戦闘地帯
イグドラシルのシステムの演算装置が他と一線を画したのは、宇宙空間に存在するという点にあった。
3つの星は機械の排熱を際限なく宇宙へ廃棄し、外周を4つの紐のような指輪と呼ばれる加速器が無尽蔵のエネルギーを供給していた。
それぞれの大きさは月の20分の1ほどのサイズをもっている。そのサイズが宇宙での構築物としての限界だそうだ。
常には2つの星が稼働し、残りの1つの星はイグドラシルとしての機能を停止して、再構築を50年かけて行う、このサイクルにて永久稼働する。
この際の廃棄物が問題視される意見もあったが、宇宙はゴミ捨て場としては、誰の邪魔にもならなかった。
資源は定期的に資源用のプラント衛星から手に入れていた。
宇宙は過酷である、人類は宇宙という空間に生活の範囲を広げることはなかったが、感情を持たない機械には相当に都合のよい世界だったのだ。
エネルギーの問題、排熱の問題、加速器発電の問題、土地の問題、労働の問題、全ての問題は人間に対する影響への制約だったからだ。
イグドラシルの初期構想から約250年。
エネルギー、環境問題、社会の構造改革、全てにイグドラシルは役立ったが、人類の争いは終わらない、むしろ利害のない争いが顕在化し、醜さを露呈させていた。
労働力が不要になり人口は減り、人類の歴史自体が停滞し、ゆっくりと文化的には壊死していっていた。
【大連 工業地帯】
大連に巨人が現れてから8時間が経過していた。
「聞こえるか、爆撃の音がひどいし、ジャミングでほとんどのセンサーはいかれちまってる。有視界探索しかできない。」
白州キョウジは機械に乗り込んでいた。
オペレーターのギークの声がイグドラシルのネットワーク経由で途切れてつつも聞こえる。
「これは無差別攻撃じゃないのか。」
未曾有の空爆が続いていた。
「なんだ、この空爆は聞いてねぇぞ。前にはUDAのパンサー部隊、上からは味方の空爆、後ろは海。」
今度は別の声が聞こえる。
「連合の爆撃が本格化している、あの男、全部潰してしまう気か。」
あの男とは中将の事だった。イグドラシルの管理者権限を抑える目的の三谷達に対して、中将は大連の工業地帯を先に制圧して管理者権限の糸口を得ているのかもしれない。
情報を消してしまうための爆撃ではないかと。
「三谷、この調子じゃ急がないと。全部なくなってしまう。」
先にシャオミが潜伏して、キョウジが追っていた敵の仲間居場所を伝えていた。
その情報を回収しようとした矢先だった。
「シャオミはこの爆撃の中でちゃんと安全な場所に逃げてるの?」
「やつの心配は全くいらん、無駄だ。」
キョウジの機械は大連の中央通りを北上していく。
道はすでにボコボコで、壊れた車や、瓦礫でぐちゃぐちゃだった。
煙の匂い、焼けた匂い、エアコンは正常に稼働していたがそれでも匂いを感じた。
「大きめのが着弾するぞ。」
中央通りのビルの中央にミサイルが直撃する。
3発
「手当たり次第かよ。」
爆風がキョウジを包む。
「こんなの街が持つのか。」
爆音の中、通信が響く。
「聞こえるか、前にパンサー3機だ。イグドラシルに接続しろ。」
機械にイグドラシル接続ユニットの接続コードを入力する。
戦闘が始まるまでにイグドラシルに接続を行うと、性能は向上するが、制約が増えるため、戦闘のギリギリまで接続を行わないのが通例だ。
すぐにイグドラシルから通信が入る。
「本日はよろしくお願いします、キョウジさん、本日サポートさせていただく、戦鬪倫理アドバイザーのフランと申します。」
一言一句同じ単語だった。
あっ・・・とキョウジは声を詰まらせる。
「お久しぶりです。先日はありがとうございました。本日もよろしくお願いします。」
イグドラシルのオペレーターは都度変更される、繋ぐたびに、同じ人間がアサインされるのは稀である。キョウジからすると、人殺しを止めてくれた人だからバツが悪かった。
「よろしくフラン。」
フランは前回のことについて全く気にもしていない様子だった。それが不気味だった。
「イグドラシルへの接続手続きは完了しています。戦闘哲学の宣誓をお願い致します」
『誓います、倫理に従った戦闘を』
誓いは形式ではあるが、一度破っていたので、心は少し痛む。
「ありがとうございます。秩序のホーラは戦闘の開始を許可しました。」
キョウジの機械は緑色とシルバーのスレンダーな機体ヴァイオリという、イグドラシルからのエネルギー供給を受けたことでやや大きくなったように見えた。
「前の3機はUDAのパンサー、こちらはヴァイオリとはいえ、数の不利があります、一機攻撃して、抜けるか、下がりながらの分断を提案します。」
「前身と攻撃だ。」
フランの意見を採用して、低く鋭く、ヴァイオリは飛翔した。パンサーはヴァイオリからすれば地を這う獲物だった。
パンサーは接近するヴァイオリに照準を合わせるが、下にそれる。
ヴァイオリは僅かに飛翔していたからだ。
瞬間に一番左のパンサーの首を、足で蹴り飛ばしていた。
致命傷ではないが、転倒させ、パイロットが昏倒するには十分だった。
残りの2機がキョウジを捉えようとするが、再び、飛翔し、射程の外に飛び去っていった。
「すげー。スラスターをこんな使い方をするなんて。これが日本のジュージュツってやつか。」
ギークの声が聞こえる。そして目を輝かしていたのが音声越しでもわかった。
ふぅ、とキョウジは息をとる。
「柔術なんて習ったことないよ」
このやりとり後、サポート中の私語は慎むようにとフランは注意した。
