パスカヴィル家の犬
どうやってナハト王達がメインエレベーターを起動したかというのは、ラームが答えてくれた。ナギのハッキングによるものだった。
初代談迷子はナギを放って、メインエレベーターのハッキング経路を探っていたのだ。
それができたことで、ナハト王は華山道士連と、自部隊を梅田の地下に下ろせるのだ。
【大阪城前】
ウィフ、ラーム、談迷子、雑賀故我、たんぽぽと、地下に突入するメンバーはいつのまにか大所帯である。
二代目談迷子はそもそもな話をする。
「で、私たちはどうやって行くの?」
たんぽぽも不思議そうだ。
「華山道士連とナハト王と初代談迷子、そして船団がドンパチやっているところを降っていくのはありえないと思うよ。」
たんぽぽはいつのまにか髪を束ねて迷彩服に着替えていた。
ラームはお前も行くの?と、たんぽぽに聞いた後に。全員に目的を聞く。
・ラームは逆さ桜の間に到達することが岸田の依頼で、できれば二代目談迷子を昏睡から救うこと。
・たんぽぽは、ラームの監視。
・三代目談迷子は逆さ桜の間に到達すること、母の状態については後ほど確認してから考える。
・ウィフは赤い光の力を見つけてイグドラシルの脅威になるなら破壊したい。これはUDAに捉えられている青い髪の子供も同じ。
・雑賀故我は逆さ桜の間への到達と、発見したら利用できないかの確認。
「雑賀、おまえの目的はなんか後で揉めそうな気がする。」
「やだなぁ、その時は交渉で済ませることを誓いますよ。それに私は色々と役に立ちますよ。」
ラームはざっと確認をはじめる。
「大阪城から、背割下水を使い、太閤の横穴に入る。」
横穴とは、東横堀川のことである。
秀吉は大きく4回に渡り堀を作っている、その3期工事にあたる。
「この工事あたりから太閤秀吉がおかしくなっていく、何かを見つけたはずなんだ。」
「なぜそう思うの?」
ラームは地図を出した。三次元の地図。
「あんたの母親が作った推定データだ。船団も初代談迷子も槇島博士の研究室の位置に拘ったが、槇島博士がどうやって到達したかを考えた方が理屈としては正しいんだよ。槇島博士は太閤の記録から辿ったんだからな。そういう理屈で太閤の道筋を先に探るべきだ。背割下水から、東横堀川の近くの遺構に抜けて、そのまま、逆さ桜の間に到達できるんじゃないかって。」
「えー、全く根拠がない。」
「バスカヴィル家の犬と同じさ、手記にはそもそもは槇島博士が地面を掘ってる記述なんてほとんどないんだ。手記を持ってない初代談迷子は知らないだろうが。」
「つまり?」
「掘ったなら、それなりの時間と記録がある。槇島博士は太閤の道を辿ったんだ。急がないと。赤い光のエネルギー源の位置がわかっているナハト王が先に見つけるぞ。」
「船団はグラビトロンに阻まれて進まなかったのでしょ。だったら、ナハト王も同じでは?」
ラームの推測では、初代談迷子はすでにグラビトロンを制御する方法に気づいているということだった。
となると、赤い光の発生源はわかっているのだから、そこに向かって掘り進めればそれで到達できるということになる。
ナハト王はそもそも考古学のような発掘作業には興味がなかったのだろう。
梅田を支配して直接的に掘る、単純だ。しかし、船団が時間をかけて到達できなかったのだから効果的といえるだろう。
雑賀故我は鋭かった。
「なら、太閤の道についても、手記に書いてないのはおかしいんじゃないか?」
「手記にはあるさ、『この間こそが太閤が掘り起こし、家康が恐れて埋めさせた神代の世界の遺物』とな。」
「それだけ?」
「そう、それだけだ。嫌なら帰るか?」
背割下水の入り口はビル街の一角にあった。
太閤の時代からずっと、利用されている下水である。
中に入る前に青髪のウィフがガスが出ていないかをチェックする。
「問題はなさそうです、ただ臭いです。」
各自、懐中電灯や、ヘッドライトを準備して地下へ突入した。ガルムは暗視機能があるようで問題はなさそうだ。
尼崎の泥の中を越えてきた談迷子にすると今更の環境である。
「何言ってるの、臭いだけでしょ。さぁ、行くよ。」
雑賀故我がたんぽぽに声をかけた。
「そういや、あんたはラームを監視するラタトスク工業のスパイなんだろ?」
スパイなのに、もはや隠しもしない。
図々しいというかなんというか。ラームにしても敵対していないから放置しているのだろう。
「ええ、そうだけど。」
「私こと、雑賀故我の話は報告した?名前付きで?」
「そりゃ、仕事だからね。」
「そう、そりゃ面白くなりそうだ。」
雑賀故我がここにいると知れれば、あいつが自分を殺しにくる。それは必然なのだ。
じゃあ、できるだけ、引っ張り回して役に立ってもらうことにしよう、という考えに至る。
もし、出会えば殺し合いだが。相手が強すぎて、大した描写もなくほぼ負けて死ぬだろう。
背割下水を予定通り進んでいき、何度か分岐があった。
あまり時間もかからずに、大きな空間に出る。
地下高速道路である。
やっと、臭いエリアを抜かれたことに一同はほっとした。
東横堀川の上を走っていた高速道路を地下に埋設したのだ。
天井から水滴が滴り落ちる。
「この上を川が流れているの?」
ラームは答えた。
「そうだ、景観を気にして高速道路を地下に埋めるのが流行った時期があったんだ。後になってみれば、高速道路も歴史文化の一部だから無理に埋めなくていいとか、好き勝手はもんだが。」
