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21 聞き取り

「とりあえずソファへ。今回の件とこれからのことについて話そうか」


 ウォルターは椅子から立ち上がると、ソファの方へリヴィアを誘導する。そこにはもうすでにヒューロットが座っていたが、リヴィアが座るために彼は少し体をずらした。


 ヒューロットとリヴィアは二人がけのソファへ、その向かい側にウォルターが座り、リヴィアの後ろにエレナが立った。


 エレナは座らないのかと一瞬リヴィアは思ったが、それが護衛の仕事なのだろう。思えば、初めて会ったときもエレナはソファには座らず立っていた。ヒューロットも立っていた気がするが、彼はどこか気まぐれなところがあるので、今は座っていたい気分なのかもしれない。


 目線を前に向ければ、ウォルターがパラパラと手に持った書類をめくっている。やがて彼はとある書類を引き抜くと、テーブルの上に置かれたペンとインクを手に取った。


「体の調子は?」


 ふいにウォルターが問う。リヴィアは驚いたようにパチリと目を瞬かせると、こくんと軽く頷いた。


「あ、……えと、お医者様が、無理をしなければもう大丈夫だって」

「それは医者が言ってることだろ? お前自身の感覚としてはどうだ?」

「あ、うん。それは大丈夫。もう平気」

「そうか? しんどくなったり、気分が悪くなったりしたら言えよ。これからいくつか話をすることになるが、聞いててキツイこともあるかもしれないからな」

「うん」


 話し方は普段よりも荒いが、ウォルターに気遣われているのがわかる。


 隊長と呼ばれているときや、ロブストフェルスの騎士として話すときはもっと固く丁寧な話し方だが、リヴィアとしてはむしろこっちの方がいい。館の主として彼に話してもらうより、五年前のような言葉遣いの方が気が楽だ。


 ウォルターはリヴィアの顔を伺って彼女が嘘をついていないことを確認すると、なら、と話を始めた。


「まず初めに確認から。今回ここを抜け出したのは自発的なものだよな?」

「うん。全部、私の意思」


 少しだけひやりとお腹の底が冷えるような問いかけに、リヴィアは正直に答える。


 今日、ウォルターから呼び出されたのは、リヴィアが逃亡した事件について詳細を確認するためだ。


 今回の事件はリヴィアの命を危険に晒した。そのことに関わった人物や、リヴィアに実際に危害を加えた者、そしてリヴィア本人から詳細を聞き、書類を作るのだと聞いている。それを元に再発防止への対策や犯人への処罰を決めるのだ。


 自分を連れ出してくれた騎士の顔を思い浮かべて、リヴィアは罪悪感で目を伏せた。


 リヴィアは、今回の件の責任を全て自分が取るものだと思っていた。

 そもそも、もう誰もリヴィアのことを必要としていないと思っていたのだ。リヴィアがいなくなったって、誰も悲しまないし、誰も怒らない。誰も責められず、誰も罰せられず、全てがいつもと同じように進む。


 そう思っていたからか、ウォルターが責任を追及されるかもしれないことも、リヴィアを連れ出してくれた騎士が懲罰を受けるかもしれないことも、リヴィアには考えつかなかった。


「あ、あの、本当に私が自分の意思でここから逃げたの。あの人は本当に、私のお願いを聞いてくれただけで……」

「ああ、わかってる。実際にその証拠もあるしな」


 そう言ってウォルターは別の書類を引き抜いて、リヴィアの前に置いた。


「これはお前がいなくなった時の現場の状況をまとめたものだ。乳母の目を欺くためにお前のベッドに細工をして逃げ出す、なんて、本人以外にできることじゃないだろ。誰かに唆されてやった可能性もあったから確認しただけだ」

「あ、その、……うん」


 特に補足することもないような状況的証拠を出されて、リヴィアはただ頷くだけ。


 ウォルターはリヴィアが納得したことを確認すると、今の書類の上に次の書類を重ねた。何か地図らしきものが描かれた書類の上をウォルターの指がなぞる。


「そのあとお前は協力者を見つけて、館から北の森に向かったわけだ。そこで協力者と何かしらのトラブルがあり、お前は崖の下に転落。気を失っているところを俺に発見された。で、時系列は合ってるか?」

