと待て。彼女は王族だ。あまり下手に唆さないでいただきたい」
話に割り込んできたウォルターをアデルは軽く睨みつける。リヴィアの後ろでは、エレナがそうだそうだというようにうんうんと頷いている。
リヴィアを全力で守ろうとする二人の雰囲気を感じ取って、アデルはおかしそうに笑う。
「あら、別に唆そうだなんてしてないのだけれど。それにちゃんと言ったじゃない。趣味や食べ物、本のジャンル、何でもいいって。ねぇ、リヴィア様?」
「え、えと、その……はい」
同意を求めるように、アデルはリヴィアに尋ねる。だが、リヴィアの思考は先ほどから固まったままで、うまく彼女の問いに答えられない。
「で、リヴィア様は何が好き?」
「え? えっと、えっと……」
アデルは持っていたクッキーをポイと口の中に放り込むと、リヴィアにもクッキーを勧める。様々な型にくりぬかれたクッキー。それを見て、さらにリヴィアは混乱した。
世の中の人は皆、好みや好き嫌いを持っていることをリヴィアは知っている。それが、何故、どうやって決まるのかは知らないが、なんとなく、あれが好き、これは嫌い、というものを持っていることを知っている。
だが、リヴィアは自分自身の好みをよく知らない。
よく食べてきたものはリゾットとスープ。だが、これはリヴィアの体が他の食べ物を受け付けなかっただけだ。
よく身に着けていた色は白。これは兄が決めた巫女姫の色。
よく読んでいた本は聖典。巫女姫として聖教団のことについて知らなければならなかったからだ。
趣味、食べ物、本のジャンル、服、色、動物、天気、花、等々。様々な単語がリヴィアの頭の中を回るが、どれもこれもしっくりこない。リヴィアの思考は固まったままだ。
「本当に、何でもいいのだけれど……。例えば、大事な人とか」
黙り込んでしまったリヴィアをあまりに見かねたのか、アデルが助け船を出す。
大事な人。その言葉に、リヴィアの思考はパッとひらく。
「あ、あの……」
「あら、いるんじゃない。それで、誰なの?」
先を促すアデルに、リヴィアはおずおずと答えた。
「ウォ、ウォルター、さん……」
あら、と驚いたように口に手を当てるアデルと、リヴィアの隣で固まるウォルター。
それから、とリヴィアは言葉を続ける。
「エレナと、ヒューロット。あと、マーサ」
だが、リヴィアの続けた言葉を聞いているのかいないのか、アデルは驚きと揶揄いに満ちた目でウォルターを見つめる。
「唆すなっていうのは、そういう……?」
「違う! 彼女はただ仲のいい人物を挙げているだけで、そういう意図は全くない!」
突如として始まった言い合いに、リヴィアは二人の顔を交互に見る。だが、二人が何故を言い争っているのか、リヴィアにわからない。
リヴィアが困っていると、ふと向かいにいたジャッドの緑色の瞳と目があった。
彼女はウォルター、エレナ、ヒューロット、とリヴィアが挙げた人の名を呟き、指を折る。
「マーサっていうのは?」
「あ、えと、私の乳母です。私の面倒を見てくれる人」
二人が言いあっている横で、リヴィアはジャッドの問いに答える。ジャッドはふむと鼻を鳴らした。
「こういう時は普通、家族の名が最初に挙がるものだけどね」
ジャッドの発言に、ウォルターとアデルがピタリと言い争うのを止めた。
「かぞく……」
リヴィアが言葉を繰り返した瞬間、チリ、と少しだけ空気が張りつめた。
緊張感を放っているのはウォルターとアデル。他の四人は困惑しているか、成り行きを見守っているかのどちらか。
何故、自分の家族のことで二人が気を張りつめるのか、リヴィアには少しもわからない。
「……確か、リヴィア様のお父様はもう亡くなられているのよね。今のブラウエルドの国王はリヴィア様のお兄様だとか」
「……はい」
「じゃあ、リヴィア様のお母様は?」
兄の話が話題に挙がったことで、リヴィアは一瞬怯える。だが、すぐに話題が変わったことに、リヴィアはほっと安堵した。
「母は……。私は、母のことを何も知らないんです。名前も、顔も、どんな人だったのかも。私は誰から生まれたのか、まったくわからない」
え、とかすかな声を上げたのはセルシュ。この場にいた全員が皆神妙な顔をしていた。
「お父様が亡くなられたのはいつだったかしら?」
「私が五歳の時、十二年前です」
「記憶は?」
「あまり。そもそも父は私に会いに来てくれませんでしたから。確か、一度だけ会ったことがあると思うんですけど……」
リヴィアの答えに全員が黙り込む。この沈黙がどこか重苦しく感じて、リヴィアは努めて明るく言った。
「なので、マーサが私のことを育ててくれたんです。マーサが私の家族のような人」
そっと目を伏せるリヴィアに、アデルはもう一つ疑問をぶつける。
「確か、リヴィア様には他にもご兄弟がいらっしゃったと思うのだけれど。エルシエルにも一人、ブラウエルドから嫁いできた王女がいるのよ。ご存じかしら?」