「変なの、今でもあんなに日本は地上に電柱が残っていて景観を気にしてるなんて。」
イグドラシルのエネルギーの受信装置を各家庭に置くのはコスト的に難しいから、発電所で受診し、電気に変えて既存のインフラで各家庭に送っている。
そのため電柱はなくならなかった。
談迷子が端末で情報を参照しながら回答する。
「電柱はお役所の都合ですね。埋没させることを考えた時期もありましたが、電力会社が地下に電線を埋設するのは電気工事に加えて、土木の資格がいるから、単純に人件費が倍になって、すごい難しかったんです。」
高速道路を北に一向は歩いていく。
たんぽぽはラームに聞いた。
「北で合ってるの?」
「まぁ、梅田は北だからな、おい、あんたの出番だ、地下高速の工事記録から、横穴の位置は大体わかってるんだろ。」
談迷子は端末をつけながら、位置を調べている。
「工事記録には確かに遺構の記載がある、工事の時には太閤の大阪城からの抜け穴だって割と大きなニュースになったみたい。最終的にはどこにあったかはわからないけど、北寄りではあるみたい。最後の記録では教育委員会と協議して、少し高速のルートを少し深くしたみたい。道路の位置が深くなっているところ付近を探しましょう。」
この高速道路は今は使われなくなっている。
維持費が捻出できなくなったからだ。
理由は単純で、関東平野がなくなり、日本の人口が船団に多く移ると、全ての高速道路を使うほどの物流がなくなったためである。
「昔はこんな感じの高速道路が日本中を繋いでいたんだ。」
たんぽぽが目を輝かしている。普段は傭兵の仕事ばかりしていて、この日はある意味観光のようなものかもしれない。
「人間は凄いよね、なんでも手動で繋げてしまう。インターネットのケーブルもながーーいケーブルで繋いでたんでしょ。」
「通信がイグドラシルのネットワークに依存している今でも国家間のホットライン通信の大部分はそうだよ。衛星の通信でもバックアップはできているが、宇宙で作業するコストって凄く高いんだよ。」
ウィフは知ったように。
「それは地球にいる人の視点ですね。宇宙の方がコストが高いというか。イグドラシルからほぼ無限にエネルギーを受けることができる今です。宇宙に元から住んでいればコストはそうでもありませんよ。現に梅田の地下でも、ほとんど自給自足できているでしょう。それなら宇宙でも同じようにはできます。今は衛星内でも擬似的に重力だって作り出すことはできているんですよ。」
人間が地球で生きていくのに必要なのは食料と水分、あとは安全な寝床か。
宇宙に出て初めて、人類は重力も人が生きていくことに必要だと気づいた。これは興味深い。
重力がないと骨、内臓、脳まで全てがおかしくなる。生きていくのに必須の要素なのだ。
「重力をずっと作り続けていないと、体に害が出るのなら宇宙が暮らしやすいとは思えないけどな。」
これはコストの話から少しずつ、ずれてはいるが、あまり何も考えずに発言していた。
ずっと徒歩が続き退屈の上での話題である。
「同じでしょう、水道局、発電所、物流インフラ、地球に元から備わってるわけじゃない。それが、人間が生きていける環境を作るためには必要なんですよ、宇宙に暮らしてたら、もっとコンパクトに効率的に設計されていますから、そこは問題じゃないんです。」
「じゃあ、効率的なら、人間はなぜ宇宙に住もうとしないんだ?」
「最も、大きな問題は文化的かってことだと思います。」
「文化?文芸や、ミュージカルとかが生きていくには必要かね?」
「最低限の食事ではなく。美味しい温かい食事。化学で作られた水ではなく、少しだけ不純物が混ざった水。そのあたりはやはり人工物では限界がありますから、地球上の物というもののバリエーションは素晴らしいんです。その揺れ幅を楽しみ、調整していくのが、文化なんだと思いますよ。」
これは宇宙で画一的な暮らしをしていて地球に降りてきたウィフの感想である。文化というか、地球の良さを言ったのだろう。
「うーん、もう一つ足りないかな。」
ラームは文化的に揉まれた環境じゃないと、いい女が足りないと言おうとしたが、たんぽぽ、談迷子と今は女が多いので発言を控えた。
良いように言い換えれば人の温かみというものが人間には必要と言おうとしたのだろう。
少し浸水している箇所が出てきてラームは革靴が汚れるのを嫌がり進みが少し遅くなった。
一番皆が遅れたのは横穴の道が埋没していることである。
進むと談迷子が言ったように、道路が坂になって緩やかに降りている箇所に行き当たる。
そこから先は完全に水没していたを
「この水を吸い上げないと、進めないね。」
「そのワンちゃんはロボットなんでしょ、先を見てきてもらったら?」
ガルムに潜らせて先を調べるように言ったら、雑賀故我がラームに怒られていた。
確かに精密機械をこんな泥に潜らせるのは無茶苦茶である。
そんなやりとりをしていると、談迷子が、フェンリルに指示して道の窪みの瓦礫をどかしている。
「教育委員会が遺構をまた埋没させることはないですから、道がここから降ってるなら、こちら側か、逆側の降る手前に通路を作らせてるはず。」
しかし、入り口は見つからない、たんぽぽも辺りをライトで探すも見つからず、結局、雑賀故我が、天井からぶらさがるハシゴを見つけた。