「うん」

「じゃあ、質問だ。北の森で何があった?」


 バツ印のついた地点を指で叩き、ウォルターがリヴィアをまっすぐに見つめる。嘘偽り、誤魔化しは許さないというように。


 彼のそのまっすぐな目線を、リヴィアは受け止めきることができなかった。リヴィアはそっと目を伏せる。


 あの場であったことを正直に話すことはできる。けれど、全てを正直に話せば、あの騎士に迷惑がかかる。リヴィアが頼み込んで連れ出してもらった彼に。


 自分の一言で、彼の処罰が全て決まる。


 リヴィアは口を噤み、ぎゅっと手を握りしめる。言っていいことかどうかの判断がリヴィアにはつかない。

 彼女がためらっていることを見抜いたのか、ウォルターが口を開いた。


「リヴィア。お前が黙っていたら何もわからない。言いたくないのか、言うのが憚られるようなことなのか、どっちだ?」


 ウォルターがじっとリヴィアを見ている。そんな視線を感じる。


 嘘をつきたいわけではない。そもそもそんなことをすれば、ウォルターが困るだけだということをよくわかっている。

 だが、正直に話すことで、自分が巻き込んでしまった人が大きな処罰を受けるのは嫌だ。


 リヴィアは少しの逡巡のあと、恐る恐る顔を上げた。

 ウォルターはまだリヴィアのことを見つめている。その視線からは真実をはっきりさせようとする意志は感じたが、リヴィアに対する威圧感は感じられない。


 恐ろしくはない。ウォルターはリヴィアに対して、恐ろしいことをするような人ではない。

 そのことを思い出して、リヴィアはおずおずと口を開いた。


「あの……」

「うん」


 言葉の詰まるリヴィアに対し、ウォルターは先を促す。


「私、あの人がしようとしたことは、間違ってない、と、思ってるの」


 想像だにしなかった返答だったのか、誰かの息を呑む音が聞こえた。

 リヴィアはウォルターかと思ったが、彼は一瞬眉を上げただけで困惑の声もあげない。あとの二人も動揺はしたのだろうが、リヴィアの話を遮るような真似はしなかった。


 この三人はちゃんと話を聞いてくれる。そのことに安心したのか、次のリヴィアの言葉は詰まることなく、淀みなく溢れる。


「あの人は言ってた。『どうして、浄化の魔法も使えない者がここに来たんだ?』って。『なんであなたはそんなに役立たずなんだ?』って。『あなたがいなくなれば、ココネ様がロブストフェルスを助けてくださるのに』って」


 あの騎士から言われた言葉を一つ一つ思い出しながら、リヴィアは言葉を続ける。


「私、そうだねって思った。あの人が言ってることは何も間違ってなかった。だって、私は役立たずで、皆に守ってもらってるくせに瘴気を浄化できなくて、私を庇って誰かが傷つくばかりで、ここにいたって何にもできない。私がここにいるから、ココネ様はロブストフェルスに来てくれない。私がいなくなれば、全部解決する、皆幸せになるって思ってた。だから、だから——」