「えっと、……ごめんなさい。私にはよくわからなくて」
そう言って、リヴィアは謝罪する。
「父には、子供が二十七人いたので……」
「「……二十七人の子供!?」」
アデルとジャッドの声が重なる。それとほぼ同時にゴボッと咳き込む声とともに、テーブルの上に紅茶が撒き散らされた。
「セルシュ!?」
「だ、大丈夫ですか……!?」
「ご、ごほっ、げほっ、……す、すみません! びっくりして……」
アデルはケホ、ケホ、と咳き込むセルシュの背中を撫で、リヴィアは立ち上がってどうしようかとオロオロとしている。
唯一、落ち着いているウォルターがエレナを振り返って声をかけた。
「エレナ、リヴィアを連れて布巾とお茶の替えを持ってきてくれないか?」
「あ、はい。わかりました。行きましょう、リヴィア様」
「う、うん。ちょっと行ってくる」
ウォルターの頼みに、エレナとリヴィアは急いでサロンの外に出ていく。二人の背中を見送って、ウォルターは持っていたハンカチでテーブルの上を軽く拭いた。
「僕のも使って」
「助かる」
「す、すみません、すみません、すみません、すみません」
ウォルターの拭いている場所の反対側をジャッドも自分のハンカチを使って拭く。セルシュは息を整え終えたのか、何度も同じ言葉を話すオウムのように謝罪を繰り返していた。
「ま、しょうがないよね。オレたちの国だと常識だけど、他の国だと知らない人がいたっておかしくないし」
ガタガタと椅子に座ったまま、器用に近づいてきたのはヒューロット。彼はパチッと魔力を使うと、まったく手を触れずに床とソファ、セルシュの服が濡れた部分を軽く乾かした。
「ずいぶんと器用なことができるのね」
「まあ、伊達に専属魔導士やってないんで」
テーブルに撒き散らされた紅茶が拭き終わり、状況は軽く落ち着いた。疲れた、と言わんばかりにアデルは体を投げ出してソファに座る。
「ていうか、何? 二十七って! 王族じゃなくて、王の子供が二十七!? しかも、それが常識? 意味がわかんない!」
いつものお嬢様然としたアデルの口調が崩れる。セルシュは口に含んでいた紅茶を吹いたが、アデルもそれと同様の衝撃を受けていたのだろう。
ジャッドもそれに深く頷き、セルシュもどこか申し訳なさそうにしながらも同意する。
ようやく少し隙を見せたアデルに少し警戒を解きつつ、ウォルターは彼女の言葉に補足を付け足した。
「別にそれが常識ってわけじゃない。自国では有名だが、他国には知られないようにしているだけだ。……あまり女性の前でするような話ではないかもしれないが、先代の王は『色狂い』と呼ばれていた」
『色狂い』。その言葉を聞いて、ジャッドは特に嫌そうな顔をした。
ウォルターはそれにわずかな申し訳なさを感じたが、リヴィアについて色々と聞きまわる彼女たちに、リヴィアがどういう存在なのかを少しでも知っておいてもらわないといけない。
そうでなければ、どこかですれ違ったまま、よくないことが起こる。そんな予感を感じて、ウォルターは言葉を続けた。
「先代の王の妻は五人。その他にも、様々な女性に手を出したという噂がある。二十七、という数字は国王の実子として認められた子供の数だ」
「実子として認められた、ということは……」
「実際はもっといる可能性もある、という意味だ」
あんぐりと口を開いたアデルの顔には、呆れたと文字で書いてあるようだ。
「……それは確かに。『色狂い』なんて呼ばれるわけね」
「ああ。子供の性別の内訳としては、王子が十人、王女が十七人。リヴィアはこの十七人の内の一人で、浄化の力を持って生まれた唯一の王女だ」
アデルたち三人の乙女は真剣な眼差しで話を聞いているが、子供の人数が常識外れすぎるのか、時々飲み込めないように眉を顰めている。
「そして、十人の王子の内、上の五人の王子がすでに死亡。今のブラウエルド国王は先王の六男にあたる」
「……今のブラウエルド国王って、そこそこ若かったわよね?」
「今年で二十九だ」
「それで、十二年前に国王として即位……?」
「ああ。先王が亡くなる前の数年で、上の王子が全員バタバタと倒れたからな」
しれっと教えられた衝撃の事実に、アデルはさーっと顔を青ざめさせた。
おそらく、この事実を知っている者の大半がそれを疑うだろう。当然、あまり公言されることはないが。
「ちなみに、今の国王陛下はまだ独身だ。だから、本来は王弟、王妹と呼ばれるべき先王の子供達は未だに王子、王女と呼ばれている」
「……。何か、深い闇を見た気分だわ」
「だろうな」
げっそりと疲れた様子の三人に、ウォルターは軽く同情する。あまり、この話を他国の人間にすることはない。
この話はこの国の闇だ。本来であれば、光の当たる場所で話すようなものではない。