上官からの非倫理的な指示や、誤情報の遮断等、フランの仕事はキョウジを倫理的に生かすことに終始している。
簡単に突破したように見えるが、数の不利は本当でまともにやりあったら終わっていただろう。
「戦闘は終了しました。サポートは如何いたしますか?」
「まだ、戦闘地帯は続く、引き続きサポートを頼みたい。」
「わかりました。目的地の地図をいただいています。あと10分弱で目的地に到着します。」
初めて騎乗するヴァイオリの乗り心地の良さと、フランに対する贖罪の気持ちで、不安な気持ちだった。
目的はシャオミが収集したという手がかりだった。
「今回の作戦を見て驚きました。イグドラシルへの接続権限?それも管理者権限だなんて。」
フランや戦闘倫理アドバイザーには作戦内容が開示される、しかし、これはフランの同僚や、親会社のラタトクス工業には伝わらないことが約束される。
戦闘倫理アドバイザーは計画立案も兼ね備えているからである。
「もし、そんなものがあればラタトクス工業がだまっていないはずはないのに。」
無線で三谷が答える。
「じゃあ、ラタトクス工業が裏で何かやってるんじゃないか。おかげでこの街は火の海だ。」
「そんなはずはありません、ラタトクスに与えられた権限はレベル2まで、情報の照会と利権までです、イグドラシル開発企業ですら、その程度の権限しかないんです。貴方がたの話では、レベル4クラスの権限を持つことになります。」
イグドラシルはその中立性から、権限はイグドラシルの中枢のコンピュータに委ねられている。
開発者すら、開発段階に持っていた権限を全て、放棄、剥奪されることで中立性を保っている。
雑談もほどほどにヴァイオラは瓦礫を越えて、大通りの交差点を越えて、シャオミとの集合地点へ急いだ。
「左舷より、ミサイル多数」
その言葉を聞くなりチャフをばら撒く。
チャフに釣られて直前で全てのミサイルが破裂する。
「なんだ?反応が良すぎる。」
「連合の新型ですかね?見たことない機体ですよ。潰しますか?」
キョウジにミサイルを打ち込んだのは緑のガングルーだった。
UDAは4体ないし、5体のマシーンで編隊されることが多い。このイースーチの部隊も4体の機械で構成されていた。ガングルーはUDAでも、少し型落ちのマシーンでフォルムが現代のマシーンと比べ、ゴツゴツしている。
「もちろん、新型なら仕留めたい。内地からきたエリートのやつらばかり目立たせるのも出世に響くのでな。」
「了解」
フランは肝を冷やす。
「ミサイル防御間に合いましたね、見事な判断です」
「いや、まだだ、やつらはやたらとやる気だ、」
その通りだった。
イースーチの小隊は半分に折れたビルの瓦礫の上と、正面に2体ずつに分かれて展開した。
「フラン、相手は何体だ?」
「ガングルーが4体かと思われます、しかし隠れていることも考慮してください。落ち着いて相手の数と位置を確認することを提案します。その上で引きながらチャンスを狙いましょう。」
ガングルーは、それぞれ、バルカンでヴァイオラを狙い撃つ、数の有利を活かして、白州が接近すれば距離をとり、遠ざかれば接近し、実にいやらしい動きだった。。
「あの新型の動きに付き合う必要はない、時間をかけて制圧すればいい。」
イースーチは、新型だから尚更警戒していたのかもしれないが、熟練の軍人として小隊を数の有利で危険に晒すことはなかった。が、
キョウジにはバルカンの弾は当たらない。
十字砲火と言えるのに、機械はマシーンらしからぬ、高機動を見せる。
左に、右に跳ねたり、遮蔽物に隠れたり、一時も同じ場所に留まることはなかった。
動き回ってはいたが、速度が出ているようには見えないのため、やがてイースーチはパイロットのテクニックであることに気づきだしていた。
「こいつ、自動兵器か?前には出過ぎるな、一気にやられるぞ。」
各自に慎重に戦うように指示を出すが、慎重さも考え物だった。もし、数で押せば何体かはダメージをもらったとしても、ヴァイオラを潰せていたかもしれない。
「フラン、言う通りだ。音の反響から4体だということを確認できた。レールガンを使う。」
「音ですか?全然わかりませんが。直感に従うのもかえって倫理的かもしれませんね。」
楽浪の音声に呼応して、ヴァイオラの肩に背中の砲塔が移動し、レールガンが起動する。
「威力の調整に注意してください。街中です。」
なんだ?と、イースーチは思った瞬間だった。
僚機が二体同時に、光の矢で貫かれる。
「お見事です。一体大破、一体中破」
同じタイミングで、ヴァイオラは飛翔し、もう一体の顔面を足のブレイドで蹴り飛ばしていた。
「続けて、もう一体、中破」
イースーチは慎重に戦っていたつもりが、機械を失い唖然とした。
「機械のスペックじゃない、パイロットだ。レールガンをチャージしながら、引きつけていたのか。おい、聞こえるか?全員撤退するぞ。」
イースーチと僚機から閃光弾を発して、部隊を後退させた。
フランは質問する。
「追撃はしないのですか?」
「目的は戦争じゃなくて、シャオミの情報だから。問題ない、彼らが体勢を立て直すまでにはこの街を脱出するさ。」
「素晴らしい。無駄な犠牲を出さないのは、極めて倫理的な判断です。」
キョウジは効率を、フランは倫理を語っていた。
それは、繋がらない会話だったが、お互いそうなっていることに気づいてはいない。
シャオミとの情報の地点まで、あと少し。
その地点は巨人のいる地点でもあった。
巨人を背景に大連の街へ降り注ぐミサイル群はさらに街の悲鳴と攻勢を強めていた。