「お前を排除しようとしたことは、何にも間違ってないって?」


 ウォルターがリヴィアの言葉を引き継ぐ。

 彼の黒曜石のような目がリヴィアをまっすぐに捉える。

 その視線を受け止めて、リヴィアは泣きそうになりながら頷いた。


「うん」


 その言葉を最後に、シン、と沈黙が下りる。


 ウォルターは怒るだろうか。自分が助けた少女がまだこんなことを言っていると知って、自分を排除しようとした人間を許そうとしているのだと知って、怒るだろうか。


 だが、リヴィアを救ってくれたウォルターに対し、申し訳ないと思うと同時にやっぱり嘘はつけなかった。


 リヴィアにはあの騎士を悪い人だと責めることはできない。

 だって、リヴィアも彼の意見を受け入れてしまった。彼の考えに同意してしまった。

 彼を悪と断じるのであれば、リヴィアも同じように悪だ。


 リヴィアのことを大切に思ってくれている人の前でこんなことは言いたくない。けれども、嘘をつくこともできない。


「ごめんなさい」


 正直に、誠実に。それが今のリヴィアにできる精一杯。

 これでここにいる三人から呆れられたとしても、嫌われたとしても、しょうがない。リヴィアにも同じように罰を与えると言われても仕方ないのだ。

 それがどんなことだとしても、たとえここから追い出されることだったとしても。


 リヴィアの謝罪からほんのしばらくの沈黙を経て、ウォルターが深々と溜息をついた。


「何から言えばいいかわからないが、まず一つ、お前に言わなきゃいけないことがある」


 ウォルターのはっきりした声に、リヴィアはゆっくりと顔を上げた。リヴィアがウォルターと顔を合わせたのを見て、彼はビッとリヴィアに指を向ける。


「お前は間違ってる」


 幾度となく兄から言われたものと同じ言葉に、リヴィアの体は硬直する。だが、ウォルターはそれに気づく様子もなく言葉を続けた。


「まず第一に、騎士は守るのが仕事だ。確かに敵を排除するのも騎士の仕事だが、誰を排除し、誰を守るのかを決めるのは騎士(俺たち)じゃない。それを前提に話すと、お前は『役立たず』だの『浄化の乙女』だのと言われる前に、この国の王女であり、この国の民の一人だ。それを誰の許可もなく自分一人の考えのみで排除しようとするのなら、それは騎士ではなく犯罪者だ」


 ウォルターはきっぱりとそう言い切った。


「もう一度言うが、俺たち騎士は守るのが仕事だ。俺たちが守っているのはこの国の民だ。それを勝手に排除しようとして、許されるわけがないだろう」


 ウォルターはいつになく険しい顔をしていた。


 それはリヴィアの自己犠牲を怒っているようでもあり、ウォルターの騎士としての在り方を侮辱されたことへの怒りのようでもあった。


 きゅ、とリヴィアの体が委縮する。


 騎士の仕事は守ること。そんなウォルターの考えを否定するつもりはリヴィアにはなかった。

 馬鹿にしたつもりはない。理解できないわけでもない。ただ、知らなかっただけ。


 けれどそれは、あの騎士を擁護し、ウォルターの思いを否定していい理由にはならない。


「ご、ごめんなさい」


 もう傷つけるつもりも、困らせるつもりもなかったのに、結局はいつもこうだ。


 俯いて自己嫌悪に陥るリヴィアの頭に、ぼす、と何かが降ってきた。その大きな手は昔と同じようにポンポンと跳ねるようにリヴィアの頭を撫でた後、軽く髪を梳いて離れた。


 目線を上に上げれば、ウォルターの顔が目に入る。険しい顔は解かれ、困ったような、呆れたような、そんな複雑そうな顔で彼は小さく嘆息した。


「俺はお前を守られるべき人間だと思ってる。王族だとか、巫女姫だとか、そんなのは関係ない。お前は誰かに守られて、どこかで笑ってるのが似合うと思ってる。だから、排除されて当然だとか、いなくなった方がいいとか、そんなことを言うな」


 リヴィアはポカンとウォルターを見つめた。

 守られるべき人間。そんなことは初めて言われた。


 リヴィアが守られているのは、リヴィアが特別だから。王族だから。巫女姫だから。それ以外に理由なんてない。

 マーサがリヴィアの面倒を見てくれるのも、他の騎士がリヴィアを守ってくれるのも、きっと全部、リヴィアが特別だからだ。


 でも、もし、ウォルターにとってそうではないのなら。リヴィアが特別でなくとも、守られるべき存在として見てくれているのなら。


「……わかった」


 これほどまでに嬉しいことはない。


 血が巡る。熱が巡る。温かい何かがじんわりと体を巡っていくようで。

 リヴィアはぎゅっと自分の胸のあたりを握りしめた。


「わかった」


 リヴィアはこの想いを嚙みしめるようにもう一度返事をした。


 ウォルターもそのことに安堵したように一息つく。


「わかってくれたんならそれでいい。もう説教する気もないしな。……ただ、まあ、まだ聞きたいこともあるし、一旦休憩を入れるか」

「え、あ、えと、私はまだ大丈夫」

「いや、少し休んだ方がいい。俺も頭を冷やしたいからな。菓子と茶を取ってくる。その間に言えそうなことをまとめておけよ」


 リヴィアが止める間もなく、ウォルターはソファから立ち上がった。


 リヴィアとしてはまだ話していても大丈夫なのだが、ウォルターからそう言われては仕方がない。リヴィアはしょうがなくウォルターを見送る。

 扉に向かったウォルターは部屋を出る直前に振り返り、リヴィアに向かってふと思い至ったように言った。


「逃げるなよ?」


 確認か、皮肉か、からかいか。そのどれとも取れないような言い方に、リヴィアの反応は一瞬遅れる。


「……に、逃げないよ」

「逃がしませんよ!」


 リヴィアの言葉に重ねるのと同時に、エレナが拘束するように覆いかぶさってくる。それを見たウォルターは笑みを一つ残して、扉の向こうに去って行った。

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