だが、この前提を知らなければ、リヴィアがどういう人間かを理解することはできないだろう。リヴィアのあの性格にはおそらく、ブラウエルド国王が関わっている。
「先ほど、リヴィアが瘴気を浄化できないのは、ストレスが原因だと言っていたな」
「ええ、そうよ」
「ならもうわかるだろう。何が原因か、何がストレスか。おそらく、リヴィアは――」
「城でひどい扱いを受けていたんでしょうね」
アデルはウォルターの言葉を引き継いだ。衝撃の事実から少し落ち着いたのか、アデルの調子が戻ってきている。
アデルはソファの上でふんぞり返って腕を組む。
「正直、その話を聞かなくったってわかるわよ。ブラウエルド国王の名前を出すとあの子の体に緊張が走ってたし、さっき揺さぶりをかけたときにも『ここに来てやっと安心できた』って言ってたもの。瘴気が浄化できないことといい、あの子のどこか怯えたような態度といい、聖女として力を発揮できないような環境にいたんだなってことくらいわかるわ」
「……そうか。それは助かる」
リヴィアの背景を理解したアデルに、ウォルターはようやく安堵した。
「そもそも、リヴィアが城でどんな扱いを受けていたのか、俺たちも詳細はわからない。彼女の体を診た医者によれば暴力の跡などはなかったようだが、彼女と会話をしていればわかるように、人間関係はかなり制限されていたようだ。時間にして一月ほどしか関わりのない俺たちを仲のいい人間として挙げるように」
そうアデルに言いながら、一瞬、ウォルターの脳裏に五年前のリヴィアの姿がよぎる。
城の外に出たいと言っていた彼女。その願いが叶うのならば、誰かに攫われたとしても構わないと言っていた彼女。
おそらくそれは、あの頃からずっと続いてきたのだろう。
ウォルターは心境を切り替えるように、ゆっくりと瞬きをした。
「だから、下手なことを言って、リヴィアを唆すのはやめていただきたい。彼女はまだ、対人関係の経験が浅すぎる。混乱してうまく話せなくなるくらいならまだいいが、悪い人間に騙されて彼女が傷つくところだけは見たくない」
じっと睨むようにウォルターはアデルを見つめる。アデルはその視線を受けても怯むことはなく、同じようにウォルターを睨み返す。
「それは、ウォルター様には関係ないことではなくて? そもそも我々はブラウエルドを信用していないもの。さっきの話を聞いてより思ったわ。力の強い聖女がいるのに、飼い殺しにするなんて愚策も愚策。そんな扱いをする国の人間なんて信用できるわけないじゃない」
バチッと二人の間に火花が散る。だが、そんな状況は一瞬だけ。
アデルはすぐに涼しい顔をして、力を抜き、敵意などないというように振舞う。
「……とは、言ったものの、ウォルター様がリヴィア様を想う気持ちはよーくわかったわ。リヴィア様も似たような感じだしね。今はとりあえず、あの子が力をちゃんと使えるように取り計らってあげる」
得意げに笑うアデルに、ウォルターは怪訝そうな目を向ける。
「……そういう、あなたの人を試すような態度がどうにも信用ならないんだが?」
「あら、これはもうわたくしの直らない性格なの。甘んじて受け入れて?」
そうやってアデルはパチン、とウインクを飛ばした。アデルはこうして人を惑わすことによって本心を暴こうとしているのだろう。
問題はそれを必要があってやっているのか、自分の興味本位のためにやっているのか、全く区別がつかないところだ。
どちらにせよ問題はあるのだが、ホイホイと無遠慮に心を探られて、好印象を抱く者がいるわけがない。
はあ、とウォルターが溜息をついたところで、サロンの扉がノックされた。
「今、戻りました」
「た、ただいま。大丈夫だった?」
ガチャンと扉が開き、布巾を手に持ったリヴィアと、紅茶とケーキが乗ったティーワゴンを押したエレナが戻ってきた。何かしらの空気を感じ取ったのか、リヴィアが不安そうにウォルターとアデルを見る。
ウォルターはリヴィアの不安をかき消すように、何でもないかのように振舞った。
「ああ、大丈夫だ。何も起きてない」
「ええ。……それよりも、リヴィア様。あなたが瘴気を浄化できない原因がなんとなくわかったから、あとの話は森に出てからにしましょうか。今は紅茶とケーキを楽しみましょう?」
「あ、……うん」
二人の妙な雰囲気を不思議がりながらも、リヴィアには問いただす気はないようだ。
ケーキが来たのを見て、ヒューロットがすぐさまリヴィアの傍に駆け寄る。誰がどのケーキを食べるか話している二人を見ながら、アデルが小声でぽつりと呟いた。
「ところで、ウォルター様。あなたのそのリヴィア様を守ろうとする感情は、一体何なのかしら?」
ウォルターが一瞬アデルに視線を向ける。だが、彼女の目はリヴィアとヒューロットに向けられたまま。
それを見て、ウォルターも二人の方に目を向けた。
「……別に。ただの責任感だよ」




